2026年2月8日日曜日

電力を失った国から崩れる──ウクライナ戦争が暴いた「国家が死ぬ順番」


まとめ

  • ウクライナ戦争で最も決定的だったのは、前線の勝敗ではなく、発電・送電を失った瞬間に国家機能が同時に鈍り始めたという現実である。戦争の重心は兵器や兵力ではなく、国家の前提条件へと移っていた。
  • なぜ弾薬や食糧よりもエネルギーが狙われるのか。その理由を辿ると、現代国家が「電力なしでは何一つ動かない」構造を持っていることが見えてくる。エネルギーは資源ではなく、すべてを成立させる条件である。
  • この事実は、ウクライナだけの話ではない。エネルギーを経済の問題としてしか語ってこなかった国ほど、有事に脆い。この戦争は、国家がどこから崩れるのか、そして何を平時に語らなかったかを突きつけている。

1️⃣戦争の重心はどこへ移ったのか──前線からエネルギーへ

ロシア軍の空爆によって破壊されたウクライナの変電所

戦争と聞けば、多くの人は前線の戦闘や兵器、あるいは領土の奪い合いを思い浮かべる。だが、ウクライナで起きている現実は、その常識を静かに裏切っている。

ロシアが繰り返し狙っているのは、戦車や兵舎ではない。発電所、変電所、送電網、燃料供給といった、国家の日常を支えるエネルギー・インフラである。戦争の重心は、いつの間にかそこへ移っている。

もっとも、ロシアが最初からこれを主目標にしていたわけではない。開戦当初に描かれていたのは短期決着である。首都を制圧し、政権を潰し、親露政権を樹立する。国家を長く壊すより、早く乗っ取る。その発想に近かった。だから当初、国家インフラを徹底的に破壊する合理性は乏しかった。

しかし想定は崩れた。首都は陥落せず、政権も崩れず、戦争は意図せざる形で継続した。前線の消耗が進むにつれ、兵力、装備、補給、精密兵器といった軍事的選択肢は細っていく。正面から戦果を積み上げる戦いは、次第に割に合わなくなった。

そこでロシアが重心を移したのが、エネルギー・インフラへの攻撃である。これは最初から用意された必殺技ではない。戦争が長期化し、選択肢が削られていった末に残った、最も費用対効果の高い手段である。

2️⃣なぜ兵力でも食糧でもなく、エネルギーなのか

停電中の病院内部

なぜ、兵士の殺傷や食糧遮断よりも、エネルギーなのか。この点を曖昧にすれば、「戦争の本当の標的」は見えてこない。

確認しておくべき前提がある。エネルギーが潤沢でも、食糧と兵力がなければ戦争はできない。食糧がなければ兵士は動けず、兵力がなければ戦争は成立しない。これは疑いようのない事実である。

それでもなお、現代戦でエネルギーが優先して狙われるのは、より有効で、より即効性があるからだ。食糧は不可欠だが、消費は予測しやすい。配給で使用量を抑え、備蓄で時間を稼げる。兵力も同様で、前線を縮めたり戦い方を変えたりすることで、消耗の速度を調整できる。

だがエネルギーは違う。電力や燃料は軍と民間が同時に、しかも常時依存している。使わないという選択肢がない。止まった瞬間に、あらゆる機能が同時に鈍る。弾薬は生産も輸送もできなくなる。食糧があっても加工や配送が止まる。兵力が存在していても、通信、移動、指揮、医療が成り立たない。

つまり、食糧と兵力は戦うための資源である。エネルギーは、それらを機能させるための前提条件だ。だからエネルギーを断てば、倉庫に物資が山ほどあっても、使えなくなる。

電力が落ちれば、照明が消えるだけでは済まない。通信が止まり、物流が滞り、工場は止まり、医療も行政も維持できなくなる。社会は銃声が聞こえなくても、内側から崩れ始める。しかも崩れ方には順番がある。まず電力が不安定になる。次に産業が止まる。生活不安が広がる。最後に統治の正当性そのものが揺らぐ。

