2026年2月18日水曜日

戦後は終わった──ドンロー主義とサナエ・ドクトリンが決める世界の新標準

 

まとめ

  • 本稿は、トランプ現象を一過性の政治劇としてではなく、戦後秩序の終焉を告げる構造変化として読み解く。ドンロー主義は米国の気まぐれではなく、国家が再び生存と能力を最優先に置く時代への回帰であることを明らかにする。
  • 次に、直近の我が国の衆院選を素材に、能力重視の政治言語がどのように主流へ入り始めたかを検証する。物価高が中心争点でありながら、安全保障が確実に重みを増した背景を、沖縄事例も踏まえて冷静に分析する。
  • そして最後に、吉田ドクトリンを超える戦略として「サナエ・ドクトリン」を提示する。成長を生存能力の増強と再定義し、技術・エネルギー・統治力を軸にした能力国家こそが次世代の標準になるという時代宣言である。
第一章 トランプとは何だったのか

国連総会

トランプは逸脱ではない。偶然でもない。彼は世界構造の変化が表面化した姿である。我々が目にしたのは一人の政治家の気質ではなく、国家が再び「生存」を最優先にする時代への回帰である。その象徴がドンロー主義である。

ドンロー主義は厳密な学術理論ではない。ドナルド・トランプとモンロー主義を重ねた報道上のラベルである。しかし名称は本質ではない。米国の対外関与を西半球へ寄せ、同盟や制度よりも国内政治と実利を前面に出すという政策言説の束である。これは新しい世界戦略というより、国内政治の論理が対外に投射された現実主義の再浮上である。

戦後80年の国際秩序は例外的な安定の上に成り立っていた。多国間主義と相互依存が平和を担保するという前提は、中国の台頭、ロシアの軍事行動、エネルギーと半導体を巡る争奪、サプライチェーンの分断によって揺らいだ。秩序は理念では守れない。能力と抑止があってこそ秩序は維持される。

トランプの「ラフさ」は無秩序ではない。不確実性を戦略資源とし、決断速度を武器とする統治様式である。統治能力そのものが国家の武器であるという思想である。世界は価値中心の時代から能力中心の時代へ移行した。この転換は一過性ではない。構造転換である。

2️⃣選挙が映した「能力」への回帰

沖縄普天間飛行場

この構造変化は我が国の政治にも影を落とした。直近の衆院選で自由民主党は316議席を獲得し、単独で3分の2を超えた。最大の争点は物価高対策や減税であった。しかし外交・安全保障も上位に入り、米国の関与が永続的ではないという空気が安全保障の重みを押し上げた可能性は否定できない。

ここで重要なのは冷静な評価である。ドンロー主義が直接的に投票行動を決めた証拠はない。主要な争点調査で概念そのものが独立項目として示された事実も確認できない。選挙結果を最も強く説明するのは、首相個人の支持、野党再編の失敗、物価対策競争といった国内要因である。したがって直接効果は弱い。

しかし間接的な影響は限定的に存在し得る。外的環境の不確実性は争点の重みを変える。国際的な緊張や同盟不確実性が繰り返し報じられれば、安全保障の重要度は自然に高まる。争点の重みが変われば、抑止や国家能力を強調する政治勢力への評価が相対的に高まることは理論上も否定できない。これは単純な因果ではないが、環境要因としては十分に意味を持つ。

その傾向を象徴的に示すのが沖縄である。沖縄2区は宜野湾市、浦添市、嘉手納町、北谷町、読谷村、北中城村、中城村、西原町を含み、普天間基地と嘉手納基地を抱える抑止の最前線である。安全保障は抽象論ではなく生活の現実である。県内全小選挙区で与党候補が勝利した事実は軽視できない。ただしこれをドンロー主義の直接効果と断定することはできない。沖縄固有の政治対立や候補者配置という説明要因が存在するからである。

しかし少なくとも、安全保障を前面化する言説が選挙戦で自然に語られ、それが勝者の物語に組み込まれていることは事実である。能力と抑止が政治言語として主流に入り始めたこと自体が重要である。沖縄は日本の未来を先取りしている。

