- 今回のポイントは、中国は台湾を軍事力だけで奪おうとしているのではない、さらに国内統治のために緊張を演出し続けており、その“政治の動き”を戦略と誤認すると判断を誤るという点だ。
- 日本は、中国を過大評価して恐怖に縛られることも、過小評価して油断することも避け、冷静に同盟と能力を積み上げれば主導権は揺るがないと理解すべきである。
- 次に備えるべきは、相手の演出に振り回されて意思決定が止まる「戦わずに負ける」事態を防ぐため、平時から実装を積み重ね、誤算を起こさせない耐性を国家として保つことだ。
中国はここ最近、台湾を巡って同じ調子の動きを繰り返している。台湾周辺での軍事活動の常態化、台湾を名指しした強硬な政治声明、そして12月16日最新鋭空母「福建」の台湾海峡通過である。どれも突発的な事件ではない。緊張を「異常」ではなく「日常」に変えるための積み重ねだ。
多くの解説は、ここから「いよいよ中国は台湾を奪いに来る」と話を進める。しかし私はそうは見ない。中国は台湾を軍事力だけで奪えない。その現実を、中国自身が最もよく知っている。だからこそ、奪いに行かず、揺さぶり続けるのである。
台湾海峡の地理条件、台湾の地形、上陸作戦の困難さ、補給線の脆さ、台湾社会の結束、そして米国を中心とする外部介入の現実。これらを冷静に積み上げれば、中国が軍事力だけで台湾を制圧し、安定統治に持ち込むのは極めて難しい。これは願望ではない。単なる現実である。
だが、中国は「奪えない」から手を引く国ではない。奪えなくても、緊張は作れる。緊張は映像になる。映像は世論を動かす。世論が動けば国内は締まる。台湾は、国内統治のための装置として極めて使い勝手がいい。
ここに、中国という国家の性格が表れる。中華人民共和国は歴史の浅い国家である。その成立は、近代国家が積み上げてきた外交・安保・同盟運用の経験を継承する形ではなかった。断絶の上に断絶を重ねて成立した体制だ。中国史を見ても、権力は連続ではなく否定によって正当化されてきた。この癖は、現代の外交や安保の運用にも色濃く残っている。
2️⃣空母「福建」は軍事ではなく政治の道具だ
| 台湾海峡を通過する空母「福建」 台湾国防部 |
この文脈で見れば、空母「福建」の台湾海峡通過は分かりやすい。現代海戦の主役は空母ではない。主役は潜水艦であり、さらに言えば対潜戦である。潜水艦を探知し、追い込み、封じる能力が海を制する。
この分野で、中国は日米に後れを取っている。潜水艦の数を増やすことと、海を支配することは別問題だ。静粛性、ソナー、対潜哨戒、データ融合、指揮統制。これらの積み重ねで、日米、とりわけ日本は突出している。中国が海戦で「勝てる絵」を描きにくい理由はここにある。
だから中国は、全面衝突を避け、認知戦と情報戦を重ねてきた。短期決戦は現実的ではない。それでも空母を動かす。理由は単純だ。潜水艦は見えないが、空母は見える。見えるものは映像になる。映像は国内を固める材料になる。空母が海戦の主役でないことは、中国自身が知っている。それでも前に出すのは、戦場で勝つためではなく、政治で勝つためである。
さらに厄介なのは、中国が「戦略」というもの自体を誤認している可能性だ。中国には多くの戦略文書がある。しかしそれらは、具体的な優先順位や資源配分、失敗時の代替策まで含んだ設計というより、体制が必要とする物語を文章化したものに近い。政治的作文を戦略と呼ぶ癖がある。
この癖は、他国を見る目にも影響する。米国や日本の戦略も、「対外向けのメッセージ」に過ぎないと読み違える危険がある。もしそうなら、誤算は避けられない。言葉を読んで安心し、実装を見落とすからである。
3️⃣すでに起きている誤読と、「戦わずに負ける」構造
安倍晋三元首相が進めた「自由で開かれたインド太平洋」は、その典型だ。あれは派手な宣言で世界を驚かせた戦略ではない。日米同盟の再定義、日豪・日印の連携、クアッドの定着、東南アジアとの関係強化、欧州との安全保障対話。静かに積み上げ、環境を変える戦略だった。
中国はこれを、理念やスローガンとして受け止めていた節がある。そして気づいた時には、周囲の景色が変わっていた。包囲は宣言されたのではない。完成してから、事実として露わになったのである。
同じ構図は、今の日本でも起きている。
国会で高市早苗氏が「台湾有事」に言及した際、中国は過剰に反応し、論調を揺らした。しかし日本は、それ以前から台湾有事を想定し、能力整備や日米連携、南西方面の備えを進めてきた。発言が戦略を生んだのではない。進んでいた現実が、言葉として表に出ただけだ。中国がこれを「発言の問題」として処理するなら、相手の実装を読み切れていないことになる。反応が支離滅裂になるのも当然だ。
ここでようやく、敗北の形が見えてくる。日本が負けるとすれば、それは戦闘で押し切られるからではない。中国の演出した緊張に過剰反応し、あるいは「どうせ演出だ」と過小反応し、意思決定が遅れ、同盟運用がぶれ、世論が割れ、準備が先送りされることで負ける。これは、相手が何も決定打を打っていない段階で、こちらが自ら行動不能に陥るという「戦わずに負ける」状況である。
だから結論は明確だ。中国を過大評価して恐怖に縛られる必要はない。しかし、内政演出だと侮って油断するのは致命的だ。中国が示しているのは圧倒的な強さではない。戦略を誤認したまま力を振り回す不安定さである。
不安定さに振り回される国が先に崩れる。
不安定さを受け流し、淡々と備えを積む国だけが最後に残る。
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