2026年10月29日木曜日

11月2日に全国民へ備蓄を緊急要請――政府は最初の72時間に何を守るのか


 まとめ

  • 11月2日、政府が全国民に最低3日分の備蓄を緊急要請。 熊本地震では直接死50人に対し、災害関連死は225人。災害を生き延びた後にも命の危険がある。

  • 停電、断水、サイバー攻撃で社会は止まる。 北海道のブラックアウトや青森市の防災情報停止が示したのは、家庭の備蓄だけでは守れない国民生活の弱点だ。

  • 政府は最初の72時間に何を守るのか。 ドラッカーの統治論から、政府・自治体・企業・国民の役割を整理し、防災庁の真価を問う。

11月2日、政府は防災庁の発足に合わせ、全国民に最低3日分、できれば1週間分の水、食料、携帯トイレなどを備蓄するよう緊急要請を出す方針である。地方自治体や中央省庁にも防災体制の強化を求め、年内をめどに対応状況を確認するという。細野豪志防災担当相は10月20日の公式記者会見で、この方針を明らかにした。

なぜ今、これほど広範囲に備えを呼びかけるのか。第三次世界大戦が近づいているのか。AIを利用したサイバー攻撃で社会が麻痺する事態を想定しているのか。しかし、今回の要請が差し迫った戦争や特定のサイバー攻撃を理由としている証拠はない。最低3日分、できれば1週間分という備蓄基準も、以前から政府が示してきたものである。

だが、備蓄を単なる防災用品の準備と考えてはならない。2016年の熊本地震では、直接死50人に対して災害関連死が225人に上った。熊本県が2025年4月時点で公表した数字である。地震を生き延びた人が、その後の避難生活や持病の悪化などで命を失った。災害の発生は防げなくても、その後の対応によって守れる命がある。

しかも、国民生活を脅かすのは自然災害だけではない。10月にはGMOインターネットのクラウドサービスがサイバー攻撃を受け、利用者の金融取引に被害が生じた。青森市では防災情報の自動配信サービスが不正アクセスによって停止した。電力、通信、医療、金融などの社会機能が止まれば、原因が何であっても国民生活は脅かされる。

国民に3日分の備蓄を求めるのであれば、政府はその3日間に何を守り、何を優先して復旧させるのかを示さなければならない。11月2日の防災庁発足は、その能力が問われる機会なのである。

1️⃣3日分の備蓄で命は守れるのか――熊本地震と北海道の教訓

政府が最低3日分の備蓄を求めるのは、大規模災害の直後には道路や港湾が使えなくなり、救援物資がすぐには届かない場合があるからだ。しかし、食料と水さえあれば命を守れるわけではない。過去の災害では、避難生活そのものが多くの命を奪ってきた。

熊本地震では震度7の揺れが2度発生し、余震も続いた。自宅で眠ることを恐れ、車中泊や避難所で生活する人が相次いだ。内閣府の災害関連死事例集には、避難生活による身体的負担、持病の悪化、医療の中断などが死亡につながった事例が収録されている。災害関連死とは、建物の倒壊などによる直接死とは異なり、避難生活など災害後の事情が原因となって亡くなることである。

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特に危険なのが、トイレの問題である。断水して水洗トイレが使えず、避難所のトイレも不衛生であれば、水分摂取を控える人が出てくる。しかし、脱水は血栓などの危険を高め、車中泊で同じ姿勢を続ければエコノミークラス症候群の危険も増す。食料が十分にあっても、清潔なトイレや飲料水が確保されなければ、命に関わるのである。

こうした教訓から、細野大臣は避難所の「TKBB」の充実を掲げている。**Tはトイレ、Kはキッチン(温かい食事)、最初のBはベッド、次のBはバス(入浴)**を意味する。清潔なトイレ、栄養のある食事、十分に休める場所、衛生を保つ環境を整えるという考え方である。体育館の硬い床で何日も眠り、温かい食事も入浴もできない生活は、高齢者や持病のある人に大きな負担となる。TKBBは快適さのためだけではない。災害関連死を減らすための対策なのである。

家庭の備えにも不足がある。内閣府の2025年の防災に関する世論調査では、3日分以上の飲料水を備蓄している人は69.8%、食料品は59.8%だった。一方、携帯トイレや簡易トイレは27.2%にとどまる。飲料水の目安は1人1日3リットル、トイレは1日5回程度である。家族4人なら3日分で水36リットル、携帯トイレ60回分が必要になる。常備薬や予備電源なども、家族の事情に応じて備えなければならない。

