岡崎研究所
まとめ
- ロシアはウクライナ戦争後もNATO、特にバルト諸国への脅威を増す。プーチンのNATO拡大への主張はエストニア外相が「デタラメ」と断じ、部隊移動がその矛盾を露呈する。
- フィンランドとスウェーデンのNATO加盟はプーチンの誤算だ。NATOに侵略意図はなく、ロシア側がパイプライン破壊やGPS妨害で挑発を続ける。
- ロシアの行動は、モンゴルやナポレオン以来の被害者意識に根ざす。「力だけが頼り」と信じ、外国からの攻撃を恐れる歴史が背景にある。
- ロシアのメシアニズム思想は、ウクライナを「人為的な政治体」とみなし、「ロシア世界」の拡大を正当化する。プーチンの支配欲に思想的支えを与える。
- プーチンがいなくなっても、被害者意識とメシアニズムがロシアの侵略を止めない。ウクライナのNATO加盟は現実味を欠くが、ロシアの行動は続く危険がある。
ロシアはウクライナ侵攻でエストニア国境近くの精鋭部隊を移動させ、NATOへの備えを弱めた。フィンランドとスウェーデンのNATO加盟は、プーチンの誤算だ。元米軍司令官ホッジスは、NATOに侵略意図があれば破壊工作や領空侵犯が起きるはずだが、ロシア側では何もないと指摘する。
逆に、ロシアはバルト海のパイプライン破壊やGPS妨害、国境での不審な活動を繰り返す。エストニアはロシア軍がウクライナで足止めされていることに安堵するが、和平後、ロシアの脅威が高まると警戒する。
ロシアの行動の根底には、NATOを敵視する政治・軍事的戦略と、歴史的な被害者意識やメシアニズム思想がある。モンゴル、ナポレオン、ドイツの侵攻を経験したロシアは、「力だけが頼り」と信じ、外国からの攻撃を恐れる。
加えて、「ロシア世界」を広げる使命感が、ウクライナを「人為的な政治体」とみなす思想を支える。スルコフ元大統領補佐官は、ロシアの影響力拡大を「ルスキーミール(ロシア世界)」と呼び、プーチンの支配欲に思想的支えを与えた。
ウクライナのNATO加盟は現実味を欠くが、ロシアの侵攻は加盟阻止ではなく、支配欲とメシアニズムに突き動かされた。プーチンがいなくなっても、この思想がロシアの侵略を止めない危険がある。
まとめ
- ロシアの構造的要因:上の記事は、ウクライナ侵攻をプーチン個人の問題ではなく、ロシアの「被害者意識」や「支配欲」に結びつけ、プーチン後でも攻撃的な姿勢が続く可能性を指摘する。SRCの木村汎の研究と一致し、ナショナリズムや歴史的トラウマが外交を駆動するという。
- 経済的制約の深刻さ:しかし、ロシアのGDPは韓国や東京都並み(2021年で1.83兆ドル)で、制裁によるエネルギー収入の減少がプーチン後の軍事行動を制限。後継者は大規模な戦争を避け、サイバー攻撃や小規模な挑発に頼る可能性が高い。
- 国際環境の影響:服部倫卓の研究では、国際的孤立や中国・インドとの協力が外交を制約。経済的弱さから、ロシアは中国への従属リスクを抱え、NATOとの全面対立より限定的な牽制を選ぶだろう。
- 上の記事の限界:記事は経済的制約やNATO・ロシアの相互作用を軽視し、「侵略の継続」を単純化。SRCの研究では、経済や国際環境がロシアの行動を大きく縛るとされる。
- ポスト・プーチン期の展望:ロシアの弱い経済とエリート層の権力維持の思惑により、後継者は国民の不満を抑えるためナショナリズムを煽りつつ、サイバー攻撃や小規模な挑発で「大国」の看板を守ろうとする。中国との協力で経済を支えるが、従属的な立場に陥るリスクがあり、上の記事の懸念は大規模戦争ではなく、狡猾な牽制として現れることになるだろう。
ロシアのウクライナ侵攻は、プーチン一人の暴走ではない。Wedge ONLINEの記事「プーチンがいなくなっても侵略行為は終わらない!」は、ロシアの行動を「被害者意識」や「支配欲」に結びつけ、プーチンがいなくなってもNATOやバルト諸国への敵対姿勢が続く可能性を訴える。
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北大スラブ・ユーラシア研究センター(SRC) |
確かに、ロシアの奥底に流れる歴史の傷や大国への執着は、容易には消えない。しかし、この記事をロシア研究では定評のある北大スラブ・ユーラシア研究センター(SRC)の視点で読み解くと、鋭い指摘の一方で、経済的制約や国際環境の重みを軽視する危うさが見える。
また、「ロシアのGDPは韓国や東京都並みで、制約が大きすぎる」という現実は、ポスト・プーチン期のロシアの動きを予測する鍵だ。木村汎や服部倫卓の研究を手に、ロシアの未来を私なりに描いてみよう。
上の記事では、プーチン個人の影を越え、ロシアの構造的な闇に光を当てる点が最大の特徴だ。木村汎の『ロシアの国家アイデンティティ』は、ソ連崩壊後の屈辱がロシア人の心に深く刻まれ、ナショナリズムと西側への対抗心を燃やしていると説く。記事が引用するウォール・ストリート・ジャーナルの言葉、「ロシアがNATOを脅威とみなすのは、NATOが脅威だからではなく、ロシア自身が脅威を生み出している」は、SRCの中井遼の研究が示す「脅威の自己増幅」と響き合う。
プーチンが去っても、ロシアのエリートや国民に染みついたこの意識は、攻撃的な外交を支える。記事は、この点を一般読者に分かりやすく伝え、ポスト・プーチン期の危険性を浮き彫りにする。
