2024年6月11日火曜日

トランプ氏有罪で共和党が連帯した―【私の論評】EU選挙で極右躍進と保守派の反乱:リベラル改革の弊害が浮き彫りに

トランプ氏有罪で共和党が連帯した

古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」
まとめ
  • トランプ前大統領に対する有罪評決が共和党全体の連帯を強めた。
  • 上院で共和党が勢いに乗って民主党に逆転勝し多数派となる展望も。
  • 有罪評決が、民主党の団結や連帯を強める結果になった。


ニューヨーク地裁におけるドナルド・トランプ前大統領への有罪評決は、共和党内の勢力をかつてないほど一気に団結させる効果をもたらした。共和党側は一致して、この評決を民主党による政治的な工作、トランプ氏への選挙妨害、そして司法制度の武器化と激しく非難している。

これまでトランプ氏に距離を置いていた共和党の有力議員たちも、今回は有罪評決への反発からトランプ支持に回った。上院共和党総務のマコーネル氏は評決の逆転を予想し、スーザン・コリンズ氏は検事の捜査の動機に問題があったと批判した。さらにトランプ大統領の弾劾に賛成していたロムニー氏までもが、有罪評決が有権者のトランプ支持を減らすことはないと明言した。

こうした共和党の動きは、11月の連邦議会選挙で共和党が上院で多数派になる展望をも示唆している。下院の共和党議長も今回の裁判を民主党の政治攻撃と糾弾した。

政権関係者のペンス前副大統領やヘイリー元国連大使も、評決を非難しトランプ支持を表明している。トランプ陣営とそれ以外の共和党員の微妙な立場の違いが、この有罪評決への反発で一掃され、かつてない共和党内の結束が生まれたといえる。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】EU選挙で極右躍進と保守派の反乱:リベラル改革の弊害が浮き彫りに

まとめ
  • 欧州議会選挙で極右勢力が躍進し、EUの政治的先行きが不透明に。
  • 保守派が、安全な国境や言論の自由を求める「保守の反乱」を強めている。
  • 過度の平等主義やアイデンティティ政治の進展が社会に負の影響を及ぼしている。
  • キャンセル・カルチャーやポリティカル・コレクトネスが言論の自由を脅かし、対立を助長。
  • 現代のリベラル派は、個人の自由と多様性を尊重する真のリベラルの理念に立ち返るべき。
米国では上の記事にあるとおり、保守派が利害を乗り越え結束しつつあります。一方欧州連合(EU)の欧州議会選(定数720)は9日、大勢が判明し、極右勢力が躍進しました。これを受けフランスのマクロン大統領は仏国民議会(下院)の解散総選挙を発表。EUの政治的な先行きが一段と不透明になりました。

親EU会派が引き続き過半数を維持する見通しですが、今回の選挙結果はフランス、ドイツ両政府にとって痛手となりました。

欧州議会選でイタリアのメローニ首相(写真)が率いる右派「イタリアの同胞」が国内第1党に

この現象は、私がかつてこのブログに述べた保守の反乱が加速していることを示すものと考えられます。

保守の反乱とは、以下のようなものです。
保守派は、安全な国境、安全な地域社会、言論の自由、豊かな経済を望んでいます。「極右」のレッテルを貼られた指導者たちは、サイレント・マジョリティの声を返しているだけなのです。

メディアが彼らを中傷し、理性的な保守派を黙らせようとする一方で、私たちは保守派は、もう黙ってはいません。多くの人々は、法、秩序、伝統、愛国心の尊重と生存のバランスを取りながら生活しています。そうして、このバランスを崩す急激な改革は、社会を壊すと多くの人達が再認識するようになったのです。最近設立されたばかりの日本保守党の支持者の急速な拡大も、それを示しています。

