2022年10月2日日曜日

東部要衝リマン奪還 併合宣言直後、露に打撃―【私の論評】ロシア軍、ウクライナ軍ともに鉄道の要衝がなぜ軍事上の要衝になるのか(゚д゚)!

東部要衝リマン奪還 併合宣言直後、露に打撃


 ウクライナメディアは1日、ロシア軍が陣取ってきた東部ドネツク州の要衝リマンをウクライナ軍が奪還したと伝えた。ロシア国防省も1日、包囲を逃れるためリマンから部隊が撤退したと発表。前日にドネツク州を含む東南部4州の併合を一方的に宣言したばかりのロシアにとって、打撃となる。

 リマンはドネツク州北部の交通の拠点。リマン攻略で、東部ルガンスク州西部の人口約9万人のリシチャンスクを奪還できる可能性が高まった。

 ウクライナのティモシェンコ大統領府副長官は1日、軍兵士がリマン中心部で奪還を宣言する動画を通信アプリに投稿。動画で兵士らはロシア国旗を行政庁舎の屋上から投げ捨て、ウクライナ国旗を掲げた。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は1日の動画声明で、ドネツク、ルガンスク両州で構成する東部ドンバス地域に、ウクライナ国旗を「1週間のうちに」さらに立てると述べ、攻勢を続ける考えを示した。

【私の論評】ロシア軍、ウクライナ軍ともに鉄道の要衝がなぜ軍事上の要衝になるのか(゚д゚)!

報道では、東部要衝リマンとされていますが、なせリマンが要衝なのかはほとんど語られていません。

なぜ、リマンが要衝なのかを理解するには、まずはロシア、ウクライナともに輸送のかなり大きな部分を鉄道に頼っていることを理解しなければならないです。

以下のグラフは、ロシア・ウクライナの輸送モード別貨物輸送量の推移です。比較対象として、ポーランドおよび英独仏伊の合計も掲載してあります。

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上のグラフでは、ロシア、ウクライナの輸送モード別のトンキロ・ベース輸送量の推移を掲げ、ソ連解体と各国独立国化の後に、どう変化してきたのかを示しました。同時にポーランドや西欧の動きとも比較しました。

ロシア、ウクライナともに、1991年のソ連解体とその後の経済瓦解、社会の大混乱によって、物流量は大きく落ち込んだことがデータから明らかです。

1990年代のボトム輸送量は、ロシアの場合、ソ連時代のピークと比較して、鉄道、道路では約4割、パイプラインでは5割弱にまでに落ち込んでいます。今以上に鉄道輸送への依存度が高かったウクライナでは鉄道貨物の輸送量が対1990年対比で3割近くにまで落ち込んでいます。

これは、かなり激しい経済の崩壊状態に見舞われたことを示しています。

しかし最悪の状態はそう長くは続かなかった。その後、だんだんとロシアの物流量は回復し、2009年のリーマンショック後の世界的な経済低迷の時期の一時的な落ち込みを経て、現在は、少なくとも鉄道とパイプラインに関しては、ソ連時代のピークにまで回復して来ています。

ところが道路に関しては、なおピーク時の86%に止まっています。つまり、鉄道とパイプラインに過度に依存し、道路輸送のシェアが極端に低いという物流構造の特徴がさらに強まっているのです。

ウクライナでは、パイプラインが減り、道路による輸送は、若干増えていますが、鉄道輸送はピークのときと比較すると回復しておらず、現状でも経済的に厳しい状況に置かれていたことがわかります。ウクライナの場合も、まだ道路輸送のシェアが極端に低くと鉄道に頼る物流構造であることがわかります。

同時期に西欧(英独仏伊の計)やポーランドでは鉄道は横ばいか低下傾向をたどっているのに対して、道路輸送が大きく伸長しており、ロシア、ウクライナの動きをそれ以外の地域の動きと比較すると余りに対照的です。ちなみに、日本も西欧と同様、鉄道は低下傾向をたどっています。

ロシア経済は回復してきているとはいえ、石油や天然ガスといった資源の輸出への依存体質からの脱却が難しいことがこうした状況を生んでいると言えます。

ロシアもウクライナも物資郵送は、未だに鉄道にかなりを依存しているのです。

そのうえで、以下にリマンを含むウクライナの地図を掲載します。


この地図から、イジュームからリマン、シヴェリスクまで鉄道が伸びていて、スラビャンスクとも接続できることがわかります。リマン奪還により、ポーランドからキーウ経由でクピャンスク、リマンまで鉄道の補給線がつながり、東部でウクライナは圧倒的に有利になったと思います。 逆にロシアは補給線を3/4失いました。

