■
じわじわと台湾支援を増強するトランプ政権
台湾を訪問し中華民国総統府でスピーチする米国の
アレックス・アザー厚生長官(2020年8月10日)
|
(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
米国政府の台湾への接近が顕著となってきた。台湾への武器売却、米国政府閣僚の訪問、米台自由貿易構想の前進など、トランプ政権や議会の最近の措置はいずれも中国政府の激しい反発を招いている。
米国の一連のこうした動きは、米中関係の基本を長年、規制してきた「一つの中国」の原則を放棄する展望さえもにじませる。米国はついに「一つの中国」原則を切り捨てるのだろうか。
「一つの中国」原則に縛られないトランプ政権
米中両国は1979年の国交回復以来、米国は中国側の「一つの中国」原則を支持する立場をとってきた。米国は中華人民共和国を「中国の唯一の合法政権とみなす」という趣旨である。「一つの中国」原則に厳密に従えば、台湾、つまり中華民国は中華人民共和国の一省に過ぎず、政府扱いはできないことになる。米国の歴代政権はこの原則をほぼ忠実に守ってきた。
しかしトランプ大統領は、就任直前に台湾の蔡英文総統と直接会話した際、「中国が貿易面での合意を守らない以上、米国がなぜ『一つの中国』の原則に縛られねばならないのか」という疑問を呈した。また、それ以降の一連の公式声明でも、トランプ政権は「我々が解釈する『一つの中国』原則」という表現で、同原則に対する米側の解釈は中国側とは必ずしも同一ではないという点を明解にしてきた。
実際にトランプ政権の最近の言動は、中国側の唱える「一つの中国」原則に明らかに違反しかねない点が多くなった。たとえば、最近米国は以下のような動きを見せている。いずれも中国政府が反対する動きである。
【米国の政府高官が台湾を訪問】米国政府のアレックス・アザー厚生長官は8月に台湾を訪問して蔡英文総統と会談した。この閣僚訪問は、トランプ大統領が議会の法案可決を受けて施行した「台湾旅行法」の結果でもあった。
【台湾に武器を売却】中国政府の全面的な反対を押し切り、トランプ政権は昨年(2019年)から今年にかけてF16戦闘機66機、エイブラムス型戦車108台を台湾に売却した。さらに高性能の魚雷1億8000万ドル相当の売却を決めている。
【台湾との自由貿易協定に前向きな姿勢】米台間の自由貿易協定は台湾側が年来、希望してきたが、米側の歴代政権は中国への懸念などから対応しなかった。この構想にトランプ政権は前向きな姿勢をみせるようになった。とくに現在の米国議会には協定を推進する声が強くなった。
【米軍が台湾支援へ】米国海軍の艦艇が台湾海峡を頻繁に航行することにより、中国軍への抑止の姿勢を明示するようになった。米空軍の戦闘機なども台湾領空周辺での飛行頻度を増して、中国空軍への牽制を示すようになった。
【米国政府高官が台湾支援を表明】トランプ政権のポンペオ国務長官やポッティンジャー大統領補佐官が台湾の民主主義を礼賛し、米台連帯を強調するようになった。すでに辞任したボルトン大統領補佐官は政権外で、台湾政府を外交承認することまで唱えている。
【米国の「台湾防衛」明確化への動き】米国政府は「台湾関係法」により、防衛用の兵器を売却する形で台湾防衛を支援してきた。だが台湾が中国から武力攻撃を受けた際の対応は明確に定めていない。その曖昧な支援を「確実な台湾防衛支援」へ変えようという提案がトランプ政権内外で高まってきた。
以上のような動きは、トランプ政権が議会の了解を得て長年の「一つの中国」原則を放棄する方向へと進む可能性を示しているともいえる。
トランプ政権はまだその種の決定的な動きをとってはいない。しかし現在の米国では、とくに中国政府が香港に関する「一国二制度」の国際誓約を破ったことへの非難が高まっている。その動きがトランプ政権の台湾政策変更という可能性を生み出しつつあるというわけだ。
米国が実行している「サラミ戦術」
トランプ政権の「一つの中国」原則への現在の態度について、中国の政治動向や米中関係の動きに詳しい「戦略予算評価センター(CSBA)」のトシ・ヨシハラ上級研究員は次のような分析を語っている。
「現在、トランプ政権は台湾政策として『一つの中国』原則をサラミのように切り削いでいるといえる。その原則の実質を少しずつ切り落として、なくしていこうというわけだ。ただし一気に現行の政策を除去するわけではないので、中国は決定的な対抗措置をとることはできない。しかし米側の除去策は、少しずつにせよ中国側に不満やいらだちを生じさせるに足る動きだといえる。だからこのサラミ戦術はきわめて有効だろう」
ヨシハラ氏の以上の見解は、控えめながら、トランプ政権がもはや従来の「一つの中国」政策は守らず、台湾への支援を着実に増していく流れを明示したといえる。米台関係、そして米中関係はそれぞれの根幹部分で決定的に変化していくことになりそうだ。
【私の論評】米国のサラミ戦術のサラミは、中華サラミよりもぶ厚い(゚д゚)!
