まとめ
- 病院は患者がいないから潰れるのではない。診療報酬を国が抑え、人件費・光熱費・医療材料費だけが上がるため、患者がいても赤字になる構造に追い込まれている。
- 消費税の「非課税」扱いも病院を苦しめている。患者は消費税を払わないが、病院は仕入れで消費税を負担し、控除もできない。制度の歪みを財務省は放置してきた。
- 医療の公金チューチューは徹底的に潰すべきだが、それを口実に地域医療まで締め上げてはならない。必要なのは緊縮ではなく、救急・小児・周産期を守るための医療再建である。
福岡で病院閉鎖の動きが相次いでいる。RKBは、久留米大学医療センターが2027年末までに完全閉鎖し、産業医科大学若松病院も閉鎖方針を示したと報じた。これは福岡だけの話ではない。全国で病院経営が悪化し、地域医療の土台が崩れ始めている。
病院が1つ消えれば、救急車の搬送先は遠くなり、入院先は見つかりにくくなり、残った病院に負担が集中する。これは単なる経営問題ではない。国民の生命に直結する国家的危機である。
ところが、この問題はまだ十分に政治問題化していない。日々の政局やスキャンダルより、こちらの方がはるかに深刻である。病院が消えれば、国民は実際に命の危険にさらされる。そしてその根底には、財務省の緊縮姿勢がある。
1️⃣診療報酬を抑えれば、病院は静かに死ぬ
病院は普通の会社ではない。ラーメン店なら原材料費が上がれば値上げできる。ホテルなら人件費が上がれば宿泊料金を変えられる。しかし病院の収入の大部分は、国が決める診療報酬で決まる。病院が自由に「電気代が上がったので、来月から入院料を10%上げます」とはできない。
一方で、病院が支払う費用は市場価格で上がる。人件費、電気代、ガス代、食材費、医薬品、医療材料、委託費、建築費、医療機器は容赦なく上がる。収入は公定価格で縛られ、支出は市場価格で上がる。この構造で財務省が診療報酬を抑えれば、病院が赤字になるのは当然である。
2024年度診療報酬改定では、本体部分は+0.88%だった。しかし、そのうち+0.61%は看護職員や病院薬剤師などの賃上げ対応、+0.06%は入院時食費の引き上げ対応である。薬価・材料価格は合計▲1.00%であり、病院が自由に経営改善へ使える余地は極めて小さかった。
実際、病院経営は急速に悪化している。2025年度病院経営定期調査では、2024年度の医業利益赤字病院は74.6%、経常利益赤字病院は65.0%に達した。4分の3近い病院が本業で赤字というのは異常である。病院経営者が一斉に無能になったのではない。制度が病院を赤字へ追い込んでいるのである。
しかも、患者数が急増して病院収入を押し上げているわけでもない。厚労省の2023年患者調査では、推計入院患者数は117万5300人、外来は727万5000人である。また、2024年病院報告では、病院の1日平均在院患者数は前年比0.8%増だが、1日平均外来患者数は前年比1.7%減である。患者数が伸びない一方で、病院は24時間体制を維持しなければならない。固定費だけが重くのしかかる。
ここで財務省が言う「効率化」は、現場から見れば削減圧力である。もちろん無駄な医療は見直すべきだ。しかし、救急、小児、周産期、災害医療、へき地医療まで同じ緊縮の物差しで測れば、地域医療は壊れる。財務省は帳簿の数字を見ている。しかし、その先にいる患者の命を見ているのか。
2️⃣消費税と公金チューチュー――本当に削るべきものを削れ
病院経営を苦しめているもう1つの制度問題が消費税である。社会保険診療は消費税が非課税である。患者は保険診療に消費税を払わない。一見すると患者負担を増やさない良い制度に見える。
しかし病院は、医薬品、医療材料、医療機器、建物、給食、清掃、警備、委託業務などを購入する際には消費税を払っている。厚労省も、社会保険診療が非課税であるため、医療機関は仕入れ時に支払った消費税を仕入税額控除できず、控除対象外消費税になると説明している。
普通の会社なら、売上にかかる消費税から仕入れにかかった消費税を差し引ける。ところが保険診療は非課税売上なので、病院は仕入れ時に払った消費税を控除できない。その結果、病院が消費税を最終負担する形になる。これが、いわゆる「損税」問題である。
この問題では、医師会の責任も問われるべきである。消費税導入時、医師会は医療を課税対象から除外するよう求めた。患者負担を増やさないという理屈は理解できる。しかし、非課税にすれば病院が仕入れ時に支払う消費税を控除できなくなる。この矛盾を十分に処理しないまま制度が作られた。
近年、日本医師会自身も、現行制度の限界を認めざるを得なくなっている。日本医師会は令和8年度税制要望で、診療所は非課税のまま診療報酬上の補填を継続しつつ、病院については軽減税率による課税取引に改めることを要望している。これは、現行の非課税制度が病院には合わないことを認めているに等しい。
