2025年12月3日水曜日

マクロン訪中──フランス外交の老獪さと中国の未熟・粗暴外交、日本に訪れる“好機”と“危険な後退”

まとめ

  • 今回のポイントは、マクロン訪中を“中仏の短期利益”で片づけるマスコミなどの浅い理解を超え、実はフランスの“数百年の老獪な伝統外交”と、中国の“建国70年の未熟・粗暴外交”が激突し、文明の断層が露わになりつつある点にある。
  • 日本にとっての利益は、仮に欧州が中国へ傾けば“経済・技術の空白”を埋め、米国の信頼とインド太平洋の要としての存在感が飛躍的に高まることだ。ただし、安全保障面では確実に後退が生じる。これに対する備えを怠るべきではない。
  • 次に備えるべきは、中国外交の“粗暴さ”の源である“外交史の未熟さ”という本質を見抜き、その未熟ゆえに暴走しないよう、日米と有志国で力の空白を塞ぎ、日本が秩序形成の中心に立つ体制を整えることである。
1️⃣中国の「欧州割り」と台湾問題──マクロン訪中の本当の意味

会談前に握手する仏マクロン大統領(右)と中国の習近平国家主席=パリのエリゼ宮 2024年5月6日

中国外務省は12月1日、エマニュエル・マクロン大統領が3日から5日にかけて中国を訪問すると発表した。訪問先は北京と四川省成都で、習近平国家主席の招待による公式訪問である。フランスは2026年にG7議長国を務める予定で、中国としてはこの時期にフランスを取り込み、米国との対立が続く中で欧州に揺さぶりをかける思惑がある。

今回の訪中を考えるうえで重要なのは、台湾問題をめぐる構図だ。日本では11月7日、高市早苗首相が台湾有事が日本の安全保障に重大な影響を与えるとの認識を述べた。これは従来の政府方針そのままである。しかし中国はこれを外交材料に変え、王毅外相はフランス大統領府のボンヌ外交顧問に対し、日本を「挑発国家」と位置づけ、フランスが一つの中国原則を強く支持するよう迫った。

ここには中国の狙いがある。
台湾問題の国際化を避け、日本・台湾・米国の連携を弱め、欧州内部の分裂を広げる。

実際、欧州内部には
  • バルト三国やポーランドのような“反中国派”
  • ドイツのような経済優先型
  • 中国投資依存の南欧
  • フランスのような「独自外交」を志向する国
という深い断層が走っている。

そしてこの構図を読み解く鍵は、フランス外交の老獪さと、中国共産党外交の若く粗暴な性質である。

フランスは数百年にわたり、勢力均衡と駆け引きを繰り返してきた。老獪という言葉が最も似合う外交を持ち、その伝統はルイ14世からド・ゴールまで連綿と続く。
一方、中国共産党外交は70数年しか歴史を持たず、過去の歴代王朝は互いに断絶しており、現政権も大陸の政治文化を継承していない。国際法より力、合意より威圧を重視する姿勢は、その未成熟さを如実に示している。

そして重要なのは、
若く粗暴な外交は、老獪な外交よりも時に遥かに厄介であるという事実だ。成熟を欠く政治体制は、予測不能の行動を取り、周囲の警告を理解できず、誤った判断を繰り返す。それが国際秩序を危険にさらす。
 
2️⃣マクロンは中国の手先ではない──“栄光外交”、右派台頭、老獪なフランスの本性

ド・ゴール第18代・第五共和政初代大統領

マクロンを「中国に踊らされる愚か者」と見るのは浅い理解である。彼の行動原理はもっと複雑で、そしてフランスらしい。

「フランスは世界を動かす大国である」
「外交の舞台でその栄光を示し、国内政治の流れを反転させたい」

これがマクロンの本音である。これはフランス大統領の伝統でもあり、世界の勢力図を左右してきた“調停者としてのフランス”という自己像の延長線上にある。

しかし現実には、国内で国民連合(RN)が勢いを増し、次期選挙ではバルデラやルペンが政権を奪取すると予測されるほどだ。移民・治安・格差──フランス社会は深い不満を抱え、マクロンの支持率は低迷し続けている。
国家の空気を変えるには、外交での成果が欠かせない。北京の舞台装置は、そのための一つの賭けである。

ただし、これは老獪なフランスが中国に従うという構図ではない。
むしろ逆である。
フランスは中国の野望を利用しつつ、フランス外交の主導権を取り戻そうとしている。

だが、ここで問題となるのが、中国共産党外交の“若さ”と“粗暴さ”だ。
老獪な相手なら読みやすい。しかし粗暴な相手は予測がつかず、時として周囲の警告も理解できない。それゆえに危険である。

さらに、こうした未成熟な外交文化を矯正するには、自由主義諸国が根気強く、
中国が粗暴な行動を取るたびに制裁・圧力・コスト付けを行い、理解させるしかない。
力の空白を作れば相手は“間違った学習”をし、より粗暴になる。
力の空白を埋めることこそ、真の寛容である。

この原則を理解しなければ、フランスも日本も中国外交に対処できない。
 
3️⃣EUの揺らぎと日本の未来──安全保障では痛み、経済では日本が主役になる

EUは「人権」「環境」「民主主義」といった理想を掲げながら、実際には利害で立場を変える政治共同体である。鰻、鯨、移民政策、AI規制──二枚舌はこの20年、繰り返されてきた。

マクロン訪中と中国の揺さぶりは、欧州の内部分裂を強調し、台湾抑止の力を弱めかねない。欧州が台湾問題で曖昧になれば、中国は軍事行動の心理的ハードルを下げる可能性がある。安全保障面では、日本にとって明確な痛みだ。

だが、経済面では話が逆転する。
欧州の中国接近は、日本企業が“空いた席”に座る最大の機会になる。

米国は中国寄りの国に制裁を課し、価格の高いリスクを負わせる。欧州企業が脱落すれば、その穴を埋めるのは日本である。これまでの制裁局面と同じく、
半導体、素材、工作機械、エネルギーインフラなどでは、日本の信頼性が最も高い。
さらに政治リスクが高まった欧州から、日本への投資が流れ込む。

つまり欧州の揺らぎは、
安全保障では痛み、経済では日本が相対的に得をする
という二重の現象として現れる。

そしてこれらは読者の生活にも反映される。
エネルギー価格、物価、為替、給料、企業の設備投資──すべて国際政治の影響下にある。欧州が崩れれば資金は日本に流れ込み、日本企業の競争力は強まる。しかし台湾の安定が揺らぎ、海上輸送が危うくなれば生活コストは跳ね上がる。

こうした複雑な時代に、日本が取るべき道は明らかだ。
欧州の混乱に飲み込まれず、空白を埋める“中心国”となること。
米国との同盟を軸に、インド太平洋で供給網と安全保障を固め、自由主義諸国と連携して中国の未成熟な外交を“成熟へと導く”枠組みを作ること。

力の空白を放置すれば、粗暴な外交はますます粗暴になる。
力の空白を埋めることこそが、真の寛容であり、平和を守る唯一の方法だ。

マクロン訪中、高市発言、中国の揺さぶり、欧州の分裂、老獪なフランスと若い中国外交──すべては日本の10年後を左右する現実である。世界は静かに大きく動いている。日本はその変化を座して眺める国ではなく、自ら未来を選び取る国であるべきだ。

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