2026年1月24日土曜日

アブダビ三者会談が暴く「冷戦後秩序の終わり」──新秩序と排除できない国・日本


まとめ
  • アブダビの米・露・ウクライナ三者会談は、和平の兆しではなく、冷戦後30年続いた秩序が限界に達したことを示す最初の公式シグナルである。本稿は、この会談が「戦争の終わり」ではなく、秩序の清算交渉の始まりであることを、具体的な交渉内容から明らかにする。
  • ウクライナ戦争の真の原因は2022年ではない。1991年、ソ連崩壊後に世界が意図的に放棄した新秩序設計の失敗にある。本稿は、なぜこの戦争が避けられなかったのかを、30年の制度史から読み解く。
  • そして最大の焦点は日本である。日本は無視される国ではない。排除すればアジアの安定が崩れる中核国家である。本稿は、なぜ日本がすでに「受け身の国」ではなく、新秩序を選ぶ側の国になっているのかを示す。

ウクライナ戦争は、もはや単なる地域紛争ではない。それは、冷戦後30年にわたって維持されてきた国際秩序そのものが、ついに再編の局面に入ったことを意味している。ソ連崩壊によって凍結されたまま放置されてきた国境と勢力圏が、いま、武力と交渉によって現実の形に引き直され始めた。その象徴が、2026年1月23日、アブダビで行われたロシア・ウクライナ・米国の三者会談である。戦火が続く最中に、当事国と最大の介入国が公式に同席する協議が開かれるのは異例であり、ここで起きているのは和平の模索ではない。戦後秩序そのものの設計作業である。

1️⃣三者会談は何を決め、何を決めなかったのか

アラブ首長国連邦の首都アブダビ

多くのメディアは、この会談を「和平の兆し」と報じた。しかし、会談の中身を冷静に見れば、そこに「和平」と呼べる合意はほとんど存在しない。各国政府の発表を突き合わせると、議論の中心はきわめて実務的で限定的なものだったことが分かる。ここで行われたのは終戦交渉ではない。戦争を管理するための最初の本格的な実務会談であった。

第一に話し合われたのは、前線の現状凍結ラインである。どこまでを事実上の停戦線として固定するのか、どの地域を今後の交渉対象区域とするのかという戦線管理の問題であり、ここで扱われているのは領土の最終帰属ではない。まず武力の拡大を止めるために、どこで戦線を止めるかという、きわめて現実的な線引きが議題となったのである。

第二に議論されたのが、段階的停戦の条件である。全面停戦ではなく、エネルギー施設への攻撃停止、黒海沿岸での攻撃抑制、特定地域での重火器使用制限など、限定的な措置を積み上げる方式が検討された。これは和平交渉ではない。戦争を制御可能な規模に抑え込むための戦闘管理の協議である。

第三に確認されたのが、捕虜交換と人道回廊の拡充である。これは象徴的な合意であり、政治的成果として最も公表しやすい分野だが、本質ではない。交渉を継続するための最低限の信頼醸成措置にすぎない。

そして最も重要なのは、最終的な和平条件について、ほとんど何も合意されていないという点である。領土問題、NATO加盟、安全保障保証の枠組みについて、三者の立場は依然として大きく隔たったままであり、そこに踏み込む合意は意図的に避けられている。合意されたのは、戦争を終わらせる条件ではなく、戦争をこれ以上悪化させず、交渉を継続する枠組みだけである。

言い換えれば、アブダビで始まったのは終戦交渉ではない。長期戦を前提とした戦争管理体制の構築である。戦争を終わらせる前に、まず戦争を壊滅的な規模にしないことを優先する段階に、大国自身がようやく入ったのである。

2️⃣ソ連崩壊という歴史的好機は、なぜ放棄されたのか

現在でも維持されているロシアの圧倒的な核戦力

ここで初めて、この会談の歴史的位置づけが見えてくる。ウクライナ戦争の起点は2022年ではない。真の起点は1991年のソ連崩壊にある。ソ連の崩壊は、単なる一国の体制転換ではなかった。それは、第二次大戦後につくられた世界秩序を、根本から再設計できる歴史的好機であった。

本来であれば、この時点で、国連安全保障理事会の構成、常任理事国制度、拒否権の扱い、勢力圏と国境線の再定義を含めた、本格的な新秩序設計が行われるべきだった。だが、世界はそれをしなかった。より正確に言えば、意図的にしなかったのである。

冷戦は終わったが、戦後秩序の中核である常任理事国の構成は、ほとんど手をつけられないまま温存された。とりわけ、ロシアと中国を、拒否権を持つ常任理事国の地位に固定したまま新時代に移行したことは、後の不安定を制度として埋め込む決定だった。ロシアは敗戦国ではないまま帝国を失い、中国は民主化も法治化も経ないまま大国として承認された。この2国に、戦後秩序を拒否できる制度的権力を与え続けたことが、世界最大の制度的失策であった。

