最初はやはりバイデンの不用意発言から
8月2日から3日にわたって行われた、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長の台湾訪問は大きな国際ニュースとなった。と同時に、中国側の激しい反応を引き起こして台湾海峡の緊張を高めたようにも見える。ここでは一度、この一件の経緯を徹底的に検証して、緊張を作り出そうとする中国側の本音を探ってみよう。
ことの始まりは7月18日に、英紙フィナンシャル・タイムズが、ペロシ氏が8月におけるアシア歴訪の一環として「台湾訪問を予定している」と報じたことにある。しかしそのとき、中国側は外務省の報道官が定例の記者会見では通常通りの「反対」を表明したものの、それほどの強い反応を示さなかった。実際、その時点ではペロシ氏自身が「台湾訪問する」とは一切言っていなかったから、中国政府としてはしばらく様子見するような態度であった。
転機が訪れたのは7月20日であった。その日、アメリカのバイデン大統領はこの一件に言及し、ペロシ氏の訪台について「軍は良い考えであるとは思っていないようだ。」と発言し、訪台に対する否定的な態度を示した。
英紙の報道云々ではなくアメリカ大統領の発言であったから、それは当然中国側にきちんと伝わって、事態に対する習近平政権の注意と警戒心を喚起した。さらに重要なのは、バイデン大統領のこの発言は結局、ペロシ氏の訪台に対し大統領自身が否定的な見方を持っていることと、アメリカ軍も消極的な態度であることを中国側に教えてしまったことだ。
バイデン大統領はその時、アメリカ軍の「考え」を内々にペロシ氏に伝えればそれで良かった。それなのに、一体どうしてそれを公言したのだろうか。大統領の本心が計り知れるものではないが、客観的にみれば、まさにバイデン氏のこの不用意の発言こそは、事態を拡大化させる大きな要素となった。
というのも、この発言を聞いた習政権としては当然、アメリカ上層部内部の意見不一致を知り、そしてアメリカ軍がペロシ氏の台湾訪問を支援しないだろうとの印象をもったはずだ。
この件に関してアメリカ政府とアメリカ軍の両方が及び腰であれば、中国にとってそれほどの好都合はない。おそらくその時点から、習近平政権がペロシ氏の訪台に対して超強硬姿勢でいこうと決めたのではないか。
正真正銘の軍事恫喝
秋の党大会の開催にあたって自らの総書記職の続投を目指す習近平氏にしては、ここで強硬姿勢を貫いてペロシ氏の台湾訪問を阻止して見せることができていたら、それこそ自身の外交的大勝利となって続投への追い風となるに違いない。またペロシ氏自身が、「自分は必ず台湾へ行く」と宣言したことは一度もなかったから、習主席はいっそうのこと、強硬姿勢に対する自信を深めたのではないかと思われよう。
そしてそれ以来数日間、中国側は内密に米国政府にペロシ訪台に対する絶対反対の意向を伝え、「軍事的手段を使ってもそれを阻止したい」との強い意志を伝えた。そして、おそらくアメリカ政府内部からのリークだったのか、前述のフィナンシャル・タイムズは25日、「中国政府は非公式的にアメリカ政府に対し、ペロシ氏の訪台を阻止するために軍事的対応する考えもあると伝えた」と報じた。非公式であったとはいえ、中国政府がアメリカに対して軍事恫喝を行ったことはこれで明るみに出た。
もし、中国政府はその時点でフィナンシャル・タイムズのこの危険な報道内容を正式に否定したりして、あるいは否定も肯定もしないような曖昧な態度を取っていれば事態の沈静化が図れる余地は依然として残っているかもしれない。しかし中国政府の示した公式の反応はあまりにも驚きのものであった。
25日、中国外務省の趙立堅報道官は記者会見で、「中国側は厳重に陣を構えて迎え撃つ」との激しい表現を用いてペロシ訪台を絶対阻止するとの姿勢を示したのに続いて、26日、中国国防省報道官はつい、本来なら口にしては絶対ならない言葉を口にした。彼は何と、ペロシ訪台に対し、「中国軍としては絶対座視しない」と公言したのである。
