2026年1月14日水曜日

彼らはどこで道を誤ったのか──ベネズエラ、イランを巡るリベラル・左派思想の自己崩壊

まとめ

  • ベネズエラとイランで、リベラル・左派は人々の苦境よりも、米国が関与する可能性に強く反応した。本稿は、民衆から体制へと主語がすり替わった瞬間を具体例で追う。
  • 国際法は本来、人命を守るための規範だった。それがいつ、どのようにして、行動しないことを正当化する盾へと変質したのかを検証する。
  • 誰が何をしたかではなく、誰がどの属性に属しているかで善悪を決める思考は、米国発のアイデンティティー政治に起源を持つ。本稿は、その判断の型が国際政治に持ち込まれ、思想が内側から崩れていく過程を描く。

1️⃣民衆より体制が選ばれた瞬間──ベネズエラとイラン

イランの反体制派デモ

「もう世界のリベラル・左派は終わりではないか」。
これは感情論ではない。事実を時系列で追えば、誰にでも同じ結論に到達するという意味での判断である。

私たちは、ベネズエラとイランという二つの現場で、リベラル・左派が歴史の分岐点において誰を守り、誰を後景に退かせたのかをリアルタイムで目撃した。それは理念の問題ではない。選択の問題である。

ベネズエラでは、経済崩壊、食料・医薬品不足、反政府デモへの暴力的弾圧が長期にわたって続いてきた。にもかかわらず、国際的なリベラル言説が決定的に熱を帯びたのは、民衆の苦境が極限に達した時ではなかった。米国が軍事介入を排除しない姿勢を示したと受け止められた瞬間である。

その途端、議論の主語は人々の生活から外れ、「主権」「国際法」「内政不干渉」へと一斉に移動した。守られたのは民衆ではなく、体制の不可侵性だった。

イランでも構図は同じである。抗議運動が拡大し、死者が増え、弾圧の実態が可視化されても、初動は抑制的だった。転換点は、事態が深刻化する中でアメリカ合衆国が大量殺戮を看過しない可能性を示唆したと受け止められた段階である。この瞬間、焦点は現に起きている殺害から、「まだ起きていない軍事行動の是非」へとすり替わった。優先順位が明確に逆転したのである。

2️⃣国際法という「盾」──人道が退いた思想の縮退


ここで問うべき核心は、リベラル・左派が国際法をどう使ったかである。国際法は本来、暴力を抑制し、人の尊厳を守るための枠組みだ。ところがこの局面での国際法は、行動しないことを正当化する盾として機能した。

主権不干渉が絶対化され、国家が自国民に深刻な被害を与えても、「内政」という一語で思考が停止する。これは法の尊重ではない。法を用いた回避である。

この反応は偶然ではない。被害が可視化されると限定的な批判は行われるが、外部の圧力が意識された瞬間、論点は一斉に移動する。殺されている人ではなく、「西側、とりわけ米国が何をするか」が主語になる。この同時性は、思想的反射と呼ぶほかない。

ここで断定しておくべきことがある。
この思考様式の原型は、米国内で成熟したアイデンティティー政治にある。

誰が何をしたかではなく、誰がどの属性に属しているかを先に固定し、被害者と加害者を自動的に割り当てる判断の型である。この思考は、米国内の社会運動、大学、メディア空間で形成され、政治言語として定着した。

重要なのは、それが米国内にとどまらなかった点だ。この判断様式は、学界、NGO、メディアを媒介として西側諸国に輸出され、国際政治の解釈枠組みとして移植された。その結果、「非西側」「反米」という属性が先に被害者性を帯び、現実の弾圧や殺害は後景に退くという倒錯が生じた。

この文脈で、「人道的介入」という言葉はリベラル・左派の語彙から消えた。冷戦後、主権より人命を重視すると語ってきた当事者自身によってである。これは成熟ではない。思想の縮退である。

3️⃣同型は日本にもある──橋下徹氏、主要メディア、海外知識人


この構造は、海外の人権団体や欧米の一部知識人だけのものではない。日本の言論空間にも、ほぼ同型の反応が存在する。

その最も分かりやすい例が、橋下徹氏の見解である。橋下氏は一貫して、国際問題を論じる際に国際法を最上位の基準に据え、「侵略や武力行使は誰であれ同じ基準で批判されるべきだ」と主張してきた。一見すると公平で理性的に映る。

しかし問題は、その公平性が文脈を切り落とした抽象的平等にとどまっている点にある。国家行動は、目的、代替手段の有無、行動しないことがもたらす結果まで含めて評価される。それらを捨象し、「国際法違反か否か」という一点で思考を止めれば、結論は必ず同じになる。行動すべきではない。現状を維持すべきだ。

だがその現状とは、すでに人が殺され、抑圧されている状態である。橋下氏が独裁や弾圧を肯定しているわけではない。しかし論理を貫けば、結果として体制の継続を事実上容認する側に立つ。

日本の主要メディアでも同型の反応は繰り返されてきた。朝日新聞や毎日新聞の論調を見れば、体制の人権侵害を指摘しつつも、最終的な力点は常に「外部からの圧力は慎むべきだ」「国際法秩序を壊すな」に置かれる。主語は「いま殺されている人々」ではなく、「西側はどう振る舞うべきか」である。

海外でも同じ型が確認できる。ノーム・チョムスキーやバーニー・サンダースに代表される言説は、外部介入への警戒を最優先し、結果として行動しない理由だけを精緻化してきた。

結論

世界が力と秩序の再編期に入った今、理念に逃げる国から崩れていく。
現実を直視し、決断の責任を引き受けた国だけが生き残る。
日本もまた、その選別から逃れることはできない。

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