日本はもとより、他の国々の指導者も、この傾向に耳を傾けるべきです。人々はいつまでも過激な行き過ぎを容認することはないでしょう。指導者は、騒々しい過激派グループのためだけでなく、国民全体のために政治を行わなければならないのです。

リベラル・左派的な社会工学による改革よりも、国益を優先させる賢明な改革が答えです。未来は、常識のために立ち上がり、自国の文化を守り、ポリティカル・コレクトネスやキャンセル・カルチャーの狂気に対して果敢に「もういい」と言う勇気ある政治家たちのものです。結局のところ、それこそがこの新しい保守の反乱の本質なのです。

 リベラル・左派的な社会改革は、平等と多様性の理念から様々な変革を推し進めてきました。しかしその過剰な進展が、かえって大きな負の影響を社会にもたらしつつあります。

まず、過度の平等主義は、努力と実力に応じた格差を是正するあまり、個人の自由な活動意欲を損ね、生産性の低下を招きつつあります。高額所得者への過剰な課税は、働く意欲を失わせかねません。また企業への過剰な規制は、事業活動を衰退させ、経済成長を阻害する要因となります。

一方、移民の受け入れ拡大は、移民コミュニティの治安悪化や、現地住民との文化的軋轢から社会分断を生む危険性があります。伝統的価値観の軽視は、家族や地域コミュニティなどの社会の基礎的な紐帯を弱体化させかねません。

さらに、キャンセル・カルチャーの台頭により、表現の自由が脅かされ、建設的な議論が阻害されてしまいます。キャンセル・カルチャーとは、不適切と見なされる発言や行為に対し、社会的制裁を加えて"存在しなかったことに"する動きです。

同様にアイデンティティ政治の過剰な進展は、人種や性別で人々を分断し、対立を助長する恐れがあります。アイデンティティ政治とは、個人や集団のアイデンティティ(性別、人種、民族、宗教など)に基づいて、権利や利益を主張する政治運動のことを指します。

具体的には、これまで差別されてきた少数者集団(女性、有色人種、LGBTなど)が自らのアイデンティティを前面に押し出し、機会の平等や権利の獲得を訴える動きがこれにあたります。

アイデンティティ政治の目的は、こうした集団が社会から受けてきた不当な扱いを是正し、平等な地位と権利を獲得することにあります。しかし一方で、アイデンティティに基づく過度な主張は、かえって人々を性別や人種で分断し、対立を助長することになりかねません。

またポリティカル・コレクトネスの追求も、言論の自由を損なう危険があります。ポリティカル・コレクトネスとは、性別、人種、宗教などのマイノリティに配慮した言葉遣いを求める動きですが、過度になれば言論の萎縮を招きかねません。

少数派の権利重視があまりにも極端になれば、多数派の不満が高まり社会の不安定化につながります。さらに、伝統や歴史への配慮不足は、社会の連続性を損ね、アイデンティティの喪失につながる可能性もあります。

こうした弊害が指摘されるなか、最近の米国やEUでは、リベラル・左派の改革への保守派から反発が高まっています。共和党はトランプ氏有罪評決に一致して反発し、EUの欧州議会選でも極右勢力が伸長するなか反移民や伝統重視への回帰を求める動きが出てきました。

こうした動きは、リベラル改革の弊害への危惧から、保守勢力がその是正を求めている現れと言えます。キャンセル・カルチャーやアイデンティティ政治、ポリティカル・コレクトネスの過剰な進展への批判の声が、その一因となっているのです。

一方、現在のいわゆるリベラル派の多くは、真のリベラルとはいえない状況になっています。真のリベラルとは、個人の自由と権利を最優先に考えながらも、寛容性と平等の実現を目指す立場です。彼らは個々人の選択の自由を尊重し、強制や不当な規制に反対します。同時に、人種、宗教、性別を問わず、多様性を受け入れる開放性があります。少数者の権利にも配慮しつつ、機会の平等と社会的公正の実現に努めるのがリベラルの理念です。