それでも財務省は、税制の歪みを抜本的に直さず、診療報酬上の曖昧な補填で済ませてきた。制度変更には財源措置が必要になるからである。結果として、病院は見えない消費税負担を抱え続けた。これは税制の失敗であり、財務省の不作為である。
もちろん、医療関係にも公金チューチューはある。会計検査院は令和5年度決算検査報告で、新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金の医療分について、6都県の事業主体で計10億9788万9000円が過大交付されていたと指摘している。また、厚労省の令和6年度における保険医療機関等の指導・監査等の実施状況では、返還金額は48億5333万円だった。
不正請求、過大補助、不要な委託、中間搾取は徹底的に潰せばよい。悪質な医療機関は保険診療から退場させるべきである。しかし、それを口実に、地域医療を担う真面目な病院まで締め上げるのは間違いである。
必要なのは緊縮ではなく精査である。削るべきものは削る。だが、救急、小児、周産期、災害医療、へき地医療、老朽病院の建て替え、人材確保には十分な財政支援を行う。この区別ができないから、財務省の議論は危険なのである。
3️⃣医療崩壊を防ぐには、削減ではなく再建が必要だ
病院経営の危機は、日本だけの問題ではない。国民皆保険、公的医療保険、公定価格、総額管理に近い制度を持つ国々でも、病院経営は厳しくなっている。医療は国民生活に不可欠であるため、価格を自由に上げにくい。しかし、人件費、光熱費、医療材料費、設備投資費は市場価格で上がる。この差額を誰が負担するのか。ここを曖昧にすれば、どの国でも病院経営は苦しくなる。
日本の特殊性は、さらに危うい。OECDのHealth at a Glance 2025によれば、日本の病床数は人口1000人あたり12.5床で、OECD平均の4.2床を大きく上回る。一方で、日本の医師数は人口1000人あたり2.6人で、OECD平均の3.9人を下回る。つまり日本は、多すぎる病床を、少ない医師で、長く回している国である。
低成長、低賃金、低インフレの時代には、この仕組みでも何とか持った。しかし、賃金と物価が上がり始めた今、その無理が一気に表面化している。にもかかわらず、財務省はなお医療費の抑制を中心に考える。これは危険である。
財務省の財政制度等審議会資料は、2026年度診療報酬改定について、経済・物価動向等への対応と保険料負担の抑制努力を両立させる必要があるとしている。一見もっともらしい。しかし、病院の現場から見れば、これは「物価も賃金も上がっているが、保険料負担を抑えるために診療報酬は政治的に査定する」という話である。
財務省は、国民負担を抑えると言う。しかし、病院が閉鎖され、救急搬送先が遠くなり、出産できる場所が減り、子どもを診る医療機関がなくなれば、その負担は国民の生命に返ってくる。保険料の数字を抑えても、命を守る医療インフラが壊れれば意味がない。
改革は必要である。しかし、改革とは財務省が好む単なる削減ではない。必要な病院を守るための再設計である。
救急、手術、小児、周産期、災害医療を担う中核病院を明確にし、そこに医師、看護師、設備、財源を集中する。一方で、すべての病院が急性期、回復期、慢性期、外来、在宅支援をフルセットで抱える体制は見直す。地域ごとに役割分担を進め、医療資源を最適配置する。これが本当の改革である。
診療報酬には、物価、賃金、光熱費、医療材料費の上昇を自動的に反映する仕組みを入れるべきである。2年に1度の政治的改定を待たせるのでは遅い。病院は国が価格を決める産業なのだから、国がコスト上昇の責任も負わなければならない。
消費税については、病院の社会保険診療を軽減税率による課税取引に改め、仕入税額控除を可能にする方向を検討すべきである。少なくとも、高額医療機器、病院建て替え、救急、小児、周産期、災害医療など政策医療を担う病院については、控除対象外消費税を個別に補正する仕組みが必要である。
財源についても、保険料や患者負担だけに押しつけるべきではない。地域医療は国民生活の基盤であり、安全保障の一部である。老朽病院の建て替え、医療DX、人材確保、救急体制維持、地域再編投資には、国債発行を当然の前提として財政支出を行うべきである。
結語
病院閉鎖は、静かに進む医療崩壊である。診療科が減り、救急受け入れが減り、医師と看護師が去り、最後に病院が閉じる。
医療関係の公金チューチューは徹底的に潰せばよい。しかし、それを口実に、地域医療を支える病院まで締め上げてはならない。無駄を削ることと、命を守る医療インフラを削ることは違う。
地域医療を守れない国は、国民の暮らしを守れない。財務省の緊縮で国民を生命の危機に追いやってはならない。今必要なのは、歳出削減ではなく、国民の命を守るための医療再建である。
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