1️⃣世界はどこで変わったのか──グローバリズムの前提が崩れた瞬間
世界はすでに、引き返せない地点を越えている。その変化を、感覚や雰囲気ではなく、言葉として整理してきた場がある。それが 世界経済フォーラム(WEF)である。
WEFは毎年、スイス・ダボスで年次総会を開き、各国の政治指導者、中央銀行総裁、企業トップ、研究者らが集まり、世界経済と国際秩序のリスクを共有してきた。その過程で公表される年次のリスク評価は、特定の国益や思想を主張するものではない。世界の意思決定層が、いま何を最大の不安要因として認識しているかを可視化したものである。
直近では、2026年1月、ダボス会議を前に公表された最新のリスク評価において、短期的に世界へ最も深刻な影響を与える最大のリスクとして挙げられたのが、戦争や感染症ではなく、大国間の経済対立であった。これは予測ではない。すでに起きた現実を踏まえた総括である。
| WEFの会場 |
ここで注目すべきは、この指摘を行った主体がWEFであるという事実そのものだ。WEFは長年にわたり、自由貿易、国境を越えた資本移動、国際分業といったグローバリズムを前提とする世界観を共有してきた場である。すなわち、経済的相互依存が深まれば国家間の対立は抑制され、世界はより安定するという発想を、最も強く信じてきた側の集まりであった。
そのWEFが、最大のリスクとして「大国間の経済対立」を挙げたという事実は、単なる危機認識の更新ではない。グローバリズムを前提としてきた側自身が、その前提がすでに崩れ、経済が協調の手段ではなく、対立と分断の道具に変質した現実を公式に認めたという意味を持つ。これは楽観論の修正ではない。グローバリズムという世界秩序の基盤が揺らいでいることの確認である。
ロシアはウクライナ侵攻後、金融制裁によって巨額の外貨資産を事実上使えなくなった。一方、ロシア産エネルギーへの依存を急激に断った欧州、とりわけドイツは、エネルギー価格の高騰に直撃され、製造業の競争力を大きく損ねた。制裁される側だけが傷ついたのではない。経済対立とは、相互依存を前提に築かれた秩序そのものを壊す行為であり、仕掛けた側もまた必ず代償を払う。
米中対立も同じ構図にある。先端半導体、製造装置、設計ソフトを一体で封じることで、中国の先端開発は世代単位で遅れた。これは市場競争ではない。相手を技術的に到達不能にする政策である。経済はもはや効率や利益の道具ではない。相手の選択肢を奪うための武器として使われている。
2️⃣日本は何を持ち、なぜ迷っているのか──強みと主導権、そして判断が下されなかった構造
この世界において、「日本は無防備だ」という評価は正確ではない。我が国は、代替が極めて困難な強みを数多く持っている。半導体材料分野だけを見ても、フォトレジスト、シリコンウエハ、精密研磨材、洗浄・成膜関連材料など、日本の供給が止まれば世界の製造ラインが止まる領域は少なくない。
象徴的なのが、先端半導体パッケージに不可欠なABFである。これを事実上独占的に供給しているのが 味の素 だ。ABFはCPUやGPUの基板に欠かせない材料であり、代替技術は長年試みられてきたが、量産性と信頼性の壁を越えられていない。これは高いシェアという話ではない。他に選択肢が存在しないという意味での独壇場である。
日本の強みは半導体材料に限られない。超精密工作機械、特殊鋼、炭素繊維、高機能磁性材料、精密部品。航空宇宙、防衛、エネルギー、医療といった分野で求められる水準を、安定して満たせる国は多くない。我が国は、世界の産業を下から支える不可欠な力を、すでに握っている。
それでも危うさが消えないのは、これらの強みが国家の主導権に転換されていないからだ。日本は産業の「喉元」を押さえているが、設計思想や標準、投資判断といった「頭脳」と「心臓」は海外にある。最も現実的なリスクは全面遮断ではない。材料は買われ続けるが、次世代の議論から静かに外される。強みを持ちながら、戦略の中心から外されることこそが最大の危機である。
この状況を生んだのは、政治・官僚・企業の分業構造である。政治は票にならず短期成果も見えない領域に踏み込まなかった。官僚は与えられた前提を最適化することには長けていたが、その前提が崩れる事態を想定し、壊す権限を持たなかった。企業は政治と距離を取ることで成功してきた合理的判断の結果、国家戦略から距離を置いた。三者はそれぞれ合理的だったが、合成すると誰も全体判断を下さない構造が完成した。
象徴的なのが、先端半導体パッケージに不可欠なABFである。これを事実上独占的に供給しているのが 味の素 だ。ABFはCPUやGPUの基板に欠かせない材料であり、代替技術は長年試みられてきたが、量産性と信頼性の壁を越えられていない。これは高いシェアという話ではない。他に選択肢が存在しないという意味での独壇場である。
