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岡崎研究所
まとめ
- バルト海におけるロシアとドイツの海軍の緊張がNATOとの衝突の危険性を示唆している。
- ロシアの海軍艦が影の船団とされるタンカーを護衛中にドイツ艦艇と接触し、照明弾が発射される事案が発生した。
- ロシアはウクライナ侵攻以降、NATO艦艇に対して危険な行動を強化している。
- 中国の貨物船が海底ケーブルを切断した疑いで拘束され、NATOはハイブリッド攻撃への対応に苦戦している。
- バルト海の状況は、ロシアとNATO間の緊張を引き起こす重要な要因であり、国際社会は注視が必要である。
NATOは、2022年6月加盟を申請した北欧のスウェーデンとフィンランドとともに海軍の大規模な演習をバルト海で実施 |
11月26日には、ロシア海軍のコルベット艦がバルト海で影の船団とされる石油タンカーを護衛している際、ドイツのフリゲート艦が接近し、シーリンクス・ヘリコプターを飛ばして調査を試みた。この時、ロシア側が照明弾を発射し、負傷者は出なかったものの、冷戦以降見られなかった両国間の対立の兆候として注目されている。ウクライナへの全面侵攻以降、ロシア軍艦はNATO艦艇に対する警告射撃や電波妨害を行い、危険な行動を強めている。
さらに、ロシアの工作員がリトアニアでテロ活動を行ったり、英国やポーランドでの放火事件がロシアの関与に疑念を抱かせている。ドイツの国防相は、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟後、ロシアがバルト海での軍事的存在感を高めており、近隣諸国に対して攻撃的な姿勢を示していると述べている。
ロシアは、ボスポラス海峡を通る軍艦の航行をトルコが拒否する中で、バルト海の港に依存せざるを得ない状況にあり、これが西側諸国との緊張を一層高めている。また、ロシアの「影の船団」は、西側の制裁を回避するためにバルト海を通航し、石油などの貨物を輸送している。
さらに、11月19日には中国の貨物船「伊鵬3号」がバルト海で海底ケーブルを故意に切断した疑いで拘束された。この船は、ロシアの諜報機関にそそのかされて行動したとされ、NATOはこのような攻撃への対応に苦戦している。
ドイツ国防省の元参謀長は、重要インフラをハイブリッド攻撃から守ることは非常に難しいと述べ、ロシアがハイブリッド戦を好む理由は、その直接的かつ比例的な対応が困難だからだと指摘している。
バルト海におけるロシアの軍事行動、制裁回避の試み、そしてハイブリッド戦の戦略が相互に関連しており、これらが今後の国際的な緊張を引き起こす可能性があることを示唆している。特に、ウクライナはロシアのハイブリッド戦に対抗するため、サイバー攻撃や情報戦を行い、ロシアの重要な施設に対しても攻撃を続けている。最近では、モスクワでロシア軍の防護部隊長が爆殺され、ウクライナの関与がほのめかされている。
このように、バルト海は今後もロシアとNATOの間で緊張が続く重要な地域であり、国際社会はその動向を注視する必要がある。
この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。
【私の論評】ロシアのバルト海・北極圏における軍事的存在感の増強が日本に与える影響
まとめ
- ロシアのバルト海での過激な行動は、NATOの影響力が強まる中での地政学的な要因に起因している。
- ロシアのウクライナ侵攻に端を発したフィンランドとスウェーデンのNATO加盟は、ロシアにとって防衛上の脅威を増加させ、自国の安全保障に対する懸念を高めることになった。
- ロシアはバルト海を戦略的に重要視し、エネルギー輸送ルートとしての影響力を維持しようとしている。
- ロシアは経済的には、2024年に軍需産業が経済成長を牽引したものの、実体経済は悪化しており、直接軍事行動に出るというよりは、非軍事的手段を駆使する可能性が高い。
- 中露の北極圏での覇権強化は、日本にとって貿易や安全保障の脅威をもたらす可能性がある。
ロシアの過激な行動がバルト海で目立つ背景には、地政学的な要因が大きく影響している。具体的には、バルト海が北大西洋条約機構(NATO)の内海となったことが、ロシアの行動を刺激しているのだ。
まず、地理的な状況が重要である。バルト海は、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ドイツといったNATO加盟国に囲まれており、ロシアの飛び地であるカリーニングラード以外は、ほぼ全域がNATOの影響下にある。このような地理的配置は、ロシアにとって自国の安全保障上の脅威と見なされる。特に、NATO加盟国がロシアの国境近くに展開することで、ロシアは自国の防衛を強化せざるを得なくなる。
次に、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟は、ロシアにとってさらなる脅威となっている。これまで中立を維持していたこれらの国がNATOに加わることで、ロシアは自国の西側に対する防衛線が強化され、包囲されていると感じる可能性が高い。特に、フィンランドはロシアとの国境を接しており、その加盟はロシアにとって非常に敏感な問題である。
フィンランドのNATO加盟も、ロシアにとって大きな軍事的脅威となっている。フィンランドは、陸上および空中防衛において強力な能力を持っており、特に近年、NATOとの軍事演習を通じてその防衛能力を強化している。フィンランドは、ロシアとの国境が非常に長いため、自国の防衛を強化することはロシアにとって重要な課題である。加えて、フィンランドは自国の軍隊の質や訓練において高い評価を受けており、特に冬季戦闘やゲリラ戦において優れた能力を有している。このため、フィンランドがNATOに加盟することで、ロシアはその防衛戦略を再考せざるを得なくなり、さらなる脅威を感じることになる。