仮に中国政府が「座視しない」と宣言した場合、それが何らかの外交的・経済的対抗措置を取る意味合いであるとの解釈も成り立つが、「軍として座視しない」と宣言した場合、それに対する解釈は一つしかない。要するに軍事的行動をとることであろう。こうして中国軍は世界最強の軍事大国のアメリカに対して堂々と、正真正銘の軍事恫喝を行ったのである。私の記憶では、それは1980年代の改革開放以来の初めてのことである。
中国の強硬姿勢、訪台実現を後押し
しかしこれでは、ペロシ氏にしてもアメリカ政府にしても、もはや訪台を実現させていく以外に選択肢はなくなった。
もし、上述の中国国防省の報道官が「軍として座視しない」との言葉を発した後に、ペロシ氏の台湾訪問が取りやめられるようなこととなれば、その意味するところはすなわち、アメリカ合衆国は中国の軍事恫喝に屈してしまうことに他ならない。その瞬間からアメリカは世界ナンバ1としての地位を失い、世界の覇権は中国の手に移りはじめることとなろう。アメリカという国は幾らなんでも、自らそんなことは絶対しない。
今からみれば、ペロシ氏台湾訪問はまさにこの瞬間に、最終決定されたのではないかと思う。習近平ら自身が意識しているかどうかは分からないが、結局のところ、彼らの発した無謀な軍事恫喝は逆に、彼ら自身の嫌がるペロシ訪台の流れを決定づけてしまった。
その後、バイデン大統領とアメリカ政府はもはや、ペロシ氏の訪台に対して否定的な姿勢を示したことは一度もない。アメリカ軍もその時から、いかにしてペロシ氏の台湾訪問の安全を確保するのか、とのことに重点を置いて動き出した。中国からの空前の軍事的恫喝をうけたアメリカはむしろ、これで一気に結束を固めた。
しょせん捨て台詞「火遊びするものは必ず火傷する」
アメリカの結束ぶりを習近平側に強く印象付けたのは、7月28日におけるバイデン・習近平の電話会談であろう。この会談おいて、バイデン大統領は米国の台湾政策に変更がないとしながらも、「台湾海峡の安定と平和を損なう如何なる行為にも強く反対する」との強い姿勢を習近平主席に伝えた。もちろん、習主席がペロシ氏訪台の取りやめを暗に求めたのに対し、バイデン大統領は三権分立の原則の上に立ってそれを拒否した。
その時に習主席がバイデン大統領に対して、「火遊びするものは必ず火傷する」という印象深い言葉を発していることは大きく報じられているが、彼がその時に使った「玩火自焚」という中国語の四字熟語を見ていると、筆者の私はむしろ、習主席がこれを使って米国側に対する警告を発していながら、実際には先日の国防省報道官の軍事恫喝からトーンを下げているとの印象を受けている。
というのも、「玩火自焚」という四字熟語には、「私は特に何もしなくても、火遊びする貴方自身はのちに大変なことになろう」とのニューアンスが含まれており、チンピラが相手の喧嘩に負けそうになって逃げ出す時の捨て台詞にも使われるからである。
実際、米中首脳会談の28日を境目にして、中国側のアメリカに対する姿勢に軟化の兆候が色々と見え始めた。たとえば人民日報が30日、米中関係に関する2つの重要論評を第3面に一斉に掲載した。そのうち1つの論評のタイトルは「(米中)両国関係を正しい軌道にのって発展することを推進せよ」、もう1つは「米中間の意思疎通を図り誤った判断を避けよう」である。
つまり両方ともは、米中関係の改善を訴えるものとなっているが、そこからは米国に対するいかなる恫喝の言葉も消えてしまい、中国の国防省は二度と「座視しない」のような言葉を口にすることはない。習近平政権は一転、対米超強硬姿勢からの軌道修正を自ら行うこととなった。
おそらくその時点で習政権は、どんなことしてもペロシ氏の台湾訪問を阻止するのはもはや無理であると悟り、そしてアメリカに無謀な軍事恫喝をかけたことの深刻さを分かってきたのではないか。
ペロシが去った後で軍事パフォーマンス
それからの数日間、中国側はペロシ訪台の一件に対してそれほど際どい行動をとることもなく、事態の推移を見守る姿勢をとっていた。
中国軍は人民日報が前述の2つの論評を掲載したと同じ日の30日、一応、台湾に近い福建省の平潭島付近の海域で小規模な実弾射撃訓練を実施した模様である。しかし中国軍がその実弾訓練を、ペロシ氏の台湾到着に合わせて行うのではなく、その3日前にやってしまった。中国側はこれで、自分たちの矛先は決してペロシ米国下院議長に向けたわけではないことを、わざと示して見せたのではないか。