中国の得意とするサラミ戦術とはどのようなものなのか、ここで振り返っておきます。これについては、以前このブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
中国、印北東州で道路建設 インド側反発「インフラ整備で領有権主張する常套手段」―【私の論評】中華サラミ戦術には逆サラミ戦術で対抗せよ(゚д゚)!
この記事よりサラミ戦術の事例を引用します。
"
むかしむかし、小さな駄菓子屋を一人できりもりしているばあさんがいました。その駄菓子屋は広い道路に面していて近くに中学校もあったのですが、売り上げは思わしくなくばあさんは質素な暮らしを強いられていました。
その中学校は田舎の中学校のため、バスで通学している学生も多かったのです。バス停はばあさんの店から十メートルほど離れたところにあり、登下校の時間になると学生たちで賑わっています。あの学生たちが店に来てくれれば……。そう考えたばあさんは一計を案じました。その日から、毎日夜になるとこっそりとバス停を店の方向に動かしたのです。バレないように、一日に五ミリずつ。
そして数年後。バス停はばあさんの店の真ん前に移動し、店はバス待ちの学生たちで賑わうようになった、といいます。この話は、本当なのかどうかはわかりませんが、何かを一気に動かすと多くの人々に気付かれるのですが毎日少しずつ動かしていると意外とバレないものなのです。カツラも同じです。ある日突然、急激に髪の毛が増えるとこれは絶対にカツラだとバレます。だから少しずつ植毛していき、不自然にならないように増やしていくのです。
それはともかく、この現象はやはり人間の認識能力の盲点を突いたものでしょう。大脳の空間識野は、特に急激な変化、すなわち微分情報を抽出するように働きます。それゆえ、微分量が少ない緩やかな変化は認識されにくくなっているのです。
なぜこのような働きをするようになったのかは、進化論で簡単に説明がつきます。ある動物の認識する外界は、動くものと動かないものに大別されます。動かないものというのは、大地・山・樹木などです。これらはその動物にとって、友好的ではないが敵対的でもありません。中立なのです。ゆえに、特殊な場合をのぞいてはこれらの動かないものに注意する必要はないです。
これに対して動くものは要注意です。動くものは、さらに三種類に分けられます。すなわち、敵・餌・同種の異性です。敵からは逃げねばならぬし、餌と同種の異性は追いかけねばならないです。これらを素早く発見することは、生きていくためには重要な能力です。したがって、動くもの、すなわち微分量が大きいものを認識する能力が進化の過程で身についたのでしょう。
これと、似たような話で、「サラミ戦術」というのがあります。サラミ戦術(サラミせんじゅつ、ハンガリー語: szalámitaktika [ˈsɒlɑ̈ːmitɒktikɒ] サラーミタクティカ)とは、敵対する勢力を殲滅または懐柔によって少しずつ滅ぼしていく分割統治の手法です。 別名サラミ・スライス戦略、サラミ・スライシング戦略ともいわれます。
"
中国のサラミ戦術というと、やはり南シナ海の中国による違法支配が筆頭にあげられるでしょう。中国は、1980年代から最初に南シナ海の領有権を主張し、その後に南シナ海の浅瀬に、ほんの数人しか住めないような掘っ立て小屋を建てました。そうして、その掘っ立て小屋に交代で、中国人を住まわせ、実行支配の準備にとりかかりました。その頃の中国は、現在のように大規模な埋め立ての技術もありませんでした。だからできるのはそのくらいだったのです。それでも、中国は周辺諸国の様子を探りつつ、掘っ立て小屋の数を増やすとか、掘っ建て小屋の規模を大きくしていきました。
この間、無論フイリピンやベトナムなどの南シナ海の周辺国は、これに抗議をしたのですが、中国は艦艇を送り込むなどして南シナ海の掘っ立て小屋を守り抜きました。
南シナ海の中国構築物 |
そうして、このくらいの規模だと、米国をはじめとする先進国も、これに強く非難をしても、軍事的な手段を講じるということはしませんでした。先進国としては、中国が豊かになれば、自分たちと似た体制になり、もっとまともになるだろうと考えこれを放置しました。それに中国の大きな市場に目がくらみ、中国と大きなビジネスができることに期待し、南シナ海の中国の無法を放置しました。
その後も中国は南シナ海への進出を継続し、最初は掘っ立て小屋だった構築物がだんだんと手のこんだものになっていきました。
そうして、2015年5月21日、米CNNテレビは南シナ海上空を飛行する米海軍P8哨戒機に同乗取材して中国によるサンゴ礁(環礁)埋め立ての様子を放映し、全世界の注目を集めました。
