2020年8月18日火曜日

米トランプ政権の対中強硬路線―【私の論評】ポンペオ長官の楔は中共を震撼させ、北戴河会議で異変が(゚д゚)!

米トランプ政権の対中強硬路線

アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

昨年10月、ペンス米副大統領が、対中政策転換を示唆する演説を行った。それは、あたかも「現代版ハル・ノート」のようであった。

だが、今年7月、ポンペイオ米国務長官が習近平主席を名指しで非難する演説を行った。今、思えば、今度のポンペイオ長官の演説の方が、より「現代版ハル・ノート」に近いのかもしれない。


おそらく、米トランプ政権は、いつでも対中戦争を始められる準備をしているのではないか。よく知られているように、目下、米国の世論調査では、民主党のバイデン候補がトランプ大統領をリードしている。しかし、仮に、米軍が東シナ海・南シナ海で中国軍と開戦して勝利すれば、11月の大統領選挙でトランプ大統領の再選される可能性が高まるだろう。

一部の論者が指摘しているように、確かに、現在置かれている中国の状況は、戦前の大日本帝国のそれに似ているかもしれない。(ロシアや朝鮮半島を除き)中国は四面楚歌の状態である。

けれども、今の中国と昔の日本との最大の違いは、戦争のできる態勢にあるか否かではないか。現在、中国は、表向き「戦狼外交」を展開している。だが、それは国内の矛盾を隠すため、海外に強気な姿勢を見せているに過ぎないのではないだろうか。

1)経済の悪化、(2)「新型コロナ」の第2波・第3波の襲来、(3)長江・黄河流域の洪水(特に、前者の場合、三峡ダムを死守するために上下流の堤防を決壊させている)、(4)蝗害等、中国共産党が対米戦争を遂行するに当たっての障害には枚挙にいとまがない。

かつての大日本帝国は、戦争も辞さない「強硬派」と戦争を回避しようとする「融和派」に分かれていた。しかし、一旦、「大東亜戦争」が始まったら、国内は一致団結した。

だが、今日の中国は「習近平派」と「反習近平派」に分かれ、激しい党内闘争を行っている。例えば、今年の夏、非公式の北戴河会議が開催された。だが、その期間が非常に短かったのである(中国共産党ナンバー3の栗戦書<全国人民代表大会常務委員長>がすでに北京へ戻ったという情報もある)。

こんな状況下で、中国共産党が対米開戦に踏み切れるのか、甚だ疑問である。

さて、最近、トランプ政権は具体的にどんな対中強硬政策(「ウイグル人権法」及び「香港国家安全維持法」への報復措置を含む)を採ってきたのか、主な政策を列挙してみよう。
ファーウェイ(華為技術)と関連企業114社への輸出管理を強化した。 
米国人にファーウェイ(華為技術)の使用を禁じている(規制はTikTokやWeChatまで及ぶ)。 
米国では「クリーン・ネットワーク計画」と呼ばれる取り組みを拡充し、通信分野での中国企業を排除した。 
テキサス州ヒューストンの中国総領事館を閉鎖した。 
中国人記者に対し、駐米ビザの延長を厳格にする。 
米国への中国人留学生を厳しく規制する。 
中国高官の米国資産を凍結する。 
中国高官の米国へのビザ発給を厳格化する。 
米国は西太平洋に、2つ、ないしは、3つの空母打撃群を展開させた。トランプ政権は、いつでも中国軍を迎え撃つ準備が整っている。 
米政府は、台湾との関係強化、および台湾の国際的地位向上を目指し、今年8月9日、アレックス・アザール厚生長官を同国へ送り込んだ(2014年、マッカーシー環境保護局長官以来、6年ぶりの閣僚訪台となる)。 
米国上院は、2021年度「国防権限法(NDAA 2021)」を可決した。その中で、台湾を環太平洋軍事演習(リムパック)に招請することが提案された。
その他、トランプ政権の意向を受けてか、米戦略国際問題研究所(CSIS)は、日本の「親中派」の代表、自民党の二階俊博幹事長や今井尚哉首相補佐官を名指しして非難した。米国が日中間の緊密な関係を憂慮している証左ではないか。

