2022年6月15日水曜日

習近平政権のほころびが見える中国経済の損傷―【私の論評】李克強の台頭により、権力闘争の駆け引きは一段と苛烈に(゚д゚)!

習近平政権のほころびが見える中国経済の損傷

岡崎研究所

 エコノミスト誌5月24日号は「習近平はどのように中国経済を損傷しているか、柔軟性を欠く政策が実用主義を圧倒している」との社説を掲げ、習近平の政策を批判している(‘How Xi Jinping is damaging China’s economy’)。


 社説の主な観察点は次の通りである。

(1)毛沢東の死後、中国共産党は国家統制と市場改革を混合した現実的なアプローチをとってきたが、いま中国経済は危険な状況にある。

(2)直近の問題はゼロコロナ政策だ。2億人以上が制限下の生活を強いられ、経済はふらついている。小売り、工業生産、輸出量、いずれも減った。

(3)習近平の一連の経済政策の背後には、党が指導すべしというイデオロギー上の熱意がある。罰金、新しい規制、粛清の嵐は、国内総生産(GDP)の8%を占める活力あるテク産業を停滞させた。GDPの20%を占める不動産セクターの取り締まりで、住宅販売は4月前年比47%も落ちた。

(4)この40年間で初めて、成長に不可欠な民間セクターの自由化改革が行われていない。

(5)多くの企業がサプライチェーンを中国から遠ざけるようになっている。中国の企業が2030年代にはいくつかの産業を支配するかもしれないが、西側は中国産品輸入により用心深くなっている可能性がある。

 この社説は、今の中国の状況を経済面から批判的に描写したものであるが、かなり的を射ていると考えられる。中国経済の今年の成長目標は5.5%前後とされているが、この達成は難しいのではないかと思われる。

 政府の大規模な公共投資で成長率を底上げする可能性はあるが、ゼロコロナ政策、それにともなうロックダウン、それに習近平の民間部門への締め付けと、経済の党による指導強調などは非効率な政府部門の肥大化につながるように思われる。

 そのうえ、社説では触れられていないが、高齢化と少子化の人口構成の変化が与える影響も考えなければならない。

ワンマン支配の禍根を残す可能性

 習近平のワンマン支配の欠点が目立ってきている。鄧小平が集団指導体制を重視し、最高指導者の任期制を導入したのを習近平はひっくり返しているが、将来に大きな禍根を残すように思われる。

 ロシア共産党の歴史を見ると、共産党というものは独裁になる傾向が強い。トロツキーがスターリン体制を批判して、「プロレタリアート独裁のプロレタリアートは前衛である共産党にとって代わられ、共産党はその中央委員会にとって代わられ、中央委員会は書記局にとって代わられ、書記局は書記長にとって代わられる」と述べたが、これはなかなかの卓見であったし、事実そうなった。

 鄧小平が個人崇拝を排し集団指導を言ったのは、共産党のそういう傾向を踏まえた優れた見解であったと思うが、習近平はこの鄧小平の考えを否定してきている。残念なことであると同時に、習近平の中国には適切なブレーキがないことを踏まえ、相当な注意をもって対峙していく事が必要であると思われる。

【私の論評】李克強の台頭により、権力闘争の駆け引きは一段と苛烈に(゚д゚)!

中国では上記のような不安があるからこそ、李克強氏の台頭が取りざたされているのでしょうし。

ゼロコロナかウイズコロナか、それが政治問題となっている中、李克強首相の言動が国内外を騒然とさせました。5月18日、李克強は雲南大学を視察し、多くの人に囲まれたにも関わらず、マスクをつけていなかったのです。

人だかりで密集した中で彼は笑顔で人々と話を交わし、コロナウイルスを気にする様子を全く見せなかったのです。習近平が唱えたゼロコロナの方針に明らかに反する彼の行動は、「やっと習近平に反旗を翻したか」と内外に騒ぎを巻き起こしました。

李克強のマスクなしでの視察姿の映像は、まず雲南大学の微博(中国最大のSNS)で公表されました。たちまち話題を呼び、ツイッターなどでも多くの人々に転送されました。海外の一部中国語メディアはお祭り騒ぎのように取り上げ、李克強による習近平の独裁への「反旗」に期待を込めた論評も見られました。

李克強のマスクなしでの視察姿の映像

(雲南大学での李首相の動画リンク先はhttps://weibo.com/u/2241191945?refer_flag=1005050010_&layerid=4770471331236416