また、伝統的な因習に捕らわれることなく、新しいものを積極的に受け入れます。宗教的戒律よりも合理主義と科学的根拠を重んじ、社会の改革と進歩を前向きに支持する姿勢があります。ただし、利己主義に走ることなく、過度な平等主義の追求をするものではありません。

理想的なリベラル派の例としては、米国の建国の理念にも影響を与えたジョン・ロックが有名です。英国の経済学者で社会改革を訴えたジョン・スチュアート・ミルも代表的なリベラル思想家です。日本人では、明治時代に個人の自由と権利を強く訴えた福沢諭吉が、リベラル的思想の先駆けと評されています。

真のリベラルは、時代を見据えつつ、個人の自由と多様性の調和、そして寛容と合理性の共存を目指し続けるものであって、社会工学による改革を推進するものでありません。現代のリベラル派の中には、リベラル理念から逸脱した極端な傾向が見られます。真のリベラルは、個人の自由と権利、合理主義、寛容性を尊重しつつ、機会の平等と社会正義を追求する必要があります。アイデンティティ政治に走ることなく、すべての個人の自由と多様性を包摂する姿勢が重要になっています。

よって、リベラル派はこの反省を踏まえ、リベラル精神の本来の理念に立ち返るべき時期にきているのではないでしょうか。

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2024年6月10日月曜日

「改正入管法」きょうから施行 3回目以降は難民申請中でも強制送還可能に―【私の論評】改正入管法の背景と弱点、不法滞在者の母国が受け入れ拒否した場合どうするか

「改正入管法」きょうから施行 3回目以降は難民申請中でも強制送還可能に

まとめ
  • 入管法が改正され、難民申請は原則2回までとし、3回目以降は「相当の理由」を示さない限り強制送還対象とする。
  • 在留資格がない外国人は、「監理人」の監督下で収容施設外で生活できる「監理措置」制度を導入。
  • 収容中の外国人は3か月ごとに収容の必要性を見直す。
6月8日改正入管法参院で可決

「改正入管法」が10日から施行され、難民申請中の強制送還規定が見直されます。難民申請は原則2回までとし、3回目以降は「相当の理由」を示さない限り強制送還対象となります。また、在留資格がなく強制送還対象の外国人は、「監理人」の監督下で収容施設外で生活できる「監理措置」制度が導入されます。収容中の外国人も、3か月ごとに収容の必要性が見直されることになります。この改正は、難民申請を繰り返して日本に留まる外国人や、入管施設での長期収容の問題に対処するためです。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。「まとめ」は元記事を箇条書きにまとめたものです。

【私の論評】改正入管法の背景と弱点、不法滞在者の母国が受け入れ拒否した場合どうするか

まとめ
  • 入管法改正の背景に、難民不認定後に繰り返し申請する「事実上の在留」が増加し、在留を長引かせるケースが多発。
  • 仮放免許可者による無許可就労が横行し、法的手続きの適正性が問われた。
  • 強制送還が進まない外国人の長期収容問題が深刻化し、収容施設の過剰収容と劣悪な環境が人権問題を引き起こした。
  • 難民認定申請を入管手続きの引き延ばしに利用する外国人が多く、入国管理の難航が批判された。
  • 改正法では「監理措置」制度が導入され、収容ではなく管理措置で在留を監督する一方、母国の同意がなければ強制送還が困難なままである。
  • 不法滞在者の母国側の受け入れ拒否に対処する方法として、母国に対する支援の打ち切りや支援と引き換えに受け入れを促す、国際的な圧力を通じて母国に受け入れを促すなども検討すべきである

マスコミは報道しない、日本国内の移民・難民受け入れ反対デモ

今回入管法が改正されたのには、以下のような背景があります。

1.難民不認定後に繰り返し申請する「事実上の在留」
一部の外国人が難民不認定後に再び申請を行うことを繰り返し、結果的に長期間日本に残り続けるケースが多発していました。2021年には約5,800人が難民不認定後に再申請しています。
2.仮放免許可者の無許可就労の横行
 仮放免により在留特別許可を受けた外国人の中に、無許可で就労する者が多数いたことが指摘されていました。2022年には約6,700人の無許可就労が確認されています。

