2026年1月27日火曜日

中国軍中枢二人の失脚が意味するもの──日本は煽らず、時間を味方につけよ


まとめ

  • 中国軍で起きているのは単なる汚職摘発ではない。実際に軍を動かしてきた中枢二人が同時に失脚したことで、中国軍は「弱くなった」のではなく、「自分で判断しにくい軍」へと変質している。
  • 日本に必要なのは過剰な危機煽りではない。ASWをはじめとする多点的・持続的な圧力を重ねることで、中国側に判断と調整を強い続けさせる戦い方こそが現実的だ。
  • 制度と手続きを持つ日本は、時間を使う側に立てる。場当たりを重ねる軍が消耗していく構造を冷静に見極め、煽らず、焦らず、時間を味方につけることが日本の勝ち筋である。
1️⃣中国軍中枢二人の失脚

ここ最近、中国軍の中枢に近い幹部が相次いで「調査対象」となってきた。だが、我が国の感覚で「事情聴取」や「説明責任」と捉えると、入口で躓く。中国軍で「立案審査調査」となれば、意味ははっきりしている。人事権、指揮権、情報へのアクセスが止まり、事実上、軍人としての機能は停止する。表向きの処分発表より前に、現実の権限が奪われる。これが中国式だ。

そして2026年1月24日、中国国防部は、中央政治局委員で中央軍事委員会副主席の張又侠と、中央軍事委員会委員で統合作戦の要である聯合参謀部参謀長の劉振立について、「涉嫌严重违纪违法(重大な規律違反および違法行為の疑いがある)」「决定立案审查调查(立件して審査・調査を行うことを決定した)」と公表した。これは噂話ではない。中国側の公式発表である。 
張又侠

この二人が意味するものは重い。張又侠は軍の最上層で、制度と人事と運用の結節点にいた。劉振立は、平時の演習だけでなく、有事の統合作戦を回す実務側の中枢にいた。しかも二人とも上将級である。式典の飾りではない。「動かす側」そのものだ。

要するに、中国軍は「弱体化した」というより、「判断しにくい軍」へ変質しつつある。忠誠と統制が優先され、判断を誤れば個人が責任を負わされる。こうなると現場は縮み、上層は迷う。柔軟性は育たない。
これは金の問題というより、統制の問題である。中国側は「規律と法」による説明を繰り返すが、軍の心臓部に集中する動きは、組織そのものの病理を示している。 

2️⃣中国軍の「判断消耗」を積む増すチャンス

防衛の議論で、縦深防御を軽んじるのは危険だ。基地の分散、後方の冗長化、補給線の多層化。単発の打撃で全体が麻痺しないようにする。これは国家防衛の基本であり、日本の防衛構想にも確かに組み込まれている。

ただし、縦深防御は「主役」ではない。戦闘が始まった後に耐える構えである。日本が本当に握るべき主導権は、戦闘に至る前の局面にある。相手の判断を鈍らせ、誤らせ、遅らせる。ここで効いてくるのが「判断消耗」という発想だ。

南西諸島

判断消耗とは、相手に選択肢を与えることではない。選択を強要し、迷わせ、確認と再確認を増やすことだ。判断の回数が増えれば、失敗も増える。上層の統制が強い軍ほど、その負荷は重くなる。

その代表がASW(対潜戦)である。ASWは派手な一撃ではない。だが、潜水艦が「どこにいるか分からない」状態を維持するだけで、相手は毎回、行動の前提を計算し直さねばならない。出るのか、潜るのか。展開を広げるのか、絞るのか。指揮を前に出すのか、後ろに下げるのか。ASWは、相手に「選べ」と迫る装置である。

