2026年2月11日水曜日

テクノロジストとは何者か──高市早苗とトランプが「よりテクノロジスト的」に見える理由


まとめ
  • 右か左か、保守かリベラルかではない。政治家を分けている本当の基準は、知識を現実に適用し、その結果と責任を引き受けているかどうかであることを明らかにする。
  • 高市早苗とトランプが「よりテクノロジスト的」に見える理由を、エネルギー政策、経済安全保障、産業政策、選挙での責任表明といった具体例から論理的に示す。
  • 知識社会への移行はすでにビジネスの世界で進んでおり、いま遅れていた政治の世界にも及びつつあること、日米の選挙結果はその転換点を示していることを読み解く。

近年の政治を見ていると、理念は語られるが、現実が動いている実感は乏しい。
この違和感の正体は、右か左か、保守かリベラルかではない。
政治の担い手が、知識を現実に適用し、その帰結を引き受ける存在かどうか、ただそれだけの違いである。

1️⃣テクノロジストとは何者か──ドラッカー的定義の現代化


テクノロジストとは、単に知識を仕事に使う人間ではない。
現代的な知識──百科事典に掲載されているような知識ではなく、仕事の現場で使われる知識──を仕事に適用することを前提に、その適用によって生じた結果がもたらす変化の責任を引き受ける者である。

この考え方は、ピーター・ドラッカーが語った「知識社会」「知識労働者」の思想を土台にしている。ただし、ドラッカーの時代には、知識社会はまだ社会全体を覆ってはいなかった。肩書や理念を語ること自体が評価され、「判断しない者」「結果を引き受けない者」が生き残る余地があった。

AIの登場によって、その余地は急速に失われつつある。
知識そのものは誰でも使える時代になり、判断せず、責任を回避する人間の価値は一気に下がった。
その結果、テクノロジストであるか否かが、社会の中心に立てるかどうかを分ける決定的な基準になりつつある。

2️⃣日本政治に見る分岐──高市早苗はなぜテクノロジスト的なのか

この定義に照らせば、日本政治における分岐ははっきりする。
高市早苗の政治姿勢は、責任ある積極財政を起点に、エネルギー政策、経済安全保障、産業政策へと一貫している。いずれも「やった場合」「やらなかった場合」に何が起きるのかを具体的に想定し、その結果の責任を政治として引き受けようとする姿勢がある。

今回の衆議院総選挙においても、高市は「過半数に達しない場合は責任を取る」と発言していた。
これは単なる選挙用の言葉ではない。自らが関与した政治の結果を、成功であれ失敗であれ引き受けるという姿勢の表明であり、テクノロジスト的態度そのものである。

原発を止めればどうなるのか。
経済安全保障を怠れば、どの産業が海外依存に陥るのか。
国内投資をしなければ、成長と税収はどう変わるのか。

泊原発


これらは理念の問題ではない。
現実に何が起きるか、そしてその帰結を誰が引き受けるかという問題である。

一方、今回の選挙で落選した「中道」の一部の議員の言動は、対照的であった。
結果が出た後に語られたのは、有権者の理解不足、報道の偏り、空気の問題といった言い訳ばかりであり、自らの主張や判断が現実に適用された結果を引き受ける姿勢は、ほとんど見られなかった。

これは敗北そのものよりも、はるかに深刻な問題である。
結果を引き受けない者は、次の判断を下す資格を失うからだ。

岸田文雄や石破茂の政治が相対的に非テクノロジスト的に映るのも、同じ理由による。理念や調整、説明に重心が置かれ、実装後に生じる変化と責任が前面に出にくい。これは能力の問題ではない。政治をどう定義しているか、その立場の違いである。

3️⃣米国とマスコミに表れる同じ構図

ラピダスの千歳半導体工場

同じ構図は米国にも見られる。
トランプは理念を語らなかったが、関税、移民、産業回帰といった政策を実行し、その結果として生じた混乱や反発も含めて、自らの政治の帰結として引き受けた。評価は分かれるが、テクノロジスト的であったことは否定できない。

対照的に、バイデンやオバマは、普遍的価値や理念を語る力は強いが、政策が現場にもたらした結果と責任の所在が曖昧になりやすい。ここでも、左右の問題ではない。テクノロジストか否か、その一点の違いである。

現代のマスコミもまた、多くの場合、非テクノロジスト的立場にある。
理念や言葉を評価するが、その主張が現実に適用された結果について責任を引き受ける立場には立たない。そのため、政治を言葉の優劣で語り、結果責任という軸を見落としがちになる。

結語 すでに「答え」は出ている

知識社会への移行は、すでにビジネスの世界で先行して進められてきた。
いま、その移行が遅れていた政治の世界にも及びつつある。

米国は荒々しい形で、日本は比較的穏やかな形で、テクノロジスト的政治へと舵を切った。
現時点では、日本は遅れを急速に取り戻し、日米はともにその先頭を走りつつある。
この流れが定着すれば、日米はいずれも、強く、そして豊かな社会を実現することになる。

右か左かではない。
理念か現実かでもない。

知識を現実に適用し、その帰結を引き受けるかどうか。

有権者はすでに、その一点で選び始めている。
テクノロジストの時代は、始まったのではない。
すでに、選ばれている。

【関連記事】

日米が再び強く豊になる理由 ──理念を語る者の時代は終わった、テクノロジストの時代が始まる 2026年2月10日
AI時代の本質を「ホワイトカラーvsブルーカラー」で切る危うさを一刀両断し、「判断と帰結を引き受ける者=テクノロジスト」が社会の中心に戻る流れを描いた一編。日米の政治的転換も、この一本の軸でつながって見える。

電力を失った国から崩れる──ウクライナ戦争が暴いた「国家が死ぬ順番」 2026年2月8日
戦争の勝敗は前線より先に決まる。国家がどこから機能停止するのかを「電力」という一点から冷徹に示し、国家設計と実装責任の意味を突きつける。エネルギーを“生存条件”として捉え直す入口になる。

今回の選挙で語られないもの──金融に続き、エネルギー政策を国民の手に取り戻せ 2026年2月1日
給付や生活コストの議論に埋もれて、なぜ金融とエネルギーが「触れてはならない専門領域」のまま放置されるのか。その構造をほどきながら、次に国民の前に出すべき設計図の輪郭まで踏み込む。

グリーンランドは次の戦場──北極圏航路で始まった静かな争奪戦 2026年1月21日
戦争が始まる前に勝敗が決まる領域がある。航路・資源・軍事拠点という国家の土台をめぐる争奪戦を「静かな戦場」として描き、日本が“利用される側”に回らないための視点を与える。

【日本の選択】バイデン大統領就任演説の白々しさ 国を分断させたのは「リベラル」、トランプ氏を「悪魔化」して「結束」はあり得ない―【私の論評】米国の分断は、ドラッカー流の見方が忘れ去られたことにも原因が(゚д゚)! 2021年1月26日
「分断」を感情論で終わらせず、理念先行の政治が社会を壊していく過程を、ドラッカー的な視点で読み解く。いま再燃している“現実への回帰”を理解するための土台になる一本。

0 件のコメント:

テクノロジストとは何者か──高市早苗とトランプが「よりテクノロジスト的」に見える理由

まとめ 右か左か、保守かリベラルかではない。政治家を分けている本当の基準は、知識を現実に適用し、その結果と責任を引き受けているかどうかであることを明らかにする。 高市早苗とトランプが「よりテクノロジスト的」に見える理由を、エネルギー政策、経済安全保障、産業政策、選挙での責任表明と...