2022年8月10日水曜日

給与引き上げは「夢のまた夢」...最低賃金31円増が「上げすぎ」である理由―【私の論評】アベノミクスを踏襲せず、派閥の力学だけで動けば岸田政権は2年目を迎えることなく、崩壊する(゚д゚)!

高橋洋一の霞ヶ関ウォッチ
給与引き上げは「夢のまた夢」...最低賃金31円増が「上げすぎ」である理由

岸田文雄首相

  最低賃金は過去最大の31円引き上げとなった。それに対し、日本商工会議所の三村明夫会頭は、「企業物価の高騰を十分に価格転嫁出来ていない企業にとっては、非常に厳しい結果」とした。

最低賃金を上げるには、まず雇用の確保が先決

 最低賃金については、どのような伸び率にするか、マクロ経済雇用の観点から合理的に考えられる。マクロ経済で総供給と総需要の差であるGDPギャップが分かれば、その半年先の失業率はある程度予測できる。失業率が分かれば、雇用状況を反映した賃金も分かる。こうした関係を整理すると、最低賃金の上昇率は、5.5%から前年の失業率を差し引いた程度だ。

 これで分かると思うが、最低賃金を上げるには、まず雇用の確保が先決だ。雇用の確保のためには、GDPギャップを縮小させなければいけない。これがマクロ経済学からの基本である。

 旧民主党政権は最低賃金で失敗した。2010年の最低賃金は引き上げるべきでなかったが、左派政権であることの気負いと経済政策音痴から、引き上げ額17円、前年比で2.4%も最低賃金を引き上げてしまった。前年の失業率が5.1%だったので、それから導かれる無理のない引き上げ率はせいぜい0.4%程度だった。

 今回はどうか。2021年の失業率は2.8%、これを単純に当てはめると、最低賃金は2.7%増、金額では25円引き上げがギリギリのところだ。

 しかも、失業率2.8%は実力より低い可能性がある。というのは、コロナ対策で雇用の確保を最優先したため、雇用調整助成金を充実させたので本来の失業率はもっと高い可能性もある。となると、20円程度の引き上げなので、今回は上げすぎだ。

雇用確保し、経済成長に比し相対的に人手不足になってから賃金上昇

 まず最低賃金を政策的に引き上げて、全体の賃金引き上げに繋げるというのは、政策的に間違いだ。雇用の確保を行った後、経済成長に比し相対的に人手不足になってから、賃金は上昇していくものだ。

 学者の中には、労働生産性を上げることが賃金上昇という人もいるが、それはミクロ的な見方だ。相対的に労働生産性の高い人ほど高い賃金が得られるが、マクロとして全体の底上げにならず、マクロ経済成長の下で人手不足が賃上げには必要だ。これは、いわゆる「合成の誤謬」と言われるもので、ミクロでは正しいが、マクロでは思わぬ逆効果をもたらすものだ。

 いずれにしても、岸田政権はマクロ経済の意識が欠けていて、最低賃金を実力以上に引き上げた。適切な補正予算を打たずにGDPギャップを放置しているのは、ウクライナ情勢を受けてのエネルギー価格や原材料価格の転嫁もできず、賃上げに向けての大きな懸念だ。これでは、成長も不十分で雇用の確保もまともにできず、ひいては給与の引き上げは夢のまた夢の話だ。

 冒頭に述べたが、三村会頭は、政府に環境整備を要請している。それは秋の大型補正だが、岸田政権でできるだろうか。それが出来れば、多くが好転する。

++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣官房参与、元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。20年から内閣官房参与(経済・財政政策担当)。21年に辞職。著書に「さらば財務省!」(講談社)、「国民はこうして騙される」(徳間書店)、「マスコミと官僚の『無知』と『悪意』」(産経新聞出版)など。

【私の論評】アベノミクスを踏襲せず、派閥の力学だけで動けば岸田政権は2年目を迎えることなく、崩壊する(゚д゚)!

7/8、安倍元首相が暗殺者の放った凶弾に倒れました。安倍元首相は2012年に「大胆な金融政策」、「機動的な財政出動」、「民間投資を喚起する成長戦略」を3本の矢とする経済政策「アベノミクス」を打ち出し、日本経済の再建に貢献しました。第2次安倍内閣の期間中(2012/12/26~20/9/16)に日経平均株価は129.4%上昇し中曽根内閣(1982/11/27~87/11/6)の187.2%以来の上昇率を記録しました。


首相退任後も自民党内での影響力を保持し、2021/11に自民党内の最大派閥の清和政策研究会の会長に就任。岸田首相に対し、「アベノミクス」の根幹を成す積極的な財政出動や防衛費の大幅増を主張するなど存在感がありました。安倍元首相の死は、経済政策にどのような影響を与えるでしょうか。

現在、自民党内では、財政政策を巡る路線対立があります。その中で安倍元首相は財政政策検討本部の最高顧問に就任。積極財政派のキーパーソンでした。骨太の方針を巡っても積極財政の立場から注文をつけていたようです。今回の内閣改造・党役員人事で安倍元首相が後ろ盾だったとされる積極財政派の高市政調会長は経済安保相に起用されたものの、萩生田氏が政調会長に起用されました。このことや、その後の財政政策検討本部の扱い等から方向性を探ってみます。

地元で演説する在りし日の安倍元首相

一方、金融政策では岸田首相自身が金融緩和策維持を示唆する発言をしており、早々に方針転換する可能性は低いと見られます。ただ岸田政権はリフレ派の片岡審議委員の後任に非リフレ派の高田氏を当てており、2023/4に任期終了の黒田総裁の後任に非リフレ派がなり、金融緩和策の維持が危ぶまれることも十分に考えられます。