日本の強みは半導体材料に限られない。超精密工作機械、特殊鋼、炭素繊維、高機能磁性材料、精密部品。航空宇宙、防衛、エネルギー、医療といった分野で求められる水準を、安定して満たせる国は多くない。我が国は、世界の産業を下から支える不可欠な力を、すでに握っている。
それでも危うさが消えないのは、これらの強みが国家の主導権に転換されていないからだ。日本は産業の「喉元」を押さえているが、設計思想や標準、投資判断といった「頭脳」と「心臓」は海外にある。最も現実的なリスクは全面遮断ではない。材料は買われ続けるが、次世代の議論から静かに外される。強みを持ちながら、戦略の中心から外されることこそが最大の危機である。
この状況を生んだのは、政治・官僚・企業の分業構造である。政治は票にならず短期成果も見えない領域に踏み込まなかった。官僚は与えられた前提を最適化することには長けていたが、その前提が崩れる事態を想定し、壊す権限を持たなかった。企業は政治と距離を取ることで成功してきた合理的判断の結果、国家戦略から距離を置いた。三者はそれぞれ合理的だったが、合成すると誰も全体判断を下さない構造が完成した。
3️⃣それでも日本は選び直せる──現実主義による主導権回復
| 2023年、札幌で開催された。G7気候・エネルギー・環境大臣会合 |
同時に、非常時を想定した制度設計を平時から行う必要がある。遮断が起きてから考える国は、必ず後手に回る。供給の優先順位や同盟国との補完関係を、事前に共有しておくことが不可欠だ。
ここで重要な示唆を与えるのが、欧州連合(EU)の規範主導である。EUは、規制や基準を通じて市場参加の条件そのものを書き換えてきた。環境規制やデータ保護、製品安全基準は、EU域内のルールでありながら、結果として世界標準となり、各国企業の行動を縛る力を持った。
しかし同時に、EUの規範主導は万能ではない。理念が先行し、現実の産業構造や技術成熟度を十分に踏まえなかった結果、自縄自縛に陥った例も少なくない。エネルギー政策や自動車分野における規制の迷走は、その象徴である。規範は強力だが、運用を誤れば自らの競争力を削ぐ。
この点で、日本はEUと決定的に異なる立ち位置にある。日本は、実際に作り、壊れ方を知り、直してきた国である。現場を知るがゆえに、理念先行ではなく、実装可能性を前提にした規範を示すことができる。技術、供給、信頼、そして規範を束ねたとき、日本は単なる部品供給国ではなく、産業秩序の設計者になれる。
最終結論──日本は今こそ世界にとって不可欠な国である
強みを持たない国が周縁に置かれるのは、国際社会の自然な流れである。しかし日本は、その側にはいない。我が国は、世界が本気で必要とする強みを、すでに持っている。半導体材料、ABF、精密加工、高機能素材、そして長年積み上げてきた信頼。これは偶然でも、過去の遺産でもない。世界の産業が現実に依存してきた力である。
ここで見落としてはならないのは、日本が周縁国になってしまえば、それは日本だけの損失ではないという点だ。日本の強みは、他国を押しのけるための力ではない。世界の産業が安定して動き続けるための、静かな土台である。その土台が弱まれば、サプライチェーンは不安定化し、技術の信頼性は揺らぎ、結果として世界全体が不確実性を背負う。
日本は、供給を振り回す国ではない。約束を守り、品質を守り、淡々と責任を果たしてきた国である。だからこそ日本は、力の誇示ではなく、信頼によって世界の中枢に位置してきた。その日本が周縁に退くことは、世界にとって「安全装置」を一つ失うことに等しい。
問題は、日本に力があるかどうかではない。その力を、国家として使う決断をするかどうかである。周縁国とは、最初から選ばれなかった国だ。しかし日本は違う。日本は、選ばれる資格を持ち続けている国であり、同時に世界から期待され続けてきた国でもある。
世界は今、誰が声を張り上げるかではなく、誰が現実を支えられるかを見ている。日本が自らの強みを国家の意思として位置づけ、同盟と規範の中で静かに、しかし確実に使うなら、日本は周縁に追いやられるどころか、世界にとって不可欠な存在として再び中心に立つ。
日本は終わる国ではない。
選び直せる国である。
しかもそれは、日本のためだけではない。
世界にとって必要な選択である。
条件は、すでに揃っている。
残されているのは、覚悟だけだ。
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