2026年1月11日日曜日

なぜ冒頭解散すべきなのか──岸田・石破が残した「決めない政治文化」との決別

 
まとめ

  • 岸田・石破政治の問題は、個々の政策の成否ではない。検討や熟議を重ねながら最終判断を避ける「決めない政治文化」が、安保・経済・外交・エネルギーのすべてで定着したことにある。本稿は、この文化がどのように国を動けなくしたのかを一つの流れとして描く。
  • 親中派や増税派の台頭は偶然ではない。抽象的で聞こえの良い言葉が実行に勝つ政治の下では、現実的な抑止や成長戦略は後回しにされる。本稿は、誰が得をし、誰が代償を払わされたのかを構造として示す。
  • 賃金は上がらず、原発再稼働も決断できず、国防と外交は後手に回った。この現実は部分修正では変わらない。なぜ冒頭解散という強い手段が必要なのか。本稿はそれを政局ではなく、政治文化そのものに決着をつける選択として提示する。
1️⃣冒頭解散しかない──岸田政権の政治姿勢と石破政治が日本を空洞化させた


「冒頭解散」という言葉に、拙速だ、前例がない、説明不足だという声が上がる。しかしそれは論点のすり替えだ。問われているのは手続きではない。岸田政権の政治姿勢と石破政治が、日本の政治をどこまで空洞化させ、その結果として何を招いたのかである。

岸田政権を象徴する言葉は明確だ。「検討する」「丁寧に検討する」「検討を加速する」。これは単なる修辞ではない。何もしないことを、あたかも責任ある政治であるかのように装う統治スタイルであった。物価高に直面しても、減税という核心には踏み込まず、給付金で時間を稼いだ。少子化対策では「異次元」という言葉を掲げながら、雇用・住宅・教育費という構造には手を付けなかった。防衛政策でも増額は語ったが、国民に覚悟を問う説明や制度設計を政治の責任で引き受けなかった。残ったのは、政策の実行ではない。検討の履歴だけが積み上がった政治である。

一方、石破茂の政治姿勢は、保守層の実感からすれば理知的でも正論でもなかった。安全保障や国家戦略に関する基礎的理解を欠いたまま、回りくどい言い回し、いわゆる石破構文で理屈を並べる。その語り口は一見もっともらしいが、中身がない。正確に言えば、「正しいことを言うが何も変わらない」のではない。理屈を並べ立てるが、結局は何も決めず、何も変えない政治であった。

岸田政権の政治姿勢と石破政治に共通するのは、決断を避け続けたことだけではない。政治を言葉の世界に閉じ込め、実行から切り離したことである。検討、熟議、丁寧な説明は、本来は決断に至るための手段だ。それ自体が目的化したとき、政治は機能を失う。国会は決断の場ではなく、言葉を消費する場へと変質した。

2️⃣言葉が支配した政治の帰結──親中派・増税派が主流になった理由


岸田・石破政権においては、自民党で親中派・増税派議員が主流になった

政治が言葉だけで回るようになると、必ず力を持つ勢力が現れる。行動しないことを正当化できる勢力だ。岸田政権の政治姿勢と石破政治の下で主流化したのが、親中派と増税派である。

親中派は「対話重視」「関係安定」「刺激を避ける」という言葉を用いた。増税派は「将来世代」「財政規律」「責任ある政治」という語彙を多用した。いずれも抽象的で聞こえは良いが、具体的な行動を伴わない言葉である。こうした言説は、不安を煽りつつ、何もしないことを現実的だと錯覚させる。

この言説は政策の先送りと常に連動した。安全保障では、尖閣、台湾、経済的威圧といった現実の脅威に対する抑止の設計が後回しにされた。経済では、需要創出と賃金上昇の基盤を作る政策が曖昧なまま、負担論だけが前に出た。外交では、会談や要請は繰り返されたが、相手の行動を変える条件提示は示されず、懸案が固定化した。

結果として国益は確実に毀損された。抑止は弱まり、相手の既成事実化が進んだ。実質賃金は伸び悩み、生活実感は悪化した。外交では主導権を失い、圧力が日常化した。言葉による正当化、先送り、国益の毀損という因果が、一貫して連なっている。

3️⃣エネルギーと賃金が示した失敗──原発再稼働を避け続けた代償

柏崎刈羽原発6号機の今月20日の再稼働は、福島事故後で東京電力(TEPCO)が運転する原発として初めての再稼働になる見込み

エネルギー政策の失敗は、岸田政権の政治姿勢と石破政治の欠陥を最も端的に示す。再生可能エネルギーを惰性的に継続する一方で、原発再稼働という現実的かつ即効性のある選択肢を政治が正面から引き受けなかったことが、決定的な誤りであった。

