2024年1月7日日曜日

「軍事ケインズ主義」進めるプーチン 2024年のロシア経済―【私の論評】ウクライナ侵攻で揺れるロシア経済 物価高騰、財政赤字、軍事費増大の3つのリスク

「軍事ケインズ主義」進めるプーチン 2024年のロシア経済

服部倫卓 (北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授)

まとめ
  • ウクライナ侵攻と国際的な制裁にもかかわらず、ロシア経済は2023年もプラス成長を記録した。
  • 軍事費の大幅増を背景に、軍需産業は好調で、GDPの3分の2を占めるまでになった。
  • 一方、物価高騰やガソリン不足などの問題も顕在化し、国民生活への影響も出始めている。
  • プーチン大統領は2024年3月の大統領選への再選を目指しており、国民の支持率を維持するために、公共料金の値上げを抑制するなど、配慮を欠かさない。
  • 住宅市場では、優遇ローンによる融資拡大を背景に、バブル的な過熱が進んでいる。この状況が今後、金融市場の混乱や経済の停滞につながるリスクがある。
ロシア軍女性兵士

2023年のロシア経済は、ウクライナ侵攻や国際的な制裁にもかかわらず、予想以上に持ちこたえた。GDPは3%前後の成長を記録し、失業率は記録的に低い水準にとどまった。

ロシア経済の成長率が予想以上に堅調となった要因は、以下の3つが挙げられる。

石油・ガスなどの資源価格の高騰
ウクライナ侵攻の影響で、国際的なエネルギー価格が高騰した。
ロシアは石油・ガスの輸出大国であり、この恩恵を受けた。
2023年の原油価格は、前年比で約60%上昇し、天然ガス価格は約100%上昇した。これにより、ロシアの貿易収入は大幅に増加した。
軍事ケインズ主義
ロシアは、ウクライナ侵攻に伴い、軍事費を大幅に増大させた。2024年の国防費はGDPの6%に達する見通しであり、これは、2022年までの3%から倍増する。

軍事費の増大は、財政赤字の拡大とインフレの進行をもたらす。しかし、短期的には、GDPを押し上げる効果もある。
西側諸国からの制裁に耐えられる経済基盤
ロシアは、石油・ガスなどの資源に依存した経済構造を有している。そのため、西側諸国からの制裁の影響は限定的であった。

また、ロシア政府は、制裁への対応として、輸入代替や国内消費の拡大を推進した。
軍事ケインズ主義とは、戦争や軍事支出を景気対策として活用する経済政策である。ロシアは、ウクライナ侵攻を契機に、軍事費を大幅に増大させ、これを経済成長のエンジンと位置づけている。

軍事ケインズ主義は、短期的には経済成長を促す効果がある。しかし、財政赤字やインフレの拡大などのリスクも伴う。

ロシア経済は、今後も軍事ケインズ主義を継続すると予想される。そのため、財政赤字とインフレは、今後もロシア経済の課題となると考えられる。

なお、ロシア経済の成長には、以下の課題もある。

物価高騰
ロシアでは、ウクライナ侵攻や制裁の影響で、物価高騰が進んでいる。特に、卵は59%値上がりした。

物価高騰は、国民生活の重圧となり、社会不安の要因となる可能性がある。
輸出入の減少
ロシアの輸出入は、制裁の影響で減少している。特に、西側諸国への輸出が大幅に減少した。

輸出入の減少は、経済の成長にマイナスの影響を与える。また、ガソリン不足や為替安定の対策に追われるなど、さまざまな問題も発生している。
住宅市場の過熱
ロシアの住宅市場は、優遇ローンの利用条件が段階的に厳格化される見通しとなり、ルーブル下落が進み、市場金利が急上昇したため、急速に過熱している。

優遇ローンの利用条件が厳格化されたため、新築住宅の購入を希望する層は、頭金を消費者金融で借りるなどして、無理な借金を重ねるケースも出てきている。

住宅バブルが崩壊すれば、金融システムの混乱や経済の停滞につながる恐れがある。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。 