3️⃣吉田ドクトリンを超える覚悟

吉田ドクトリンの生みの親、吉田首相(当時)

戦後日本には明確な国家戦略があった。吉田ドクトリンである。安全保障を米国に委ね、その間に経済復興と成長に集中する戦略であった。それは合理的であり、歴史的成功を収めた。しかしその前提は、強固な米国の関与と安定した国際秩序であった。

その前提が揺らぐとき、日本は初めて自らの足で立つ覚悟を問われる。

ここで重要なのは、対米依存を感情的に否定することではない。問題は依存の度合いである。米国の戦略が西半球重視へ傾く可能性がある以上、日本は自らの能力を高める以外に選択肢はない。能力を持たない同盟は負担である。能力を持つ同盟だけが対等でいられる。

成長は目的ではない。国家能力を増強するための手段である。ここでいう成長は消費拡大でも一時的な景気刺激でもない。半導体の製造基盤、AIと量子技術、宇宙とサイバー防衛、次世代電力網、SMRの量産体制。これらは抽象論ではなく生存条件である。

平時に能力を蓄え、有事に国家機能を維持できる体制を築くこと。これが成長国家主権主義の核心である。

この転換を私はサナエ・ドクトリンと呼ぶ。吉田ドクトリンが戦後復興の戦略であったなら、サナエ・ドクトリンはポスト戦後の生存戦略である。まず生存、次に理念。この順序を取り戻すことでしか、日本は次の時代に立てない。生存を軽視した理念は空虚であり、能力を欠いた平和は幻想である。

結論 能力国家という次の標準

ドンロー主義とサナエ・ドクトリンは国が違う以上、具体策は異なる。しかし本質は共通している。国家の第一義は生存であり、理念は能力の上に立つという構造である。

違いよりも共通構造こそ重要である。国家能力を中心に据え、生存を第一義とし、抑止によって平和を守るという原理である。これがいま複数の地域で同時に現れている。ポーランドの軍備拡張、フランスの戦略的自律の強調もまた、欧州における現実主義回帰の表れである。

世界は理念の競争から能力の競争へ移った。技術、エネルギー、統治力、軍事力を備えた国家だけが秩序を語れる。ドンロー主義とサナエ・ドクトリンの共通構造は偶然ではない。時代が要求する標準である。

今回の選挙でその影響が決定的だったと断定することはできない。しかし能力を重視する言語が政治の中心に入り始めたことは確かである。この潮流は一過性ではない。次の選挙、次の危機、次の国際衝突の局面で、さらに前面に出る可能性がある。

戦後は終わった。
これからは能力の時代である。

国家を強くする者だけが、理念を守ることができる。

【関連記事】

今回の選挙で語られないもの──金融に続き、エネルギー政策 2026年2月16日
金融とエネルギーという国家の背骨が、なぜ選挙の正面から語られないのか。本質を突く一篇。

小選挙区制と中国選挙影響工作──保守が油断すれば「最悪」 2026年2月4日
制度の隙はどこにあるのか。選挙と国家安全保障を一体で考え直す問題提起。

高市政権は日本を資源国家へ進めた──研究ではない 2026年2月3日
レアアースと資源主権。抽象論ではなく、国家戦略としての資源を論じる。

トランプはなぜ利下げにこだわるのか──雇用を語る米国 2026年1月31日
金融政策は国家戦略である。米国の動きを通して日本の選択を考える。

中国経済の虚構と、日本が持つべきリアリズム──崩壊しない構造の危うさ 2026年1月18日
中国経済をめぐる幻想を剥ぎ取り、日本が採るべき現実主義を提示する。

0 件のコメント:

戦後は終わった──ドンロー主義とサナエ・ドクトリンが決める世界の新標準

  まとめ 本稿は、トランプ現象を一過性の政治劇としてではなく、戦後秩序の終焉を告げる構造変化として読み解く。ドンロー主義は米国の気まぐれではなく、国家が再び生存と能力を最優先に置く時代への回帰であることを明らかにする。 次に、直近の我が国の衆院選を素材に、能力重視の政治言語がど...