ロシア鉄道のゲージ(線路幅)はいわゆる標準軌(1435mm)よりも幅の広い広軌(1520mmまたは1524mm)で、ヨーロッパではウクライナを含む旧ソビエト連邦内とフィンランドでしか使われていません。スペインも広軌ですが、ゲージのサイズがロシアとは違います。

このゲージの違いが、ロシア軍の作戦行動に大きく影響します。バルト三国、ウクライナを含む旧ソビエト連邦内なら広軌で統一されており、鉄道でスムーズな兵站線が引けます。一方ポーランドには、ロシアからウクライナのキエフを経由して南部のスワフクフまで、1本だけ広軌の鉄道が通っていますが、ほかは国境のごく一部を除き標準軌であり兵站線を連続できません。

ゲージが違えば鉄道を使った兵站線はそのまま連続することができず、積み替えかゲージの変更(いわゆる改軌)工事を行わなければなりません。台車交換や軌間を変更できるフリーゲージ方式もありますが、しかし結節点には設備が必要でスムーズな物流を妨げますし、ロシアの貨物列車はほとんど対応していません。

積替えすれば良いという話しなるかもしれませんが、莫大な物資を全部積み替えるのはとてつもない労力を必要とします。トラックを使えば良いという話しにもなるかもしれませんか、ロシア、ウクライナとももともと鉄道に頼っているということから、道路網も西側諸国などから比較すれば、発達しておらず、トラックも十分とはいえません。

原油パイプラインについては、欧州向けパイプラインはウクライナ東部を通らず、ベラルーシからウクライナ西部を抜けて、スロヴァキア及びハンガリーにぬけるものがメインとなっています。ロシア側としては、パイプラインを軍事転用することもできません。やはり物資、燃料ともに鉄道に頼るしかないのです。

この兵站線の特徴からロシア軍は、ウクライナ等の旧ソビエト連邦領域内で「積極的作戦」は行えますが、領域外で持続的な作戦行動を行う能力は限定的です。鉄道による兵站線が引けるかどうかのゲージの違いが、ポーランドとウクライナの安全保障上のリスクに違いを生んでいるといえます。しかしロシアがウクライナを抑えればまた状況は変わります。キエフ経由の広軌が利用でき、ポーランドのリスクは格段に高まります。 

国境付近に集結した兵力を数えるだけではなく、軍用列車を観察することでロシア軍がどう動くつもりなのか占うことができます。SNSに投稿される鉄道で運ばれる戦車の動画は「ミリ鉄」「撮り鉄」趣味どころではありません。中欧の人たちにとっては死活問題なのです。

ロシアも、ウクライナも兵站を鉄道に頼っているせいでしょうか、鉄道を破壊するようなことはほとんどしていません。例外的に、ロシア軍は5月4日に首都キーウや西部リビウなど8地域に向けて発射し、ウクライナが迎撃できなかった一部は着弾し、駅舎や電力施設が被害を受け、輸送インフラの破壊を狙った攻撃とみらました。

ただ、キーウなどは、すでにロシアは侵攻をあきらめていると考えられます。リビウには、当初から侵攻するつもりなどなかったでしょう。そうして、これ以降はロシアによる目立った大規模な鉄道の要衝に対する攻撃はみられません。

東部・南部の鉄道はロシア軍も使っているでしょうから、これを破壊することはしないでしょうが、民間人を巻き込むような都市部へのミサイル攻撃ではなく、今後ロシアが使う見込みのない西部等では鉄道網を徹底的に破壊する物流を阻害する効果的なミサイル攻撃をするべきだったと思うのですが、ロシアはそうしませんでした。

一方は、ウクライナは今回鉄道の要衝である、リマンを奪還しました。この奪還は、リマン市がロシア連邦に所属したとされてから、24時間以下で行われました。これは、史上最短の「併合」かもしれません。ギネスブックに登録されるかもしれません。

リマン駅は、鉄道の要所ということで、駅付近の路線図。さすがに複雑で、駅の前後にループ線が2か所あります。(下地図)


リマンは、ロシア軍がドネツク州北部への軍事作戦や物流の拠点としていました。ウクライナ軍報道官は1日、リマンの解放は、ロシアが大部分を支配する東部ルガンスク州への進軍を可能とし、「心理的にもとても重要だ」と述べました。

ウクライナ軍は9月上旬に北東部ハリコフ州の広域でロシア軍を撤収させることに成功しました。更に隣接するドネツク州でも要衝リマンを奪還し、東部で反転攻勢を続けている形になりました。

以上のような状況を考えれば、ロシア軍にとってもウクライナ軍にとっても、いかにリマンが鉄道の要衝、すなわち軍事上の要衝であるのか理解できます。

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