2024年7月11日木曜日

「ハマス殲滅」は、なぜ「空想」なのか?...国際社会が放置してきた「大きなツケ」―【私の論評】ハマス殲滅と中東和平:50年の長期統治案とルトワック理論の検証

「ハマス殲滅」は、なぜ「空想」なのか?...国際社会が放置してきた「大きなツケ」

まとめ
  • ネタニヤフ首相の「ハマス殲滅」と「人質解放」の目標は、多くの専門家によって「不可能」と指摘されている。
  • ハマスは思想と政党の側面を持ち、軍事的に弱体化しても完全な殲滅は困難である。
  • イスラエル軍の継続的な軍事作戦は、若い兵士の犠牲を伴う「空想」の追求になる可能性がある。
  • 国際社会はハマスのガザ統治終焉を望むが、その後の統治体制について明確な計画がない。
  • ガザでの戦闘終結後も、新たな混乱が予想され、国際社会は大きな課題に直面している。
ネタニヤフ首相

 ネタニヤフ首相が掲げる「ハマス殲滅」と「人質解放」の目標は、多くの専門家によって「不可能」と指摘されている。ハマスは単なる軍事組織ではなく、思想と政党の側面を持つ複雑な存在であり、軍事的に弱体化させることはできても、完全な殲滅は極めて困難だと考えられている。

 イスラエル軍が継続的な軍事作戦を展開することは、若い兵士たちの犠牲を伴う「空想」の追求になる可能性がある。実際、イスラエル軍内部でも、ハマス殲滅という目標の実現可能性に疑問を呈する声が上がっている。

 一方で、国際社会はハマスのガザ統治の終焉を望んでいるが、その後のガザ地区の統治体制について明確な計画が立てられていない。パレスチナ自治政府が最有力候補とされているが、ネタニヤフ首相や極右政治家たちはこれに反対しており、自治政府自体も機能不全に陥っているという問題がある。

 ガザでの戦闘が終結したとしても、それは新たな混乱の始まりとなる可能性が高い。17年にわたるハマスの実効支配や封鎖をそのままにしてきた国際社会は、今改めて大きな課題に直面している。ガザ地区の再建と安定した統治体制の確立、そしてイスラエルとパレスチナの長期的な和平プロセスの再開など、複雑で困難な問題に取り組む必要がある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】ハマス殲滅と中東和平:50年の長期統治案とルトワック理論の検証

まとめ
  • ハマスはテロリスト集団であり、排除されるべきだが、短期間での殲滅は不可能である。
  • 米戦略家ルトワック氏の理論に基づき、真の紛争解決には少なくとも50年にわたる軍隊の駐留により、根本的につくりかえる必要がある。
  • 長期的な国際的統治は、パレスチナ問題の抜本的な解決策となる可能性があるが、様々な課題も存在する。
  • イスラエル単独ではなく、過去にパレスチナ問題を複雑化させた国々とイスラエルによる共同統治が次善の策といえよう。
  • 長期的な解決策には、ハマスの思想は完全排除しつつも、パレスチナ人の意思尊重とイスラエルの安全保障への配慮が不可欠である。
ハマスの少年戦闘員 2012年8月のハマス25周年記念式典にて

私自身は、「ハマスは殲滅」すべきものと思います。なぜなら、ハマスはテロリスト集団だからです。テロリスト集団は、排除されるべきものです。排除が難しいからとか、犠牲がともなうからといって、これを放置する理由にはなりません。

ネタニヤフ首相の「ハマス殲滅」と「人質解放」の目標に関しては、ネタニヤフ首相がどのくらいのスパンでこれを達成しようとしているかでその評価が分かれると思います。とくに、「ハマス殲滅」に関してはそうです。

もし、せいぜいここ数年、長くても5年くらいで、これを達成しようとしているのであれば、それは混乱を生むだけであり、上の記事にもあるように、それは不可能です。

しかし、少なくとも50年くらいは、軍隊を駐留させて根本的に変えようというのなら、賛成です。

なぜ、このようなことを言うかといえば、それには根拠があるからです。それは、米国のルトワック氏の理論に基づくものであり、私はこの理論が妥当だと考えています。

エドワード・ルトワック氏

エドワード・ルトワック氏は、国連などによる短期的な紛争仲裁や介入が表面的な解決にとどまり、根本的な問題解決に至らないと批判しています。彼の主張によれば、真の紛争解決には少なくとも50年にわたる軍隊の駐留が必要としています。これは社会の根本的な変革には世代を超えた時間が必要だという認識に基づいています。

ルトワック氏は、単なる停戦や表面的な和平合意ではなく、紛争地域の社会、政治、経済システムを根本から再構築する必要があると考えています。この長期的な関与を通じて、紛争の根本原因に取り組み、持続可能な平和を構築することが可能になると主張しています。

この考え方は、国際社会により大きな責任と長期的なコミットメントを求めるものです。しかし、主権の問題や介入の正当性、実行可能性など、多くの課題も存在します。

ルトワック氏の理論は、複雑で長期化した紛争地域における平和構築の難しさを浮き彫りにし、国際社会の紛争解決アプローチに再考を促す重要な視点を提供しています。従来の短期的なアプローチの限界を指摘し、より根本的で持続可能な解決策の必要性を強調する点で、国際関係や平和構築の分野に大きな影響を与えています。