原子力は思想で語る対象ではない。安定供給・低廉性・自立性を同時に満たし得る基幹電源である。にもかかわらず、両政権は「理解醸成」「地元との対話」「慎重な検討」という言葉を繰り返し、再稼働の判断を事実上回避し、再稼働した原発もあるが、遅れた感は否めない。その結果、火力依存が続き、燃料費の変動が直撃し、電力価格は高止まりした。産業競争力は削られ、家計負担は恒常化した。再エネ依存 による環境破壊も続いた。これは経済政策の失敗であると同時に、エネルギー安全保障の失敗である。

同じ構図はマクロ経済にも表れている。賃金を例に取るのは偶然ではない。賃金は、政治と経済運営が本当に機能しているかを示す、最も誤魔化しのきかない指標だからだ。成長戦略も分配政策も、賃金が持続的に上がらなければ成功とは言えない。金融緩和は行われたが、十分ではなかった。需要不足の経済で賃金が上がるはずがない。実質金利を十分に引き下げ、「元には戻らない」という信認を与える覚悟が政治に欠けていた。その結果、賃金は上がらず、「増税しかない」という議論が正義の顔で広がった。政治の覚悟不足が生んだ必然である。

結論

ここまで見てきたとおり、岸田政権の政治姿勢と石破政治がもたらしたのは、単なる失政ではない。決断を回避する政治文化そのものである。安保では抑止が削られ、経済では賃金が削られ、外交では懸案が固定化し、エネルギーでは原発再稼働を避けた代償として脆弱性と国民負担が拡大した。これらは個別の問題ではない。一本の因果でつながっている。

この状況を、高市政権の成立や通常の国会運営や部分修正だけで立て直せると考えるのは幻想だ。なぜなら、問題は政策の細部ではなく、政治が決めないという姿勢そのものにあるからだ。決めない政治の下では、親中派と増税派が必ず台頭する。言葉が実行に勝ち、検討が責任に勝つからである。

だからこそ、この文化を断ち切るために冒頭解散などの覚醒のためのショックが必要になる。これは政局ではない。言葉だけで動く政治、検討しかしない政治、原発再稼働すら決断できない政治との決別を、国民に直接問う最終判断である。ここで問われるのは、誰を支持するかではない。どの政治文化を終わらせ、どの国家の姿を選ぶのかだ。

さらに注目すべきは、新年度予算案は前政権(石破政権)の色が極めて濃いということだ。骨太方針・概算要求の段階で、予算の大半はすでに確定していて、現政権が予算に自らの政策を反映させる余地はほぼない。

しかし、解散総選挙になり自民党が勝てば、審議時間不足から、現予算は暫定予算として成立させ、選挙後に大幅な修正予算という流れになる。選挙は「どの政権が、どんな予算を組むのか」を決め直す行為でもある。

冒頭解散は異例ではない。不可避である。

いま必要なのは理屈ではない。
覚悟である。

【関連記事】

OPEC減産継続が告げた現実 ――日本はアジアの電力と秩序を守り抜けるか 2025年12月1日
電力は思想ではなく国家基盤だという現実を、OPEC減産から突きつける記事。原子力・天然ガス・地政学を一本で捉え、「エネルギーを失う国の代償」を具体的に示す。

秋田から三菱撤退──再エネ幻想崩壊に見る反グローバリズムの最前線 2025年9月28日
洋上風力を例に、再エネ推進が国益とコストをどう損ねたかを描く。「継続」「検討」の裏で誰が負担したのかが見える。

中学生正答率38%の「アレクサンドラ構文」 “機能的非識字”にはリスクも? … 2025年5月18日
「言葉は整うが中身が伝わらない」政治への違和感を、機能的識字の視点で整理。決めない政治が見抜かれる理由が腑に落ちる。

石破茂首相の奇異な言語感覚―石破構文の問題点 2024年10月6日
石破構文を、決断回避の政治姿勢として分析。難しく語ることで何も決めない政治の成立過程が見える。

一行目から馬脚をあらわした 岸田首相の『文藝春秋』寄稿の笑止 2022年1月31日
岸田政治の「やっている感」と結果の乏しさを早期に見抜いた一編。なぜ今、決別が必要かが鮮明になる。


0 件のコメント:

なぜ冒頭解散すべきなのか──岸田・石破が残した「決めない政治文化」との決別

  まとめ 岸田・石破政治の問題は、個々の政策の成否ではない。検討や熟議を重ねながら最終判断を避ける「決めない政治文化」が、安保・経済・外交・エネルギーのすべてで定着したことにある。本稿は、この文化がどのように国を動けなくしたのかを一つの流れとして描く。 親中派や増税派の台頭は偶...