とは言いながら、緊縮財政と金融引締めを同時に実施した場合、深刻な景気後退は避けられず、岸田派が最大派閥でないこともあり、支持率低下等が岸田政権の基盤を直撃する可能性もありそうです。

その為、岸田政権が財政再建を志向する場合、過去の消費税導入や引上げの前例に習い、金融政策による支援と一時的な財政支出により、好景気を演出した後に増税への準備に移ると考えます。岸田政権は財政出動に比較的消極的な点がリスクですが、岸田首相による前例踏襲に期待したいです。

第二次岸田政権の内外の懸案は山積みになっていますが、最初にクリアしなければならないのは、2022年度第2次補正予算の編成です。直近の日本経済は、物価高で実質所得が前年比マイナスに転落し、個人消費の先行きは決して明るくないです。

また、世界景気の減速から後退への懸念がマーケットでささやかれる中で、日本の外需が成長をけん引する姿も描きにくい。そこで需給ギャップのマイナスを一気に埋めるべきだと自民党内の財政拡張派のメンバーは強く主張しています。20兆円規模の「真水」が必要という声が一定の支持を得ています。

これは、内閣府が計算したもので、上の高橋洋一氏の30兆よりは少ないです。これについては、内閣府はGDPが最大のところを少し低めに見積もっているのです。内閣府の推計だと、失業が多い時点でのGDPを基準として推計しているようです。コロナ前の景気が良いときは、日本のGDP550兆くらいでしたから、本来はこれを基準とすべきです。

しかし、内閣府はそうではなく、失業率が少し高いところを基準としているため、需給ギャップは少なくなります。

そのため、過去には実績値が、内閣府の推計値を上回れば普通、物価が上がるはずなに物価が上がらないという状況になったのです。

すぐに「これは想定しているところが低過ぎる」とわかります。高橋洋一氏はそれを補正して計算したとしています。そうすると35兆円くらいになるのです。

コロナが万円し始めた頃から、菅政権が終わるまでの間、合計で100兆円の補正予算を打ちました。これは、受給ギャップに見合う予算であったためと雇用調整助成金制度により、安倍・菅両政権のときには、他の先進国がかなり失業率が増えたにもかかわらず、2%台で失業率が水居ました。

それは現在の岸田政権でも続いています。ただし、これは岸田政権の成果というよりは、菅政権の成果です。なぜそのようなことをはっきり言えるかといえば、失業率は典型的な遅行指標であり、現在の雇用政策が効果がみえてくるのは、半年後だからです。

岸田政権が成立したばかりのころにも、需給ギャップが存在しており、本来これにみあった対策をしていれば、経済が伸びていた可能性があります。

ところが、安倍・菅政権において行われた大規模な財政支出により失業率を低く抑えてきたことなど理解せず、岸田政権発足後にすぐに大型の経済対策を打たなかったことなど忘れ、過去の大規模な財政支出が、日本の潜在成長率の引き上げに結びついて来なかったことに対し、疑念を持つという「鳥頭」のマクロ経済音痴議員が多数自民党内には存在します。

こういう議員たちは、足元の潜在成長率は0.1─0.2%に低下しており、岸田政権が大規模な財政支出を未だ実行していなことを忘れ、従来と同様の財政支出を繰り返しても同じ結果になりかねないと考えているようです。大馬鹿です。

岸田首相は経済成長と財政再建の両立に理解を示しており、補正予算編成でも、財政赤字の急膨張につながるような増刷しても赤字になるはずもない国債の大増発にはくみしていないようです。

萩生田光一政調会長

そこで注目されるのが、政調会長に就任した萩生田氏の存在です。萩生田氏が岸田首相の意をくんで財政支出の大膨張に異を唱えれば、補正予算は小規模規模に収まることになるでしょう。そうではなく、安倍・菅路線を踏襲するのであれば、少なくとも、内閣府の試算による受給ギャップ20兆円の補正にこだわるでしょう。

20兆円は少ないですが、真水の20兆円ならば見込みはあります。来春にでもまた、15兆円程度の真水の補正予算を組めば何とかなります。萩生田光一政調会長は10日の記者会見で、自身の強みについて「総裁にならって『聞く力』を発揮し、ときには『聞かない力』も発揮しながら方向性を決めていく。結果を出すことに全力を尽くしたい。胆力があると自分でも思っているので、我慢して仕事に没頭していきたい」と述べました。

萩生田政調会長がマクロ経済政策の原則を重視して動けば、今秋の補正予算はまともになる可能性がでてくると思います。

ただし、今秋10兆円程度で着地する結果になれば、今回の人事は財務省の圧力が岸田首相の行動をかなり制御できることになったとみるべきです。

そうなれば、今後経済は伸びず、まもなく失業率が上がり始めるでしょう。さらに、来春黒田総裁の退任にともない、岸田政権が反リフレ派の総裁を任命して、日銀が金融引締に転じることになれば、失業率はさらにあがり、経済もマイナスに転じ、岸田政権の支持率はかなり下がることになるでしょう。

それでも、マクロ経済政策の姿勢を改めなければ、経済は落ち込み続け、失業率もあがり、岸田政権の支持率は下がり続け、岸田政権は2年目を迎えることなく、崩壊することになるでしょう。

マクロ経済の原則を理解せず、派閥の力学と財務省との関係性だけで動けばそうなります。派閥の力学と財務省との関係性だけでは、マクロ経済は変えられません。ただし、マクロ経済音痴の岸田首相にあっても、政治家の勘にある程度は期待できるかもしれません。

岸田首相の勘により官僚的な前例踏襲主義に重きをおき、アベノミクスを踏襲するであろう萩生田政調会長に経済運営を託すようにすれば、岸田長期政権の道が開かれる可能性もあります。

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