- 減税と積極財政は矛盾しない。ともに有効需要を喚起する拡張的財政政策であり、状況に応じて併用されるべき常識的な手段である。
- 「支出拡大=リベラル」「減税=保守」という二項対立は、通俗的な分類にすぎず、経済の実情を無視したレッテル貼りに過ぎない。
- 江東新橋の事例は、国債を活用した復興と経済支援が、長期にわたり国民生活を支えることを示した歴史的証左である。
- 高橋是清の判断と国債発行は、将来世代との負担の分担と経済成長を両立させた成功例であり、今なお政策の羅針盤となる。
- 英国の国債のように、経済成長と適切な資金運用により、長期的な国家財政は十分に持続可能であることが世界の常識となっている。
- ・減税と積極財政の両立は、もはや理論上の話ではなく、歴史と実例が裏付ける現実的な選択肢であり、保守派が担うべき責任ある経済政策である。
いま、保守派を中心に「減税」と「積極財政」を両立させるべきだというごく当たり前の主張が、語られるようになっている。財務省が長年掲げてきた緊縮路線は、支出拡大や減税に対して「破綻する」「将来世代にツケを回す」といった恐怖を煽るばかりで、実体経済の停滞の回復には無力だった。その結果、日本は「失われた30年」という長期低迷から抜け出せずにいる。
だが、参政党、国民民主党、日本保守党、さらには自民党内の保守系議員たちが掲げる「減税と積極財政の併用」は、世界標準のマクロ経済学に即した常識的な政策である。需要が不足しているとき、政府が支出や減税を通じて経済を刺激するのは当たり前の話だ。右か左かなどという話ではなく、ただの常識である。
しかし日本では、減税と積極財政は矛盾するかのように語られることが多い。たとえば「支出拡大はリベラル的」「減税は小さな政府を志向する保守的」といった、単純な二項対立に落とし込むレッテル貼りが横行してきた。これは実際、政治評論やメディア解説などにしばしば見られる通俗的な分類である。しかし、これはマクロ経済学の基本すら理解していない浅はかな見方だ。減税も支出も、有効需要を喚起するという意味で同じ拡張的財政政策に属する。経済の実情に応じて使い分ければいいだけの話である。
常識を証明した橋──江東新橋の教訓
このような「経済の常識」に、ようやく国民も気づき始めている。今回の参議院選挙では、減税と積極財政を堂々と掲げた新興勢力が一定の支持を得た。国民は、財政均衡信仰や官僚の刷り込みによる「常識風の非常識」に、もはや騙されてはいない。
この常識を象徴する実例が、東京・江東区にある江東新橋である。江東新橋は、1923年の関東大震災からの復興事業の一環として構想され、国債を財源として建設された鉄橋である。
当時、蔵相を務めていた高橋是清は、東京や横浜が関東大震災で壊滅した被害を目の前にして、税金だけで復興費を賄えば国民生活が立ちゆかなくなると判断し、即座に国債発行を決断した。こうして造られた頑丈な鉄橋のひとつが江東新橋だ。現在でいう積極財政を実行したのだ。
高橋是清 |
この橋は1945年の東京大空襲でも焼夷弾に耐え、避難路として機能した。10万人以上が犠牲になった大空襲の中で、この橋がなければ被害はさらに広がっていただろう。そして現在も、江東新橋は車両や人の往来を支え続け、テレビドラマにも登場する現役のインフラとして経済活動に貢献している。
もし当時、復興を積極財政ではなく緊縮財政の手法と言える税金で賄っていたらどうなっていただろうか。当時の日本は貧しく、重税は国民をさらに疲弊させたはずだ。たとえ橋が残っても、経済が死んでいれば橋の価値も半減していた。だからこそ、高橋是清の「国債で長期プロジェクトを行う」という判断は、現世代と将来世代の負担を分かち合う理にかなったものだった。
この成功体験は、のちの1930年代の積極財政政策にもつながっていく。江東新橋は、単なる橋ではない。国債で公共投資を行うことの意義を、歴史の中で証明し続けてきた生きた遺構である。
国債活用は歴史の証明済み
1815年6月18日ワーテルローの戦いでナポレオンはイギリスに敗北 |
同様の教訓は、イギリスの事例にも見られる。19世紀初頭、ナポレオン戦争の戦費を賄うために発行された英国の国債は、200年以上が経った今なお完済されていない。新たな国債で借り換えながら経済成長によって実質的な負担を軽減してきた。これもまた、「国の財政は家計とは違う」という基本を裏付ける歴史的証拠である。
大きな戦争を税金で賄うなど、古今東西どのような国でも聞いたことがない。そんなことをすれば、すぐに経済的に行き詰まり、戦争で勝つことはできなくなる。イギリスのようなやり方が望ましい。当時のイギリスが戦費を増是だけで賄ったとしたら、イギリスという国は今頃存在しなかったかもしれない。
そうして減税と積極財政の併用は、何ら突飛な政策ではない。減税は積極財政の一手法に過ぎない。積極財政は、国家を守り、人々の暮らしを支えるための、真っ当な常識である。保守派こそがこの世界の中で日本だけが狂っている常識を取り戻し、間違った観念で国家を毀損するのではなく、明るい未来への責任を持った政治を貫くべき時が来ている。
そうして減税と積極財政の併用は、何ら突飛な政策ではない。減税は積極財政の一手法に過ぎない。積極財政は、国家を守り、人々の暮らしを支えるための、真っ当な常識である。保守派こそがこの世界の中で日本だけが狂っている常識を取り戻し、間違った観念で国家を毀損するのではなく、明るい未来への責任を持った政治を貫くべき時が来ている。
【関連記事】
減税財源「赤字国債も選択肢」自民・萩生田氏—【私の論評】「家計簿思考」からの脱却こそが国家の再生に不可欠!(2025年4月26日) 2025年4月26日
<主張>東日本大震災14年 教訓を次に生かす決意を 早期避難が津波防災の鉄則だ―【私の論評】マスコミが報道しない復興税の闇!財務省が被災者と国民を踏みにじった衝撃の事実 2025年3月11日
「178万円玉木案」を否定…”何としてでも減税額をゼロに近づけたい”財政緊縮派の「ラスボス」宮沢洋一・自民党税調会長の正体—【私の論評】宮沢洋一氏の奇妙な振る舞いと自公政権の変化:2024年衆院選後の財政政策の行方 2024年12月16日
「反増税派」蜂起、財務省主導の緊縮派に反発 自民党内の〝財政バトル〟再燃、日本経済浮沈かかる「骨太の方針」で熾烈な戦い―【私の論評】岸田政権は「積極財政派」と手を結び、財務省に立ち向かえ 2024年2月20日
0 件のコメント:
コメントを投稿