2021年9月3日金曜日

リトアニアでも動き出した台湾の国際的地位向上―【私の論評】国際社会からの共感とNATOによる兵力配備がリトアニアの安全保障の根幹(゚д゚)!

リトアニアでも動き出した台湾の国際的地位向上

岡崎研究所



 8月12日付のTaipei Timesの社説が、リトアニアによる台湾代表処設置について、「一つの中国」原則への痛手を与え得る、と指摘している。

 中国外交部は、バルト三国の一国であるリトアニアが、「台湾」の名称を使用して代表処を開設することに決定したことを激しく非難した。そして、駐リトアニア中国大使を直ちに召喚するとともに、中国に駐在するリトアニア大使に対して北京を直ちに離れるよう要求した。

 Taipei Timesの社説は、今回のリトアニアの行動を「大胆かつ勇気ある」ものとして歓迎しているが、中国が今後リトアニアに対し、如何なる報復的措置を取ることになるか、大いに注目されるところである。

 中国政府のメディアと呼んでよい「環球時報」は、リトアニアを「狂った、小さな国」と蔑視し、こんな小さな国が大きな国との関係を悪化させようとするのはまれなことだ、と書いた。中国によれば、リトアニアの行動は「一つの中国」の原則に反し、蔡英文政権下の台湾当局の目指す事実上の「台湾独立」への道を支持するものであり、それは滅亡への道である、ということになる。

 リトアニア政府が「台北」ではなく、「台湾」の名称を使った代表処を開設するというのは、ちょうど、東京にある台湾の代表処の名称を、今日の呼び名である駐東京「台北経済文化代表処」ではなく、駐日本「台湾代表処」へと切り替えることに等しい。

 昨年4月、約200人のリトアニアの政治家と公的立場にある人々が、ナウセーダ大統領に対し、公開書簡を出し、台湾が WHO(世界保健機構)に参加することを支持するようにと訴えた。その時、同大統領は動かなかったが、ランズベルギス外相は台湾が WHOにオブザーバーとして参加することを公然と支持した。そして、今年 6月には、リトアニア政府は台湾に対し、二万回分のワクチンを供与した。

 リトアニアとしては、このような行動が中国の怒りを買うであろうことは重々承知の上であったと思われる。それでも、リトアニアがこのような行動に出た理由については必ずしも明確ではない点もあるが、Taipei Timesの言うように、最近の中国との貿易関係の減少、歴史的・地政学的に見たリトアニアとロシアとの関係、そしてますます威圧的かつ覇権主義的になる中国共産党への警戒心などが、今回のリトアニアの対台湾政策のなかに反映されているように思われる。

 シャーマン米国務副長官はリトアニア外相と電話で会談し、台湾との関係をめぐって中国から圧力を受けているリトアニアに対する支援を強調したと報道されている。同副長官は北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)の加盟国であるリトアニアと「固く結束している」と述べた、という。

 近年、東欧諸国と台湾との関係の緊密化が伝えられることが多くなっている。チェコ国会議長一行が台湾を訪問し、台湾議会において「私は台湾人である」と発言し話題になったことは、記憶に新しい。

 なお、本年春のG7外相会談のコミュニケでは、7か国が一致して、WHOへの台湾の意義ある参加を支持すると表明し、台湾海峡の平和と安定の重要性にも言及した。

 この台湾をめぐる流れの中で、特筆しておきたいのは、東京オリンピック2020の開会式での各国選手団の入場の場面だった。2021年7月23日、Covid-19の影響で一年延期された東京オリンピックの開幕。IOC(国際オリンピック委員会)の公用語であるフランス語や英語のアルファベットの順番ではなく、日本語の五十音(あいうえお)順での入場だった。

 その際、「チャイニーズ・タイペイ」の所で、中継のNHKのアナウンサーは、日本語でお馴染みの「台湾の選手団です。」と紹介し、これが台湾では大きな話題になった。中国は不快感を示しはしたが、それ以上の抗議やボイコット等の行動はなく、東京オリンピックの競技に影響することはなかった。もはや台北が台湾の一都市(首都)の名称に過ぎず、台北の他に台南や台中が存在するように、台湾が台湾であることは、誰の目にも明らかになっている。

【私の論評】国際社会からの共感とNATOによる兵力配備がリトアニアの安全保障の根幹(゚д゚)!

