■
服部倫卓( 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授)
まとめ
- ロシアがウクライナ侵攻後、次にモルドバを標的にする可能性がある。モルドバには親ロシア地域が存在する。
- 10月に大統領選と並行してEU加盟の是非を問う国民投票が予定されており、親欧米派のサンドゥ大統領が有力視されている。
- 経済問題などで国民の不満が高まる中、ロシアが選挙介入などで親欧米路線を妨げようとしている。
- サンドゥ大統領が再選されても、来年の議会選で与党が敗北すれば大統領の権限が制限される可能性がある。
- ウクライナ情勢次第で、ロシアの軍事的脅威にさらされる恐れがあるが、武力に対する抵抗力は乏しい。
モルドバは小国ながら、ロシアとEUの狭間に位置する地政学的に重要な国である。ロシアによるウクライナ侵攻の最中、プーチン政権がウクライナの次の標的としてモルドバを見据えているのではないかとの懸念が生じた。モルドバには親ロシア地域が存在し、ロシアがこうした地域を梃子にしてモルドバ全土を支配下に置こうとする可能性がある。
一方で、モルドバは欧州連合(EU)加盟を目指しており、今年10月に大統領選と並行してEU加盟の是非を問う国民投票が実施される予定だ。現職の親欧米派サンドゥ大統領が有力視されているものの、経済問題などで国民の不満も高まっている。ロシアが選挙介入や買収工作などで親欧米路線を妨げようとする動きも見られる。
さらに、仮にサンドゥ大統領が再選されても、来年夏の議会選挙で与党が敗北すれば、大統領の権限が制限されかねない。モルドバの政治体制は議会と内閣の権限が大きいためだ。ロシア側は、この議会選挙に向けても工作を強めるものと予想される。
ウクライナ情勢次第では、モルドバはロシアの軍事的脅威に直面する可能性もある。しかし武力に対する抵抗力は乏しく、サンドゥ大統領が国外退避を選び、多くの市民がルーマニアなどEU域内に逃れる事態も想定される。
このように、モルドバはロシアとEUの狭間に位置する小国ながら、その帰趨がロシアの影響力の及ぶ範囲やEUの東方拡大、ひいては地域秩序全体に大きな影響を与えかねない重要な試金石となっている。
モルドバの地政学的重要性は非常に大きいと言えます。以下に簡単にまとめます。
このようにモルドバの行方は、ロシアとEUの勢力圏の行方、ウクライナ情勢などに大きな影響を与える重要な地政学的位置にあります。
モルドバとウクライナ南部一帯がロシアに占領され、ロシアとモルドバの間に回廊が設置されれば、そこから様々な深刻な地政学的リスクが生じる可能性があります。
一方で、モルドバは欧州連合(EU)加盟を目指しており、今年10月に大統領選と並行してEU加盟の是非を問う国民投票が実施される予定だ。現職の親欧米派サンドゥ大統領が有力視されているものの、経済問題などで国民の不満も高まっている。ロシアが選挙介入や買収工作などで親欧米路線を妨げようとする動きも見られる。
さらに、仮にサンドゥ大統領が再選されても、来年夏の議会選挙で与党が敗北すれば、大統領の権限が制限されかねない。モルドバの政治体制は議会と内閣の権限が大きいためだ。ロシア側は、この議会選挙に向けても工作を強めるものと予想される。
ウクライナ情勢次第では、モルドバはロシアの軍事的脅威に直面する可能性もある。しかし武力に対する抵抗力は乏しく、サンドゥ大統領が国外退避を選び、多くの市民がルーマニアなどEU域内に逃れる事態も想定される。
このように、モルドバはロシアとEUの狭間に位置する小国ながら、その帰趨がロシアの影響力の及ぶ範囲やEUの東方拡大、ひいては地域秩序全体に大きな影響を与えかねない重要な試金石となっている。
