2026年10月25日日曜日

『財源がない』では日本は守れない――年末の安保3文書改定、国債恐怖症と防衛増税を許すな

まとめ

  • 今回のポイントは、安保3文書改定を「財源論」で論じること自体が誤りだという点である。物差しは需給ギャップと高圧経済であり、防衛費は国内の供給力と継戦能力を育てる投資として評価すべきだ。
  • 日本にとっての利益は、「財源がない」を理由に防衛を先送りせず、高圧経済を維持することで賃上げと投資を定着させ、危機の際にも国を守れる実体的な国力を手にできることである。
  • 次に備えるべきは、越えてはならない一線を守る覚悟である。防衛費の穴埋めを名目とする増税や拙速な引き締めに流れ、国債恐怖症に屈して国家の生存戦略を止めるような判断を許してはならない。

10月24日、東京都内で開かれた「富士山会合」で、ランドー米国務副長官がビデオメッセージを寄せた。日本政府が年内に改定を目指す安全保障関連3文書について、米国の戦略と一致させる必要があるとし、日本の南西諸島から台湾、フィリピンを結ぶ「第1列島線」に沿って抑止力を強化する米側の取り組みに、歩調を合わせるよう求めたのである。ランドー氏は、中国の軍事活動の活発化を挙げ、中国が日本への強硬姿勢を強めていると指摘した。高市早苗首相も同じ会合にメッセージを寄せ、日米同盟の抑止力と対処力を一層強化し、同盟をさらなる高みへ引き上げると訴えた。

この発言を受けて、防衛費の議論は必ず「財源」に向かう。だが、確認しておかなければならない。「財源がない」は、国家の生存を先送りする言い訳にはならない。そして、防衛費の穴埋めを名目とする増税は、守るべき国力そのものを削ぐ。私は昨年末、補正予算をめぐる議論で、需給ギャップと高圧経済、そして国債恐怖症の誤りを書いた。あの物差しは、防衛費にこそ当てはめなければならない。

1️⃣第1列島線は地図の上の線ではない――南西諸島は日本の盾である

第1列島線とは、南西諸島から台湾、フィリピンへと連なる列島線を指す。中国の海軍や海警が太平洋へ進出しようとすれば、必ずこの列島線を越えなければならない。裏を返せば、この線が破られれば、台湾周辺や東シナ海の有事は、我が国の離島、領海、そして海上輸送路への圧力に直結する。日本最西端の与那国島から台湾までは、約110キロしか離れていない。台湾有事は、対岸の火事ではないのである。

南西諸島に展開する地対艦ミサイル部隊(イメージ、AI生成画像)
我が国は、エネルギーと食料の多くを海上輸送に依存する島国である。シーレーンが脅かされる事態は、軍人だけの問題ではない。燃料が届かなければ工場は止まり、食料が届かなければ国民生活そのものが立ち行かなくなる。南西諸島の防衛は、遠い島々の話ではなく、本土に暮らす国民の生活を守る最前線の話なのである。

まず、現在地を確認しておく。現行の3文書は2022年12月に決定され、2027年度において、防衛力の抜本的強化とそれを補完する取組を合わせて、2022年度のGDP比2%(11兆円程度)に達する予算水準を目標に掲げた。高市政権は、この水準を当初予算と補正予算を合わせて2025年度に前倒しで達成した。つまり年末の改定は、達成した2%の先をどこまで積み増すのかの議論である。現行の防衛力整備計画は2023年度から2027年度までの5年で43兆円程度を示し、2027年度から2031年度を対象とする次期計画では、無人機の大量調達や、長期戦に備えた弾薬、ミサイルの確保が柱となると報じられている。

米国の要求も、正面から受け止めておく必要がある。トランプ政権は同盟国に防衛費のGDP比3.5%を求め、日本に対しても「世界基準」だとして水面下で繰り返し求めてきたと報じられている。政府は、改定文書に3.5%の目標の明示を見送る方向で検討しているが、関連経費も含めた防衛費の大幅な増額には踏み出す方針だという。仮に3.5%となれば、防衛費は年20兆円を超える。ここで警戒すべきは、数字合わせのために安全保障関連経費の範囲を広げ、装備や人員という中核の予算を痩せさせる粉飾である。比率は結果であって、目的ではない。決めるべき順序は、守る正面と中身が先であり、比率は後からついてくる。