しかし、記事には穴がある。ロシアの行動を「被害者意識」や「支配欲」に集約しすぎ、経済や国際情勢の重みを軽く見ているのだ。2021年のロシアのGDPは1.83兆ドルで、韓国(1.91兆ドル)を下回り、日本の東京都(約1.0兆ドル)の倍にも満たない(IMFデータ)。この経済規模で、ウクライナ侵攻のような大規模戦争を続けるのは無謀だ。
2022年以降の西側制裁は、エネルギー収入を絞り、ルーブルを揺さぶる。木村の研究は、ロシアの大国意識がエネルギー依存や経済的限界に縛られると明かす。記事がこの現実をほぼ無視し、「侵略は続く」と断じるのは、危うい単純化だ。
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モスクワの赤の広場で、ウクライナ4州の併合を記念して開かれた集会とコンサート(2022年9月30日) |
ポスト・プーチン期のロシアはどうなるのか。服部倫卓の「ロシアの権力構造と後継者問題」は、プーチンの「垂直的権力体制」が後継者を縛ると警告する。エリート層――シルシキ、FSB、軍部――は権力維持のため、ナショナリズムを煽り、反西側姿勢を続けるだろう。
しかし、ロシアの経済的制約は、この動きに冷水をかける。ウクライナ侵攻は軍事予算(2021年で約660億ドル、SIPRIデータ)を食い潰し、制裁でエネルギー輸出が激減した2025年のロシアは、財政的に息切れしている。
後継者は、大規模な戦争を続ける金がない。木村の研究が示す「第三のローマ」や「スラブの保護者」といった使命感は、サイバー攻撃や情報戦、近隣諸国への小規模な挑発で生き延びるだろう。記事が危惧するバルト諸国への脅威も、全面戦争ではなく、こうしたハイブリッドな形で現れる可能性が高い。
国際環境もロシアを縛る。服部の研究は、国際的孤立の度合いが外交を左右すると説く。2025年5月のX投稿では、プーチンがウクライナ交渉にガルージン外務次官を送り、対話の窓口を残した。これは孤立を避ける現実的な一手だ。
ポスト・プーチン期の後継者も、中国やインドとの協力を深め、経済的制約を緩和しようとするだろう。だが、岩下明裕教授のエネルギー外交研究が示すように、中国との関係は対等ではない。ロシアは「下請け」に甘んじるリスクを抱え、外交の自由度を失う。NATOがウクライナやバルト三国への支援を強めれば、記事が警告する脅威は現実味を帯びるが、経済的限界はロシアを低コストの挑発に追い込む。
記事のもう一つの弱点は、NATOを「被害者」と決めつけ、ロシアとの相互作用を見逃す点だ。SRCの研究、たとえば中井遼の分析は、NATO拡大がロシアの脅威認識を刺激し、対立を増幅したと示す。
2004年のバルト三国加盟やウクライナのNATO接近は、ロシアにとって戦略的緩衝地帯の喪失だ。経済的制約下の後継者は、NATOとの全面対立を避け、限定的な牽制に頼る可能性が高い。記事がこの複雑な力学を簡略化し、日本との類比(尖閣問題など)で読者を引き込もうとする試みも、SRCの厳密な地域分析とは距離がある。
では、ポスト・プーチン期のロシアの姿は何か。私の示した――GDPが韓国や東京都並みで制約が大きすぎる――は、未来を予測する鍵だ。経済的困窮は、後継者を低コストの挑発や中国依存に追い込む。服部の研究は、エリート層の利害が強硬姿勢を支えると警告するが、木村の研究は、大国意識が経済的現実で挫かれる可能性を指摘する。
2025年のロシアは、エネルギー収入の減少と制裁に苦しみ、ウクライナ侵攻のような冒険は難しい。後継者は、国民の不満を抑え、エリートを繋ぎ止めるため、情報戦や小規模な介入で「大国」の看板を守るだろう。中国やインドとの協力は、経済的制約を和らげるが、ロシアを従属的な立場に押し込む。上の記事が指摘する「侵略の継続」は、形を変えた牽制として現れる可能性が高い。
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現在もロシア連邦海軍唯一の航空母艦として運用中の「アドミラル・クズネツォフ」1990年就役 |
結論だ。上の記事では、ロシアの侵攻をプーチン超えた構造に結びつけ、ポスト・プーチン期の危険性を訴える。これは、SRCの木村や服部の研究と合致する。だが経済的制約――GDPが韓国や東京都並みという現実――を軽視し、NATOとの複雑な力学を単純化している。
ポスト・プーチン期のロシアは、経済の弱さと国際環境に縛られ、大規模な戦争ではなく、狡猾な挑発で生き延びる道を選ぶだろう。上の記事は読者を掴むが、SRCの研究や私の経済的視点を取り入れれば、ロシアの未来はもっと鮮明に見える。ポスト・プーチンのロシアは、大規模な戦争を継続したくてもできないのだ。
- 木村汎『ロシアの国家アイデンティティ』(北海道大学出版会、2008年)
- 服部倫卓「ロシアの権力構造と後継者問題」(『スラブ・ユーラシア研究報告集』、2016年)
- 笹川平和財団「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」(2021年)
- X投稿(ガルージン外務次官の交渉参加、2025年5月15日)
- IMFデータ(2021年、ロシアGDP:1.83兆ドル、韓国GDP:1.91兆ドル)
- SIPRIデータ(2021年、ロシア軍事予算:660億ドル)
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