2023年3月18日土曜日

習近平政権3期目のサプライズ人事―【私の論評】中国が効き目のある金融・財政政策ができないのは、米国等の制裁ではなく国内の構造問題に要因があることを習近平は理解すべき(゚д゚)!

習近平政権3期目のサプライズ人事


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・中国で全人代が北京で開催され、習近平政権第3期目が正式に発足した。

・「李克強派」である人民銀行総裁易綱と財政相劉昆が留任。習主席が金融危機を恐れているのは明らか

・李尚福国防相就任は、今後の米中関係に大きな影響を与える可能性が高い


今年(2023年)、中国では全国人民代表大会(全人代)が3月5日から13日まで北京で開催された。そして、習近平政権第3期目が正式に発足した。新政権は、ほとんどが習主席の忠実なる部下で構成されている。

だが、各種メディアで既報の通り、中国人民銀行総裁の易綱(65歳)と財政相の劉昆(66歳)が留任した。これまでは、65歳になると、定年退職しなければならなかった(新政権には易綱と劉昆以外にも定年を超えた人事が行われている)。

今回、この件が驚きをもって迎えられたのは、李克強前首相派閥の人間が残留した(a)からである。習主席としては、国務院(内閣)から「李克強派」をすべて一掃したかったに違いない。

けれども、国務院トップの李強・新首相は地方(上海市等)政府出身のため、中央政府で務めた経験がない。習主席としては、金融・財政政策に不安を抱いたのだろう。そこで、易綱と劉昆という人材を残したと考えられる。

易綱は米イリノイ大学で博士号を習得し、インディアナ大学で教鞭を執っていた(b)。その後、帰国して北京大学の教授となっている。

易綱は、2017年の党大会で中央委員候補に選出されていた。ところが、昨2022年の党大会では、中央委員はおろか、中央委員候補にも名を連ねていなかったのである。その易綱が人民中央銀行総裁に留任した。異例の人事だろう。

習政権としては、易綱ならば、米国と金融関係の話ができるので、バイデン政権と金融面で話し合う用意があるというメッセージを米国へ送ったのではないだろうか。米国側も、その点を評価し、歓迎しているかもしれない(ただ、今秋、易綱は更迭されるのではないかという噂がある)。

他方、劉昆は、厦門大学経済学部で財政・金融を学んだ。1982年、広東省人民政府に入省し、2010年、広東省人民政府副省長にまで昇進(c)している。2013年5月、財政部副部長(副大臣)に抜擢された。その後、2018年3月、李克強首相(当時)の下、財政部長(財政相)に就任している。この2人の人事を見れば、習主席が金融危機を恐れているのは明らかではないだろうか。

実は、もう1人、新政権でのサプライズ人事があった。それは、魏鳳和を引き継いだ李尚福(65歳)新国防相(d)である。李尚福は、人民解放軍総装備部副部長、戦略支援部隊副司令官兼参謀長、中央軍事委員会装備開発部長等を歴任した後、2019年7月に上将に昇格(e)した。

李尚福は航空宇宙分野にも精通しており、西昌衛星発射センターで長年勤務している。そして、同センター司令官、月探査プロジェクト発射場システム最高指揮官、嫦娥二号発射場エリア司令官等を務めた。

2018年9月、米国務省は「米国の敵を制裁するための法案」(2017年8月に成立)に基づき、ロシアの大手武器輸出企業、ロシア防衛産品輸出公社(Rosoboronexport)との「重要な取引」について、中国共産党中央委員会に制裁を科したと発表した。

米国務省によると、この制裁は、中国共産党が2017年にSu-35戦闘機10機を、2018年にS-400地対空ミサイルシステムを購入したことに関連するものだという。その結果、李尚福は、ロシアの戦闘機・ミサイルを購入したという理由で、米政府から制裁を受けている

ところで、3月6日、習近平は中国実業家の前でワシントンを名指しで批判し、「米国を中心とする西側諸国による対中封じ込めと抹殺は、我が国の発展に前例のない挑戦をもたらす」と述べた(f)。

