2023年4月4日火曜日

「執行猶予付き死刑判決」を受けた劉亜洲将軍―【私の論評】「台湾有事」への指摘でそれを改善・改革する米国と、それとあまりに対照的な中国(゚д゚)!

「執行猶予付き死刑判決」を受けた劉亜洲将軍

台湾南部・嘉義基地で行われた台湾軍の演習=1月6日

澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・李先念元国家主席の娘婿である劉亜洲上将が「執行猶予付き死刑判決」を受けるだろうと報じられた。

・劉は、重大な金融腐敗に関与した疑いがあるという。

・「台湾侵攻」について書いた論文が習主席の逆鱗に触れた可能性がある。

 

 最近、李先念・元国家主席の娘婿、劉亜洲上将(70歳)が「執行猶予付き死刑判決」を受けるだろうと香港メディアが報じた(a)。

 2021年12月下旬以降、劉は姿を消していたが、重大な金融腐敗財団や協会の名義で巨額の富を蓄財―に関与した疑いがあるという。

 劉亜洲は1968年に人民解放軍に入隊し、1997年から北京軍区空軍政治部主任、成都軍区空軍政治委員、空軍副政治委員兼規律委員会書記等を歴任した。 2009年12月に国防大学政治委員となり、2017年に軍を退役している。

 劉は、江沢民・胡錦濤時代に、時事問題をテーマにした記事を書き、「国と人民を憂う」人物として、知識人界では好感を持たれていた

 まもなく劉亜洲が「執行猶予付き死刑判決」を受けた事が確認(b)された。劉亜洲は経済汚職に手を染めたとされるが、これは“政治問題”を“経済問題”として扱う共産党の“定石”である。

 習近平主席が劉亜洲に対し激怒したというが、その理由は劉の論文「金門戦役の検討」の中身である。中国共産党が台湾との平和的統一の希望を失い、台湾への武力攻撃のタイムテーブルが提出された昨今、この軍事研究論文の重要性は言い尽くせないだろう。

ただ、その研究結果は「台湾解放」を目指す習主席に冷水を浴びせるモノだった。そのため、主席の逆鱗に触れた

「金門戦役の検討」(c)は以下の通りである。

 ―今日、台湾軍はかつての蔣介石軍と同じではないし、台湾島は金門と同じでもない。しかも、天険(自然の地勢が険しい)が横たわっている。台湾海峡での戦いは、金門戦役の1万倍も困難なものになるだろう。また、目下、台湾を守るのは台湾自らだけではなく、西側諸国全体である。

 ―ある者はこう言った。「(台湾と)戦え!できるだけ早く!」と。また、ある者は、「台湾軍は我々(人民解放軍)の一撃に耐えられない。我が軍は朝攻めて夕方には勝つ」と主張した。

 ―昨年、私(劉亜洲)は台湾との戦闘が議論された会議に出席して質問した。「頭上には衛星があり、下にはレーダーのある今、丸見えの状態でどのように軍を福建省に部隊へ輸送できるのか?」

 ある男性は「簡単だよ!長期休暇があるだろう。その長期休暇に兵士を私服へ着替えさせ、列車で福建省に向かえばいいんだ。」私が最後に呟いたのは、「最大の敵は自分自身だ」だった。

 実際、劉亜洲将軍は、「台湾侵攻」の難しさを軍事的、国際政治的観点から分析し、「台湾侵攻」に対する自身の認識を幾つもの角度から検証(d)している。

(一)台湾の地形分析:台湾は海峡の片側(西側)に近く、上陸に適した海岸が少ない。 海岸線から10kmも離れていない山林には、長年にわたって築かれた要塞がある。仮に、中国軍が上陸できたとしても、遠くの高台からの火力兵器で簡単に制圧でき、上陸地点は屠殺場と化すだろう。

(二)台湾東部軍事空港は洞窟の中に構築され、海に面した外部滑走路はわずか100m~200m、加速滑走路の約1000mは洞窟の中にある。そこから出撃した航空機に、ミサイル攻撃しても無駄である。台湾空軍は強力で、パイロットは皆、米国で高度な訓練を受け、陸上・海上での飛行と空母離着陸の経験は中国空軍に劣らない。

(三)台湾はほぼ「国民皆兵制」を採用し、200万人以上の予備役兵士は、毎年集中訓練を行っている。戦争になれば、24時間以内に募集・編成され、特に訓練しなくても、そのまま戦闘に入ることが可能である。

 しかも、台湾はすでに先進的防衛兵器を大量に購入し、米国から訓練を受けており、最近ではMQ9ドローンやハープーン対艦ミサイルを購入し、中国軍の上陸作戦にも十分に対応できる。