こうした中で8月2日夜、ペロシ下院議長は中国側からの何の妨害も受けることはなく、堂々と台湾の地に足を踏み入れて歴史的な台湾訪問を始めた。ペロシ訪台に対する習近平政権の恫喝が完全に失敗に終わった瞬間である。
そしてその直後から、中国側はアメリカに対して外務省声明を発表したり、駐中アメリカ大使を呼びつけて抗議したりして、外交上の最大のパーフォマンスを演じて見せながら、4日から7日までに台湾周辺で大規模な軍事演習を行うと発表した。
問題は、中国側の軍事演習はどうして「4日から」なのかであるが、考えればその理由は簡単だ。ペロシ氏の台湾滞在は3日までであって4日になると彼女はもはや台湾にいない。つまり中国側はわざと、ペロシが台湾から離れたあとのタイミングを選んで軍事演習を行うことにした。
だが、それはどう考えても、「軍事演習はペロシ氏とアメリカを標的にするものではない」の意思表明であって、中国側がアメリカとの正面衝突を極力避けていることの証拠でしかない。「軍として座視しない」という1週間前の中国国防省の際どい恫喝とは打って変わって、中国政府は今度、ペロシ氏に対して最大限の「配慮」を払ってみせたのではないか。
結局は張子の虎
以上は、中国の習近平政権がペロシ訪台の一件に関し、アメリカに対する高飛車の軍事恫喝が完全に失敗に終わったことの一部終始であるが、そこからは、中国という国、あるいは習近平政権の対外姿勢の特質の1つが見えてきたのではないか。
7月20日、米国のバイデン大統領がペロシ訪台に関して「軍は良い考えではないと思っているようだ」と発言してアメリカ内部の意見不一致とアメリカ軍の消極的な態度を不用心にも「自供」したところ、それがアメリカ政府とアメリカ軍の及び腰の証拠だと理解した習政権はさっそく、未曾有の強硬姿勢で米国に対する軍事恫喝を行ってきた。
相手は少しでも隙間と弱さをみせてしまうえば、それに突き込んで増上してくるのはまさに中国という国の伝統と習政権の本性であるが、逆に今度、アメリカは結束を固めて不屈の姿勢を示し始めると、習近平政権は一転、自らが及び腰となって「張子の虎」となってしまった。
このような中国にわれわれがどう対処すべきなのかは、この一件からも色々と学ぶこともできたのではないか。
関連記事『中国で天安門事件以来の政治反乱か、河南省の銀行取り付け騒ぎが加熱』では、そんな中国の足元で“反乱”が起きていることをレポート。習近平政権を脅かしているという現実について見ていこう。
石 平(評論家)
【私の論評】いずれに転んでも、これから丸焼けになる習近平(゚д゚)!
習近平 |
習近平の戦狼外交によって今回のペロシ訪台が阻止できなかったことは、結果として戦狼外交の限界を見せつけることになりました。結局習近平の戦狼外交は失敗したのです。今後、習近平の戦狼外交に屈せず、台湾を訪問する政治家が各国で次々と出てくるかもしれないです。すでに英国庶民院議会議員団が年内に訪台すると言っています。
習近平の戦狼外交は、実は外交のように見えて内政です。以前もこのブログで掲載したように、中国は外交でもなんでも中国内部の都合で動く国であることです。中国では、たとえ対外関係であっても、自国の内部の都合で動くのです。普通のまともな国なら、対外関係と内部とは分けて考え、内部の都合により対外関係が動くなどということはありません。
しかし、共産党内の反習近平官僚からみれば、戦狼外交で人民の敵意を外国に向けることで党の求心力を強化するより、米国との関係を少しでも改善して関税を撤廃させ、半導体企業への制裁を緩和させる道を探るほうが長期的に党の求心力を回復させることができると言いたいところでしょう。
一時的に人民の不満が米国や台湾をののしることで緩和したしても、それに続く習近平の外交政策が、口で吠えるだけで、実行が伴わない弱腰のままであれば、再びそれは政権への不満に転換されだけです。
上の記事にもあるように、中国は4日から7日までに台湾周辺で大規模な軍事演習を行っています。
中国はこの秋に5年に一度の共産党大会が控えていて、今は人事の駆け引きの真っ最中です。習近平が今後も米国に対して厳しい措置に出れば、二国間関係は悪化し、中国の国内経済への打撃は避けられないです。