スウェーデンのNATO加入は、ロシアにとって特に脅威であると考えられる。スウェーデンは小国ながら、自前でステルス性能の高い潜水艦を建造しており、対潜水艦戦(ASW)に優れた能力を持っている。このような軍事的能力により、スウェーデンはバルト海でのロシア海軍の行動を制約する可能性がある。スウェーデンの潜水艦は、特にロシアの潜水艦に対して脅威となり得る。これにより、ロシアは自国の海軍が封じ込められることに対する強い懸念を抱いている。
また、ロシアはバルト海におけるNATOの軍事的存在が圧力となっていると感じている。ウクライナへの侵攻以降、ロシアはNATO艦艇に対して警告射撃を行ったり、電波妨害を行うなど、積極的な軍事行動を強化している。これらの行動は、ロシアが自国の影響力を示し、NATOに対抗する姿勢を取るための手段として位置づけられている。重要なのは、NATOのロシアに対する軍事的脅威が強調される一方で、その背景にはロシア自身がウクライナに対して軍事侵攻を行い、緊張を高めたことがある点である。この侵攻は、NATO諸国による防衛的な行動を誘発し、結果としてロシアに対する軍事的圧力を強化する要因となった。
さらに、バルト海はロシアにとって戦略的に重要な地域であり、特にエネルギーの輸送や海上交通の要所となっている。ロシアは、バルト海を通じて欧州諸国にエネルギー資源を供給しており、これが経済的な利益をもたらしている。そのため、ロシアはこの地域の影響力を維持する必要がある。
ロシアはカリーニングラードに対する物資補給を複数の手段で行っているが、陸上輸送に関してはポーランドおよびリトアニアとの国境を越える必要がある。カリーニングラードはロシアの飛び地であり、ポーランドとリトアニアに囲まれているため、ロシア本土からカリーニングラードへの陸上輸送を行う際には、これらの国の領土を通過しなければならない。このため、ポーランドやリトアニアとの政治的・軍事的な状況が、物資補給に影響を与える可能性がある。特に緊張が高まると、これらの国を通過することが難しくなることがあり、その場合、ロシアは海上輸送や航空輸送に依存することになる。
ポーランドとカリーニングラードの国境 |
現在のロシアのGDPは、ウクライナ戦争の直前においても韓国を若干下回る規模であった。2024年のロシア経済は、軍需産業の拡大と新興国との貿易関係強化により、当初予想を上回る成長を遂げた。実質GDP成長率は年間を通じて前年比3〜5%台で推移し、特に軍事関連産業が経済を牽引した。
しかし、高インフレと地政学的リスクが経済の先行きに影を落としている。ロシア中央銀行は高インフレ対策として積極的な金融引き締めを実施し、政策金利を21%近くまで引き上げた。ウクライナ戦争の長期化や国際的な経済制裁の影響も依然として経済に重大な影響を与えており、2024年のロシア経済は、第二次世界大戦中の日本やヨーロッパなどにもみられたように、戦争中には軍事物資の大量生産でGDPは伸びるものの、実体経済は悪化しているという、戦争経済にみられる特有の状態にあるものとみられる。
このような経済状況を考慮すると、ロシアがNATO諸国と軍事衝突を起こした場合、すぐに鎮圧される可能性が高い。そのため、ロシアは今後ハイブリッド戦を仕掛けてくる可能性が高いだろう。ハイブリッド戦は、軍事行動と非軍事的手段を組み合わせた戦略であり、経済制裁や情報戦、サイバー攻撃などを通じて相手国に影響を与えることを目的としている。現在のロシアは、軍事行動は、控えめにして政治的メッセージ程度にとどめ、特に非軍事的手段を駆使する可能性が高い。
さらに、ロシアと中国の間で北極圏における覇権強化の動きが見られる。北極圏は、資源が豊富であり、航路の開発が進む地域であるため、両国にとって戦略的な重要性が高い。ロシアは北極地域での軍事基地の建設や、海上交通路の保護を強化しており、2021年には北極戦略を発表し、軍事力の増強を宣言している。これに対し、中国も「北極海のシルクロード」構想を掲げ、北極資源の開発や航路の確保を目指している。
このような中露の動きは、バルト海やNATOとの緊張関係と密接に関連している。北極圏の覇権を強化することで、ロシアは西側諸国の影響力を抑え、自国の戦略的利益を確保しようとしている。北極圏の資源や新航路に対する関心が高まる中、ロシアはバルト海での行動を通じて、同時に北極圏でのプレゼンスを維持することを目指している。これにより、ロシアはNATO諸国との対立をさらに激化させる可能性がある。
中露のバルト海、北極圏における軍事的プレゼンスの強化は、軍事的バランスの変化により、西側諸国との力の均衡が崩れ、アジア諸国が軍備増強を迫られる可能性がある。さらに、これから活発になると期待されている北極航路の自由な利用が制限されることで、日本の貿易に影響を及ぼす可能性もある。最後に、中露がハイブリッド戦を強化する中で、日本が情報戦やサイバー攻撃の標的になるリスクも高まる。これらの要因から、バルト海や北極圏における中露の動向は、日本にとっても無視できない脅威である。
中露のバルト海、北極圏における軍事的プレゼンスの強化は、軍事的バランスの変化により、西側諸国との力の均衡が崩れ、アジア諸国が軍備増強を迫られる可能性がある。さらに、これから活発になると期待されている北極航路の自由な利用が制限されることで、日本の貿易に影響を及ぼす可能性もある。最後に、中露がハイブリッド戦を強化する中で、日本が情報戦やサイバー攻撃の標的になるリスクも高まる。これらの要因から、バルト海や北極圏における中露の動向は、日本にとっても無視できない脅威である。
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