北海道では、寒さへの備えも欠かせない。2018年の北海道胆振東部地震では、最大約295万戸が停電した。9月の停電でさえ生活に大きな影響が出たのである。これが厳冬期で、暖房が何日も止まったらどうなるのか。高齢者や乳幼児のいる家庭では生命に関わる危険が生じる。家庭には停電時の防寒対策が必要であり、自治体には暖房を確保した避難所が求められる。

では、政府と自治体は何をすべきなのか。細野大臣は10月20日の会見で、防災庁ができたからといって自治体が政府任せになることを戒めた。平時には市町村が準備し、都道府県と政府が支援する。大規模災害で自治体の能力を超えた場合には政府が前面に出る。この役割分担が必要だというのである。

災害関連死を減らすには、国民の備蓄、自治体の準備、政府の支援がそれぞれ機能しなければならない。制度をつくるだけでなく、実際に命を守れるかどうかが問題なのである。

2️⃣AI攻撃と武力攻撃でも社会は止まる――制度の境界が弱点になる

10月1日、重要インフラのサイバーセキュリティ対策のための統一基準が施行された。2026年7月31日に政府のサイバーセキュリティ戦略本部が決定したもので、電力、水道、医療、金融、通信、物流など16分野を対象とする。分野ごとに異なっていた対策の水準を高め、社会機能の停止を防ぐための制度である。

なぜ統一的な対策が必要なのか。電力が止まれば通信設備や病院の運営に影響する。通信が止まれば金融取引や物流にも支障が生じる。決済システムが停止すれば、店舗に商品があっても購入できなくなる可能性がある。現在の社会では、1つの障害が別の分野へ連鎖する危険がある。これは自然災害でもサイバー攻撃でも同じである。

実際、10月にはGMOインターネットの「お名前.com デスクトップクラウド」がサイバー攻撃を受け、利用者の取引口座で不正な取引が行われたとの報告が寄せられた。GMOは10月24日の公式発表で、不正アクセスと顧客情報の外部流出を認め、損失の補償を発表した。この事件については、10月28日の記事「GMOは警告を潰せず、国は法律を使えない」でも詳しく論じた。一般のクラウドサービスであっても、その弱点が利用者の財産を直接脅かすのである。

さらに深刻なのが、青森市で10月13日に発生した防災情報自動配信サービスへの不正アクセスである。気象警報や避難情報をホームページ、SNS、電話などへ自動配信する仕組みが停止し、15日に復旧した。もし停止中に大規模災害が発生していたらどうなったか。避難情報が届かなければ、逃げ遅れる住民が出る可能性もある。防災情報を伝える仕組みそのものが、サイバー攻撃の影響を受ける時代なのである。

防災情報の自動配信停止を示す再現イメージ。実際の青森市の設備・画面ではない。
こうした中、10月23日にはチームみらいがAIサイバー対策に関する緊急提言を政府に提出した。26日には高市首相がサイバーセキュリティに関する関係閣僚会議で、AIを活用した脆弱性検査や政府への被害情報の集約などを指示した。ただし、能動的サイバー防御の制度は10月1日に一部が施行された段階であり、通信情報の利用制度は2027年秋の施行予定である。制度の完成を待つ間も、既存の手段を使って防御力を高める必要がある。なお、GMO事件と青森市の事件でAIが攻撃に使われたことは確認されていない。

一方、武力攻撃に対しては、すでに国民保護法に基づく住民の避難・救援の仕組みが存在する。防災、サイバー安全保障、国民保護は、それぞれ異なる法律と組織によって担われている。しかし、電力や通信が停止し、住民の避難や救援が必要になれば、実際に行う仕事には重なりが生じる。

国家の弱点は、制度が存在しないことだけではない。制度の境界で責任が途切れ、必要な判断と実行が遅れることである。

3️⃣ドラッカーが説いた統治と実行の分離――政府は何を決め、誰が動くのか

ここで重要になるのが、ピーター・ドラッカーの統治論である。

今日では「ガバナンス」という言葉が、管理、監督、行政による事業の実施まで含む曖昧な意味で使われることが多い。しかし、ドラッカーは『断絶の時代』で、政府の本来の役割を、社会にとって重要な問題について意思決定し、方向を示し、社会の力を結集することだと論じた。そして、この「統治」と、現場で仕事を行う「実行」を区別した。そうして、統治と実行を両立させようとすれば、統治の能力が麻痺する。しかも、決定のための機関に実行させても、貧弱な実行しかできない。それらの機関は、実行に焦点を合わせていない。体制がそうなっていない。そもそも関心が薄いとも述べている。訳者の上田惇生による解説でも、この考え方が示されている。

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統治とは、政府がすべてを直接行うことではない。何を実現するのかを決め、そのために社会の力を結集することである。 この区別に立てば、今回の備蓄要請をめぐる政府、自治体、企業、国民の役割が明確になる。