【私の論評】ウクライナ侵攻で揺れるロシア経済 物価高騰、財政赤字、軍事費増大の3つのリスク

まとめ
  • 2023年のロシア経済は、ウクライナ侵攻や国際的な制裁にもかかわらず、GDPは前年比でマイナス4.2%と、予想以上に持ちこたえた。
  • ロシアの物価上昇率は、2023年に前年比17.0%と、1998年の金融危機以来の高水準となった。
  • 戦争中、軍事費の増大は、経済に短期的な刺激を与え、景気回復につながる可能性がある。ドラッカー氏は、数字だけを見れば、第二次世界大戦は、単なる好景気だったように見えるだろうと語る。
  • 軍事費の増大は、財政赤字やインフレなどの問題を引き起こす可能性があり、長期的には経済の持続的な成長を阻害する可能性がある。
  • ウクライナ侵攻が長期化する中で、ロシアと西側諸国との軍事衝突が拡大する可能性があり、ロシアが崩壊する可能性も否定できない。
上の記事の冒頭で、「2023年のロシア経済は、ウクライナ侵攻や国際的な制裁にもかかわらず、予想以上に持ちこたえた」というのは、予め予想できたことです。これについては、以前もこのブログに述べたことがありますが、戦時経済は通常の経済とは全く異なるからです。

戦争、特に総力戦等の大きな戦争が始まる前と、戦中、戦後の復興にかけて、GDPはかなり上がることになります。戦前は、戦争に備えるため、武器・弾薬等を大量に備えることと戦時経済を想定して様々な物品の備蓄をします。戦中も戦争を継続するため、同様に大量に製造し続けます。さらに、戦後は復興のために、壊れたインフラを整備しなおすためなどでGDP自体はあがることになります。

そのため、私は以前のブログで、ロシアの経済の現状を見るには、GDPではなく物価を見るべきではないかと以前のブログで主張しました。以下に直近の、ロシアの物価上昇率と今年の見通しの表を挿入します。
消費者物価上昇率(前年比)
2022年12.5%
2023年17.0%
2024年(見通し)15.0%
物価上昇率は、今年も比較的高い水準で推移しそうです。2023年の消費者物価上昇率は、前年比で約17%と、1998年の金融危機以来の高水準となりました。これは、ウクライナ侵攻に伴う国際的な制裁の影響、ルーブル安、軍事費の増大などが主な要因と考えられます。

2024年の消費者物価上昇率は、ウクライナ情勢の長期化や、西側諸国からのさらなる制裁が物価に与える影響次第では、さらに高騰する可能性もあります。

このようなことから、総力戦や現在のロシアのように大掛かりな戦争をする国々では、戦争前、戦中は軍事ケインズ主義を意図して意識して実行するというよりは、そうなるざるを得ないのです。現在のロシアも例外ではありません。

そうして、わたしたちが注目しなくてはならないのは、多くの専門家が、数字をみただけでは、後の歴史家は、第二次世界大戦が起こったことを認識できないかもしれないと語っていることとです。現在戦争中のロシア経済についても同様のことがいえるかもしれません。

たとえば、経営学の大家ドラッカー氏は、第二次世界大戦中の経済について、以下の発言をしています。
数字だけを見れば、第二次世界大戦は、単なる好景気だったように見えるだろう。
これは、第二次世界大戦中、多くの国が軍事費を増大させたことで、経済成長を遂げたという事実に基づいています。例えば、米国では、第二次世界大戦中のGNPは、戦前の約2倍にまで増加しました。これは、軍需産業の急速な発展によるものです。

第二次世界大戦中、日本も、軍事費を大幅に増大させ、軍需産業の急速な発展を促しました。その結果、日本の経済は、戦前の約2倍にまで成長しました。

1930年代から1940年代にかけて、日本は戦争に伴う軍事費の増大や、戦時体制の導入により、経済成長を遂げました。また、国民生活の面でも、食糧や衣料などの物資の配給が徹底され、国民の生活水準は維持されていました。

本当に窮乏化したのは、1944年以降であり、連合国軍の空襲が本格化し、米軍による通商破壊がすすみ、日本各地で大きな被害が発生し、国民生活は困窮化しました。

日本の戦時中のポスター

しかし、これはあくまでも表面的な現象であり、戦争の悲惨さを覆い隠すことはできません。
ドラッカー氏は、この事実を踏まえて、経済の数字だけを見て、第二次世界大戦を理解しようとすると、誤った結論に至る可能性があると警告しています。第二次世界大戦は、単なる好景気ではなく、人類史上最も悲惨な戦争の一つでした。

