2026年1月18日日曜日

中国経済の虚構と、日本が持つべきリアリズム──崩壊しないのではなく、崩壊できないのだ


まとめ
  • 中国経済が「まだ持っている」ように見えるのは、強さの証明ではない。問題を解決せず、弥縫策を繰り返してきた結果、崩壊が許されない構造に追い込まれているだけだ。崩れないのではなく、崩れられない。この逆転を理解しなければ、中国経済を見誤まる。
  • しかも、その延命は経済政策だけで成り立っていない。監視と弾圧で不満を抑え込み、日本や西欧を「外部の敵」に仕立てることで、国民の怒りが体制に向かうのを避けている。経済停滞と対外強硬が同時に進むのは、体制維持のために選ばれた必然だ。
  • この構造を最も分かりやすく示すのが台湾問題である。台湾は地政学的争点であると同時に、国内不満を外に逃がすための装置だ。中国経済と台湾問題を切り離して考える限り、我が国は現実を見誤り続ける。

中国経済は崩壊はしていない。GDPは統計上、なお成長を示し、工業生産も完全には止まっていない。そのため、「中国崩壊論は誇張だ」とする声はいまも根強い。しかし、それは中国経済が健全であることを意味しない。問題の核心は別にある。中国経済はすでに、国家の正当性を支える装置として機能不全に陥っているという点だ。

この点については、拙稿
中国経済は『崩壊』していない ──だが中国共産党の正当性は、すでに回復不能点を超えた
で詳しく論じた。そこで示したのは、中国共産党が経済成長という交換条件を失い、体制の正当性がすでに回復不能点を越えているという現実である。

本稿は、その議論を前提に、さらに踏み込む。問いは単純だ。
正当性を失ったにもかかわらず、なぜ中国経済は「今も動いている」ように見えるのか。

1️⃣不可解さの正体──体制優先という国家像


従来から中国経済には、経済合理性だけでは説明できない現象が続いてきた。不動産市場は事実上崩壊しているにもかかわらず、金融危機は表面化しない。地方政府は深刻な債務を抱えながら、破綻処理は行われない。若年失業は社会問題化しているはずなのに、統計から忽然と姿を消した。外資は明確に撤退しているのに、国家は危機感を示さない。

これらは確かに不可解に見える。しかし、不可解なのは現象そのものではない。中国をどのような国家として認識するかという、認識の仕方の誤りに原因がある。

中国を「経済成長を最優先する国家」と認識すれば、これらの動きは理解不能になる。しかし視点を変えれば、すべては一本の線でつながる。中国共産党は、経済よりも体制維持を最優先している。この単純な事実を見落とすと、中国経済は永遠に理解できない。

その典型例が、2020年から2022年にかけてのゼロコロナ政策である。都市封鎖、物流停止、工場閉鎖が繰り返され、中国経済は自ら深刻な打撃を受けた。それでも政策は長期間維持された。経済合理性が優先される国家であれば、早期に修正されていたはずだ。だが、そうはならなかった。ゼロコロナは感染症対策ではない。社会統制の完成度を高めるための実験だったのである。

同じ構図は、民間IT企業への締め付けにも現れている。巨大IT企業は、ある日を境に厳しい統制下に置かれた。問題は独占ではない。国家の管理外で影響力を持つ存在を許さない、ただそれだけの理由だ。さらに象徴的なのが、若年失業率の統計公表停止である。失業を減らせないなら、数字を消す。これは経済を優先する国家の判断ではない。体制の方を重視する国家の判断である。

2️⃣弥縫策の積み重ねと、統治技術による延命

もっとも、中国経済の異様さは体制優先だけでは説明しきれない。もう一つの要因がある。それは、中国経済が問題を解決せず、弥縫策を繰り返してきたという事実だ。

不動産バブルが崩れれば、市場清算は行わず、地方政府や国有銀行に負担を回す。地方政府が行き詰まれば破綻処理は避け、融資を継ぎ足す。失業が深刻化すれば、雇用対策ではなく統計そのものを消す。これらは改革ではない。時間を買うための弥縫策である。

重要なのは、これが一時的対応ではなく、二十年以上にわたり繰り返されてきた点だ。その結果、中国経済は「崩れない」のではなく、崩れきれず、歪みを内部に溜め込み続ける構造になった。外から見れば粘り強く映るが、それは健全さの証明ではない。

