まとめ
- 世界はいま、エネルギーが高いか安いかではなく、思うように動かせるかどうかという段階に入っている。資源は存在していても、港湾、輸送、保険、金融といった仕組みから余白が消え、わずかな詰まりが世界全体を揺らす構造になった。戦争がなくても供給不安が起きる時代である。
- イランやベネズエラで起きている混乱は、遠い国の政治不安ではない。資源に依存し、経済と体制を単線化した国家が内側から崩れていく、資源国モデルそのものの限界が露出している。主権は宣言ではなく、維持できた国にだけ残るという現実が、いま同時多発的に示されている。
- 日本がここまで持ちこたえてきたのは偶然ではない。長期契約によって非常時の「順番」を確保し、実務と信用を積み重ねてきたからだ。ただし安泰ではない。次に来るのは、契約が政治に上書きされる世界である。その局面で耐えられるかどうかが、日本の真価を分ける。
イラン最高指導者が「退路」を意識するという報道は、体制の問題にとどまらず、エネルギーを自由に動かせなくなった世界の現実を映し出している。
その中で、資源を持たない我が国は、なぜ例外的に踏みとどまれているのか。
当事者である アリー・ハメネイ 師側は公式に否定している。だが、この種の観測が広がること自体、イラン体制が安定期を明らかに過ぎ、臨界点に近づいていることを示している。
問題は噂の真偽ではない。
国家の最高権力者が「国内にとどまり続ける」という前提を、内外がもはや当然視していないという事実である。
1️⃣資源国で起きている「体制の内側からの崩れ」
高インフレと通貨安が国民生活を直撃し、食料や燃料の価格高騰が社会の緊張を一気に高めた結果である。
当初は生活苦への抗議だったものが、やがて体制そのものへの疑念へと変わり、「独裁への反発」や「自由を求める声」が前面に出るようになった。治安部隊による強硬な鎮圧が続いても抗議が収まらないのは、問題が一時的な政策判断ではなく、構造に根差しているからだ。
ここで思い起こされるのが、ベネズエラで起きた大統領拘束という出来事である。
大統領 ニコラス・マドゥロ 氏の身柄が拘束された事実は、世界に冷酷な現実を突きつけた。
主権とは宣言ではない。
維持できた国にのみ、結果として与えられるものである。
イランもベネズエラも、豊富な資源を持ちながら、経済の多角化に失敗し、体制と資源収入を一体化させてきた。資源国モデルは一見すると強固に見えるが、内側から不満が噴き出した瞬間、その構造は驚くほど脆い。世界はいま、資源依存と権威主義を組み合わせた体制が、同時に試練を迎える局面に入っている。
2️⃣原油価格では説明できない「エネルギーが動かない世界」
| カザフスタンの石油精製所 |
中東が不安定化するたびに、原油価格の上昇ばかりが語られる。だが、問題の本質はそこにはない。
世界はいま、エネルギーが高いか安いかではなく、思うように動かせるかどうかという段階に入っている。
原油やガスは地下に存在していても、それを消費地まで届けるには、港湾、パイプライン、船舶、保険、金融決済といった現実の条件が必要だ。そのどこか一つが詰まるだけで、エネルギーは「あるのに使えない」存在になる。
かつては、この仕組みに余裕があった。
港も船も保険も、多少の遅れやトラブルを吸収できる重なりがあり、「止まらないこと」を最優先に設計されていた。多少のコスト増を許容してでも、余剰能力を持つこと自体が安全装置として機能していた。
しかし近年、この余裕は意図的に削ぎ落とされてきた。
効率性と採算性が徹底され、在庫削減が正義とされ、「使われていない余力」は無駄として排除された。港は最小限の稼働で回され、船は常にフル稼働し、保険や金融も想定外を嫌って引き締められた。その結果、仕組み全体は整然と見える一方で、驚くほど脆くなった。
余裕がない世界では、小さな詰まりが連鎖する。
天候不良、設備トラブル、地政学的緊張、あるいは行政判断の遅れ。そのどれか一つが起きただけで、全体が連動して滞る。以前なら吸収できた揺らぎが、いまはそのまま供給不安として表面化する。
この現実を象徴するのが、先日もこのブログで述べた、カザフスタン産原油をめぐる不安定さだ。