その結果、冷戦後秩序は、新秩序でもなければ旧秩序の清算でもない、曖昧なまま凍結された未完の秩序として出発することになった。NATOは拡大し、ロシアは後退した。国境線は形式的に固定されたが、勢力圏の実質的な線引きは意図的に先送りされた。その未清算部分が、ミンスク合意に象徴される凍結された紛争となり、30年後、ついに武力として噴き出したのが、ウクライナ戦争である。

今回の三者会談が意味するのは、この設計されなかった新秩序を、いまさらになって大国自身が、現実の力で書き直し始めたという事実である。

3️⃣この会談が我が国に突きつけている現実

横須賀港に停泊する米空母「ジョージ・ワシントン」

ここで、ロシアを正確に位置づける必要がある。ロシアはもはや経済大国ではない。GDP規模ではインドや韓国を下回り、産業基盤も技術力も、中国や欧米に大きく劣る。それでもロシアが交渉の主役に残るのは、世界最大級の核戦力を持ち、国連安保理常任理事国であり、欧州の安全保障とエネルギーを直接揺さぶれる地政学的位置を持っているからである。ロシアは成長する大国ではない。衰退しても排除できない大国である。

だからこそ、この戦争はロシアを倒す戦争にはならない。ロシアをどこに押し込め、どこまで許容するかを決める戦争になる。そしてその整理を行うのは、ウクライナではない。米国とロシアである。小国の戦争は、いつの時代も、経済力ではなく、強大な軍事力を持つ国の都合で整理される。それが国際政治の現実である。

この現実は、我が国にとって決して他人事ではない。ウクライナで起きていることは、台湾有事、朝鮮半島、そして日本周辺有事の構造とほぼ同型だからである。法的に正しい国境があり、同盟国が存在しても、抑止が崩れた瞬間に、現実は武力によって書き換えられる。その後に残されるのは、交渉の席に座れる国と、座れない国の差である。

ここで、我が国自身の位置を冷静に見つめ直す必要がある。我が国は、世界の中で決して小国ではない。GDP規模では長年にわたり世界上位にあり、現在でも主要7か国の一角を占める。外貨準備高は世界有数であり、国際金融市場における円の存在感はいまなお無視できない。半導体製造装置、素材、精密機械といった分野で、我が国は代替不能な地位を占めている。

さらに重要なのは、我が国の地政学的位置である。我が国は、台湾海峡、朝鮮半島、東シナ海、ロシア極東に囲まれた、アジアの安全保障の要衝に位置している。米国のアジア太平洋戦略は、在日米軍基地を中核に組み立てられており、これを欠いた安全保障構造は現実には成立しない。これは理念ではない。米軍の運用計画そのものが、我が国を前提に構築されているという動かしがたい事実である。

加えて、我が国は米国に取ってインド太平洋地域における最大級の同盟拠点であり、自由主義陣営の補給線と後方基盤を支える中心国家である。エネルギー輸送、シーレーン防衛、情報共有、ミサイル防衛、そのいずれにおいても、我が国を欠いた体制は機能しない。我が国は無視できない国ではない。排除できない国なのである。

それにもかかわらず、我が国自身が、その事実を十分に自覚してこなかった。我が国は長く、自らを受動的な同盟国と位置づけ、秩序の受益者であることに満足してきた。しかし現実には、我が国はすでに、秩序を支える側の大国である。自覚の有無にかかわらず、我が国はすでに、大国として扱われている。

もし、我が国がこの秩序形成の場から排除されるならば、その影響は一国にとどまらない。我が国が不在となれば、台湾海峡の抑止は一気に弱体化し、朝鮮半島の均衡は崩れ、東南アジアの安全保障は連鎖的に不安定化する。アジアの安定は、我が国を前提に組み立てられているからである。我が国が無視され、あるいは排除されるという事態は、すなわち、アジアの秩序そのものが崩れ去ることを意味する。

同盟は、国を守ってくれる制度ではない。交渉の席に座る資格を与えてくれる制度にすぎない。抑止を失った国は、理念でも国際世論でも最終的には救われない。救われるのは、軍事力と交渉力を持ち、自ら秩序の形成に関与できる国だけである。

冷戦後30年、我が国は秩序の受益者であることに満足してきた。しかし今始まっているのは、秩序が壊れ、再び作り直される時代である。その時代に、抑止を持たず、交渉力を持たず、現実の力を持たない国は、必ず整理される側に回る。それは今のウクライナを見れば、自明の理である。

世界秩序は正義によって作られない。理念によっても作られない。それを作るのは、抑止と交渉と、そして現実の軍事力を実装できる国である。

アブダビ三者会談は、ウクライナ戦争の終わりではない。戦後世界の設計図が、静かに書き始められた瞬間なのである。

我が国は、この制度設計の失敗の外側に、偶然踏みとどまってきただけにすぎない。

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まとめ アブダビの米・露・ウクライナ三者会談は、和平の兆しではなく、冷戦後30年続いた秩序が限界に達したことを示す最初の公式シグナルである。本稿は、この会談が「戦争の終わり」ではなく、秩序の清算交渉の始まりであることを、具体的な交渉内容から明らかにする。 ウクライナ戦争の真の原因...