また、翌7日、秦剛外相は、最初の記者会見で、米国の中国への政策方針が変わらなければ、「間違いなく対立があるだろう」とワシントンに警告している。

おそらく、習主席は3期目が米国との“競争”によって特徴づけられると確信しているのかもしれない。習政権が敢えて李尚福を国防相に任命したのは、米国に対する一種の「デモンストレーション」ではないかと、香港メディアは報じている。

しかし、国防相の最も重要な責務は「軍事交流」である。李尚福国防相就任は、今後の米中関係に大きな影響を与える可能性が高いのではないか。また、米中両国国防相が会談する場合、「非常にデリケート」になると予想される。

もしかすると、習政権は、李国防相を通じて、米国の中国共産党に対する“忍耐力”をテストするつもりではあるまいか。その後、北京は対米軍事戦略を決定するのかもしれない。今後、習政権は米国との対決姿勢を鮮明にしていく公算が大きい

〔注〕

(a)『万維ビデオ』「李強では安心できない この2人の李克強派が予想外の留任となる」(2023年3月12日付)


(b)『China Vitae』易綱



(d)『中国中央人民政府』李尚福


(e)『万維ビデオ』「この閣僚の任命は奇妙だ 習近平は彼に米国をテストするように頼んだ」(2023年3月12日付)


(f)『中国瞭望』「習主席の覇権掌握に不安はない。だが、新政府にサプライズがないわけではない」(2023年3月13日付)


【私の論評】中国が効き目のある金融・財政政策ができないは、米国等の制裁ではなく国内の構造問題に要因があることを習近平は理解すべき(゚д゚)!

上の記事では、習主席としては、金融・財政政策に不安を抱いたのだろう。そこで、易綱と劉昆という人材を残したと考えられるとしています。しかし、現在の中国の金融政策や財政政策がうまくいかないのは、米国のせいではありません。それは、中国の内部の事情によるものです。

仮に、米国が制裁を行っていなかったとしても、中国の金融政策は機能不全に至っていたとみられます。それは、国際金融のトリレンマによるものです。これによれば、金融政策が機能不全に陥れば、財政政策も機能不全に陥ります。これについては、このブログでも何度か指摘してきました。

以下にその記事の典型的なもののリンクを掲載します。
姑息な〝GDP隠し〟習政権が異例の3期目 経済の足引っ張る「ゼロコロナ」自画自賛も 威信を傷つけかねない「粉飾できないほど落ち込んだ数値に」石平氏―【私の論評】習近平が何をしようが中国経済は、2つの構造的要因で発展しなくなる(゚д゚)!
詳細は、粉の記事をご覧いただくものとして、以下に国際金融のトリレンマに関わる部分を掲載します。この内容をご存知の方は、これを読み飛ばしてください。
中国の経済の停滞の原因は、ゼロコロナ、不動産バブルだけではありません。これだけであれば、この2つの不況原因を取り除けは、中国経済は再び発展することになりますが、そうではないのです。

この他に2つの構造的な要因があります。一つは、国際金融のトリレンマによるものであり、もう一つは、ごく最近新たに付け加わった、ジョー・バイデン米政権が打ち出した、「半導体技術の対中国禁輸」です。
まずは、国際金融のトリレンマによる構造的要因です。この理論によれば、独立した国内金融政策、安定した為替相場(固定為替相場制)、 自由な資本移動、の三つは同時に実現できません。実際、日米を含め殆どの国は上記三 つのいずれかを放棄しています。

これに対して中国は、金利・為替・資本移動の自由化を極 めて漸進的に進める過程において、国内金融政策の自由度を優先しつつ、状況に応じ て為替と資本移動に関る規制の強弱を調整することで、海外の資本・技術を取り入れて 成長し、グローバルな通貨危機等の波及を阻止できました。 

しかし、資本移動を段階的に自由化した結果、最近では人民元相場と内外金利差の相 互影響が強まっています。これにより、国内金融政策が制約を受けたり、資本移動の自由 化が一部後退するなど、三兎を追う政策運営は難しくなりつつあります。

中国は、グローバル経済に組み込まれた今や世界第2位の経済大国であり、こうした 国は最終的に日米など主要国と同様の変動相場制に移行することで、国内金融政策の 高い自由度を保持しつつ、自由な資本移動を許容することが避けられません。

