2026年4月13日月曜日

アベノミクスの次に来るもの 需要不足の時代を終わらせ、供給力と国力を立て直すときだ


 まとめ
  • アベノミクスとサナエノミクスは何が同じで、何が違うのか。需要不足の時代に効いた処方箋だけでは、いまの日本を立て直せない理由を明快に示す。
  • 我が国を弱らせた本当の原因は、単なる投資不足ではない。国内投資が細り、資本が海外へ流れ、設備の老朽化と供給力低下を招いた構図を解き明かす。
  • 日銀、財政、エネルギー、安全保障を別々に論じても、日本は再生しない。需要の安定と供給力・国力の再建をどうつなぐか、その国家戦略の核心を示す。

我が国の経済をいま論じるなら、比較の軸を間違えてはならない。アベノミクスと、現在の高市政権の経済路線は、断絶ではない。どちらも、強い経済をつくり、その成長で税収基盤と国力を立て直すという点では同じである。アベノミクスは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢として打ち出された。他方、高市政権は「責任ある積極財政」と「危機管理投資」「成長投資」を前面に掲げている。目指す方向は同じだが、処方箋は違う。なぜなら、相手にしている病気が違うからだ。 (首相官邸ホームページ)

アベノミクスが正面から相手にしたのは、長引くデフレ、弱い需要、しみついたデフレマインドであった。だから、まず金融と財政を前に出し、経済を動かす必要があった。これに対して、いま我が国の前にあるのは、物価高、供給網の脆さ、エネルギー制約、国内投資不足、そして安全保障環境の悪化である。IMFは、日本経済が足元で潜在成長率を上回る成長を続け、需給ギャップはプラス圏にあるとみている。つまり、いまはアベノミクス初期のように「まず何でもいいから需要を起こせ」という局面ではない。短期の需要安定化はなお必要だが、中長期の本丸は供給力と国力の再建へ移っているのである。 (IMF)

なお、本稿ではアベノミクス以降の他政権の経済論は論じない。論評に値しないからである。理論も弱い。思想も薄い。場当たり的な言い換えをいくら並べても、国は立て直せない。論じるに足るのは、需要不足の時代に対する処方箋としてのアベノミクスと、その次の段階として供給力再建を掲げる現在の路線だけである。

1️⃣アベノミクスとサナエノミクスは、同じ成長志向だが相手にしている病気が違う

 日銀本店

アベノミクスが合理的だったのは、需要不足が経済全体を凍らせていたからだ。企業は投資をためらい、家計は財布のひもを締め、物価も賃金も上がらなかった。そういう局面では、金融緩和と機動的財政で需要を起こし、空気を変えるしかなかった。だからアベノミクスの第1の矢と第2の矢には意味があったのである。 (首相官邸ホームページ)

しかし、いまの日本は同じ病状ではない。日本銀行は、資源輸入国である我が国では、エネルギーや食料などの供給要因による価格上昇が交易条件を悪化させ、企業収益と家計の実質所得を圧迫し、設備投資や個人消費を下押ししうると整理している。いま起きている物価高を、何でもかんでも「需要が強すぎるからだ」と片づけるのは乱暴である。供給ショックの重みを見なければ、現実はつかめない。 (日本情報処理開発協会)

だから、現在の路線はアベノミクスの否定ではない。むしろ、その次の段階である。アベノミクスが「需要不足の日本」を立て直す処方箋だったのに対し、現在の路線は「供給力が傷み、投資が細り、安全保障環境まで変わった日本」を立て直す処方箋なのである。ここを外すと、同じ成長志向の政策を、古い物差しで測ることになる。

2️⃣供給力を傷めたのは、長い期間にわたる需要不足と国内投資の空洞化である


ここで絶対に忘れてはならないのは、いま表面化している供給力の弱さが、天から降ってきたものではないという事実だ。内閣府の2023年度「日本経済レポート」は、1990年代終盤以降、企業収益が増える一方で、長引くデフレを背景に設備投資や賃金が抑制され、家計消費も弱く、その結果、需要の回復力の弱さが続いたと整理している。そのうえで、設備投資の停滞は資本ストックの蓄積を妨げ、資本の老朽化をもたらし、研究開発など無形資産による新しい価値の創造まで抑え、我が国の潜在成長率を押し下げてきたと明記している。日銀の2020年1月展望レポートBOX3も、建物・構築物の資本ストックのヴィンテージが、バブル崩壊後の建設投資の長期低迷を反映して上昇トレンドを続けていると示している。供給力の低下は、長い需要不足と低名目成長の傷跡なのである。 (内閣府ホームページ)

しかも問題は、単に投資が少なかったというだけではない。国内投資が弱い一方で、企業部門の貯蓄超過は長く続いた。内閣府は、1990年代末以降、日本の企業部門では投資が貯蓄を下回る貯蓄超過状態が恒常化し、その一貫性は主要先進国と比べても際立つと整理している。財務省の2024年末本邦対外資産負債残高でも、直接投資資産は351.8兆円に達する一方、直接投資負債は53.3兆円にとどまる。さらに2024年中だけでも、対外直接投資資産は31.6兆円の取得超である。海外投資そのものが悪いのではない。問題は、国内の資本ストックが老朽化し、潜在成長率の土台が傷んでいる局面でなお、国内再投資が相対的に弱かったことである。 (内閣府ホームページ)

要するに、我が国の問題は「投資不足」ではあるが、もっと正確に言えば「国内投資の弱さ」と「資本の海外偏重」である。だから、供給力再建の核心は、海外で稼ぐ力を保ちつつ、それに見合う規模で国内の設備、人材、研究開発、エネルギー基盤へ資本を呼び戻すことにある。ここまで踏み込まなければ、「供給力再建」という言葉はただの看板で終わる。