政府が担うべき統治とは、国民の生命を守るという目的を定め、何を優先するかを決めることである。大規模災害の直後に救命医療をどう維持するのか。停電や断水が続く地域へ、限られた燃料や物資をどの順序で届けるのか。複数の自治体が同時に被災した場合、誰が全体を調整するのか。こうした問題は、個々の現場に任せるだけでは解決できない。

一方、自治体は地域の危険を把握し、避難所、備蓄、住民への情報伝達、要支援者の支援などを具体的に準備する。企業は電力や通信、物流などの事業を継続するための対策を講じ、医療機関は治療を維持する体制を整える。国民は自分と家族のために備蓄し、避難方法や連絡手段を確認する。もちろん自治体にも地域の優先順位を決める責任がある。それぞれが判断すべきことを判断し、実行すべきことを実行する。その力を国全体で結びつけることが重要なのである。

現状では、政府と地方自治体は統治と実行の両方を行わなければならない建てつけになっている。特に地方自治体はそうである。ドラッカーの統治の理論によればこれは統治能力を麻痺させることになるが、残念ながらこれをすぐ変えることはできない。極端なことを拙速に行えば、かえって社会を毀損させることにもなりかねない。現状では統治を行う側と、実行を行う側を厳密に区分するなどのことをして長期的には変えていくことを模索すべきである。

海外でも同様の課題に取り組んでいる。英国政府は10月22日に「Be Ready」という備蓄キャンペーンを開始した。EUは2025年3月の危機への備えを強化する戦略で、自然災害、軍事紛争、サイバー攻撃などを幅広く想定し、市民が最低72時間、自力で生活できるよう備える方針を示した。これらは差し迫った戦争の証拠ではない。政府、企業、国民が役割を分担し、様々な危機に備えるという考え方である。

実は我が国でも、すでに重要な取り組みが始まっている。2026年版防災白書によれば、政府は2025年7月、社会的影響の大きいインフラ障害を災害対策基本法上の災害として扱う考え方を整理した。同年12月18日には、内閣官房と東京都が、自然災害によらない首都圏の大規模停電を想定した合同演習を実施している。政府、自治体、インフラ事業者の連携は、すでに検討されているのである。

問題は、その成果をどう実行に移すかだ。例えば人工透析には大量の清潔な水と安定した電力が必要であり、設備が止まれば患者の生命に関わる。病院の非常用電源があっても、燃料や水が届かなければ治療は続けられない。政府は救命医療の維持を優先課題とし、自治体、医療機関、電力会社、物流企業が連携できる体制を整えなければならない。これは医療に限らず、通信や水道、避難所の運営でも同じことである。

11月2日に発足する防災庁には、各省庁への勧告権など、政府全体の対策を進める機能が期待されている。しかし、権限は目的ではなく手段である。どの自治体に何が不足し、いつまでに改善するのか。過去の合同演習で明らかになった問題は解決されたのか。大規模停電時にも病院や避難所を機能させられるのか。こうした具体的な成果によって、防災庁の役割を検証しなければならない。

危機管理への投資も欠かせない。非常用電源、燃料備蓄、通信設備、医療体制、サイバー防御能力の整備には費用がかかる。しかし、これらを単なる支出として扱い、危機が発生してから対応すれば、失われる生命と経済活動ははるかに大きくなる。政府には、国民の生命と生活を守るという目的を明確にし、そのために必要な資源を配分する判断が求められる。

ドラッカーが説いた統治の要点は、政府が何でも直接行うことではなく、何を実現するかを決め、社会の力を結集することである。防災庁が問われるのも、まさにその能力なのである。

結語

熊本地震では、地震を生き延びた後に多くの人が災害関連死で亡くなった。北海道胆振東部地震では、ブラックアウトによって社会機能が広範囲に停止した。これらの教訓は、災害の後にも命と生活を守る仕組みが必要であることを示している。

国民が3日分の備蓄を行うのは当然重要である。しかし、それは政府が72時間何もしなくてよいという意味ではない。国民が自ら備える一方で、自治体は住民を守る体制を整え、政府は社会機能を維持するための判断と調整を行わなければならない。

国民に3日分の備蓄を求めるのであれば、政府はその3日間に何を守り、何を優先して復旧させるのかを明確に示すべきである。

ドラッカーが説いた統治とは、何を実現するかを決め、社会の力を結集することである。防災庁の発足は、その考え方を具体的な成果に変える機会となる。

11月2日に問われるのは、国民の備蓄量だけではない。国家が何を実現すると決め、そのために社会をどう動かすのかという、統治能力そのものなのである。

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