2025年12月23日火曜日

凍結か、回復か──ウクライナ停戦交渉が突きつけた「国境の真実」


まとめ

  • 今回のウクライナ停戦論は、単なる呼びかけではない。水面下では、停戦線・再侵攻時の自動反応・国家機能維持までを同時に考えた「具体的な設計思想」が、文書レベルで実際に詰められている。これまでの停戦論とは質がまったく違う。
  • 国際社会は長年、「正しい国境」ではなく「凍結できる国境」を選び続けてきた。北方領土もウクライナも、その延長線上にある。これは正義の勝利ではなく、是正できなかった結果としての現実にすぎない。この構造を理解しない限り、戦争は形を変えて繰り返される。
  • それでも道はある──「回復的ウティ・ポシデティス」という視点だ。主権は元に戻す。人の人生は選ばせる。凍結に甘んじず、回復を最終目標として掲げ続ける国だけが、将来の選択肢を失わずに済む。ウクライナ、日本、台湾はいま、それぞれ異なる形でその分岐点に立っている。

1️⃣停戦が語られ始めた本当の理由

アメリカとウクライナが大筋合意 米メディア報道 トランプ氏とゼレンスキー氏が近く首脳会談へ


ウクライナ戦争をめぐって「停戦」という言葉が語られること自体は、これまで何度もあった。しかし、その多くは希望的観測か、外交上の建前にすぎなかった。ところが今、この言葉の重みが明らかに変わりつつある。戦争当事国の指導者自身が、「象徴的努力ではなく、現実的成果が見え始めている」と語り始めたからである。

これは戦況が好転したという意味ではない。むしろ逆だ。この戦争を完全な勝利で終わらせることが、どの当事者にとっても現実的ではなくなったという事実が、ようやく共有され始めたということである。ここから先は、善悪や感情の問題ではない。「戦争をどう終わらせるか」という制度と秩序の問題である。

今回の停戦論がこれまでと決定的に違うのは、具体的な設計思想が、実際に文書レベルで議論されている点にある。全面公開された停戦協定案は存在しない。しかし、ウクライナ・米国・欧州が協議している枠組みとして、いわゆる「二十項目プラン(20-point plan)」が存在することは、複数の信頼できる報道によって確認されている。

ロイター通信は、ゼレンスキー大統領が「戦争終結に向けた交渉が現実的な成果に近づいている」と述べ、複数項目から成る和平構造がすでに用意されていると報じている。
https://www.reuters.com/world/ukraines-zelenskiy-says-negotiations-war-settlement-close-real-result-2025-12-22/

またAP通信も、停戦線の設定、安全保証の枠組み、戦後復興を含む複数の文書が並行して検討されていることを伝えている。
https://apnews.com/article/d92b40dab1055df4e3512f77c27eb5c9

重要なのは、これが単なる理念的提案ではない点だ。戦闘停止、再侵攻時の自動的反応、国家機能の維持という三点を、同時に成立させようとする設計思想が明確に存在している。従来の停戦論が「止めよう」という呼びかけにとどまっていたのに対し、今回は「止めた後に崩れない構造」が現実に検討されている。

だからこそ、ウォロディミル・ゼレンスキーは、停戦論を「現実的成果」という言葉で表現する段階に入ったのである。

この変化を理解するには、国境をどう扱ってきたのかという、国際秩序の深層に目を向ける必要がある。

2️⃣凍結が支配してきた国際秩序の正体

 北方領土問題は事実上凍結されているが・・・・

ウティ・ポシデティスとは、「いま保持しているものを、そのまま保持せよ」という意味のラテン語である。国際法では、主に植民地独立の局面で用いられてきた。不自然な行政区画であっても、それを国境として固定しなければ、独立のたびに戦争が起きる。正しさよりも流血回避を優先した原則である。

この原則は、正義を実現するためのものではなかった。秩序崩壊を防ぐための応急処置であり、安全弁であった。

冷戦後、国際環境が変わると、この発想はさらに変質する。国際社会は「不法だと分かっていても是正できない実効支配」に繰り返し直面し、そのたびに事実上の凍結を選び続けた。これが、いわば拡張ウティ・ポシデティスと呼ぶべき慣行である。

北方領土は、その完成形だ。我が国の主張は国際法上正しい。しかし、是正できなかった結果、実効支配は固定され、問題は凍結された。正義は否定されていないが、現実は動かなかった。この構図こそ、拡張ウティ・ポシデティスが支配する世界の本質である。

ウクライナの停戦論も、この延長線上にある。国境の最終的な正しさは先送りされ、まず殺し合いを止めるために線を固定する。決して美しい話ではないが、これが現代の国際秩序が選び続けてきた現実である。

しかし、凍結は正義ではない。是正できなかった結果として選ばれた管理策にすぎない。この点を曖昧にしたままでは、国境問題は永遠に「仕方のない現実」として固定されてしまう。

3️⃣回復的ウティ・ポシデティスと、いま各国が取るべき道

そこで私は、「拡張」ではなく「回復的」という言葉を用いる。これは既存慣行の説明ではない。凍結に代わる、別の原理を示すための言葉である。

回復的ウティ・ポシデティスとは、力による現状変更が起きる前の、正当な主権状態に戻すことを原則とする考え方である。この原則において、主権の帰属は曖昧にされない。

北方領土について言えば、結論は明確だ。四島すべてが日本に帰属する。この原則は一切動かない。回復的ウティ・ポシデティスは、我が国の立場を弱めるものではない。むしろ、それを国際秩序の言葉で整理し直す試みである。

住民選択権は、主権を分割するための装置ではない。主権回復後に、人が自らの人生を選ぶための人道的配慮である。主権は戻す。人生は選ばせる。この役割分担が中核だ。

ウクライナも同様である。2014年以前、全面侵攻以前に国際的に承認されていた国境線が正当な線である。クリミアを含む占領地域は、最終的にすべてウクライナに帰属する。停戦は管理策であって、主権決定ではない。

では、拡張ウティ・ポシデティスが支配する世界で、各国は今どう動くべきか。

ウクライナは、停戦を選ぶとしても、主権の最終帰属を曖昧にしてはならない。線は凍結されても、主権は凍結してはならない。国家として生き残り、回復の可能性を将来に残すことが最優先である。

我が国は、北方領土の凍結を既成事実にしてはならない。四島一括帰属という原則を下ろさず、正当性は時間で減衰しないという姿勢を保ち続ける必要がある。同時に、台湾有事を防ぐことが、我が国自身が新たな凍結の当事者にならないための最重要課題である。

台湾には凍結という選択肢がない。侵攻は即、国家消滅を意味する。だからこそ抑止が必要だ。それは台湾だけの問題ではない。我が国の安全保障そのものである。

台湾には凍結という選択肢はない

拡張ウティ・ポシデティスが支配する世界では、回復は待っていても訪れない。凍結を前提に生き延び、力を蓄え、主権を言葉として守り続けた国だけが、回復という選択肢を将来に残せる。

戦争は終わるのか。答えは条件付きで終わり得る。その条件とは、凍結を当然視せず、回復という視点を捨てないことである。国境を「仕方なく固定するもの」としてではなく、「回復されるべき秩序」として考え続ける。その思考を失ったとき、戦争は形を変えて繰り返される。

回復的ウティ・ポシデティスという言葉は、理想論ではない。拡張ウティ・ポシデティスが行き詰まった先に現れる、次の座標軸である。

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