ところで、米『ワシントン・タイムズ』紙は、今年6月15日付で、余茂春(Miles Yu、マイルズ・ユー)米海軍兵学校(USNA)教授との独占インタビュー記事を掲載した。

実は、余茂春は、ポンペイオ国務長官のアドバイザーであり、トランプ政権で対中政策を担う重要人物である。余は、重慶市で生まれ育ち、「文化大革命」を経験した。1979年に南開大学歴史学部に入学している。1983年、余茂春は同大学を卒業後、渡米し、1985年にペンシルバニア州のスワースモア大学(Swarthmore College)に入学した。そして、1994年、カリフォルニア大学バークレー校で歴史学博士号を取得した。

その後、余は、米海軍兵学校で近代中国と軍事史の教鞭を執る。現在、余茂春の教え子の中に、米国防省や国務省で要職についた人が少なくないという。

澁谷 司(しぶや つかさ)
1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。元拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等。

【私の論評】ポンペオ長官の楔は中共を震撼させ、北戴河会議で異変が(゚д゚)!

ポンペオ氏の今回の演説は、まさにハル・ノートのようなものです。

    「ハル・ノート」(1ページ)
    (外務省外交史料館提供)
昭和16年(1941年)11月27日(木)6:45から8:45にかけて(米時間 26日 16:45から18:45にかけて)、野村吉三郎駐アメリカ大使と来栖三郎特命全権大使は、ハル米国務長官と会談します。ここでハルは「乙案」の拒否を示す「ハル・ノート」を提示しました。これによって、「乙案」を最終案とする第7回御前会議以来の日本の交渉は破綻しました。

今年の北戴河会議は、2年前と較べても、さらに強烈なアメリカ発の「津波」が押し寄せている中で開かれました。米国と対決するのか、妥協を図るのか。21世紀前半の中国の命運を左右する「大英断」を、習近平政権は迫られたのです。

日本でたとえるなら、太平洋戦争を決断した1941年(昭和16年)の御前会議のようなものです(無論実体は全く違います、あくまで単なるたとえです)。

御前会議

 習近平総書記は、2018年3月に国家主席の任期を撤廃し、「半永久政権」の道筋をつけました。来年7月に控えた中国共産党創建100周年で、「過去4000年でどの皇帝や王も成し得なかった貧困撲滅の達成」を宣言する予定です。 

その功績を掲げて、2022年秋の第20回中国共産党大会で、総書記再任を決めます。続いて、2023年3月の全国人民代表大会で国家主席を再任させるのです。これが習近平総書記が狙う半永久政権構想と思われます。 

ところが今回、米国はそこに大きな楔(くさび)を打ち込んでのです。「トップを替え、国家体制を替えなければ、戦争も辞さない」というわけです。

こうしたポンペオ氏の演説の直後に、北戴河会議は開催されたのです。この楔は相当に効いたようです。

国営新華社通信電子版は8月14日、中国共産党機関紙・人民日報の評論記事を転載しました。記事は「なぜ人民軍隊に対する党の絶対的な指導制度を揺るがしてはならないのか(中国語は、党対人民軍隊的絶対領導制度為何動揺不得?)」とのタイトルがつけられ、中国共産党による軍の支配権について持論を展開しました。

同記事は終始、中国の軍は共産党の軍であると主張しました。

「国家は、階級の矛盾による調和不可能の産物である。軍隊は階級統治の暴力的ツールだ。(中略)国家政権を奪取し、政権を強化していくにはまず、軍を掌握しなければならない」

「政権を奪取するため、必ず強い武装力量(軍)を持たなければならない。(政権奪取で)勝利した後、武装力量を借りて…自らの統治を維持していくべきだ」

「この軍隊は最初から最後まで、党の指示に従う。いかなる人がいかなる方法で、軍を党から離脱させようとしても、失敗に終わるだろう」

「(文化大革命の)四人組は常に軍権の掌握を狙っていた。しかし、軍は彼らの指令に従わなかった。四人組が失脚した際、軍権の掌握ができなかったと嘆いた」

中国国民にとって、人民解放軍が共産党の支配下にあることは言うに及ばないことである。北戴河会議の開催中に、官製メディアが軍権掌握に関する記事を発表したのは意味深長で、党内で軍権をめぐる激しい論争、または争奪戦が勃発した可能性があると推測できます。中国共産党の歴代最高指導者が自らの権力基盤を強固にするには、軍権の掌握を必須条件としてきたからです。

