久末亮一( 日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 副主任研究員)
- 中国の「戦狼外交」や人権問題、ウクライナ戦争での対ロ支持などにより、EUの対中不信感が高まった。
- EUは中国を「システミック・ライバル」と見なし、経済面での対中依存からの脱却(デリスキング)を図っている。
- ドイツなど主要国が従来の親中路線から転換し、対中強硬姿勢に転じた。
- 中国は「グローバル・サウス」外交を活発化させ、西側の包囲を打開しようとしている。
- 価値観や安全保障をめぐるEU対中の構造的対立は深刻化する可能性が高く、厳しい対立が始まったばかりかもしれない。
習近平とマクロン |
第一に、中国側の外交姿勢の変化が大きい。国力の隆盛を背景に、習近平政権は2010年代後半から「戦狼外交」と呼ばれる攻撃的な外交スタンスを強めた。人権問題などで欧州諸国との軋轢を生み、特にEU加盟国の一部で反発を招いた。さらに2020年の新型コロナウイルス流行をめぐる開き直り外交により、中国に対するEU全体のイメージが急速に悪化することとなった。
次に2021年、新疆ウイグル人権問題をめぐる制裁応酬や、リトアニアが台湾と接近したことへの中国の経済的威圧措置など、両者の確執がエスカレートした。そして決定打となったのが、2022年のロシアのウクライナ侵攻である。中国がロシアを事実上支持したことで、EUは中国への不信を決定的なものとした。
こうした事態を受け、EUは中国を潜在的な「システミック・ライバル」と位置づけ、経済面での対中依存からの脱却を目指すデリスキング政策へと転換した。2023年に入ると、中国製EV補助金への調査開始や、重要原材料の対中依存削減法案の合意など、本格的な対中経済安全保障政策が打ち出された。
特に注目に値するのが、かつて対中投資を積極的に行い経済界に親中派が多かったドイツの転換である。昨年7月に予想外の強硬な対中戦略を発表し、最近の習近平訪独時も冷遇に終わるなど、親中路線から一転した。
一方の習近平は、欧州での孤立を避けるため、フランスなど一部の親中国に柔軟な姿勢を見せる一方、東南アジアやアフリカなどのいわゆる「グローバル・サウス」地域への経済外交を活発化させ、西側による包囲を打開しようとしている。ロシアのプーチン大統領と「同盟」関係をアピールするなど、対抗姿勢も鮮明になってきた。
こうしてみると、EU対中関係の悪化は、単なる経済的利害の問題を超え、価値観や安全保障をめぐる構造的な対立へと発展しつつある。EUが自由主義・民主主義陣営の一員として対中姿勢を硬化させたことは、一定の前進といえるが、価値観を巡る対立はさらに深刻化する可能性が高い。
中国は今のところ、「グローバル・サウス」外交の深化で、西側の包囲を打開しようとしているが、一方で債務の罠などの負のイメージも存在する。仮に中国の影響力が拡大すれば、国際社会において「普遍的価値」を奉じる立場が少数派になる「新しい世界」の到来する可能性すら指摘できよう。つまり、価値観をめぐる厳しい対立は、まさに始まったばかりなのかもしれない。
- EUと中国の対立は、経済、安全保障、技術覇権、国際規範、エネルギー分野にまで及び、人権や法の支配などの基本的価値観の溝が根底にある。
- EUの対中国リスク低減策や中国の影響力拡大への反発により、経済面や安全保障面でさらなる摩擦や地域紛争のリスクが高まっている。
- エネルギー・ドミナンスの観点から新型小型モジュール原子炉発電が注目される中、それまでのつなぎとして化石燃料の見直しが課題となっており、中国とのエネルギー分野での対立が深まる可能性がある。
- 日本は、自衛隊法や経済安保法の改正を通じて、対中姿勢を強化しつつある。米国やEUとの連携を深めつつ、安全保障や経済面での準備を進める必要がある。
- 日本は、自由で開かれたインド・太平洋地域の秩序を守るため、ASEAN諸国と新たなルールに基づく地域秩序の構築を目指し、対中関与路線からの転換を図るべきである。
中国の工場 |
EUと中国の価値観の対立は、経済的な領域にとどまらず、安全保障、技術覇権、国際規範、さらにはエネルギー分野にまで及ぶことになるでしょう。そして何より、人権、法の支配、平等といった基本的価値観をめぐる溝が、この対立の根底にあります。
まず経済面では、EUを中心とした西側諸国による対中国デリスキング(リスク低減)の動きと、中国の影響力拡大への反発により、さらなる摩擦が避けられないでしょう。一部の新興国が経済実利を優先して中国側に傾斜すれば、国際社会での中国のプレゼンスは高まることになります。
安全保障面に目を転じると、価値観の対立が地域紛争への武力介入やさらなる軍備増強につながるリスクも存在します。また、技術覇権や国際規範をめぐる確執により、国際秩序の二極化・分断も現実味を帯びてきます。
加えて、エネルギー安全保障の観点からも、両陣営の対立が深まる可能性があります。自由主義陣営は気候変動対策から再生可能エネルギーへのシフトを後押ししてきましたが、中国は化石燃料産出国との関係を重視しており、対立軸の一つになっています。
