2024年5月26日日曜日

西側兵器使ったウクライナのロシア領内攻撃、NATO事務総長が支持―【私の論評】ロシア領攻撃能力解禁の波紋、中国の台湾侵攻への難易度がさらにあがる可能性

西側兵器使ったウクライナのロシア領内攻撃、NATO事務総長が支持

まとめ

  • NATO加盟国は制限解除を検討すべきだ-ストルテンベルグ氏
  • 「軍事的で正当な標的」への攻撃は自衛-エコノミスト紙に発言

NATOのストルテンベルグ事務総長

 NATOのストルテンベルグ事務総長は、英誌エコノミストとのインタビューで、ウクライナがロシア領内の軍事標的を攻撃できるよう、NATO加盟国がウクライナに供与する兵器の利用制限を一部解除することを検討すべき時期が来たと示唆した。

 これまでロシア領内の攻撃については、米国やドイツなどが消極的な姿勢をとってきたが、ストルテンベルグ氏は、ウクライナの自衛権の行使として、正当な軍事標的であればロシア領内を攻撃する能力も認められるべきだとの認識を示した。

 一方で、ゼレンスキー大統領はかねてより、支援国に対してウクライナへの兵器提供時の制限解除を求めていた。

 ストルテンベルグ氏の発言を受け、ロシア外務省のザハロワ報道官は激しく反発し、6月半ばに予定されている「平和会議」への参加者全員に対してこの発言を知っておくよう皮肉を込めて伝えている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】ロシア領攻撃能力解禁の波紋、中国の台湾侵攻への難易度がさらにあがる可能性

まとめ

  • ウクライナの粘り強い抵抗、国際社会からの広範な支援、ロシア自身の軍事力の限界から、最終的にロシアの脅威を封じ込め、抑止することは可能だろう。
  • NATOがウクライナのロシア領内攻撃能力を認めたことで、西側がロシアの暴挙に毅然と立ち向かう姿勢を更に明確に示した
  • ウクライナ軍がロシア国内への攻撃を制限されたことで、ロシア側の砲撃発信地点への反撃や軍事施設への打撃ができず、作戦行動が制約を受けていた
  • しかし、ウクライナがロシア領内の正当な軍事目標のみを攻撃する場合は自衛権の行使として国際法上問題なく、むしろ自衛権行使を制限する方が違反となる
  • 台湾軍は質・量ともにウクライナ軍を上回る戦力を有し、地理的にも有利な立地条件にあるため、同様の制限解除により中国軍の台湾侵攻は極めて困難になると予想される

私は、一昨日のこのブログで、以下のような主張もしました。

ロシアの侵攻は確かに現実的で差し迫った脅威です。しかし同時に、ウクライナの奮闘、国際社会の広範な支援、ロシア自身の能力の限界という現実も見逃せません。こうした要因を組み合わせれば、この脅威を最終的に封じ込め、抑止できるはずです。

その実現に向け、何よりも冷静さを失わず、ロシアの軍事行動を断固として非難し続けることが大切です。そうすれば第三次世界大戦の悪夢は現実のものとはならず、かえってロシアが現実路線に傾き、停戦への道を模索せざるを得なくなるでしょう。平和を願うなら、ロシアの暴挙に毅然と立ち向かうことこそが何より重要なのです。

そうして、ウクライナを訪問中のブリンケン国務長官は15日、米国製兵器を使ったロシア領内への攻撃を容認する可能性に言及し、「この戦争をどう遂行するかは最終的にはウクライナが決断することだ」と述べたことを評価しました。

ブリンケン米国務長官

今回、これに続いてNATOのストルテンベルグ事務総長が「ウクライナの自衛権の行使として、正当な軍事標的であればロシア領内を攻撃する能力も認められるべき」は西側諸国が、ロシアの暴挙に毅然と立ち向かうことをさらに、明確に示したといえます。

ウクライナ軍がロシア国内への攻撃を制限されていたことで、さまざまな不利益を被っていました。まず、ロシア国境沿いの地域では、ロシア側の砲撃や攻撃の発信地点がロシア国内にあるケースが多数ありましたが、ウクライナ軍はそれらを直接攻撃できなかったため、攻撃の根源をなくすことができませんでした。

また、ロシア国内には戦闘部隊の補給や兵站の拠点となる軍事施設が多数存在しますが、これらを直接攻撃できなかったため、ロシア軍の戦力に大きな打撃を与えられませんでした。

さらに、ウクライナ国外からの攻撃が制限されていたため、ウクライナ軍の戦略的選択肢は狭まり、様々な攻撃ルートや戦術を選べない状況に陥っていました。加えて、ロシア国境付近の一部地域では、ロシア国内からの攻撃阻止が難しく、国外からの反撃ができないため、完全な領土防衛が困難でした。

こうした制約があったため、ウクライナ軍の作戦行動は制限を受け、防衛における自由度が失われていたと考えられます。制限が解除されれば、より効果的な反撃と防衛が可能になると期待されています。

こうした、制限がなければウクライナ側の対応力が格段に上がり、ロシア側の侵攻計画の破綻や戦線の維持が極めて困難になった可能性が高いです。戦況は現在とは大きく異なったシナリオとなっていた可能性があります。