移 行が後手に回れば国際競争力が阻害されたり、国内バブルが膨らむ恐れがあります。一方で、 拙速に過ぎれば、大規模資本逃避や急激な人民元安が懸念されます。中国は今後一層難 しい舵取りを迫られることになります。

ただ、はっきりいえば、段階的にでも変動相場制にするか、自由な資本移動を禁止して、すべての国際金融の流れを政府が一元的に管理するかいずれかを選択しなければならないです。

前者にすれば、中国による独立した金融政策、資本自由な移動はできます。

後者にすれば、自由な資本移動はできなくなるものの、固定相場制、独立した金融政策は実施できます。

後者にすれば、中国はほぼ国際金融から切り離されることになります。ほとんど資本移動がなかった一昔前の中国に戻るしかなくなります。ただ、これでは中国の経済発展は望めません。

中国がこれからも経済発展をするつもりなら、やはり日本をはじめとする先進国のほとんどがそうしているように、変動相場制に移行するしかないのです。すぐに移行するのが無理でも、少しずつそちらのほうに舵を切るしかないのです。

独立した金融政策とは、日本のようなもともと独立した金融政策を行っている国にいる人達にはりかいしにくいかもしれません。特に日本では、独立した金融緩和を実施することができるにも関わらず、長年日銀はこれを行って来なかったので、さらにわかりにくくしている部分があります。

これは、たとえば、日銀は雇用が悪化していれば、雇用を改善するため金融緩和を実施し、失業率がNAIRU(インフレ率を上昇させない失業率 :non-increasing inflation rate of unemployment)をに達すれば、緩和をやめる等のことを行うことができます。

日本や米国などでは、インフレ率を数%高めることができれば、他に何もしなくても、数百万人の雇用が生まれます。中国では、数千万人の雇用が生まれます。これは、マクロ経済学上の常識です。下にこれを示すグラフを掲載します。

日本等の先進国では、これは通常の金融政策であり、日銀はこのようなことを行うことができます。ただ、日本においては黒田総裁前までの総裁はこのような政策を取らなかったため、雇用は改善されず、日本人の賃金は30年も上がらずじまいでした。

しかし、本来ならば先に上げた金融政策を実行して、雇用を改善すべきでした。しかし、このようなことをしなかったのが、過去の日銀です。

ところが、現在の中国においては、このようなことができないのです。なぜなら、雇用改善のため金融緩和をすると、インフレが亢進したり、キャピタルフライト(資本の海外逃避)などが起こってしまうからです。

このようなことは、李克強が首相のときにすでに発生していました。それについては、このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。

中国・李首相が「バラマキ型量的緩和」を控える発言、その本当の意味―【私の論評】中国が金融緩和できないのは、投資効率を低下させている国有ゾンビ企業のせい(゚д゚)!

この記事は、2019年の記事3月31日のものです。この頃は、まだコロナ禍は深刻な影響を与えていないはずです。この記事より一部を引用します。

2019年に入り、中国の景気減速がしきりに報じられるようになった。今年1~2月の小売売上高の伸び率は前年比8・2%となり、'03年並みの水準に逆戻りしたという。

こうしたなか、李克強首相は「量的緩和(QE)や公共投資の大幅な拡大などの措置を講じようという誘惑に抵抗する」と発言した。緩やかな減税は継続するが、景気拡大を狙った量的緩和は控える、という判断である。 

この記事の【私の論評】において、当時私は、中国が金融緩和できないのは、投資効率を低下させている国有ゾンビ企業のせいとしてますが、それはより具体的にミクロ的にみれば、そうだということであり、マクロ的にはやはり国際金融のトリレンマにより、独立した金融政策が実施できないことが原因です。

中国においては、最近でも雇用が悪化していることが指摘されていますが、日本の多くマスコミは、コロナ前からの構造的なものとは捉えず、コロナ禍の影響とみているようであり、そうであれば、コロナ禍から回復すれば、そうして米国等が制裁をやめれば、中国経済はまた以前のように成長するという見方になるのでしょうが、それは間違いです。