リトアニアとはどのような国なのか、あまり知らない人も多いでしょう。グルメや観光などのことは、他のサイトをあたってください。ここでは述べません。ここでは、安全保障の観点から述べます。

リトアニアは、バルト三国の一つです。バルト三国、即ちリトアニア、ラトビアとエストニアは、ウクライナやジョージアと同じく旧ソ連構成国であり、人口はそれぞれ、約280万人、200万人、130万人です。

バルト三国

三国合わせても、その人口はウクライナの七分の一、面積は四分の一しかありません。また、個別に計算すれば、いずれの国もジョージアより小さいです。しかも、ラトビアとエストニアはロシアと陸続きで国境を接しており、両国の人口の四分の一はロシア民族です。そのロシア民族は当然バルト三国がロシアの支配下に入って欲しいし、何かあれば必ずロシアに全面的に協力するでしょう。

当然、ロシア自身もバルト三国を支配したいという強い願望を持っています。このような状況では、圧倒的な力の差やロシア系住民の存在を考えれば、ロシアのような軍事大国にとって、バルト三国を制圧するのは容易にみえます。

しかしロシアはバルト三国へ侵略できません。なぜなら、バルト三国はNATO加盟国だからです。NATOに入っていれば、どのような小さい国でも安全になります。

なぜならその国が武力攻撃を受けた場合は、アメリカ合衆国やイギリス、フランスなどの軍事大国かつ核保有国が反撃することになるからです。その反撃の恐れは最も効果的な抑止力となり、ロシアのような凶暴的な軍事大国であっても、簡単に手を出せないのです。

バルト三国とウクライナ、ジョージアの違いとは、正に集団安全保障の枠に入っている国と入っていない国の違いです。

集団安全保障の組織に入っておけば、どんなに小さい国でも安全でいられます。しかし入らなければ、自国を自分だけで守らなければならないです。もし攻撃してきた敵の方が強かったら、どうしようもないのです。

だかこそ2008年にウクライナとジョージアのNATO加盟のための行動計画への参加申請が承認され、その後両国がNATOに加盟できていたら、きっとウクライナもジョージアもロシアに侵略されず、領土や何千人の尊い命も奪われずに済んだでしょう。

リトアニアによる台湾代表処設置については、リトアニアが小国でありながらも、NATOの加盟国であるという背景があるのは間違いないでしょう。もし、NATO加盟国でなければ、大国の脅威におびえて、このようなことはできなかったでしょう。

リトアニアに対して中国が露骨に圧力をかけたり、軍事的脅威を煽れば、NATOは何らかの対象をするでしょう。リトアニアの背後にNATOがあるので、中露ともリトアニアに露骨な脅しをかけたりすることはできません。もしするのなら、制裁を受けるなど、それなりの覚悟が必要です。

リトアニアと中国とはリトアニア独立直後の1991年9月14日に国交を結び、「両国関係はおおむね順調に進展し、両国首脳は連絡を取り合っている」(中国外務省)という状況でしたた。だが近年、中国は「戦狼外交」を進め、米国との対立も激化。人権問題で西側諸国の中国批判が強まるにつれ、リトアニアも対中強硬姿勢を取るようになりましたた。

それが顕著になったのが今年5月20日。リトアニアの議会が、中国に向けた決議を議員の5分の3の支持によって採択しました。決議では、中国の少数民族ウイグル人に対する扱いを「民族大量虐殺(ジェノサイド)」と表現し、中国が「職業訓練目的」と主張する新疆ウイグル自治区の収容施設に関する国連の調査を要求。欧州委員会による対中関係の見直しも主張しました。

また、香港国家安全維持法の撤廃や、チベット自治区への監視団の受け入れも求めています。ただ決議に拘束力はなく、シモニテ首相やランズベルギス外相は投票に参加していません。

サカリエネ議員

決議案を提出したサカリエネ議員は「(リトアニアは)50年間、(ソ連の)共産党政権に占領されてきた。この残酷な教訓を決して忘れないためにも、われわれは民主主義を支持する」と話していました。

ちなみに、サカリエネ氏は、日米英など18カ国とEUの議員らで構成する「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」の所属です。IPACは昨年6月、中国による香港への統制強化などを機に発足した組織。民主主義国が連携して中国の人権問題に厳しく向き合うべきだと主張しています。

さらに、決議翌日にも、米政治サイト「ポリティコ」が、ランズベルギス外相の発言として「中国と旧共産圏など17カ国の経済協力枠組み(17+1)からの離脱を宣言し、EUに対しても中国との関係見直しも求めている」と伝えました。「17+1」は2012年に始まり、中国が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」に関する経済協力などを推進してきたものです。

このように、中国に厳しいバイデン米政権に同調するような振る舞いを見せることから「リトアニアはEUと中国の関係悪化をリードする国の一つだ」(露紙イズベスチヤ)と指摘されるようになりました。