この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。
しかし国内にはロシア世界に親和的な親ロシア派勢力も根強く、実効支配下にある分離独立運動地域「プリドネストロヴィエ共和国」も存在します。ウクライナ情勢次第では、この地域をめぐってロシアとの対立が深まる可能性もあります。このようにモルドバは小国ながら、EUとロシアの狭間に位置する緩衝地帯として、その動向が地域秩序に大きな影響を与えかねない重要な国となっています。
【私の論評】モルドバ情勢が欧州の安全保障に与える重大な影響
まとめ
- モルドバはEUとロシアの狭間に位置する緩衝地帯であり、その動向が地域秩序に大きな影響を与える。
- モルドバ国内にはロシア世界への親和性の高い勢力が存在し、分離独立運動地域「プリドネストロヴィエ共和国」も存在する。
- モルドバの民族・言語面ではルーマニアと深い繋がりがあり、国家統一の可能性がある。
- モルドバがロシアの影響下に入れば、ウクライナへの新たな軍事的脅威となる。
- モルドバはウクライナ情勢次第で、黒海を北上するロシア軍の通り道となる可能性がある。
しかし国内にはロシア世界に親和的な親ロシア派勢力も根強く、実効支配下にある分離独立運動地域「プリドネストロヴィエ共和国」も存在します。ウクライナ情勢次第では、この地域をめぐってロシアとの対立が深まる可能性もあります。このようにモルドバは小国ながら、EUとロシアの狭間に位置する緩衝地帯として、その動向が地域秩序に大きな影響を与えかねない重要な国となっています。
モルドバの地政学的重要性は非常に大きいと言えます。以下に簡単にまとめます。
- ロシアとEUの狭間に位置する緩衝地帯。モルドバがロシア陣営に入れば、ロシアの影響力がさらに拡大する。一方でEUに加盟すれば、EUの東方シフトが進む。
- モルドバにはロシア世界を象徴する分離勢力地域(プリドネストロヴィエ)が存在する。この地域をめぐってロシアとの対立が生じかねない。
- モルドバの民族・言語面ではルーマニアと深い繋がりがあり、国家統一の可能性も存在する。その場合、ルーマニアを介してEUとロシアの対立が先鋭化する恐れ。
- モルドバがロシアの影響下に入れば、ウクライナのもう一つの軍事的脅威になる。その意味でもウクライナ情勢に影響を与える。
- 黒海に面さず内陸国ながら、ウクライナ情勢次第では黒海を北上するロシア軍の通り道となりかねない。
モルドバ東部でウクライナに接する赤色部分がプリネストロヴィエ(PMR) |
プリドネストロヴィエ(PMR)とは、モルドバ領内に実効支配する分離独立運動地域です。1992年にモルドバから分離を宣言しましたが、国際社会からは承認されていません。住民の多くがロシア系で、ロシア語が公用語となっており、ロシア軍も駐留しています。
PMRは「プリドネストロヴィエ・モルドヴァ共和国」として独立宣言を行っています。無論、モルドバはこれを認めていません。ロシア、アブハジア、南オセチア、ナウル共和国のわずか4か国のみがこれを独立国として認めていますが、他の国はこれを認めていません。
この地方は、「沿ドニエストル地方」とも呼ばれますが、その地理的な位置を表した別の呼び名です。プリドネストロヴィエは「ドニエストル川沿い」を意味する語源から来ています。
プリドネストロヴィエ・モルドヴァ共和国とは、モルドバ東部のウクライナとの国境に位置する、モルドヴァから実効支配上分離しているドニエストル川沿いの地域を指す、自称独立国家のことになります。
この地方は、「沿ドニエストル地方」とも呼ばれますが、その地理的な位置を表した別の呼び名です。プリドネストロヴィエは「ドニエストル川沿い」を意味する語源から来ています。
