- 第一に、日本が中央アジアと「初めて首脳会議を開いた」という事実は、日本外交が“周縁”から“構造”へ踏み出した決定的瞬間である。これまで点で付き合ってきた中央アジアを、面として扱い始めた。これは親善ではなく、世界秩序の変化を見据えた戦略行動だ。
- 第二に、中央アジアは米中露の力が最も露骨にぶつかる場所であり、その露骨さは「兵器の射程」で世界が書き換わる冷酷な現実にある。ここに何が置かれるかで、中国もロシアも安全保障を根本から変えざるを得ない。この地域を巡る動きは、遠い外交ニュースではなく、世界の安定そのものに直結している。
- 第三に、その剥き出しの三国志の中で、日本は“刃”ではなく“重し”として盤面に加わった。ミサイルも基地も持ち込まず、だが確実に選択肢を増やす存在として信頼を積む。中央アジアと日本の関係は、エネルギー、物流、安全保障を通じて、すでに我が国の明日につながっている。
多くの日本人にとって、中央アジアは遠い存在だ。
地図を思い浮かべても、国名がすぐ浮かぶ人は少ない。旧ソ連の一部だった内陸国、シルクロードの名残――その程度の理解にとどまっているのが現実だ。
しかし日本は今、その中央アジア五か国と初めて首脳会議を東京で開催した。
これは単なる外交行事ではない。日本がこれまで周縁に置いてきた地域を、明確に「戦略の対象」として捉え直したという点で、はっきりした転換である。
これまで日本は、中央アジア諸国と個別には関係を築いてきたが、五か国をまとめて首脳レベルで制度化した枠組みは存在しなかった。それが今、初めて実現した。その背景には、時代の変化がある。
ウクライナ戦争によってロシアの影響力は後退し、中国の存在感は過度に膨らんだ。中央アジア諸国は、ロシアでも中国でもない「第三の選択肢」を必要としている。一方、日本もまた、ユーラシア内陸部に生じた戦略的空白を放置できなくなった。
今回の首脳会議は、偶然でも思いつきでもない。
世界秩序の変化を前提に、日本と中央アジアの双方が必要に迫られて踏み出した、初の制度化なのである。
2️⃣米中露の力が剥き出しになる場所――中央アジアという盤面
中央アジアは、米中露の覇権争いが最も露骨に表れる地域だ。
露骨とは、理念や建前が前に出るという意味ではない。誰が資源を握るのか、誰が物流を押さえるのか、どの国の安全保障に寄りかかるのか。生存に直結する利害が、そのまま国家行動として現れるという意味である。
ヨーロッパでは民主主義や人権が語られ、東アジアでは歴史や感情が絡む。
だが中央アジアでは違う。ロシアは旧宗主国として影響力を保とうとし、中国は経済力とインフラで実質的支配を広げようとする。米国は深く入り込まず、中国の伸張だけを警戒する。この三者の思惑が、装飾なしで衝突する。
その構図を象徴したのが、2023年5月に中国・西安で開かれた中国・中央アジアサミットだ。
中国は中央アジアを「一帯一路」の中核に位置づけ、ロシアの後退を背景に主導権を握ろうとした。しかし同時に、中央アジア諸国が中国一極への依存を避けている現実も浮かび上がった。
| 中国・中央アジアサミットの集合写真 |
それを決定的に印象づけたのが、カザフスタン大統領カシムジョマルト・トカエフの発言である。
2022年6月、サンクトペテルブルク国際経済フォーラムの壇上で、トカエフはプーチン大統領の隣に座りながら、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を国家として承認しないと明言した。
形式上の同盟国の大統領が、国際舞台で本人の前に座り、ロシアの戦争目的を否定した。この発言は挑発ではない。民族自決を無制限に認めれば世界は混乱するという、冷静な国家判断である。多民族国家であるカザフスタン自身の主権を守るための選択だった。
中央アジア諸国は、ロシアを捨てたわけでも、中国に寄り添ったわけでもない。
依存先を一つに固定しない。それがこの地域の選んだ現実路線だ。
3️⃣兵器の射程が世界を変える――そして日本の立ち位置
中央アジアの露骨さは、さらに一段深い。
この地域は、兵器の配置だけで世界の安全保障構造が変わる場所でもある。
仮に中央アジアのいずれかの国が、米国との安全保障協力を選び、中距離ミサイルの配備を認めたとしよう。その瞬間、問題は外交から戦略核の領域へ跳ね上がる。