海外での盛り上がりとは異なり、中国の政府系メディアの報道は興味深いです。5月19日の『新華網』に李克強が雲南で経済安定と雇用確保に関する会議を主宰したとの報道はあったのですが、動画も写真もありませんでした。『人民網』と『人民日報』も同様でした。

17日から19日までの李克強の雲南視察についての総合的な報道は、20日になりやっと『人民網』などが掲載するようになりました。その多くも写真もなく文字だけの記事でした。

以上のことで「李克強は異例な行動で態度を表明した」と『ラジオフリーアジア(RFA)』は報じ、彼の視察先でマスクをつける人がなく、ゼロコロナを政治任務とする中国で実に異例だと強調しました。李克強の最近の視察などで本人はもとより同行者もマスクをつけていなかったと指摘しました。

『ラジオフランス』(中国語版)も、これまで弱いと思われてきた李克強の言動は“習降李昇”(習近平の権力が弱まり李克強が勢いを強める)の噂を増幅させたと取り上げました。噂というのは「習近平の内政と外交の連続失敗で、長老達、多くの高級幹部達が、李克強を支持する方に回った」といった話です。確かに4月29日に行われた政治局会議の後に、これらの噂が具体的に流れだしました。

この政治局会議に関する『新華社』の報道は、珍しく「習近平を核心とする」との文言を使わず、またほぼ全てを経済情勢の安定を強調することに費やしました。その後に「習近平のコロナ政策や外交面での国際的孤立、ロシアへの対応などが会議で批判された」との噂が流れました。

また海外にいる消息筋は、中国国家安全部の内部情報として、中国指導部の政策が調整され、「集団指導制」に回帰したとツイッターしました。

『ウォールストリートジャーナル』(中国語版)も5月16日、「李克強は習近平の影から脱した」との長文の記事を掲載し、李克強が勢いを強めているとの見方を更に増幅させました。

確かに習近平が2012年11月15日に共産党総書記と党中央軍事委員会主席に就任して以来、政治局常務委員を9人から7人にするなど、権力掌握に腐心してきました。経済は李克強首相が主宰する国務院(内閣)の責務であるはずですが、習近平はわざわざその上に多くの「小組(中国語で人数の少ないグループの意味)」を作りました。

「中央全面深化改革領導(統帥して指導する)小組」、「中央ネット安全と情報化領導小組」、「中央財経領導小組」といった経済関係の小組の責任者は全て習近平です。李克強は肩書だけで経済政策で決定権のない立場に追いやられ、習近平の指示の執行係に降格されたのだと誰でも分かりました。

習近平は反腐敗キャンペーンなどで権力基盤を固め、個人崇拝も復活させました。共産党中央宣伝部の指示で政府系メディアの報道で習近平の顔が出ない日は珍しくなりましたた。

しかし4月29日の政治局会議の後、李克強や汪洋などの政治局常務委員も、政府系メディアの一面に登場する日が増えています。

李克強が、その言動で習近平との違いを示したのは2年前に遡ります。2020年5月29日、恒例に従い李克強が中国全国人民代表大会(全人代)に際しての記者会見を行った際、中国の6億人の収入はまだ1か月1000人民元(日本円換算で約1万6千円)だと公言しました。それは習近平が一番重視し、誇っていた脱貧困の政策への評価として、相反する発言でした。

2016年に習近平政権は2020年までに中国の貧困人口をゼロにする5か年計画をうちだしました。習氏自身も2013年から9年連続して「新年賀詞(年頭所感)」で脱貧困に言及し、2020年までに中国の農村で貧困人口を無くすとの目標を達成すると繰り返し強調しました。

しかし、習が言っていた脱貧困の基準は一人当たりの平均収入が年4000人民元(日本円換算で約6万4千円)です。だから李の発言は、習が実現したい目標の達成は困難であると言った,あるいは習近平の誇る成果の意義をおとしめたに等しいです。

その後も、李克強による習近平とは異なる言動が続きました。2021年から李克強への国民の好感度は一気に上がり、マスコミへの露出度もわずかながらも増えました。

地方政府幹部との会議に臨む中国の李克強首相=11日、中国江西省

ただ未だにマスコミに冷遇される李克強首相は5月25日、地方幹部ら10万人以上を動員したビデオ・電話会議を開きました。李が演説で話したのは、ほぼ悪い知らせばかりでした。国内経済は著しく悪化し、地方政府予算は縮小し、大規模なロックダウン(都市封鎖)が行われた2020年より状況はある意味深刻だ、と述べました。