これは9日後、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ対話)における米国防長官による埋め立て即時中止要求と中国人民解放軍参謀副総長の強固な反論の応酬へと続き、米中関係緊張に発展しました。
また6月8日の主要7カ国首脳会議(G7サミット)首脳宣言には「威嚇、強制又は武力の行使、大規模な埋立てを含む現状の変更を試みるいかなる一方的行動にも強く反対」という文言が盛り込まれ、本件に対する国際社会の厳しい反応を中国に突き付けました。
この頃になってはじめて、米国などの世界の国々が、中国の南シナ海の違法支配に関して、脅威を感じるようになりました。
2016年には、国際司法裁判所が中国の南シナ海支配には、何の根拠もないと裁定しました。しかし、その後も中国は、退く気配をみせず、埋めたてた緩衝を軍事基地にするなどことを強行しました。
さて、冒頭の記事では、米国がこのサラミ戦術を取り始めて、成功していることを指摘しています。そうして、これは有効だと思います。
先にあげたこのブログの記事でも、「逆サラミ戦術」を提唱しました。この記事より、「逆サラミ戦術」に相当する部分を以下に引用します。
先にあげたこのブログの記事でも、「逆サラミ戦術」を提唱しました。この記事より、「逆サラミ戦術」に相当する部分を以下に引用します。
私はサラミ戦略に対しては、「逆サラミ戦略」という戦略を採用すべきだと思います。 それは、さきほどのバス停を動かした婆さんのたとえでいえば、バス停が動いたと認識した段階で、それを元に戻すのです。元に戻すにしても、いきなり元の位置に戻すというのではなく、これも一度に5mm程度を戻すのです。
これは、婆さんが毎日5mm動かしているとすると、ある時点で、婆さんが日々5mm移動しても、バス停は全く動かなくなることを意味します。そうすると婆さんは、動かしても無駄だと思うようになり、諦めてしまいます。
諦めた後でも、毎日5mmずつ動かすのです。そうして、元の場所に戻ったら動かすのをやめるのです。このやり方を「逆サラミ戦略」とでも名付けたいと思います。このように実行していけば、中国も米国が台湾を支援することに非難はするでしょうが、逆サラミ的にやられると、非難はしてもすぐに直接何らかの手段に打って出るということはできないでしょう。何か極端なことをすれば、世界中の国々が中国を避難し、米国は、さらに中国に対する制裁を強化することになるだけでしょう。
米国は、これからもサラミ戦術的に、台湾を支援したり、南シナ海の周辺国を支援していくことでしょう。
ただ、米国と中国のサラミ戦術には違いもあります。中国が南シナ海でサラミ戦術を始めたときには、軍事力や経済力や技術力でも、米国にはおよびもつきませんてじた。だから、雄大な戦略はあったにしても、戦術はサラミ戦術を実行するしかなかったのです。
そのサラミ戦術も、毎年ほんのわずかの、本当に薄い透けて裏がみえてしまうようなペラペラのサラミで実行するしかなかったのです。だかこそ、南シナ海を現在のレベルにもっていくのに何十年もかかったのです。
しかし、米国は違います。今でも米国は世界唯一の超大国であり、軍事力は中国などより群を抜いて世界一であり、金融支配力でも群を抜いて世界一であり、その他の技術等も世界一です。
だから、同じサラミ戦術をとるにしても、薄い透けて裏がみえてしまうようなペラペラのサラミで実行する必要はなく、かなり厚めのサラミスライスで実行することができます。
中国が南シナ海を今のレベルまで、違法支配するまでに必要とした年月は、数十年でしたが、米国がこれを無効化するには、数年から長くて10年で十分でしょう。
中国が南シナ海の違法支配を現在のレベルまでに持っていったサラミスライスは数も種類も限られたたので、数十年もかかったのですが、関税や、金融制裁、軍事力、様々な技術の遮断、その他、ありとあらゆる種類の分厚いサラミスライスを駆使できます。
特に軍事力では、日米に潜水艦はステルス性に優れ、中国側に発見されずに、南シナ海の海を自由に航行できますが、中国の潜水艦はステルス性でかなり劣るので、日米はこれを簡単に補足できます。米国などの潜水艦で、南シナ海の中国の緩衝埋立地を包囲してしまえば、中国は手も足も出ません。
南シナ海で、米国は中国に負けるなどと、あらゆる屁理屈をつけて述べている軍事評論家もいますが、そのような人に、「米国は南シナ海では潜水艦を運用しないのですか」と質問してみましたが、未だに返事がかえってきません。私は、米国は空母なみの破壊力のある潜水艦を米軍が使わないということは、ありえないと思います。
そもそも、米国の戦略化ルトワック氏は、中国の南シナ海の軍事基地は、象徴的なものに過ぎず、米国が本気になれば、5分で吹き飛ばせるさ指摘しています。
台湾も、南シナ海や、東シナ海でも、中国は米国の分厚いサラミ戦術で、いずれ八方塞がりになるでしょう。
【関連記事】
0 件のコメント:
コメントを投稿