3️⃣日銀、財政、エネルギー、安全保障をつなぎ直せ


ここで抜かしてはならないのが、日銀は何をすべきか、という論点である。答えは明快だ。日銀の役割は終わっていない。短期の需要安定化を担う中核として、いまなお重要である。ただし、その役割を誤解してはならない。日銀副総裁の2026年3月講演は、物価上昇にはGDPギャップから来る部分と供給ショックから来る部分があり、供給ショックに機械的に金利をぶつければ、原因そのものには効かないままGDPを冷やす危険があると説明している。つまり、米やエネルギーのような供給要因の物価高に対し、日銀が性急に景気を押しつぶすような対応を取るのは筋が悪いのである。 (日本情報処理開発協会)

しかし同時に、「供給ショックだから日銀は何もしなくてよい」というのも誤りだ。日銀の2026年1月展望レポートは、緩和的な金融環境のもとで、設備投資が省力化投資、デジタル関連投資、研究開発投資を含めて増加基調を続けるとの見通しを示している。IMFも、日本では金融政策の正常化を段階的に進めつつ、物価と産出の安定を保つべきだとしている。要するに、日銀がやるべきことは、一時的な供給ショックに過剰反応して景気を壊すことではなく、基調インフレと需給ギャップを見極めながら、金融環境を不必要に壊さないことである。 (日本情報処理開発協会)

政府の仕事は、その土台の上で成長投資を一気に動かすことだ。高市首相は年頭会見で、「責任ある積極財政」を通じて「強い経済」を構築する成長の肝は「危機管理投資」だとし、その中身として経済安全保障、食料安全保障、エネルギー・資源安全保障、国土強靱化、サイバーセキュリティなどを挙げている。これは単なる景気対策ではない。供給能力と国家の生存条件を一体で立て直すという発想である。設備投資の即時償却のように、実際に国内投資した企業に強く報いる税制が重要なのも、この文脈で理解すべきである。 (首相官邸ホームページ)

その中でエネルギー政策は避けて通れない。資源エネルギー庁の2025年白書は、日本の2023年度エネルギー自給率が15.3%で、G7で最も低い水準にあると示している。輸入エネルギーへの過度な依存は、価格高騰局面で交易条件の悪化となって跳ね返り、企業収益も家計の実質所得も削る。だから、原子力を含む安定電源、送配電網、燃料調達の多角化を、経済安全保障の中核として位置づける必要がある。これは発電の話ではない。投資採算、実質賃金、国富流出、危機時の国家機能、そのすべてに関わる話である。 (日本情報処理開発協会)

さらに、対内投資や外資の議論でも、安保を無視した古いグローバリズムはもはや通用しない。財務省は、経済安全保障上の要請を背景に、2025年の制度改正で、外国の法令や外国政府との契約などにより情報収集活動への協力義務を負う投資家について、事前届出免除の利用を制限する方向へ制度を改めた。要するに、外資導入それ自体を無条件に善とみなす発想は、制度の現実そのものと食い違っているのである。外資は歓迎すべきだが、無条件ではない。国益と安保に資する形で選び、管理しなければならない。 (財務省)

政治の世界でも、その空気は無視できない。石丸伸二氏が率いた「再生の道」は、2025年東京都議選で42人全員が落選し、その後の参院選でも10人全員が落選した。もちろん、選挙結果を1つの理由だけで説明することはできない。だが、安全保障や国家の統治能力より、抽象的な改革論や開放論を前に出す政治が、有権者の確かな受け皿になりにくいことを示す象徴の1つとは言える。少なくとも、安保を脇に追いやって「外資導入」や「開放」だけを唱える路線が、国民的な説得力を持ちにくくなっていることは否定しにくい。 (毎日新聞)

結論

結論は明快である。アベノミクスと現在の路線は、目指す方向ではつながっている。どちらも、強い経済をつくることを目指している。だが、相手にしている病気が違う。アベノミクスが需要不足の日本を立て直す処方箋だったのに対し、現在の路線は、供給力が傷み、国内投資が細り、資本が海外へ厚く流れ、エネルギー制約と安全保障環境の変化が重くのしかかる日本を立て直す処方箋である。だから、同じ成長志向でも、政策の重心は当然変わるのである。 

だから、いま必要なのは、需要か供給かという空疎な二者択一ではない。日銀は短期の需要安定化を担い、基調インフレを見極めながら金融環境を急に壊さない。政府は危機管理投資と成長投資で供給力を引き上げる。国内投資を海外投資より魅力あるものに変える税制と制度を整える。エネルギー政策は経済安全保障の中核として組み直す。対内投資は安保と両立する形で選別する。財政はグロス債務の恐怖論ではなく、成長率と資金使途で評価する。これらをつなぎ直して初めて、需要の安定と供給力の再建が同じ方向を向く。 

我が国が本当に再生するのは、「供給力を高めろ」と叫んだときではない。企業が国内で投資したくなる需要環境を整え、その投資が生産性を押し上げ、賃金を押し上げ、成長率を押し上げる循環を取り戻したときである。必要なのは、気分のよい標語ではない。アベノミクスが起こした需要の火を、供給力と国力の再建へつなぐ、本気の国家戦略である。 

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  まとめ アベノミクスとサナエノミクスは何が同じで、何が違うのか。需要不足の時代に効いた処方箋だけでは、いまの日本を立て直せない理由を明快に示す。 我が国を弱らせた本当の原因は、単なる投資不足ではない。国内投資が細り、資本が海外へ流れ、設備の老朽化と供給力低下を招いた構図を解き...