ウクライナがロシア領内の正当な軍事目標のみを攻撃する場合は、国際法上問題はありません。

国際法、特に国連憲章と国際人道法のもとでは、紛争当事国には自国を防衛するための必要かつ適切な軍事行動をとる権利、つまり自衛権が認められています。ロシアからの現在の軍事侵攻に対し、ウクライナが自国領土の防衛のために、ロシア側の軍事施設や軍隊を直接攻撃することは、この自衛権の行使に当たります。

その際、民間人や民間施設を意図的に攻撃することは禁止されていますが、正当な軍事目標のみを攻撃することは許容されています。ウクライナがロシア領内の軍事目標に限定して攻撃を行えば、国際法に反することにはなりません。

むしろ、効果的な自衛権の行使を制限することこそが、国際法違反の恐れがあります。ですので、ウクライナがロシア領内の軍事目標のみを攻撃する限りにおいては、国際法上、何ら問題はないと言えます。

以上は、ウクライナだけではなく、中国の台湾侵攻作戦にも大きな影響を及ぼす可能性が高いです。

台湾軍の新型潜水艦

台湾の軍隊はロシアのウクライナ侵攻直前のウクライナ軍よりもはるかに精強であるという事実を踏まえると、今回のロシア領内攻撃制限の撤廃により、中国にとって台湾侵攻の難易度が一層高くなる可能性があると考えられます。

台湾軍は長年にわたり近代化を重ね、島嶼防衛に特化した戦力を擁しています。即応戦力の質的向上に加え、長距離ミサイルを含む奥行きも裾野も広いミサイル群の存在、艦艇、航空機の保有数も一定の水準に達しています。特に、台湾が自前で潜水艦を開発できるようになったのは特筆すべきです。対して当時のウクライナ軍は、旧ソ連時代の装備が多く残る状況でした。

こうした台湾軍の戦力を前提とすれば、仮に台湾側が中国本土の軍事施設を直接攻撃できるようになれば、中国軍の台湾侵攻は極めて困難になると予想されます。

例えば、台湾側の潜水艦や対艦ミサイルで中国軍の潜水艦を含む艦隊の行動が制限されたり、中国国内の基地への攻撃で航空機の運用が阻害されれば、台湾沖でのシナリオが総崩れになる可能性があります。さらには輸送ルートや後方支援部隊への打撃で、軍の機動性と持続力が低下することも考えられます。

さらに、台湾は天然の要塞とでもいえるような、独特の地形をしています。東側は海岸線からすぐに急峻な山岳地帯となるため、上陸して内陸部へ進軍することが非常に難しいです。また、西側は比較的平野が多いのですが、河川が入り組んでおり、機動性の高い大規模上陸作戦の実施は制約を受けます。加えて、河川が入り組んた平地部では限られた上陸地点しかないため、防衛側の台湾軍が集中的に対処できるメリットがあります。

このように、台湾の地形は中国の上陸部隊の展開や機動を著しく阻害し、孤立化や分断された状況に追い込まれる危険性が高くなります。一方で守備側の台湾軍は、事前に重点地域を特定して防御態勢を構築しやすい有利な条件にあります。

更に、台湾軍がロシア領内への攻撃制限の解除によって、中国本土の軍事施設や補給線への反撃能力を得れば、中国軍の作戦は一層困難を極めることでしょう。

したがって、台湾の地理的特性に加え、この新たな事態は、中国指導部が台湾有事の難易度をより高いリスクと認識せざるを得ない理由となっていると考えられます。台湾は本当に天然の要塞であり、第二次世界大戦中には米軍は台湾への上陸作戦を実施しなかった要因ともなっていると考えられます。

オースティン米国防長官

米国防総省のロイド・オースティン国防長官は5月25日に、中国軍が台湾を包囲する形で実施した軍事演習について声明を発表しました。この声明の中で、オースティン長官は中国軍が実施したような作戦を成功させることの難しさを示しました。

また、こうした演習が行われるたびに、米軍は中国軍の運用方法についてさらに深い洞察を得ることができると説明しました。これにより、米軍が中国軍の演習動向を分析し、適切な対応策を練っていることを示唆しました​ (Defense.gov)​​ (Military Times)​。

この発言は、オースティン長官がシンガポールで開催されたシャングリラ・ダイアログの場で行ったもので、アジア太平洋地域の安全保障に関する米国の立場を強調するものです​ (New York Post)​。この声明は、中国と台湾の緊張が高まる中で、米国が地域の安定を維持するための取り組みを続けていることを示しています​ (Voice of America)​。

このような発言の背景には、オースティン長官は、上記で私が示したのと同じような認識をしているものと考えられます。  

つまり、台湾軍の戦力を前提とすれば、今回の制限撤廃により、中国軍の台湾侵攻は想定外の損害リスクを抱えることになり、作戦の実施可能性が計り知れなくなる恐れがあるのです。

こうした観点から、中国指導部は今回の動きを重く受け止め、台湾侵攻の難易度が高まったと危惧しているか、今後そうなる可能性が高いと言えるでしょう。



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