では、この線を守るとは、具体的にどういうことか。相手の射程の外から対処する長射程ミサイル、広い海域を見張り続ける無人機、そして有事が長引いても戦い続けられるだけの弾薬と燃料の備蓄が要る。装備を配備して終わりではない。装備品の部品を切らさず、壊れた艦艇や航空機を前線近くで修理し、補給を絶やさない基盤がなければ、備えは最初の局面で細っていく。問われているのは、まさにこの継戦能力である。

守る対象は、海域や線だけではない。南西諸島には人々の暮らしそのものがあり、有事の際に住民をどう避難させ、空港や港湾をどう使うかまで含めて、初めて「守る」という言葉に中身が入る。防衛力の整備は、国民生活の防衛なのである。

同盟は、米国が一方的に我が国を守る仕組みではない。我が国自身が担うべき正面を受け持ち、抑止の一翼を担わなければ、同盟の信頼そのものが揺らぐ。米国に名指しされるまでもなく、第1列島線を守るのは日本の仕事である。問題は、そのための支出を、我が国がどの物差しで判断するかだ。

2️⃣需給ギャップと高圧経済――防衛費は「負担」ではなく、供給力を作る投資だ

経済政策の議論は、決まって「国の借金が増える」「財源を示せ」という言葉で思考停止に陥る。だが、見るべきは空気ではない。需給ギャップであり、その先にある高圧経済である。

高圧経済とは何か。政策によって需要を強く保ち、労働市場を引き締めた状態をいう。人手が足りなければ、企業は賃金を上げ、省力化の投資をしなければ、人を確保できない。賃上げと投資が、経営者の善意ではなく経営の必然になる。デフレ脱却とは、この状態を定着させることであり、単に物価が上がることではない。

日銀の推計では、2026年4〜6月期の需給ギャップはプラス0.55%で、8四半期連続のプラスとなった。内閣府の推計でもプラス0.7%と、需要超過が続いている。この数字だけを見て「需要はもう十分だ、引き締めよ」と読むのは、昨年末に指摘した通りの誤りである。潜在GDPは推計であり、しかも長年のデフレで痩せた供給力を前提に推計される。景気が良くなるほど「埋まったように見える」のは、そのためだ。

需給ギャップはプラスでも、判断は結果で見る(図解、AI生成画像)※クリックすると拡大します

重要なのは結果である。賃金は持続的に上がっているか。投資は回っているか。中小企業まで賃上げが浸透しているか。政府自身、城内実経済財政担当相が10月23日の記者会見で、デフレ脱却宣言について「
慎重に判断する必要がある」と語った。デフレに後戻りしないという宣言の条件が整ったとは、政府自身がまだ言っていない。高圧経済は、まだ完成していないのである。

その局面での防衛費を、一般の支出と同じに論じてはならない。防衛費の中核は、国内産業への発注である。1️⃣で挙げた弾薬の生産ライン、装備品の部品、艦艇や航空機を維持・修理する基盤、燃料の備蓄、無人機やAIを支える半導体と人材は、需要を作ると同時に供給力を作る支出だ。有事に国を守る継戦能力であると同時に、平時の国内産業の厚みそのものである。

防衛産業の裾野は広い。素材、部品、造船、電子機器と、発注は中小企業を含む国内の取引網に広がっていく。高圧経済が中小企業まで浸透するかどうかが問われると書いたが、防衛発注はまさに、その浸透の経路になり得る。だから、防衛費の増額と高圧経済は矛盾しない。むしろ防衛費は、供給力再建の柱になり得る。

批判すべき無駄があるとすれば、それは金額の大きさではない。円安のなかで予算が輸入装備への支払いに消え、国内に生産基盤も技術も雇用も残らない使い方である。問うべきは「いくらか」より先に、「何に使い、国内に何が残るか」だ。

3️⃣国債恐怖症で国を失うな――歴史と、越えてはならない一線

「国債は将来世代へのツケだからやめろ」という言葉はの中身は空虚だ。国は家計ではない。国債は借り換えを前提とした金融の道具であり、実質的な負担は利払いと金利水準で決まる。我が国の日露戦争の戦費も公債で賄われた。もし当時、「国債はツケだ」という声が勝っていれば、日本は戦えなかった。戦えなければ負けていた。経済政策は、国の生存戦略である。