 したがって、米軍や周辺国が戦闘に参加せず、台湾が自国軍隊だけで戦っても、中国軍は、1、2の上陸地点確保のために多大な犠牲を払うだろう。たとえ、陸海空軍にロケット部隊を加えたとしても、台湾全土の「解放」はおろか、戦闘にも勝利できないかもしれない

(四)国際情勢の分析:米韓は共同防衛条約を、日米は安全保障条約を結んでいる。ひとたび有事が起これば、米国が介入し、日米、米韓の条約は自動的に発効し、共同戦線に参加することになるだろう。

 日韓はアジアの経済大国、かつ、空海軍の強国である。韓国の海軍・空軍力は、中国と互角に戦える。また、日本の自衛隊は中国軍より数では劣るが、その実力や戦闘力は間違いなく中国に劣らない。

((d)『毎日文摘』(解放台湾,谈何容易!刘亚洲泼冷水)の引用ここまで)

〔注〕

(a)『聯合早報』

「中国軍作家・劉亜洲が重大な汚職に関与し、『執行猶予付きの死刑判決』が下される可能性」

(2023年3月25日付)

https://www.kzaobao.com/shiju/20230325/135817.html)。

(b)『中国瞭望』

「『金門戦役の検討』が習近平の逆鱗に触れて、怒りの劉亜洲切り」

(2023年3月28日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/03/28/2592122.html)。

(c)『禁聞網』

「劉亜洲:金門戦役の検討(2004年4月14日)」

(2023年1月23日付)

(https://www.bannedbook.org/bnews/wp-content/plugins/down-as-pdf/generate.php?id=1609505)。

(d)『毎日文摘』

「台湾解放は言うは易く行うは難し! 劉亜洲が冷水を浴びせる」

(2023年3月30日付)。

解放台湾,谈何容易!刘亚洲泼冷水)。

【私の論評】「台湾有事」への指摘でそれを改善・改革する米国と、それとあまりに対照的な中国(゚д゚)!


劉亜州は、人民解放軍(PLA)国防大学の政治委員を務めた中国の退役上級将校です。1951年、中国陝西省に生まれました。劉亜州は、中国で著名な軍人であり、中国共産党(CCP)内の「改革派」とも評されています。

劉亜州は1969年に中国共産党に入隊し、軍人としてのキャリアをスタートさせました。2007年に上級大将に昇進しました。軍歴の中で、彼はPLA空軍の副政治委員や成都軍区の政治委員など、いくつかの重要な役職を歴任しています。

劉亜州は多作な作家でもあり、軍事戦略や政治理論に関する論文や書籍を数多く出版しています。中国共産党に対する批判的な見解で知られ、中国における政治改革を提唱しています。著作では、三権分立、司法の独立、表現の自由の拡大などを訴えています。

中国共産党に批判的な意見を持ちながらも、劉亜州は胡錦濤前国家主席の信頼できるアドバイザーとして中国共産党中央委員会の委員を務めました。中国共産党では習近平総書記を筆頭にした太子党の主要人物とみなされています。父である劉保恒は、軍の上級司令官であり、中華人民共和国の創設者の一人です。

退役後、劉亜州は中国政界で著名な人物であり続け、政治改革を提唱してきました。また、汚職や環境汚染などの問題に対する中国政府の対応に批判的です。また、近年は、世界舞台で自己主張を強める中国に懸念を示し、他国との協力関係を強化するよう求めています。

このような経歴を持つ人物ですから、劉亜州が「執行猶予付き死刑判決」を受けるのもむりからぬところもあります。

2004年5月20の台湾・陳水扁総統の二期目の就任演説をはさみ、中国は前回2000年よりさらに激烈な文攻(文章・言論による攻撃)を繰り出していました。なかでも、当の中国の幹部らをも驚かせたのが当時の最高幹部の一人、劉亜州・副政治委員(中将、五十一歳)が明かした江沢民の「中台戦争不可避論」でした。江発言の真意はなにか、なぜ劉はあの時期に発表したのかをめぐり、さまざまな憶測が飛び交っていました。

結局のところ、当時から20年近くたっても、中国による台湾侵攻はありません。劉亜洲氏が指摘するように、確かに中国による台湾侵攻は難しいのは事実だと思います。このブログでも同様の分析をしています。ただ、中国が台湾に侵攻するのは、難しいですが、中国が台湾を破壊するのは簡単です。そうして、破壊することも戦争の一形態ですから、台中が戦争になる可能性はあります。