 3.在留資格のない外国人の長期収容問題

在留資格がなく強制送還が進まない外国人を収容する施設が慢性的な過剰収容状態にありました。代表的な例がスリランカ人でした。

2014年から2017年にかけて、スリランカ人の仮放免者や不法残留者が相次いで収容されましたが、スリランカ政府が受け入れを拒否したことから、強制送還ができない状況が続きました。その結果、最長で約6年間にわたる長期収容例が発生しました。

このように、国籍による強制送還の困難さから、長期収容を余儀なくされる事態となり、人権侵害の懸念が高まりました。収容施設は常に過剰収容状態で、環境の劣悪さも指摘されていました。

長期収容による精神的ストレスから、自傷行為に及ぶ収容者もいたと報告されています。こうした状況から、収容期間の上限設定や環境改善の必要性が主張され、今回の改正の大きな背景になったと考えられます。

4.難民認定申請を入管難航の「口実」に利用

 一部の外国人が難民認定申請を在留手続きの「引き延ばし」に利用し、入国管理を難航させているとの批判がありました。

このように、難民制度の潜脱的利用、無許可就労の横行、長期収容問題など、様々な問題点が改正の背景にありました。制度の適正運用と人権への配慮のバランスを図る必要があったと考えられています。

ただ、今回の改正入管法でも、不法滞在者の母国が受け入れを拒否した場合でも、不法残留者などを強制送還できるようになったわけではありません。

強制送還の実施には、あくまで受入国の同意が必要不可欠です。母国が受け入れを拒否すれば、引き続き強制送還は事実上困難となります。

長期収容問題の解決策として、改正法では「監理措置」制度が新設されましたが、これは収容を代替する制度であり、強制送還の実施には母国の同意が引き続き必須となります。

「監理措置」制度とは、従来の収容施設への収容に代わる新たな在留管理の措置です。対象は強制送還が執行できない在留資格を持たない外国人です。

この制度のもとでは、収容ではなく、入国者収容所の外に設けられた住居で生活することになります。ただし、出入国や行動の制限など一定のルールに従う必要があり、「監理人」と呼ばれる専門スタッフによる監督下に置かれます。

つまり、収容施設に長期間収容されることなく、より自由な環境で生活できる一方で、逃げ出しや無秩序な在留を防ぐための管理体制が設けられているというわけです。

長期収容を避けつつ、一定の在留管理を継続するための制度と位置付けられています。ただし、強制送還の実施そのものは、従来通り母国の同意が必要となります。

長期収容問題の改善に一定の役割を果たすものの、制度発足後の運用などに課題もあり、抜本的解決には至らない可能性もあると指摘されています。

欧米諸国においても、母国が不法滞在者の受入れを拒否した場合、不法滞在者を強制送還することはできません。これは国際法上の原則です。EUの加盟国間の移送や、米国の一時的な第三国への移送はできますが、母国への強制送還とは異なります。

つまり、母国の同意なく強制送還を行える例外はほとんどありません。したがって、日本の入管法改正でも、母国が受入れを拒否すれば、従来通り強制送還は困難となる可能性が高く、長期収容問題の根本的解決につながらない可能性があります。

ただ、ドイツでは変化の兆しがみえます。

ドイツでは近年、難民申請を却下されながらも滞在を許可されていた外国人による重大事件が相次ぎ、国民の間で外国人犯罪への厳しい対応を求める機運が高まっていました。

具体的には、5月末にマンハイムでアフガン人男性による集会襲撃事件があり、5人が負傷、警官1人が死亡するなどの被害がありました。この男性は難民申請を却下されながら、個別事情から国外退去が猶予されていた例でした。