国家は戦争で突然滅びるのではない。支える基盤を失ったとき、音もなく機能を停止する。

3️⃣語られなかった前提と、戦争の常識の書き換え

ここで、もう一段深い問題がある。多くの国と同様、ウクライナもエネルギーを主として経済の問題として語ってきた。電気料金、補助金、制度改革、汚職対策。いずれも重要だが、語られていたのは生活と市場の文脈であり、国家の生存条件としての議論ではなかった。

電気料金平均単価の推移

これはウクライナに限った話ではない。我が国でも、エネルギーは語られてきた。だが多くは価格や制度の話にとどまり、有事に国家がどこまで持ちこたえられるかという安全保障の前提条件として、正面から争点化されたとは言い難い。語られてはいたが、争点にはなっていなかったのである。

なぜこうなるのか。エネルギーを国家の生存条件として語ることは、成長や豊かさの物語と正面から衝突するからだ。成長の物語では、エネルギーは安く、安定的に手に入るものとして扱われる。だが生存条件として捉え直せば、供給は脆弱であり、冗長性や備えのために非効率やコスト増を受け入れねばならない。

この「語りにくさ」が、戦争が始まるまで放置されてきた。

そして、ウクライナで進行しているエネルギー破壊は、世界の軍事思想にも影響を与えつつある。ロシアの攻撃は新戦法として設計されたものではない。だが、結果として国家全体を同時に機能不全へ追い込む経路が、実戦で可視化された。

戦争の勝敗は、どれだけ敵を倒したかではなく、どれだけ自国の機能を保てたかで測られる。その方向へ、戦争の常識は静かに書き換えられつつある。

結語 次に問われるのは、備えの設計である

ウクライナで起きているのは、戦争の残酷さを嘆くための物語ではない。戦争が長期化し、軍事力に制約が生じたとき、国家がどこから崩されるのかを示す、冷徹な実例である。

そしてこの問いは、戦場の外にいる国々にも向けられている。
国家がどこまで持ちこたえられるかは、危機が起きた瞬間ではなく、平時にどの前提を組み込んでおいたかで決まる。

次に問われるのは、思想ではない。設計である。
国家が止まらないためのエネルギーを、どう分散し、どう確保し、どう優先配分するのか。

その現実的な答えを、次に考えなければならない。これについて明日掲載する。

【関連記事】

今回の選挙で語られないもの──金融に続き、エネルギー政策は沈黙したまま
2026年2月1日

生活コストや給付ばかりが語られる一方で、国家の前提条件であるはずのエネルギーが争点化されない異様さを突く。今回の記事が示す「ズレ」を国内政治の文脈から補強する。

アブダビ三者会談が暴く「冷戦後秩序の終わり」──新秩序と戦争管理の現実
2026年1月24日

米・露・ウクライナを軸に進む水面下の調整を通じて、戦争が「終わる」のではなく「管理される」時代に入った現実を描く。ウクライナ戦争を単なる地域紛争として見ないための重要な補助線となる一編。

三井物産×米国LNGの20年契約──日本のエネルギー戦略を変える“静かな大転換”
2025年11月15日

派手さはないが、国家の持久力を左右する長期LNG契約の意味を丁寧に解き明かす。エネルギーを価格ではなく安全保障として捉える視点が明確になる。

秋田から三菱撤退──再エネ幻想崩壊に見る反グローバリズムの最前線 2025年9月28日
理想先行で進められた再エネ政策が、現実の経済と安全保障の前で行き詰まる過程を具体例で示す。エネルギーを「思想」で語ることの危うさが浮かび上がる。

アラスカLNG開発、日本が支援の可能性議論──エネルギー安保の新時代を切り拓け 2025年2月1日
アラスカLNGを軸に、日本がエネルギー供給網の再設計にどう関与し得るのかを論じた記事。エネルギーを国家戦略として再構築する発想の原点となる。

0 件のコメント:

電力を失った国から崩れる──ウクライナ戦争が暴いた「国家が死ぬ順番」

まとめ ウクライナ戦争で最も決定的だったのは、前線の勝敗ではなく、発電・送電を失った瞬間に国家機能が同時に鈍り始めたという現実である。戦争の重心は兵器や兵力ではなく、国家の前提条件へと移っていた。 なぜ弾薬や食糧よりもエネルギーが狙われるのか。その理由を辿ると、現代国家が「電力な...