中国経済は、コロナ禍とは無関係に、国際金融のトリレンマにより、独立した金融政策ができない状態にあり、これを改善するために、固定相場制から変動相場制に移行するか、自由な資本移動ができるようにするか、あるいは両方を実施するなどの抜本的な改革ができるかどうかにかかっています。米国の制裁は国際金融のトリレンマにより惹き起こされる不都合よりは、はるかに軽いものです。

問題は、このことを習近平が理解するかどうかです。上の記事では、中国人民銀行総裁の易綱は米イリノイ大学で博士号を習得し、インディアナ大学で教鞭を執っていて、その後帰国して北京大学の教授となっているので、国際金融のトリレンマについては熟知しているでしょう。財政相劉昆は、厦門大学経済学部で財政・金融を学んでいますから、これも基本的なことは理解していると思います。

問題は、この二人が李強首相や習近平にこれを正しく伝え、二人が、特に習近平がこれを理解するかどうかです。理解しないととんでもないことなりかねません。

上の記事は、以下の文で締めくくられています。

もしかすると、習政権は、李国防相を通じて、米国の中国共産党に対する“忍耐力”をテストするつもりではあるまいか。その後、北京は対米軍事戦略を決定するのかもしれない。今後、習政権は米国との対決姿勢を鮮明にしていく公算が大きい

習近平が国際金融のトリレンマを理解せず、独立した金融政策ができないのは、米国等の制裁によるものと曲解して、米国の制裁等を理不尽と受け止めれば、かなり危険な状況になると考えられます。

米国下院に最近設置された「中国委員会」のギャラガー委員長は、米中の戦略的競争において長期的には米国が有利だが、10年の短期では危険な状態にあると述べています。中国は人口減少が生む経済問題などから「無謀さを増す」とし、中国に対し米国は対策を誤っていると具体的指摘もしています。

人口減少自体は、マクロ経済学における「装置化」により、日中ともにこれを改善し、人口減少しても経済を拡大することはできるでしょう。「装置化」とは、平たくいうと「機械化」のことであり、現在でいえば、ロボット化やAIの活用です。

日本では、日銀が金融政策さえ間違えなければ、「装置化」によって、人口減少しても十分経済発展は可能であり、むしろこれを機会と捉えることさえ可能です。

しかし、独立した金融政策が取れない現状の中国はそうではありません。独立した金融政策ができなければ、「装置化」によって、生産性が飛躍的に高まっても、それに対応した緩和ができず、それを満たすだけの需要が見込めず、結局デフレになるだけです。それでも、中国が構造的な要因をとりのぞかなければ、デフレがさらに深化するだけです。

このままの状況であれば、10年後には確実に経済もかなり落ち込み、中国はかなり弱体化することになります。そうなる前に、何とかしようと、習近平は何らかの冒険に打ってでる可能性は高まったといえます。

そうならないように、日米などの民主主義国家は、対中国政策を強化し、対中国に関する軍事力強化、中国の国内への浸透を防止する法律を整備、中国が台湾に侵攻した場合の制裁の規定や法律を強化などをすべきです。さらに、同盟国、同士国との結束を固めていくべきです。

それとともに、中国が独立した金融政策ができなくなったのは、米国等による制裁によるものというよりは、中国の国内の問題であり、何よりも国際金融のトリレンマという構造的な要因によるものであり、それを解消するには、変動相場制に移行するか、自由な資本の移動をできるようにし、国際社会に復帰するしか方法がないことを説得していくべきでしょう。

そのためには、ある程度の、民主化、政治と経済の分離、法治国家化は、避けられないことも説得していくべきでしょう。特に、軍事行動を起こしたとしても、何も変えられず、国際金融のトリレンマからは逃れられず、ますます悪くなることを説得すべきでしよう。

それによって、中国が考えを変えなかったにしても、10年もたてば、中国は確実に弱体化し、他国に影響力を及ぼすことはできなくなり、国内の問題に対処するだけで精一杯で、一昔前の他国との関係が希薄な元の中国に戻るだけです。その時まで、とにかく、中国が他国に対して武力を行使させることを思いとどまらせるべきです。ウクライナの二の舞いを演じることだけは避けるべきです。

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