カザフスタンは有数の産油国であるにもかかわらず、輸出は特定のルートとインフラに強く依存している。天候や設備の問題、地政学的緊張が重なるだけで供給は滞り、その影響は局地的にとどまらず、欧州を中心に国際市場全体へ波及する。
戦争でも全面封鎖でもない。
「わずかな詰まり」が世界を揺らす。これが、いま私たちが直面している現実だ。
3️⃣日本が持ちこたえている理由と、次に問われる覚悟
その理由を理解する鍵が、長期契約とスポット買いの違いにある。
スポット市場とは、その時点で余っているエネルギーを、最も高い価格を提示した者が奪い合う場である。有事になれば価格は跳ね上がり、資金があっても物理的に手に入らない局面が生じる。最後に取り残されるのは、信頼関係と実務の積み重ねを持たない国だ。
一方、長期契約は安さを買う仕組みではない。
非常時でも「自分の分が優先される順番」を確保するための契約である。
港が混乱しても、船が不足しても、市場が動揺しても、日本向けの供給が切り離されにくいのは、この順番が契約として存在しているからだ。総合商社や電力会社が、平時には割高に見える契約を切らずに維持してきたのは、理念ではなく現場の経験から、この価値を理解していたからである。
日本は資源を持たない。
だがその代わりに、契約を守る信用、実務を積み重ねる能力、そして有事でも判断できる時間を確保してきた。イランやベネズエラに欠けていたのは、この時間だった。
もっとも、ここで安心するのは危険だ。
国家が不安定化すれば、契約よりも国内事情や体制維持が優先される局面は必ず訪れる。次に来るのは、契約が存在していても、政治がそれを上書きする世界である。
だから日本に求められるのは、契約の数を増やすことではない。
契約を守ることが供給国にとっても合理的である環境を、外交、安全保障、産業政策を通じて粘り強く作り続けることである。
結び
イランの体制動揺、ベネズエラで示された現実、そしてカザフスタン産原油をめぐる不安定さは、すべて一つの問いに収れんする。
危機が起きるかどうかではない。
危機が常態化する世界で、備えを更新し続けられる国家かどうかである。
我が国が持ちこたえられる可能性は高い。だが、それは自動的に保証されたものではない。思考停止を拒み、現実を直視し、実務を磨き続ける覚悟があるかどうか。それだけが、次の時代を分ける。
世界が揺れる時代において、最大の危機は混乱そのものではない。
混乱を前にして、考えることをやめてしまうことである。
【関連記事】
対話の直後に始まった米軍の対ベネズエラ軍事行動──時間軸が突きつける現実 2026年1月4日
「対話」は救済ではなく、弱体化した体制に“終局の合図”を出させる装置にもなり得る、という視点で米軍行動を読み解いた記事だ。今回の「退路を意識する指導者」というテーマを、ベネズエラの“時間軸の現実”で補強。
ベネズエラのマドゥロ政権が米国との「真剣な対話」に踏み出した理由──我が国が学ぶべき対中依存は必ず行き詰まるという現実 2026年1月3日
対米「真剣な対話」を口にした背景を、中国の失速と外部依存の限界として整理している。中東の不安定化を「政権の動揺」として読む際の、比較軸として参考になる。
今、原油は高くなったのではない──世界が「エネルギーを思うように動かせなくなった」現実と、日本が踏みとどまれた理由 2025年12月26日
価格の上下ではなく、港湾・航路・保険・インフラという“動かす条件”が詰まることでエネルギーが止まる、と主題を明確にした記事。今回タイトルの「動かせなくなった時代」を説明する土台となる。
三井物産×米国LNGの20年契約──日本のエネルギー戦略を変える“静かな大転換” 2025年11月15日
長期契約が“平時の調達”ではなく“有事の保険”になっていることを示す記事。
ASEAN分断を立て直す──高市予防外交が挑む「安定の戦略」 2025年11月5日
不安定化が起きたときに効くのは、理念ではなく“安定を設計する現実の仕組み”だという視点で、外交・安保・エネルギー連携を束ねた記事である。中東リスクを「煽り」で終わらせず、我が国の打ち手へ接続する導線になる。
0 件のコメント:
コメントを投稿