その後、リトアニアは台湾との関係重視を鮮明にして代表機関設置の流れとなり、7月には新型コロナウイルスのワクチンを台湾に送って友好ムードを前面に押し出しました。

中国は、台湾の国際的存在感を低下させることを目的として、主として経済を梃に台湾と国交のある国の切り崩しを図っています。2016年5月に蔡英文総統が就任して以来、7か国(サントメ・プリンシペ、パナマ、ドミニカ共和国、ブルキナファソ、エルサルバドル、ソロモン諸島及びキリバス)が台湾と断交、中国と国交を結んでいます。

現在台湾と外交関係のある国は15か国です。しかしながら、最近、経済を梃とする中国の影響力拡大は、「新植民地主義」、「債務の罠」との批判が高まっています。更には、新疆ウィグル族の人権問題に関連して中国とEUが対立、2020年12月にEUと中国で合意された「包括的投資協定」の批准に向けた欧州議会での討議は停止しています。

このような状況下で、EUの一員でもあるリトアニアの台湾との関係強化が「包括的投資協定」批准の阻害要因となりかねないことを危惧し、リトアニアの動きが他のEU諸国に広がらないように強い態度に出ていると考えられます。

2017年ドイツ連邦軍の装甲車がリトアニアに到着。バルト三国ではドイツ軍の武器が増えている。これは第二次大戦後としては、初の光景だった。

リトアニアは先にも掲載したように、2012年に開始された「中・東欧サミット」、いわゆる「17+1」の参加国でした。同サミットは、EU加盟国のポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニア、クロアチア、スロベニア、リトアニア、ラトビア、エストニアの11か国とEU非加盟国のセルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、アルバニア、モンテネグロの5か国の合計16か国でスタートし、2019年にギリシアが加わり17か国となりました。

中国が一帯一路の一環として、これら諸国との貿易、投資を増大させることが期待されていました。しかしながら、今年5月にリトアニアは、「期待していたほどの経済的メリットを得られない」として、「17+1」の枠組みからの離脱を明らかにしました。台湾代表処の設置は、これに引き続くものであり、単純に、台湾からの経済メリットのほうが中国より大きいと判断したかのように見えますがそうではありません。

リトアニア国防省は、今後10年間を対象とする「脅威評価2019」という文書を公表しています。旧ソビエト連邦の共和国として、長年独立運動を実施していた歴史から、脅威評価のほとんどはロシアで占められています。

しかしながら、脅威として名指しされていた国は、ロシアの他は中国のみです。ロシアの脅威が政治、経済、軍事と幅広く述べられているのに対し、中国からの脅威は、情報活動の拡大ででした。中国は、香港や台湾に対する中国の主張を正当化する勢力の拡大を図っており、今後このような活動がリトアニアを含むEU諸国で広がってくるであろうという評価です。

「17+1」が経済的繁栄を目指すものではなく、中国の影響力拡大に使われているというのがリトアニアの見方です。今年5月リトアニア議会は中国のウィグル人に対する扱いを「ジェノサイド」として、国連の調査を要求する決議を行いました。リトアニアでは1990年の独立に際し、ソ連軍により市民が虐殺されるという事件が起こっており、共産党に対する嫌悪感も相まって、反中国に傾いたという事ができます。

リトアニアが今回台湾の代表処設置を認め、更には「台湾」という名称の使用を許可したことは、国家として強い意志の表れと見ることができます。太平洋諸島国家の中には、支援額が中国のほうが多かったという理由で、台湾と断交し、中国と国交を結んだと伝えられる国家もあります。

「17+1」からの離脱は経済的メリットが少ないからと説明されていますが、今後中国が経済を梃に関係修復を図ったとしても、中国への不信感が根底にある以上、リトアニアの今回の決定を覆す可能性は低いです。ましてロシアと協力してリトアニアを罰するというような方法は、リトアニアの態度を硬化させるだけでしょう。

リトアニアは帝政ロシア、その後継であるソ連、そしてナチスドイツに国土を蹂躙され、国家の名前すら失った時期があります。しかしながら、粘り強く独立運動を継続し、1990年に旧ソ連邦共和国の中で最初の独立国となりました。

今回のリトアニアの決断には、中国から直接軍事的脅威を受けていないことが大きく影響していることは間違いないでしょう。しかしながら、中国の強圧的な姿勢に対し、毅然と対処することこそが、国際社会の注目と共感を呼び、そしてその共感が、ロシアという大国から直接脅威を受けている小国リトアニアの安全保障を担保するとの考えがあると考えられます。

リトアニアは先にも述べたように、NATOの一員であり、実質的な安全保障はNATOが担保します。NATOの対ロシア戦略の一環として、2019年以降、NATO軍1個大隊(兵士約500人)が、リトアニアにローテーション配備されています。国際社会からの共感とNATOによる兵力配備がリトアニアの安全保障の根幹となっています。

中国は大使の召還を行いましたが、リトアニアとの断交までには至っていません。今後中国がどのように振り上げたこぶしを下すのか注目されます。




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