まとめ
- 今回の選挙では「親米か反米か」「米国か中国か」が語られてきたが、それは本質ではない。問われているのは、世界がグローバリズムからナショナリズムへ転換している現実を、日本が直視しているかどうかである。
- グローバリズムのもとで恩恵を受けたのは一部に過ぎず、国民生活は不安定化した。移民、エネルギー、産業空洞化は別々の問題ではなく、「国家が誰に責任を負うのか」という一点でつながっている。
- ナショナリズムは孤立ではない。アメリカ・ファーストはアメリカ・アローンではなく、ジャパン・ファーストもジャパン・アローンではない。反米でも無条件親米でもない立場こそが、これからの現実的な国家戦略である。
混乱の原因ははっきりしている。「反米か親米か」「親中か反中か」という古い整理に、議論が引き戻されてきたからだ。この枠組みは、もはや現実を説明しない。問題は国名ではない。問題は、その国を率いる政権がグローバリズム志向なのか、それとも国家主権を重視する国家志向なのかである。この軸を見誤れば、外交も経済も必ず歪む。
1️⃣見失われた前提──「親中・親米」という思考停止
長年、我が国の政治は「どの国に近いか」で評価されてきた。しかし国家にとって本当に重要なのは、どこに近いかではない。自分で決めているかどうかである。
対中接近路線は、明確な国家戦略に基づいて選び取られたものではなかった。短期的な経済利益、既得権益、責任回避が積み重なった結果として形成されたものである。その帰結として、製造業の空洞化、技術流出、土地取得の拡大、各種工作活動の浸透が進んだ。「巨大市場」という言葉は、相手の体制や価値観を直視しないための都合のよい言い訳に過ぎなかった。
同じ誤りは、対米関係にも当てはまる。米国であれば無条件で正しいという発想は、すでに成り立たない。米国の政権がグローバリズム志向であるならば、我が国の国益と衝突する場面は必ず生じる。そのとき必要なのは追従ではなく、冷静な距離感である。
反米でも、無条件親米でもない。この立場こそが、これからの我が国に必要な前提である。
2️⃣グローバリズムの帰結──経済、移民、エネルギー、金融
グローバリズムは効率と成長をもたらす思想として歓迎された。しかし、その果実を手にしたのは、国境を自在に越えられるごく一部の巨大企業に限られていた。多くの国内企業、とりわけ製造業や地域経済は競争力を奪われ、雇用と地域社会は弱体化した。国家は存在していても、何を守るのかを明確に語れない状態に陥った。
その延長線上に移民問題がある。移民は人道や労働力不足の文脈で語られがちだが、本質は異なる。グローバリズムにおいて移民とは、人を国境を越える「調整弁」として扱い、賃金と社会コストを抑制する仕組みであった。その結果、賃金の停滞、社会保障負担の増大、地域社会の分断、治安の悪化が現実となった。欧州が直面している状況は、これが理念ではなく、現実の問題であることを示している。
エネルギー政策も同じ構図だ。脱炭素や再生可能エネルギーは美しい言葉で語られたが、国家が制御できない形で供給構造を組み替えた結果、価格の不安定化と供給不安が常態化した。自国でコントロールできないエネルギーは、経済安全保障そのものを脆弱にする。
金融と財政も例外ではない。通貨や財政運営は本来、国家の中枢に属する。しかしグローバル市場の評価を過度に恐れるあまり、国家は自らの選択肢を狭め続けてきた。形式上は主権国家でありながら、実質的な判断を外部に委ねる状態が常態化したのである。
移民、エネルギー、金融。これらは別々の問題ではない。国家は誰に対して責任を負うのかという一点で結びついている。
3️⃣国家志向は孤立ではない──アメリカ・ファーストとジャパン・ファーストの真意
中国の軍事的威圧、経済的圧力、情報工作に対する警戒感は、我が国でもすでに広く共有されるようになった。中国の危機を語ること自体が忌避される時代は終わった。これは確かな前進である。
しかし、危機認識だけでは国家は守れない。次に必要なのは、どの軸で世界と向き合うのかを明確にすることである。ここで再び「反米か親米か」「保守かリベラルか」といった古い分類に戻ってしまえば、議論は空転する。
この点を最も分かりやすく示すのが、「アメリカ・ファースト」と「アメリカ・アローン」の違いだ。
アメリカ・ファーストとは、自国の産業、雇用、社会基盤を立て直したうえで、同盟や国際協調に臨む姿勢である。