この位の覚悟がなければ、「ハマスの殲滅」はできないでしょう。もしネタニヤフ首相が、このくらいのスパンで物事を考えているのなら、賛成できますが、そうでないなら、単なる「空想」と言われても仕方ないでしょう。

ただ仮にネタニヤフ首相が、50年以上軍隊を駐留させ、根本的な解決を図るにしても、問題はあります。

イスラエルは、「ハマス殲滅」はできるかもしれません。しかし様々な問題が予想されます。まず、長期的な軍事占領は国際法違反とみなされ、イスラエルへの批判や制裁につながる可能性があります。また、パレスチナ住民の反感を高め、新たなテロリストを生み出す温床となる恐れがあります。ただ、他国がこのような批判をするにしても、自らが資金を提供するとか、軍隊を派遣する覚悟がない場合、たんなる「言うだけ番長」なるだけでしょう。

さらに、長期駐留に伴う膨大な経費はイスラエル社会に大きな経済的負担をもたらします。この莫大なコストは、国内の教育、医療、インフラ整備などの重要な分野への投資を圧迫し、イスラエルの社会発展を阻害する可能性があります。また、長期にわたる兵力の維持は人的資源の面でも大きな負担となり、イスラエル社会の生産性や経済成長に悪影響を及ぼす恐れがあります。

加えて、軍事占領の長期化はイスラエルとパレスチナの和平交渉を困難にし、地域の安定を損なう可能性があります。また、長期の軍事行動はイスラエル国内の社会的分断や道徳的ジレンマを引き起こし、国民の精神的健康にも悪影響を与える可能性があります。

次善の策としては、イスラエル軍だけが駐留するのではなく、過去にパレスチナ問題を複雑化させてしまった国々による共同統治です。その国々とは具体的に以下です。
  1. 英国:第一次世界大戦後、パレスチナ地域を委任統治し、ユダヤ人の「民族的郷土」建設を約束したバルフォア宣言を発表しました。これがユダヤ人とアラブ人の対立を深める一因となりました。
  2. 米国:イスラエルの最大の支援国として、中東和平プロセスに大きな影響力を持ちつつも、しばしばイスラエル寄りの姿勢を示し、問題の公平な解決を難しくしました。
  3. ソビエト連邦(現ロシア):冷戦時代、アラブ諸国を支援し、中東における米国の影響力に対抗しました。これにより、パレスチナ問題が東西対立の一部となり、さらに複雑化しました。
  4. エジプト、ヨルダン、シリア、レバノンなどの周辺アラブ諸国:イスラエルとの戦争に関与し、パレスチナ難民問題を抱えることで、問題の地域的な広がりを生み出しました。
  5. イラン:イスラエルに敵対し、ハマスなどのパレスチナ武装組織を支援することで、紛争の長期化に寄与しています。
これらの国々の介入や影響により、パレスチナ問題は単なる地域紛争から国際的な問題へと発展し、解決をより困難にしています。

このうち、ウクライナに侵攻中のロシアや、ハマスを支援しているイランは除き、これら以外の国々でも、中東和平に賛成する国々で、参加したい国々は参加してもらうという形で、これらの国々がパレスチナを統治し、和平をすすめるのです。

50年間にわたる国際的な統治は、パレスチナ問題の抜本的な解決策となる可能性があります。これまでの中途半端な対応では問題が解決せず、むしろ悪化してきた歴史を考えると、このような徹底的なアプローチには一定の妥当性があります。

この方式では、長期的視野での社会再構築が可能になり、国際社会の直接的な関与により透明性と公平性が確保されます。ハマスのような過激組織の影響力を根本から排除しつつ、教育や経済インフラの整備など、持続可能な発展の基盤を築くことができるでしょう。

しかし、実行にあたっては課題も多く存在します。パレスチナ人の自決権との調和をどう図るか、国際社会の長期的なコミットメントをどう確保するか、イスラエルと周辺アラブ諸国の協力をどう取り付けるか、そして莫大なコストをどのように分担するかなどの問題に対処する必要があります。ただ、50年以上という年月をかけるというのであれば、話は変わってきます。

これらの課題に対しては、段階的なアプローチや、パレスチナ人の意思を尊重しつつ国際管理を行う仕組みの構築、明確な出口戦略の策定などが必要になるでしょう。特に、ハマスのようなテロ組織を排除しつつ、一般のパレスチナ人の権利と尊厳を守る方策を慎重に検討する必要があります。

この方式は従来のアプローチよりも大胆で困難を伴いますが、長年の紛争を根本的に解決する可能性を秘めています。国際社会が本気で平和を望むのであれば、このような抜本的な解決策を真剣に検討する価値はあるでしょう。

ただし、その過程ではハマスの思想は完全排除しつつも、常にパレスチナ人の意思を尊重し、彼らの将来的な自治と独立の道筋を明確に示すことが不可欠です。同時に、イスラエルの安全保障にも十分な配慮を払い、両者の共存共栄を目指す必要があります。

このような共同統治が成功すれば、今後の紛争解決のモデルとなるでしょう。未だに20世紀までの世界のように他国に侵略したり、しようとする国、他地域を侵略したり、しようとしているテロリスト等にとって大きな警鐘になるでしょう。他国を侵略してその国を自分の国にとって都合の良い体制に変えたともしても、結局長い年月をかけても元に戻されてしまう可能性がでてくるからです。

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