英国のコンソル(統合債)の内実を、具体的に見ておきたい。コンソルは1751年、英国政府が各種の公債を統合して生まれた、償還期限を定めない永久債である。利払いを続ける限り元本を返す必要はなく、償還は政府の任意だった。この仕組みで、英国はナポレオン戦争の天文学的戦費を賄い続けた。戦争が終わった後の1821年には、政府債務はGDPの260%に達していた。それでも英国は破綻しなかった。

額面を急いで消すのではなく、利払いを続け、産業革命による成長のなかで債務の相対的な重さを減らしていったのである。第1次世界大戦の債務を借り換えた3.5%の戦争債が償還されたのは2015年3月であり、期限のない国債の最後の残りがすべて償還されたのは2015年7月5日である。1751年から数えて264年後だ。国家の債務管理、特に国家の存亡の危機に関わる債務管理とは、この時間軸で考える仕事なのである。

日露戦争の数字を見れば、その意味はさらに明らかになる。直接戦費だけで17億円を超え、当時のGNPの22%、一般会計歳入の7倍弱に相当する規模だった。その戦費の8割を、内債と外債の発行で賄ったのである。そして外債は借換えを繰り返しながら返済が続き、借換え外債の最終償還を迎えたのは1970年度だった。戦争が終わってから65年後である。明治の戦争の借金を、高度成長期の日本が払い終えたことになる。なお、同じ出典によれば、日清戦争の借換え外債の最終償還は1985年度である。世間に流れる「日露戦争の借金は1986年に完済した」という話は、この日清戦争分との混同だろう。

国家は時間を味方にできる――戦争の借金が終わるまで(図解、AI生成画像)※クリックすると拡大します

なぜ、このような超長期の返済が可能なのか。そこには、個人と国家の決定的な違いがある。個人の信用は、その人が生きて働ける期間に縛られる。人はいずれ年を取り、死ぬ。だから個人への信用は、人生の長さを超えることができない。だが国家は違う。国家は世代を超えて存続し、課税権を持ち続ける。国家の消滅や革命による債務の否認といった余程の事態がない限り、国家の信用に「寿命」はない。

貸し手が超長期の資金を託せるのは、この存続を前提にしているからだ。国家は時間を味方にできる。65年あれば経済は成長し、税収は増え、債務の相対的な重さは変わる。もちろん、この信用は国家の存続と経済の成長が前提だ。だからこそ防衛と成長は一体なのであり、守る力を削って帳尻を合わせる緊縮は、信用の土台そのものを掘り崩す。

現実の動きを見れば、国債恐怖症がすでに安全保障を歪め始めている。有識者会議は3文書を決める機関ではなく、判断材料となる報告書を首相に提出する機関である。その有識者会議が、報告書の取りまとめを当初の11月中から12月上旬へ先送りする方向となった。理由は、飲食料品の消費税減税法案の国会審議で財源を巡る与野党攻防が見込まれるため、その影響を考慮したというのである。財源を議論するはずの会議の結論が、財源論争を恐れて後ろへずれる。これが国債恐怖症の支配でなくて何なのか。

さらに、越えてはならない一線は増税である。新たな3文書に基づく防衛費は年10兆円超に膨らむ公算が大きいとして、その「安定財源」に法人税の追加増税案が政権内で浮上していると、共同通信が報じた。まだ決まった話ではないが、賃上げや国際競争力への影響を懸念する経済界の反発も予想されるという。賃上げと投資を担う企業に増税し、その企業が作るはずの装備と供給力を細らせて、何の防衛力強化なのか。

帳尻合わせのために国力を削ぐのは本末転倒であり、経済を冷やせば税収そのものが細って、防衛費を支える基盤が痩せる。拙速な引き締めは、財政でも金融でも同じ過ちだ。日銀が利上げを急ぎ、あるいはリークの形で市場に先行実装するようなことがあれば、高圧経済は完成する前に潰れる。その一線も、越えさせてはならない。国家の財政は動的に運営するものであって、「財源の札」が揃うまで防衛を止める仕組みではない。

結論

第1列島線を守り切れなければ、日本は守れない。そのための防衛費を、「財源がない」の一言で先送りする国に未来はない。年末の安保3文書改定に求められるのは、財源論の恐怖に屈しない覚悟であり、防衛費を国内の供給力と継戦能力に変える設計であり、そして増税と引き締めで高圧経済を壊さないという一線の堅持である。

将来世代に残すべきものは、緊縮の根拠なき説教ではない。

生き残る力を持った国である。

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