2025年12月22日月曜日

我が国は原発を止めて何を得たのか──柏崎刈羽と、失われつつある文明の基礎体力


まとめ

  • 第一に、原発を止めても安全にはならない。失われるのは発電という価値だけだ。
  • 核燃料と管理リスクは残り、コストと国富流出だけが増える。原発停止は安全策ではなく、高くつく誤解である。
  • 第二に、原発は電気を作る装置ではない。電力文明を支える“回る独楽”だ。巨大な回転体が生む物理的安定は、制御ソフトでは代替できない。再エネ中心の系統がなぜ不安定化するのか、その理由がここにある。
  • 第三に、原発を捨てた国は未来技術への道も同時に捨てる。SMRも核融合も“回る独楽”が前提だ。原発は過去ではない。未来へ進むための通行証である。
1️⃣原発停止と再エネ依存という二重の誤解──安全も脱炭素も達成されない

柏崎刈羽原子力発電所の全景

我が国のエネルギー政策は、二つの思い込みに長く支配されてきた。
原発を止めれば安全になる。再生可能エネルギーを増やせば脱炭素は達成できる。
この二つである。

その帰結が、世界最大級の原子力発電所である 柏崎刈羽原子力発電所 を、長年にわたり動かさなかったという現実だ。

だが、原発は止めても消えない。核燃料は存在し続け、使用済み燃料は冷却と監視を必要とする。非常用電源も警備も人員も欠かせない。停止は「無害化」ではない。発電という価値を生まないまま、管理リスクだけを抱え続ける状態である。

しかも、その状態は高くつく。発電をしなくても、維持費は年々積み上がる。さらに原発を止めた分だけ火力が動き、LNGなどの燃料費が為替と国際情勢に左右されながら海外へ流出する。原発停止とは、安全を買う選択ではない。発電しない不利を、巨額のコストで引き受ける選択である。

これを正当化してきた合言葉が「脱炭素」だ。しかし、太陽光や風力は天候と時間帯に左右され、需要に応じて出力を制御できない。単独では電力システムを支えられず、必ず裏で別の電源を待機させる必要がある。再エネは二重の設備と二重のコストを伴う。

さらに、補助金や固定価格買取制度に依存する構造は、公金が効率の低い設備へ流れ込む温床になりやすい。森林破壊や景観破壊、地域摩擦を招きながら、発電量以上の社会的コストを生んできた例は少なくない。脱炭素という言葉が、冷静な比較を止める免罪符になってきたのである。

2️⃣原発は「系統のジャイロ」だ──制御では代替できない物理

ここからが本題だ。
原発は単なる大量電源ではない。電力系統そのものを安定させる物理装置である。

最も分かりやすい比喩は、独楽だ。
止まった独楽はすぐ倒れる。少し回してもふらつく。だが、強く速く回った独楽は、軽く突いても簡単には倒れない。独楽が立つ理由は賢いからではない。重さを持つ物体が高速で回転しているからである。

電力系統も同じだ。原子力・火力・水力発電所には、何百トンもの回転子を持つ発電機があり、常に一定の速度で回り続けている。国家規模の独楽が、昼夜を問わず回っている状態だ。この回転が、落雷や事故、発電所の突発停止といった衝撃に対して、まず踏ん張る。これが「系統のジャイロ」であり、日本語で言えば回転式ジャイロスコープ、すなわち角運動量による物理的安定である。原発の価値は、単に回っていることではない。
巨大な回転体が持つ角運動量が、
系統に「踏ん張る力」を与えている点にある。

ジャイロスコープの原理

太陽光パネルは回らない。風力は回って見えるが、インバーターを介して接続されており、系統そのものを回してはいない。独楽の上に軽い飾りをいくら載せても、独楽自体が重くならない限り安定しないのと同じだ。

では、制御ソフトで補えばよいのか。答えは否だ。
制御は「反応」する仕組みであり、ジャイロは「反応する前に踏ん張る」仕組みである。巨大な回転体は、判断も計算も介さず、瞬時にエネルギーを放出・吸収する。制御は賢いが重くはない。ジャイロは賢くないが、圧倒的に重い。これは優劣の問題ではなく役割の違いだ。エアバッグがあってもシートベルトが不要にならないのと同じである。

3️⃣独楽を止めた国の末路──ドイツ、そして未来技術の断絶

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この話を現実で証明したのがドイツだ。ドイツは政治判断で原発を廃止し、再エネを急拡大した。電力量は確保できても、系統の重さは失われた。周波数の不安定化を防ぐため、周辺国への依存や火力の待機運転が常態化した。

ドイツは電気が足りない国になったのではない。電気を安定して扱えない国になったのである。

再エネを増やすほど、安定化のための設備が後付けで必要になり、コストと複雑さは増す。巨大な同期調相機など、かつて原発が内包していた機能を、分解して買い直しているに等しい。

これは電力だけの話ではない。産業史にも同じ構図がある。米国は原子力潜水艦に特化する中で、通常型潜水艦を設計・建造する技術体系を失った。作らなくなった瞬間、技術者も思想も供給網も消え、「作ろうにも作れない国」になった。基礎を捨てた結果である。

原発を捨てた国が、SMRや核融合へ進めなくなるのは同じ理屈だ。これらは最終的に巨大な回転体を系統につなぐ技術である。独楽を忌避する国に、独楽の未来はない。

原発は過去の遺物ではない。未来技術へ進むための通行証である。
既存の大型原発で系統のジャイロを維持し、その上にSMRを積み、さらに核融合へつなぐ。この時間軸だけが現実的だ。

原発を動かすとは、単に電気を作ることではない。
文明が「考えなくても倒れない状態」を保つ行為である。

柏崎刈羽を動かすかどうかは、電力政策の是非ではない。我が国が、回る独楽を持つ文明であり続けるのか。それとも自ら独楽を止め、手で支え続ける国になるのか。その分岐点が、今ここにある。

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