アメリカ・アローンとは、自国の論理だけを振りかざし、同盟国の事情を顧みない孤立主義である。
この二つは似て非なるものだ。
同じことは我が国にも当てはまる。
ジャパン・ファーストとは、我が国が自国民に対する責任を明確にし、国家としての意思を回復することである。
ジャパン・アローンとは、国際社会から背を向け、独りよがりに閉じこもることだ。
前者は国際協調の前提条件であり、後者はその否定である。
ナショナリズムは孤立を意味しない。国家志向とは、対等な連携を成立させるための条件なのである。
この現実を、欧州は先に突きつけられた。理念先行のグローバリズムが、移民問題、治安悪化、統治能力の低下を招いた結果、国家として責任を取り直す必要に迫られた。その中で登場したのが、イタリアのジョルジャ・メローニ政権である。彼女の路線は、独裁的な国家主義でも、空疎な国際主義でもない。民主主義を前提に、自国民への責任を国家が引き受け直すという、現実的な国家志向である。
米国もまた、同じ分岐点に立っている。米国であっても、グローバリズム志向の政権とは距離を取り、国家志向の政権とは協調する。これが成熟した同盟関係だ。
この文脈で見れば、我が国の立ち位置は明確である。日本はもはや「守ってもらう側」ではない。防衛装備、精密加工、半導体素材、量産技術といった分野において、日本は米国にとって不可欠な存在となっている。日本を欠いたまま、米国が中国との覇権競争を維持することはできない。
だからこそ、我が国は無条件追随でも、感情的反発でもない立場を取るべきだ。
国家志向の政権とは協調する。
グローバリズム志向の政権とは冷静な距離を保つ。
この原則こそが、アメリカ・ファーストとジャパン・ファーストを正しく結びつける軸である。
この責任を現実に引き受けているのが、すでに成立している高市早苗政権である。問われているのは右か左かではない。国家として意思を持ち、それを実行する覚悟があるかどうかである。
結語 次の選挙で問われるのは、国名ではなく軸だ
今回の選挙では、中国の危険性は語られ始めた。しかし、反米か親米かという古い整理を超え、グローバリズムか国家志向かという軸で世界を見る視点は、最後まで争点にならなかった。
だからこそ、高市政権は次の国政選挙で、この軸を正面から掲げなければならない。米国であってもグローバリズム志向の政権とは距離を取り、国家志向の政権とは手を組む。その姿勢を明確に示し、国民に選択を委ねるべきである。
危機を知るだけでは国家は守れない。どの軸で立つのかを示し、説明し、選択を受け入れる覚悟が必要だ。反米でも、無条件親米でもない。この立場を貫けるかどうか。それこそが、次の選挙で我が国が問われる本当の争点なのである。
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同じ誤りは、対米関係にも当てはまる。米国であれば無条件で正しいという発想は、すでに成り立たない。米国の政権がグローバリズム志向であるならば、我が国の国益と衝突する場面は必ず生じる。そのとき必要なのは追従ではなく、冷静な距離感である。
反米でも、無条件親米でもない。この立場こそが、これからの我が国に必要な前提である。
2️⃣グローバリズムの帰結──経済、移民、エネルギー、金融
| 欧州にボートで移動しようとしている人々 |
グローバリズムは効率と成長をもたらす思想として歓迎された。しかし、その果実を手にしたのは、国境を自在に越えられるごく一部の巨大企業に限られていた。多くの国内企業、とりわけ製造業や地域経済は競争力を奪われ、雇用と地域社会は弱体化した。国家は存在していても、何を守るのかを明確に語れない状態に陥った。
その延長線上に移民問題がある。移民は人道や労働力不足の文脈で語られがちだが、本質は異なる。グローバリズムにおいて移民とは、人を国境を越える「調整弁」として扱い、賃金と社会コストを抑制する仕組みであった。その結果、賃金の停滞、社会保障負担の増大、地域社会の分断、治安の悪化が現実となった。欧州が直面している状況は、これが理念ではなく、現実の問題であることを示している。
エネルギー政策も同じ構図だ。脱炭素や再生可能エネルギーは美しい言葉で語られたが、国家が制御できない形で供給構造を組み替えた結果、価格の不安定化と供給不安が常態化した。自国でコントロールできないエネルギーは、経済安全保障そのものを脆弱にする。