ショルツ独首相

このような背景から、ショルツ首相は6日の連邦議会演説で「ドイツで保護を受けている人物による凶悪事件に憤慨する。凶悪犯罪者はシリアやアフガニスタンであっても送還されるべきだ」と述べ、難民申請が拒否された者を含め、国外退去対象の大幅な見直しに言及しました。

つまり、従来は難民認定を受けない場合でも、出身国での迫害リスクなどから国外退去を猶予してきましたが、そうした例外措置を大幅に制限し、凶悪犯罪者については確実に強制送還する考えを示したものと受け止められています。

ただし、具体的な制度改正の詳細は不明で、連立与党内にも人権侵害に当たるとの異論もあり、今後の動向が注目されています。

令和3年において、出入国管理及び難民認定法違反により退去強制手続を執った外国人は1万8,012人で、そのうち不法就労事実が認められた者は1万3,255人でした。退去強制手続を執った外国人の国籍・地域は93か国・地域であり、ベトナムが最も多く、全体の53.7%を占めました。

不法残留者は1万6,638人、不法入国者は182人、資格外活動者は37人でした。在留資格別では、「技能実習」が最も多く、次いで「短期滞在」、「特定活動」が続きました。また、不法就労の稼働場所別では、関東地区が最多で、中部地区も一定の割合を占めています。なお、退去強制令書により送還された者は4,122人で、令和3年末現在、退去強制令書が発付されている被仮放免者は4,174人です。

日本国内の不法滞在者数の推移

今回入管法が改正されましたが、不法滞在者の母国が受け入れ拒否をする場合もあります。こうした場合どのようにするか、ドイツの動向もうかがいつつ、対応を決めていくべきでしょう。

不法滞在者の強制送還に関する問題は確かに複雑で、国際法や外交関係も絡むため、一筋縄ではいきません。しかし、現実的な対策を講じなければ、日本も深刻な事態に陥る可能性があります。母国が不法滞在者の受け入れを拒否する場合、支援を打ち切る、あるいは支援と引き換えに受け入れを促す方法も検討する必要があるでしょう。

まず、支援を打ち切ることは短期的には外交関係に悪影響を及ぼすかもしれませんが、長期的には不法滞在者の問題を解決するためには避けられない手段となるかもしれません。また、不法滞在者の人権を尊重することは重要ですが、国家の法と秩序を守ることも同様に重要です。適切な手続きを踏んだ上で、送還を進めることが必要です。

他国との協力も重要で、国際的な圧力を通じて母国に受け入れを促す方法もあります。柔軟な対応が必要であることは理解しますが、具体的な施策については迅速かつ決断力を持って実行することが求められます。国際社会全体で協力し、共通の解決策を早急に模索することが重要になるでしょう。

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2024年6月9日日曜日

解散見送りで窮地の岸田首相〝一発逆転ホームラン〟時間稼ぎの策とは 会期大幅延長できなければ「総裁選」再選の目はほぼない―【私の論評】大胆な経済対策と官僚支配からの脱却が岸田政権の最大の起死回生策

まとめ
  • 岸田首相は今国会での解散を見送る方針だが、総選挙で勝利し総裁選で再選を狙う環境にはない
  • 政治改革法の成立過程がグダグダだったため、これを政権の成果と胸を張れない
  • 岸田政権にできることは時間稼ぎしかなく、国会を大幅延長し憲法改正や北朝鮮訪問などに取り組むことが期待されている
  • 北朝鮮訪問が実現すれば転機になりうる。また国際貿易の無秩序に対応する法改正も検討課題
  • 国会延長ができなければ総裁選に向け動き出すが、岸田首相の再選は極めて難しく、複数の候補による混戦となる公算が大きい
岸田首相