中央アジアは、中国の内陸部やロシア南部の戦略拠点を短時間で射程に収め得る位置にある。冷戦期、米ソが中距離核戦力(INF)条約でこの兵器を厳しく制限した理由は、意思決定の時間を奪う兵器だったからだ。その条約はすでに失効し、配備を縛る枠組みは存在しない。
| 米陸軍の最新兵器中距離ミサイルシステム「Typhon(タイフォン)」 |
この現実の下では、「中央アジアに何が置かれるか」だけで、中国とロシアの安全保障政策は根本から揺らぐ。
だから両国は、中央アジアを決して空白にできない。経済支援も治安協力も政治的関与も惜しまない。友好のためではない。生存の問題だからだ。
この剥き出しの三国志の中で、日本は明らかに異質な存在である。
日本はミサイルを持ち込まない。基地を要求しない。政権交代を誘導しない。
その代わり、エネルギー、インフラ、人材育成、制度構築といった、時間はかかるが依存を生まない関係を積み重ねる。中央アジア諸国にとって日本は、どこかを選ぶための存在ではない。選ばされないための余地を確保する相手だ。
しかも中央アジアは、すでに我が国の将来と直結している。
原油、天然ガス、ウランといった戦略資源。海上輸送に依存しない陸上回廊。中国一極集中を避ける供給網。これらはすべて、日本の明日に跳ね返る現実である。
日本と中央アジア五か国による初の首脳会議は、この露骨な世界の中で、日本が「刃」ではなく「重し」として盤面に加わったことを意味する。派手さはない。しかし、盤面を静かに傾ける力は、往々にしてそういう存在が持つ。
中央アジアは遠い国ではない。
エネルギー、安全保障、そして我が国がどこまで主体性を保てるかという問題と、確実につながっている。
日本はすでに、必要な場所に、必要な形で入り始めている。
今回の首脳会議は、その事実を静かに示したにすぎない。
天津SCOサミット──多極化の仮面をかぶった権威主義連合の“新世界秩序”を直視せよ 2025年9月1日
中央アジアを含むユーラシア内陸で、中国・ロシアが「非西側の結束」を誇示する場がどう作られているかを描いた記事だ。中央アジアを“盤面”として眺める視点が手に入るため、今回の「日本×中央アジア首脳会議」の意義を、より大きな構造の中で理解できる。
【中国のプーチン支援にNO!】NATOが懸念を明言した背景、中国の南シナ海での行動は米国全土と欧州大陸への確実な脅威―【私の論評】米国のリーダーシップとユーラシア同盟形成の脅威:カマラ・ハリスとトランプの影響 2024年7月30日
「中国がロシアを支える構図」と、それが欧州・インド太平洋を一体の安全保障問題にしていく流れを整理した記事だ。中央アジアの“露骨な力のぶつかり合い”を語る際の、背後の大局(中露連携と西側の対応)として効く。
中国・中央アジアサミットが示すロシアの影響力後退―【私の論評】ロシアが衰退した現状は、日本にとって中央アジア諸国との協力を拡大できる好機(゚д゚)! 2023年6月8日
中国が中央アジア首脳会議を主催し、影響力を伸ばそうとする一方、ロシアの余力低下が地域に「空白」を生んでいる点を捉えた記事だ。今回のテーマである“日本が入る余地”を、早い段階から論じている。
ウクライナ戦争で大きく変わる世界秩序 米国が中国を抑え付ける好機、日本も自由民主主義国としての連携を―【私の論評】ここ10年が最も危険な中国に対峙して日本も米国のように「準戦時体制」をとるべき(゚д゚)! 2023年3月6日
ウクライナ戦争を境に、世界秩序が「対中」を軸に組み替わるという見立てを示した記事だ。中央アジアを“遠い地域”としてではなく、米中露の力学が連動して我が国に跳ね返る、という問題設定の土台になる。(Yuta Carlson)
同盟国のカザフスタン元首相がプーチン政権を批判―【私の論評】米中露の中央アジアでの覇権争いを理解しなければ、中央アジアの動きや、ウクライナとの関連を理解できない(゚д゚)! 2022年9月16日
カザフスタンのアケジャン・カジェゲリディン元首相によるプーチン政権批判を起点に、中央アジアで米中露がせめぎ合う現実を解説した記事だ。「なぜ中央アジアが露骨なのか」を読者に腹落ちさせる導入として、今回の記事と非常に相性が良い。(Yuta Carlson)
0 件のコメント:
コメントを投稿