中国の監視カメラ

さらに近年、中国共産党の延命は、弥縫策だけでは成り立たなくなっている。経済的な継ぎはぎの背後で稼働しているのが、監視・弾圧・外部敵視という統治技術である。個人の移動、通信、消費、交友関係を可視化し、不満の芽を初期段階で摘み取る。弾圧は全面的ではない。選別的に行い、見せしめと自己検閲によって沈黙を内面化させる。

こうして不満は噴き出さない。しかし消えもしない。行き場を失った怒りは圧縮される。その圧力を逃がすために必要なのが、外部の敵である。経済不振は外国の妨害、技術停滞は西側の制裁、日本や西欧諸国は怒りを受け止めるための格好の対象となる。これは偶然ではない。体制維持に不可欠な工程だ。

ここで、はっきりさせておくべき事実がある。
経済は、適切な形で一度崩壊した方が、国家として健全になる場合がある。

その典型が、1997年の通貨危機を経験した韓国である。韓国経済は当時、財閥主導の過剰投資と不透明な金融慣行によって深刻な歪みを抱えていた。危機は痛みを伴ったが、破綻処理と構造改革を受け入れた結果、財務体質は改善され、企業統治も透明化された。失われた信用は、改革を通じて取り戻されたのである。崩壊は終わりではなかった。再生の起点だった。

さらに遡れば、デンマークもまた、国家としての再出発を経験している。1980年代、デンマークは高失業率、慢性的な財政赤字、競争力の低下という「国家病」に陥っていた。しかし政府は問題を先送りせず、痛みを伴う財政再建と制度改革を断行した。結果として、デンマークは「高福祉・高競争力」を両立する国家へと転じた。ここでも、必要だったのは延命ではなく、一度壊して組み直す覚悟だった。

この二つの事例が示すのは単純な教訓である。
崩壊そのものが国家を滅ぼすのではない。崩壊を恐れて歪みを放置することが、国家を蝕む。

中国経済は、まさにその逆を選び続けてきた。過剰債務は整理されず、不動産バブルは清算されない。問題は解決されることなく、弥縫策によって覆い隠される。その代償として、監視と弾圧が強化され、外部に敵が作られる。これは再生への道ではない。破断を先送りすることで、より大きな不安定を蓄積する道である。

韓国やデンマークが選んだのは、短期的な痛みを受け入れる代わりに、長期的な安定を取り戻す道だった。中国が選んでいるのは、痛みを受け入れずに、国家全体を不安定な均衡に閉じ込める道である。この差は決定的だ。

3️⃣台湾問題は、地政学だけではなく国内統治の延長でもある

この視点から見れば、台湾問題は驚くほど理解しやすくなる。台湾は軍事的要衝である。それは否定しない。しかし同時に、中国共産党にとって国内統治のための装置でもある。

経済不安が高まり、若年層の不満が蓄積する局面で、「統一」という大義は国民の視線を一気に外へ向ける力を持つ。体制が直接批判を浴びそうになるたびに、焦点を外に移す。その役割を、台湾ほど効果的に果たせる対象はない。

注目すべきは、台湾問題が常に温度管理されている点だ。全面戦争に踏み切るわけでもなく、完全に沈静化させるわけでもない。軍事演習、威嚇、強硬な言辞──それらは国外向けであると同時に、国内向けの演出でもある。

中国と台湾

台湾問題が未解決であり続けること自体が、体制にとって都合がよい。解決してしまえば、新たな外部敵視の対象を用意しなければならない。だから中国共産党は、台湾問題を解決しない。使い続ける。尖閣問題も同じ構造である。

ここまで見れば、中国経済の不可解さはもはや不可解ではない。
弥縫策で経済を塞ぎ、監視と弾圧で不満を圧縮し、外部敵視で怒りを転嫁する。この三つが組み合わさることで、中国は「崩れないが、健全でもない」状態を維持している。

しかし、この構造はきわめて危うい。いずれか一つが機能しなくなった瞬間、圧縮されてきたものは一気に噴き出す。そのとき起きるのは、穏健な改革ではない。制御不能な破断である。

日本が警戒すべきは、「中国はいずれ崩壊する」という安易な崩壊論ではない。崩壊自体はプラスとは言えないものの、崩壊してしまえば、現体制は崩れ民主的な体制に転換する可能性がある。真に危険なのは、崩壊しないまま、不安定な状態が長く続く中国である。

幻想にすがる国は、必ず現実に殴られる。
我が国に必要なのは善意ではない。
冷徹なリアリズムである。

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