縦深防御が土台なら、ASWは土台の上で相手の判断力を削る刃だ。両者は対立しない。日本は土台を固めたうえで、相手の判断点を増やす戦い方を主軸に据えるべきだ。

3️⃣判断消耗装置を重ねるほど、日本の安全保障は一段上がる

海自の潜水艦

重要なのは、判断消耗装置はASWだけではないという点だ。重ねれば重ねるほど、相手の調整と迷いは跳ね上がる。中国軍が「判断しにくい軍」へ傾くほど、効き目は増す。

まず宇宙領域である。衛星の状況把握、運用の揺さぶり、限定的な機能妨害。撃墜のような露骨な形でなくても、「見えているのか、見えていないのか」を疑わせるだけで、相手の判断は遅れる。中央集権の軍にとって、「見えない」は致命傷だ。

次にサイバー・電磁波領域である。完全遮断が目的ではない。遅延、不整合、断続的な混乱が起きるだけで、司令部は確認に追われる。現場裁量が狭い組織ほど、判断が止まる。

さらに経済安全保障と法制度運用も、判断消耗装置になり得る。輸出管理、投資審査、港湾・通信インフラの規律。発動するかどうか分からない、しかし“手札として存在する”という事実が圧力になる。しかもこれは繰り返し使える。制度国家の日本に向く戦い方だ。

ここで「日本が不十分な点」もはっきり言うべきだ。伸び代があるからこそ、戦略は強くなる。

第一に、沈黙と発信の使い分けだ。日本は説明は得意だが、「あえて語らず、相手に説明を強いる沈黙」は、もっと戦略として使える。沈黙は逃げではない。相手に整合を取らせる圧力になり得る。

第二に、法執行と行政運用のテンポだ。恣意ではなく、あらかじめ定めた裁量の幅の中で、時期と強度を調整する。これだけで相手は毎回「次はどこまで来るのか」を計算し直す。判断点が増える。

第三に、同盟国・準同盟国との連携の見せ方だ。すべてを共同声明で可視化する必要はない。限定参加、個別協力、観測的関与。段階を混在させれば、中国側は全体像の再計算を迫られる。

では中国は、出鱈目を繰り返して乗り切ればいいのか。ここが肝だ。
常識にとらわれない柔軟性そのものは否定されるべきではない。むしろ、戦術として磨けば強い。しかし、それが「戦術」になるには条件がある。現場裁量が広く、失敗が許容され、矛盾が組織として吸収される体制だ。

中国は真逆である。権限は上に集まり、失敗は個人の首が飛び、矛盾は政治問題になる。この構造では、非常識な一手は一度きりの賭けになる。回を重ねるほど判断は難しくなり、調整は増え、動きは鈍る。出鱈目は、繰り返せない。だから効かない。

一方、日本は「型」を持てる。初動は慎重に見えるかもしれない。だが一度定めた基準は繰り返せる。繰り返せるから速くなる。これは鈍重さではない。蓄積の強さである。

結語 日本は「判断しにくい軍」を固定化させ、柔軟性を失うな

結論は明快だ。

日本は、中国軍が「判断しにくい軍」であり続けるよう、ASWを中核に据えつつ、宇宙・サイバー・電磁波・経済安全保障・法運用・同盟調整といった判断消耗装置を多層的に重ねるべきだ。その一方で、自らは無秩序な場当たりに堕ちない体制を固辞し続けるべきだ。

ここで排除すべきなのは柔軟性ではない。排除すべきなのは、責任の所在が曖昧で、再現も検証もできない場当たりだ。
逆に言えば、民主的な制度と責任の枠組みの中で、常識にとらわれない発想を反復可能な戦術へ育てることは、むしろ積極的に助長すべき資産である。

判断消耗装置を重ねれば、日本の安全保障は確実に一段上がる。武器の数を誇る話ではない。相手が決断するまでに必要な思考と調整を、こちらが淡々と増やし続けるという話だ。
そして、判断が遅れ、誤り、やり直しを繰り返す軍は、装備が揃っていても主導権を失う。

声高に語る必要はない。誇示も不要だ。
時間を味方につける戦い方とは、判断消耗を積み重ねることである。
我が国はいま、恐れる立場にはない。冷静に、時間を使い切る立場にある。

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