しかし今後は、より実用的なエネルギー需給対策が優先されることになるでしょう。いわゆるエネルギー・ドミナンスの考え方が優勢になるでしょう。具体的には、小型モジュール原子炉などの新型原子力発電や、それまでのつなぎとしての化石燃料の一時的な活用も視野に入ってきます。
一つ間違えば、EUはエネルギー問題で中国に遅れをとることになりかねません。エネルギー供給自体だけでなく、グローバルサウスへのエネルギー関連の支援においても同様です。
トレーラーで運べるようになる小型モジール原子炉の1ユニットの想像図 |
このように、価値観の対立は多方面にわたり、容易に解決できるものではありません。対話と相互理解を深めつつ建設的解決を目指す一方で、努力が功を奏さず対立がエスカレートすれば、自由主義陣営は価値観防衛のための厳しい対決姿勢を示さざるを得ません。
さらに、自由主義陣営が掲げる個人の自由や権利の尊重、法の下の平等などの理念に対し、中国は国家主権や安定重視の立場から、集団的権利や国家による統制を正当化してきました。新疆ウイグル問題に見られるような人権状況への批判にも強く反発しています。
また、法治主義に関しても、自由主義陣営が普遍的な法の支配を重んじるのに対し、中国は自国の一党支配体制の正当性を主張しており、根本的な溝が存在します。
このような溝は簡単には埋まることはありません。中国の権威主義的価値観が国際社会で評価されれば、人権や自由、法の支配といった理念が後退する恐れがあります。一方で、自由主義陣営がこれらの価値観の守護を強く打ち出せば、中国との対立は先鋭化するでしょう。
つまり、基本的価値観をめぐる対立は、経済や安全保障と同様に、今後ますます中心的な確執の種となっていくことが予想されます。この領域での調和のとれた解決は極めて難しく、価値観対立の長期化が避けられない可能性が高いと言えるでしょう。
一方、日本では、政治資金規正法の改正案の成否が注目を集める終盤国会において、対中国を想定した2つの重要な法律が成立しました。
一つ目は、改正自衛隊法で、陸海空の自衛隊を統合して指揮する「統合作戦司令部」を常設することが盛り込まれました。これにより、例えば台湾有事の際に、米軍との連携を強化し、迅速な対応が可能になります。
自衛隊が平時から有事までのあらゆる段階における活動をシームレスに実施できるよう、宇宙・サイバー・電磁波の領域と陸海空の領域を有機的に融合させつつ、統合運用により機動的・持続的な活動を行うことが不可欠です。こうした観点から自衛隊の「統合作戦司令部」新設等を盛り込んだ防衛省設置法改正が5月10日、参院本会議で可決、成立しました。
二つ目は、経済安全保障上の機密情報へのアクセスを規制(セキュリティー・クリアランス)する「重要経済安保情報保護・活用法」で、高市経済安保相が重視してきた法律です。
これには、一定の要職者(国務大臣、副大臣など)が適性評価の対象外とされる規定があったり、適性評価の審査項目に「性行動」が含まれていないなどの問題がありますが、今までなかった制度が出来上がったという点では、一歩前進です。
さらに、沖縄県民らの島外避難やシェルター建設に向けた動きもあり、中国による台湾侵攻とそれに伴う沖縄県への影響に備える動きが、遅ればせながら具体化し始めています。
長年の対中建設的関与路線にもかかわらず、中国による尖閣諸島や台湾をめぐる一方的な現状変更の試みが横行するに至り、日本は対中姿勢を抜本的に見直さざるを得ない状況に立たされています。
何よりも基本的人権や民主主義、法の支配といった普遍的価値観において、日本は米国やEUとの連帯を一層深め、中国の一党独裁体制や人権状況への批判を鮮明にしていく必要があります。尖閣諸島は日本固有の領土であり、中国の力による一方的な現状変更の試みは到底容認できません。日米同盟の下で領土・主権を断固として守る姿勢が不可欠です。
加えて、中国による台湾侵攻の可能性を常に視野に入れ、有事への切れ目のない準備を怠ってはなりません。在沖縄米軍の近代化、自衛隊の遠距離対応能力の強化など、具体的な備えを着実に進めなければなりません。
同時に、重要技術流出防止、サイバーセキュリティ強化、サプライチェーン分散を一層推し進め、中国に過度に依存しない経済構造への転換を図る経済安全保障の確保にも注力が必要です。
インド太平洋地域 |
こうした取り組みと並行して、日本は主導的な立場から、ASEANをはじめとする環インド太平洋諸国と新たなルールに基づく地域秩序の構築に向けた具体的なビジョンを打ち立てていかねばなりません。中国の覇権主義的な動きに対抗し、自由で開かれたインド・太平洋地域の秩序を守っていく決意が問われています。
これまでの対中関与路線からの転換は避けられない道となりました。日本は普遍的価値観と法の支配の尊重、領土・主権の守護、経済安全保障の確保、地域秩序の再構築に全力を尽くす覚悟が必要とされています。
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