記事の中では、「(軍に対する)最高領導権と指揮権は、党中央にある。(中略)軍事委員会主席の責任制度を貫徹し、(軍の)すべての行動について、党中央、中央軍事員会および習近平主席の指揮に従うことを確実に守っていく」との内容があります。

この内容から、北戴河会議において、一部の人物が中央軍事委員会主席を務める習近平氏に異議を唱えたとみられます。または、軍への指導権を分権化すべきだという意見もあったと見て取れます。

しかし、習近平氏らはこれらの意見をすべて却下したようです。「絶対的な領導制度というのは、『絶対的な』要求に達するということだ。(中略)これは手抜きしてはいけないうえ、議論の余地もないということだ。いわゆる『絶対』とは、…唯一性、徹底的にかつ無条件に行うことを意味する。全軍の絶対的な忠誠心、絶対的な純粋さ、絶対に信頼できることを守っていく」

この記事は一部の内容にも関わらず、文脈から軍権をめぐって、会議中に習派閥とその反対勢力の間に生じた張りつめた気配が強く感じとれます。

さらに、記事が示唆した他の内情も多くあります。

例えば、「敵対勢力は、『軍の非党化、非政治化』と『軍隊の国家化』を大々的に宣伝しており、(中略)軍隊を党から分離させようとしている」

「いわゆる『政治的遺伝子組み換え』を行い、軍の『色』を変えようとする狙いがある。その下心ははっきりしている」

「『軍の非党化』という主張を持つ人は、西側国家の軍と政党の関係性の表面しか見ていない。政権を担う政党が変わる時、軍の指導権は資産階級の『左手』から『右手』に変わったに過ぎない」

これには、多少説明を要するかもしれません。中国人民解放軍は他国にみられるような軍隊ではありません。国に所属するのではなく、共産党に所属する共産党の私兵であり、さらに驚いたことには、様々な事業を展開する日本で言えば総合商社のような存在でもあるのです。いわば、武装した総合商社のような存在なのです。

「いわゆる『軍の非政治化』は、軍が政治問題に介入しないことを指すが、これも実際には、資産階級の嘘のスローガンである」などがあります。

これらの情報から、北戴河会議の一部の出席者が、人民解放軍を党の軍隊ではなく、国の軍隊にすべきだという異例の声があったことが読み取れます。しかしながら、党の指導者に軍への支配を放棄させることは、権力を放棄させることを意味します。党の最高指導者はこのような声を絶対に容認できません。習陣営は、この記事を通じて強く反論したのでしょう。

人民解放軍の実体は、中共の私兵である同時に、様々な事業を行う武装した総合商社である

党内の激しい対立を露呈したこの記事は、まもなく新華社通信電子版から取り下げられました。いずれにせよ、人民解放軍の所在は中国共産党の根幹にかかわる大問題です。ポンペオ長官の楔は相当に中共を揺るがしたとみるべきです。

中国共産党幹部は、厳しい選択を迫られているようです。習近平に従い続け、いずれ米国などにある個人資産を凍結されてしまい、家族がいる米国などに入国できなるどころか家族が米国から追い出されることを許容するのか、さらには米国による対中国冷戦により、経済が落ち込むだけではなく、あらゆる面で生活そのものが制約されるようになることを許容し続けるのか。

あるいは、習近平を失脚に追い込み、米国に親和的な体制に戻すのか?ただ一ついえることがあります。米国としては、まず習近平を失脚させることがすべての前提条件のようですが、その後に中共が根本的に体制を改めなければ、冷戦を継続するでしょう。

いずれにしても、中共幹部は、厳しい選択を迫られているのです。

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