プリドネストロヴィエ・モルドヴァ共和国とは、モルドバ東部のウクライナとの国境に位置する、モルドヴァから実効支配上分離しているドニエストル川沿いの地域を指す、自称独立国家のことになります。
PMRの首都とされるティラスポリ市の市庁舎 |
地理的には「沿ドニエストル地方」ですが、政治的実体としては「プリドネストロヴィエ・モルドヴァ共和国」と呼ばれる分離独立運動体制のことを指しています。
ロシアの支援を受けて独立を主張するPMRの存在は、モルドバの親ロシア傾斜を生み出す一因ともなっています。モルドバは領土の一体性を重視していますが、PMRとの交渉は難航しており、この問題がモルドバ情勢を不安定化させる要因の一つになっています。今後、ロシアがウクライナ侵攻の口実としてPMRを利用する可能性も危惧されています。
このようにモルドバの行方は、ロシアとEUの勢力圏の行方、ウクライナ情勢などに大きな影響を与える重要な地政学的位置にあります。
モルドバとウクライナ南部一帯がロシアに占領され、ロシアとモルドバの間に回廊が設置されれば、そこから様々な深刻な地政学的リスクが生じる可能性があります。
まずロシアの影響力が黒海に至るまで拡大することになり、NATOやEUなど西側勢力との対立がさらに先鋭化してしまいます。ウクライナはポーランド国境以外は、ロシアに包囲されてしまい、国土が事実上二分される恐れがあります。
一方のモルドバも同様に包囲され、親ロシア地域の離反や、ロシアの事実上の支配下に置かれるリスクにさらされる。両国から大量の難民流出も起こりかねない。さらにルーマニアまでがロシアに囲まれる事態となれば、東西間の緊張は最高潮に達するでしょう。
最悪の場合、このまま事態がエスカレートすれば、新たな東西冷戦状況に陥る危険性すらあります。この地域一帯がロシアの影響下に置かれれば、ロシアの勢力圏拡大とNATO/EU側の対抗姿勢から、欧州の安全保障は極めて深刻な事態に陥ることになるでしょう。
モルドバのチーズ専門店 |
その理由の一つは、ウクライナ軍の強硬な抵抗があり、ロシア軍がウクライナ南部を完全に制圧することは容易ではないということです。さらに、ロシア軍の兵力と武器は十分ではなく、新たな大規模作戦を展開するのは現実的ではないです。
そのような行動を取れば、国際社会からの非難と追加制裁を受けるリスクも高まります。加えて、モルドバはNATO非加盟国ではありますが、EUメンバーのルーマニアが防衛面で深く関与しているため、ロシアが容易にモルドバに進出できる状況にないです。
また、モルドバ国内に親ロシア勢力は根強いものの、現政権与党は親欧米路線を掲げていることも影響しています。このように、客観的に判断すると、ロシアがモルドバまで勢力範囲を広げて回廊を確保する可能性は現時点では低いと言えます。ただし、ウクライナ情勢次第では、この地政学的リスクを完全に除外することはできないでしょう。
【関連記事】
ロシアでバスが橋から転落、川へ真っ逆さま 乗客7人死亡―【私の論評】ロシアで深刻化する人手不足問題、さらなる悲劇を招くのか? 2024年5月13日
「軍事ケインズ主義」進めるプーチン 2024年のロシア経済―【私の論評】ウクライナ侵攻で揺れるロシア経済 物価高騰、財政赤字、軍事費増大の3つのリスク 2024年1月7日
北大で発見 幻の(?)ロシア貿易統計集を読んでわかること―【私の論評】ロシア、中国のジュニア・パートナー化は避けられない?ウクライナ戦争の行方と世界秩序の再編(゚д゚)!
2023年11月14日
“ロシア勝利”なら米負担「天文学的」 米戦争研究所が分析…ウクライナ全土の占領「不可能ではない」―【私の論評】ウクライナ戦争、西側諸国は支援を継続すべきか?ISWの報告書が示唆するもの 2023年12月16日
0 件のコメント:
コメントを投稿