在りし日のオリビア・ニュートン・ジョンさん |
甥のトッティ・ゴールドスミスさんは、同国の報道番組に「私達はそれを受け入れます。私達の家族に代わってだけでなく、オーストラリアもそれを必要としていると思います。彼女はとても愛されていましたから」「私達の国がそれを必要としていることから、私達はそれを受け入れることにしました」と話している。
日時や会場など詳細については明らかにされていないが、遺族とビクトリア州のダニエル・アンドリュース首相や関係部署の間で話し合いが続いているという。
アンドリュース首相は先日、公式な追悼式典を行うことを発表していた。
【私の論評】世界標準では、国葬に対して異議を唱えることかできるのは遺族のみ(゚д゚)!
オリビア・ニュートン・ジョンさんは、「カントリー・ロード」など日本でも大ヒットを飛ばし、2021年には日本の勲章の一つ「旭日小綬章」を授与されていました。
追悼の意味も含めて、以下にオリビア・ニュートン・ジョンさんの動画を掲載させていただきます。本当に懐かしいです。あらためて、ご冥福をお祈りさせていただきます。
上の記事で国葬について、遺族の語ったところがあります。
甥のトッティ・ゴールドスミスさんは、同国の報道番組に「私達はそれを受け入れます。私達の家族に代わってだけでなく、オーストラリアもそれを必要としていると思います。彼女はとても愛されていましたから」「私達の国がそれを必要としていることから、私達はそれを受け入れることにしました」と話している。
これからもわかると思いますが、普通国葬に意義を唱えることができるのは、遺族だということです。そうして、おそらく、国葬を中止するには、一人や二人の遺族ではなく、圧倒的多数の遺族が反対する場合に限ると思います。それも、何か特殊な場合に限ると思います。これは社会常識だと思います。
岸田首相は記者会見(7月14日)で、国葬儀について以下のように述べています。国葬儀、いわゆる国葬についてですが、これは、費用負担については国の儀式として実施するものであり、その全額が国費による支弁となるものであると考えています。
そして、国会の審議等が必要なのかという質問につきましては、国の儀式を内閣が行うことについては、平成13年1月6日施行の内閣府設置法において、内閣府の所掌事務として、国の儀式に関する事務に関すること、これが明記されています。
よって、国の儀式として行う国葬儀については、閣議決定を根拠として、行政が国を代表して行い得るものであると考えます。これにつきましては、内閣法制局ともしっかり調整をした上で判断しているところです。こうした形で、閣議決定を根拠として国葬儀を行うことができると政府としては判断をしております。アンドリュース首相が、オリビア・ニュートン・ジョンさんの公式な追悼式典を実施すると述べていたように、国葬儀はあくまでも政府による公式な追悼式典であり、これには内閣設置法という明確な法的根拠があります。
これは追悼式典であり、お葬式ではありません。安倍元首相の場合は、すでに葬式は終わっています。オリビア・ニュートン・ジョンさんもすでに終了しているでしょう。
安倍元総理の追悼式典を実施することには、明確な法的根拠もあり、遺族の反対もないということであれば、これに反対する意味など全くありません。というより、遺族以外の人がこれに反対するなどということは、お過度違いというか無礼です。
このあたりの背景について、以下の動画で高橋洋一氏が語っています。
当然といえば、当然です。仮にオーストラリアで、ニュートンジョンさんの遺族でもない人が、国葬反対などと叫んでみても、誰にも相手にされないでしょう。
それは、日本でも同じことです。安倍元総理の遺族でもない人が、国葬反対などと叫んでみても、本来誰にも相手にされないのが、世界標準なのです。
このようなことを言うと反発する人もいるかもしれませんが、たとえば社葬を例にとると理解しやすいと思います。
これについては詳細は以下の記事をご覧になってください。
社葬とは?社葬の種類・個人葬との違い・税法上の取り扱いなど
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下に一部を引用します。
社葬とは、会社が運営主体となって執り行われる葬儀のことです。社葬と聞くと大きな会社が執り行うイメージがありますが、社葬には税制上のメリットなどもあり、中小企業や自営業の方にもおすすめの形式です。
一般葬も社葬も、故人の死を悼み、遺族の悲しみを慰めるという目的は同じですが、社葬を執り行うことにはそのほかにも大切な目的があります。ますば、社葬に関して、社外の人が反対するのは変ですし、会社内では、最終意思決定は取締役会などで決められると思います。これに対して、異議を申し立てる人がいるとすれば、遺族くらいしかいないと思います。社員で異議を唱える風変わりな人などは、いないのが普通だと思います。
社葬は、社内外に故人の功績を称え、故人の会社に対する想いを引き継いでいく意思をアピールする場でもあります。また、代表者が亡くなった場合は、後継者が取引先や社員など、関係者に対して事業の承継を宣言する場でもあります。
今後の体制が盤石であるということを示すためにも、社葬を滞りなく運営することが重要です。社葬が、今後の会社のイメージを左右することもあります。
それに、中小企業などは別にして、大企業の場合は、遺族による葬儀が終わったあとに、社葬が行われるのが普通です。
チエル株式会社の社葬の看板 |
日本は、民主国家であるため、国葬儀に絶対反対というのであれば、それを阻止する方法はあります。裁判に訴えようとする人もいますが、政府の式典に関する法的根拠は内閣府設置法に定めてあるので、この内閣設置法に明らかに反していない限り、それは司法が関与すべきではないと判断するのが普通です。
それでも絶対反対というのであれば阻止する方法はあります。国葬に反対する国会議員を4分の1以上集め国会を召集し、議員の過半数を固め内閣不信任を成立させ解散に追い込みます。その後、反対する野党で政権交代を果たします。その後に、新政権で中止の閣議決定をします。そうすば、阻止できますが、まずは無理でしょう。
私自身は、安倍元総理の国葬儀は、オリンピックと同じようなことになると思います。オリンピックの開催には反対意見も多かったのですが、実際に観客なしという変則的な形であっても開催されてしまうと、テレビは普通に報道しましたし、ほとんどの人がそれなりにテレビなどで観戦していました。
開催された後でも声高に反対を叫ぶ人はあまりいませんでした。
安倍元総理の国葬儀も同じことだと思います。多くの国々からハイクラスの弔問客が訪れれば、これはテレビなどでも普通に報道されるでしょう。これは、世界中のマスメディアがとりあげるでしょう。日本のメディアも熱心にとりあげることになるでしょう。
ハイレベルの弔問客の多さに、多くの人は改めて、安倍元総理の業績の大きさに気付かされるでしょう。さらに、岸田政権と他国のハイレベル弔問客との会談が催されるでしょう。あるいは、弔問客同士の会議も開催されるかもしれません。これが良い結果を生み出せば、これも報道されることになるでしょう。
このような中、反対の声を上げ続ける人も一部いるでしょうが、なにやら場違い感を与えるだけになるでしょう。
安倍元総理を極悪人だと思っていた、ワイドーショー民である老人たちも、考えを改めるかもしれないとも思ったのですが、これは無理でしょう。
ワイドーショーでは、国葬が執り行わている間でも「安倍批判」「統一教会批判」を行うコメンテーターも存在するでしょう。
ますますワイドショーにのめりこみ、テレビや新聞の情報操作により歪められた現実の妄想世界に没入し、「アベガー、アベガー」と叫び、認知症を悪化させることになるかもしれません。こういう人たちにつける薬はないのかもしれません。
岸田政権としては、この機会を逃さず、せっかく安倍元総理が築いた各国との良い関係を継続できるように努力していただきたいものです。
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