対照的に、共産党の機関紙である人民日報は同日、中国経済の見通しの明るさと、習近平(シー・チンピン)国家主席の指導力をことさら書き立てました。

李が経済悪化を直視したことは、さまざまな臆測を呼んでいます。今秋の党大会を前に権力争いで李が優勢になっているのでは、習のゼロコロナ政策で亀裂が深まっているのでは、李が不況の責任を負わされているのでは、などです。

こうした臆測が広がるのは、共産党内の権力闘争の内実が外からは全く見えないためでもあります。唯一誰の目にも明らかなのは、李の言うとおり中国経済が苦境にあるということでした。

5月27日午後、「中南海」(北京の最高幹部の職住地)で、第39回集団学習会が開かれました。この学習会は、その時々のトピックについて、党中央政治局委員(トップ25)が全員集合して、専門家を呼んで話を聞くというもので、不定期に開かれています。

この日のテーマは、当然ながら、中国経済をどうやってV字回復させていくかということかと思いきや、習近平主席が選んだテーマは、「中華文明の深源な流れと深化」。講師は、中国社会科学院歴史学部の王巍主任でした。

例によって、外部の講師というのは「刺身のツマ」のようなもので、中央に鎮座した習近平主席が、いかに中華民族が歴史的に偉大な民族だったかについて、延々と「重要講話」を述べました。

その様子を、CCTV(中国中央広播電視総台)のニュースで長々と報じていたのですが、中央政治局委員たちは、「重要講話」を聴きながら、熱心にメモを取っています。

ところが、李克強首相と、李首相に出身や考えが近いナンバー4の汪洋政協主席だけが、ふてくされたような表情で聞いていました。

ともあれ、コロナは徐々に収まりつつあり、中国が経済を「超V字回復」させていかないと、それはウクライナ危機と並ぶ、世界にとっての「もう一つの危機」となってしまうでしょう。

いや、ウクライナ危機よりもさらに大きな危機になってしまう可能性もあります。なぜなら、ロシア経済は今や韓国を若干下回る程度ですが、中国は違います。一人あたりのGDPでは中露は10000ドル前後で似たり寄ったりでずが、人口では中国がロシアの10倍の14億人です。

中国は国全体では、世界第二の経済大国です。この国の経済が傾けば、ロシアなどの比ではなく世界経済に大きな影響を与えるのは明らかです。

実際、今年の年初のユーラシアグループの今年の地政学的リスクの予想では、中国のゼロコロナ政策の失敗が筆頭にあげられています。


中国がゼロコロナ政策に大失敗すれば、世界の経済不安はウクライナ戦争の比ではなくなる可能性が大きいです。

李克強が政府系メディアに冷遇されてきた理由は、宣伝部のトップ黄坤明(こう・こんめい、ファン・クンミン)にあります。黄は福建省龍岩市長、浙江省杭州市党委員会書記を務めた後、2013年10月、習近平に抜擢され、宣伝部副部長、2017年10月、政治局委員、中央書記処書記、宣伝部部長に上り詰めました。

まさに“習家軍(習近平派)”ならではのスピード出世です。黄宣伝部長が李克強よりも習近平に忠誠を示すのも当たり前でしょう。これで政府系メディアは全て習近平派に掌握され、李克強は冷遇されています。しかしそれに対抗するかのように、SNSでの李克強の人気は習近平よりはるかに高いです。今回の“習降李昇”騒ぎもその状況を如実に物語っています。

まもなく首相職を2期10年間務めあげることになる李克強は、習近平に対してひたすら我慢する必要もなくなるはずです。その上、ゼロコロナで中国経済が大きなダメージを受けていることで、李克強の腕を発揮すべき時が来ました。もう習近平への遠慮は不要です。

「李克強派は、第20回党大会でより重要なポストを占めるように動くだろう」との内部情報もありまずが、「最近の李克強の大胆な言動も、習近平は黙認せざる得なくなっている」と分析する人もいます。権力闘争の駆け引きの一端が現れているのでしょう。

中国をいわば北朝鮮化させた習近平派に対して、今後も李克強を筆頭する改革開放派は更なる反撃を強めるでしょう。中国での権力闘争の駆け引きは一段と苛烈になるでしょう。ただし、未だ誰が勝利するのかは、はっきりとは見えてきません。

そうして、ウクライナでの戦争、米国の金融引締め、中国の景気減速が東アジア・大洋州地域の回復を阻むリスクであるのは間違いないです。

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