侵攻するのと、破壊するだけというのは、雲泥の差があります。破壊するだけなら物理的にはさほど難しいことでありません。中国から台湾にミサイルを発射したり、航空機で爆撃したり、艦砲射撃をするなどでかなり破壊できます。そうして台湾に深刻な被害をもたらすことになります。

ただ、侵攻するとなると、これは別問題です。中国は台湾に大部隊を送り込み、台湾軍を制圧しなければなりません。制圧した後は、統治しなければなりません。このことの難しさは、ウクライナでも実証されています。ロシアはウクライナの都市を多数破壊し尽くしましたが、それでも未だに制圧できているのは、東部の数州の一部です。それもこれからどうなるかは、わかりません。

ロシア軍に破壊されたバフムト

陸続きのウクライナですら、ロシアは攻めあぐねているわけですから、中国が海を隔てた台湾に侵攻するのはかなり難しいと考えるのは当然だと思います。両方とも特にネックになるのは、兵站です。

ロシア軍の兵站は鉄道輸送に頼るところが大きく、そのため国境付近ではロシア軍本来のパフォーマンスを発揮できるのですが、奥に進むにつれて、兵站がネックになり本来のパフォーマンスを発揮しにくくなります。

中国が台湾を侵攻するには、大部隊を運ばなければなりませんが、現在運べるのは一回に十数万程度と見積もられ、今後一般商船を用いることも含めて改善を試みているようですが、根本的な解決には至っていません。

それに、台湾軍は開戦当初のウクライナ軍よりは現代的で精強であり、対艦ミサイルの多数配備しており、多くの艦艇は撃沈されることになります。地対空、空対空、長距離ミサイルまで多数備えています。そのため、兵員輸送や兵站が途切れることが予想されます。

以上のようなことを考えれば、劉亜洲将軍の「台湾侵攻」の難しさは、習近平は全く否定することはできないはずです。

一方、米国では軍は、様々な場合を想定して、ある特定の場合には米軍は中国軍に負けることが予想されるという報告書を頻繁に出しています。これをもって、メディアなどは、米中が戦えば、米国が負けるなどと報道していますが、そうではありません。局所的には負けることも多いにありますが、全体的にいえば中国は未だ米国の敵ではありません。

米軍は、世界最強といえる軍備を持っていても、十分に至らないところを中国に突かれれば、大損害を被ることを想定し、それを防ぐ方法とともに、政府に報告し予算を得てそれを改善しているのです。

私が一番不思議に思ったのは、過去の台湾有事のシミレーションなどでは攻撃型原潜、特に大型のものは当然出動させるべきなのですが、なぜか一回も出てこなかったことです。さすがに、昨年末のシミレーションでは登場していました。その結果、台湾有事では、日米は大損害を受けるがそれでも中国は台湾に侵攻できないというものでした。

攻撃型原潜が出動すれば、戦況は米軍にかなり有利になるはすですが、登場させなければ、米軍にかなり不利になります。ただし、そうしたことも想定されるわけで、それでも十分に対応できるように、米軍は軍備を整えたか、あるい整えつつあるのだと思います。

確かに、米軍が必ず勝てる条件のみで、シミレーションをしていれば、安心かもしれませんが、それでは想定外のことが起こったときに対処できなくなります。だから、米国のやり方は正しいのかもしれません。米国の原潜も数に限りがあります。特定の海域では、攻撃型原潜なしで戦わなければならない場合も想定しうると思います。

そういう場合も想定したのか、たとえば哨戒機P-8Aとコンビを組む無人航空機として、ノースロップ・グラマンのMQ-4C「トライトン」を採用しています。米軍は、有人哨戒機に比べて連続作戦時間が長い「トライトン」で洋上を監視し、「トライトン」が不審な目標を発見したらP-8Aが急行して対処するという運用方法を構想しています。こうした着想がでてきたのも、米軍の様々なシミレーションの結果だと思います。

哨戒活動をしているMQ-4C「トライトン」

劉亜洲の「台湾侵攻の難しさ」の指摘も、米軍による「台湾有事」のシミレーションに相通じるところがあります。

同じような指摘について、米国は改善・改革をし、中国はその指摘をした人物に対して「執行猶予付き死刑判決」をしたのです。どちらが、軍隊を強くするかといえば、無論米国だと思います。

ただ、米国にはこのようなことをする余裕がありますが、中国にはそのような余裕はないのかもしれません。弱い部分を指摘されても、それを克服する方法はすぐには見つからないのかもしれません。だからこそ、習近平は激怒したのでしょう。

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