その本質を理解するためには、経済の数字だけでなく、戦争の背景や、戦争によって引き起こされた人々の苦難など、さまざまな要素を考慮する必要があります。

なお、ドラッカー氏は、この発言を、1950年に出版された著書『「経済人」の終わり──全体主義はなぜ生まれたか』の中でしています。この著書の中で、ドラッカー氏は、第二次世界大戦の原因を、経済主義の行き過ぎにあると分析しています。

つまり、経済の数字だけを追い求め、人間の尊厳や社会の調和を無視するような経済主義が、全体主義の台頭を招いたというのです。

ドラッカー氏の発言は、第二次世界大戦の歴史を理解する上で、重要な示唆を与えるものと言えるでしょう。

ドラッカー氏

プーチンが推進する軍事ケインズ主義の末路は、以下の3つの可能性があると考えられるでしょう。

1. 短期的な景気回復と軍事力の増強に成功する

プーチンは、ウクライナ侵攻によって、軍事費を大幅に増大させています。この軍事費の増大は、ロシアの経済に短期的な刺激を与え、景気回復につながる可能性があります。また、軍事技術の開発や軍事力の強化によって、ロシアの安全保障が向上する可能性があります。

この場合、プーチンの軍事ケインズ主義は、ある程度の成功を収めると言えるでしょう。しかし、軍事費の増大は、財政赤字やインフレなどの問題を引き起こす可能性があり、長期的には経済の持続的な成長を阻害する可能性があります。

2. 長期的な経済停滞と軍事力の衰退に陥る

軍事費の増大が続けば、財政赤字が拡大し、インフレ率が上昇する可能性があります。また、軍需産業への依存度が高まるため、民間部門の活力が低下し、経済成長が鈍化する可能性があります。

この場合、プーチンの軍事ケインズ主義は、失敗に終わると言えるでしょう。ロシアは、経済的にも軍事的にも衰退していく可能性があります。

3. 軍事衝突の拡大によって、ロシアの崩壊につながる

ウクライナ侵攻が長期化する中で、ロシアと西側諸国との軍事衝突が拡大する可能性があります。この場合、ロシアは、経済制裁や軍事攻撃によって、深刻な打撃を受ける可能性があります。

この場合、プーチンの軍事ケインズ主義は、ロシアの崩壊につながる可能性があります。ロシアは、国家として存続できなくなる可能性があります。

現時点では、プーチンの軍事ケインズ主義の末路は、まだ不透明です。しかし、長期的な経済停滞や軍事力の衰退、軍事衝突の拡大によって、ロシアが崩壊する可能性も否定できません。

【関連記事】

北大で発見 幻の(?)ロシア貿易統計集を読んでわかること―【私の論評】ロシア、中国のジュニア・パートナー化は避けられない?ウクライナ戦争の行方と世界秩序の再編(゚д゚)!

対ロシア経済制裁、効果は限定的…昨年GDPは予想より小幅の2・1%減―【私の論評】効果は限定的等というのは、戦時経済の実体を知らない者の戯言(゚д゚)!

プーチン氏の威信失墜 カギ握る国際社会の協力―【私の論評】今回の「子供連れ去り」の件での逮捕状は国内法でいえば別件逮捕のようなもの、本命は"武力行使そのもの"の判断(゚д゚)!

対露経済制裁は効果出ている 3年続けばソ連崩壊級の打撃も…短期的な戦争遂行不能は期待薄―【私の論評】制裁でロシア経済がソ連崩壊時並みになるのは3年後だが、経済的尺度からいえばこれは長い期間ではない(゚д゚)!

ロシアの欧州逆制裁とプーチンの思惑―【私の論評】ウクライナを経済発展させることが、中露への強い牽制とともに途上国への強力なメッセージとなる(゚д゚)!

0 件のコメント:

特報 米国司法省 IR疑惑で500ドットコムと前CEOを起訴 どうなる岩屋外務大臣―【私の論評】岩屋外務大臣の賄賂疑惑が日本に与える影響と重要性が増した企業の自立したリスク管理

特報 米国司法省 IR疑惑で500ドットコムと前CEOを起訴 どうなる岩屋外務大臣 渡邉哲也(作家・経済評論家) まとめ 米国司法省は500ドットコムと元CEOを起訴し、両者が有罪答弁を行い司法取引を結んだ。 日本側では5名が資金を受け取ったが、立件されたのは秋本司被告のみで、他...