金融と財政も例外ではない。通貨や財政運営は本来、国家の中枢に属する。しかしグローバル市場の評価を過度に恐れるあまり、国家は自らの選択肢を狭め続けてきた。形式上は主権国家でありながら、実質的な判断を外部に委ねる状態が常態化したのである。
移民、エネルギー、金融。これらは別々の問題ではない。国家は誰に対して責任を負うのかという一点で結びついている。
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しかし、危機認識だけでは国家は守れない。次に必要なのは、どの軸で世界と向き合うのかを明確にすることである。ここで再び「反米か親米か」「保守かリベラルか」といった古い分類に戻ってしまえば、議論は空転する。
この点を最も分かりやすく示すのが、「アメリカ・ファースト」と「アメリカ・アローン」の違いだ。
アメリカ・ファーストとは、自国の産業、雇用、社会基盤を立て直したうえで、同盟や国際協調に臨む姿勢である。
アメリカ・アローンとは、自国の論理だけを振りかざし、同盟国の事情を顧みない孤立主義である。
この二つは似て非なるものだ。
同じことは我が国にも当てはまる。
ジャパン・ファーストとは、我が国が自国民に対する責任を明確にし、国家としての意思を回復することである。
ジャパン・アローンとは、国際社会から背を向け、独りよがりに閉じこもることだ。
前者は国際協調の前提条件であり、後者はその否定である。
ナショナリズムは孤立を意味しない。国家志向とは、対等な連携を成立させるための条件なのである。
この現実を、欧州は先に突きつけられた。理念先行のグローバリズムが、移民問題、治安悪化、統治能力の低下を招いた結果、国家として責任を取り直す必要に迫られた。その中で登場したのが、イタリアのジョルジャ・メローニ政権である。彼女の路線は、独裁的な国家主義でも、空疎な国際主義でもない。民主主義を前提に、自国民への責任を国家が引き受け直すという、現実的な国家志向である。
米国もまた、同じ分岐点に立っている。米国であっても、グローバリズム志向の政権とは距離を取り、国家志向の政権とは協調する。これが成熟した同盟関係だ。
この文脈で見れば、我が国の立ち位置は明確である。日本はもはや「守ってもらう側」ではない。防衛装備、精密加工、半導体素材、量産技術といった分野において、日本は米国にとって不可欠な存在となっている。日本を欠いたまま、米国が中国との覇権競争を維持することはできない。
だからこそ、我が国は無条件追随でも、感情的反発でもない立場を取るべきだ。
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この責任を現実に引き受けているのが、すでに成立している高市早苗政権である。問われているのは右か左かではない。国家として意思を持ち、それを実行する覚悟があるかどうかである。
結語 次の選挙で問われるのは、国名ではなく軸だ
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だからこそ、高市政権は次の国政選挙で、この軸を正面から掲げなければならない。米国であってもグローバリズム志向の政権とは距離を取り、国家志向の政権とは手を組む。その姿勢を明確に示し、国民に選択を委ねるべきである。
危機を知るだけでは国家は守れない。どの軸で立つのかを示し、説明し、選択を受け入れる覚悟が必要だ。反米でも、無条件親米でもない。この立場を貫けるかどうか。それこそが、次の選挙で我が国が問われる本当の争点なのである。
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地方で起きた出来事は、実は世界と直結している。反グローバリズムという視点から、日本の地方政治を読み直す。
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国家も自治体も「守る意思」を失ったとき、何が起きるのか。土地、環境、主権という重いテーマを突きつける問題提起。
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