習近平の戦狼外交は、実は外交のように見えて内政です。以前もこのブログで掲載したように、中国は外交でもなんでも中国内部の都合で動く国であることです。中国では、たとえ対外関係であっても、自国の内部の都合で動くのです。普通のまともな国なら、対外関係と内部とは分けて考え、内部の都合により対外関係が動くなどということはありません。
しかし、中国の場合はそうではありません。反習近平派が、台湾問題を中国内部の権力闘争に利用すること等は十分にありえることです。元々中国は、巨大国家であるがゆえの「内向き」な思考を持っており、しかも古代からの漢民族の「戦略の知恵」を優れたものであると勘違いしており、それを漢民族の「同一文化内」ではなく、「他文化」に過剰に適用することによって信頼を失っています。
ただし、中国は人民の米国や台湾の独立派分裂勢力への敵愾心を煽り、しばし目の前の不満、たとえば銀行預金封鎖や理財商品のデフォルトだとか、ゼロコロナ政策による不自由や生活苦など、ややもすると習近平政権に向きそうな不満の矛先をうまく米国や台湾に転換させたという意味では戦狼外交は成功なのだ、という見方もあります。
一時的に人民の不満が米国や台湾をののしることで緩和したしても、それに続く習近平の外交政策が、口で吠えるだけで、実行が伴わない弱腰のままであれば、再びそれは政権への不満に転換されだけです。
過去には、中国では反日デモが頻繁に行わてれいましたが、最近はありません。それはなぜかといえば、反日デモがいつの間にか反政府デモにすり替わったり、最初から反政府デモをするつもりであっても、それではデモの許可が出ないため、反日を装ってデモの届けを出すなどということが頻繁に起こるようになったので、政府が禁じるようになったのです。
反米反日などの外国へ敵意からくるデモは、いつ何時、社会不満、社会不安と結びついて大規模化しコントロール不可能になるかもわからないという危険もあるのです。
戦狼外交が限界点に達した現状次に中国はどのような手を打ってくるのでしょうか。選択肢は2つあります。1つは、戦狼外交から国際協調外交にUターンすることです。もう1つは、戦狼外交をさらにエスカレートさせて北朝鮮のような瀬戸際外交に突き進むことです。核兵器をちらつかせ、ミサイルを発射してみせ、臨戦態勢をみせつけるのです。戦争にまで行かない軍事行動をとり、一触即発の瀬戸際を演じ続けるやり方です。
どうやら、中国は後者の道を選びそうです。中国は、本日15時頃から16時過ぎにかけて9発の弾道ミサイルを発射した模様で、そのうち5発が我が国の排他的経済水域(EEZ)内に落下したものと推定されています。
どうやら、中国は後者の道を選びそうです。中国は、本日15時頃から16時過ぎにかけて9発の弾道ミサイルを発射した模様で、そのうち5発が我が国の排他的経済水域(EEZ)内に落下したものと推定されています。
先日も掲載したように、現在の中国経済は、「流動性の罠」に苦しんでいるうえに、「国際金融のトリレンマ」にもはまり、金融緩和政策の効き目がなく、将来的にも中国政府が自由に金融緩和ができない可能性が高く、これから抜け出すためには、「変動相場制」に移行するなどの大胆な改革が必要です。
習近平がこれからも戦狼外交にこだわるなら、四苦八苦している中国経済をこれ以上悪化させて良いのかという議論が党内でも必ず出てくるの必至です。
一方で、言葉だけで行動が伴わなければ、習近平は口先だけだと判断し、党官僚特に長老たちは人事で好き勝手なことを言うでしょう。せっかく3期目の国家主席続投を揺るぎないものにしても、足元の人事では面従腹背の者ばかりという事態になりかねないです。
中国の駐米大使は出世の登竜門ですが、今回ペロシ訪台を許してしまった現在の秦剛大使が、秋に向けての人事でどうなるのかは一つの注目点です。
習近平としては、今回のペロシ訪台は本当に苦々しいものだったに違いないです。事前にバイデンと直接話して強く釘を刺したのに、これではメンツ丸つぶれです。丸焼けになるのは米国なのか、習近平自身なのでしょうか。以上で示したことから、丸焼けになる可能性が高いのは習近平自身のようです。
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