 岸田首相は今国会での解散を見送る方針だが、内閣支持率の低下や自民党の補選敗北が続いていることから、衆院選で勝利し9月の総裁選で再選を狙う環境にはない。

 政治資金規正法改正でも与野党の調整がうまくいかず、自民党内からも不満が出るなど、成立過程がグダグダだった。こうした経緯で成立した政治改革を「岸田政権の成果」と胸を張って解散総選挙に打って出るのは難しく、造反があるだろう。

 このため、岸田政権にできることは時間稼ぎしかない。ベストは今国会会期を8月中旬~下旬まで2か月程度大幅に延長し、憲法改正や北朝鮮への電撃訪問など「先送りできない課題」に取り組むことだ。

 北朝鮮訪問が実現すれば転機になりうる。また、米国の対中関税引き上げなどを受け、日本も国際貿易の無秩序に対応できる法改正も検討課題になるかもしれない。

 憲法改正や北朝鮮訪問の実現可能性は低いが、岸田政権はそこに賭けるしかない状況に追い込まれている。国会延長ができなければ、総裁選に向け一気に動き出すが、その場合、岸田首相の再選は極めて難しく、上川陽子外相や高市早苗経済安保相、茂木敏充幹事長ら複数の候補の出馬が想定され、混戦になると予想される。

 この記事は元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】大胆な経済対策と官僚支配からの脱却が岸田政権の最大の起死回生策

まとめ
  • 憲法改正や北朝鮮訪問の実現可能性は低いが、岸田政権はこれに賭けるしかない状況に追い込まれている。
  • 消費税減税や積極財政、異次元の包括的緩和への再度の移行が、経済改善と内閣支持率向上の鍵となる可能性が高い。
  • 財務省と日銀の緊縮、引き締め路線が、日本経済の成長と国民の所得向上を阻害しており、国民の批判が高まっている。
  • 減税、所得補償、公共投資、日銀の人事権行使など、大規模な経済対策が必要であり、これにより経済的自由の実現と官僚支配からの脱却が期待される。
  • 財務省の強力な壁を突破することが岸田政権の支持率向上と総裁選での有利な立場につながる可能性があり、首相のリーダーシップが鍵となる。
上の記事では、憲法改正や北朝鮮訪問の実現可能性は低いが、岸田政権はそこに賭けるしかない状況に追い込まれているとしています。これは確かだと思います。

ただ、もう一つの可能性もかなり乏しいですが、あると思います。それはとりもなおさず、国民生活に直結する経済の改善です。たとえば、消費税減税を含む、大胆な積極財政です。さらに、利上げなど金融引き締めに走りそうな日銀の暴走をとめて、再度異次元の包括的緩和に戻すことです。これができれば、その後の円安により不利益を被る企業などを救済することは簡単にできるでしょう。

岸田首相はかつて消費税減税は考えていないと発言していたが・・・

これによって、多くの国民が、経済が良くなると認識できた場合、支持率が上向く可能性はあり、総裁選を有利に戦える可能性はあります。

こうした経済対策を講じれば、多くの国民が景気回復を実感し、結果として内閣支持率が上向く可能性があります。ただし現状ではこれらの実現は極めて困難に見えます。しかし、岸田首相が経済再生に全力を注げば、一つの起死回生の手段となり得るかもしれません。

その背景には、長年にわたる財務省や日銀による過度の緊縮路線の弊害があります。既得権益を重んじるこれらの官僚組織が、国民の意思を無視し続けてきた結果、日本経済の成長と国民の所得向上が阻害されてきたのです。まさにこれこそが民主主義の毀損であり、権力の私物化と言えるでしょう。

実際、財務省主導の下、法人税増税や社会保障費の負担増、公共投資削減など、国民と企業に重荷を課す政策が続けられてきました。また日銀による金融引き締め姿勢が、デフレ脱却を遅らせる要因ともなりました。こうした一連の緊縮路線が、国民の実質賃金の伸び悩みにつながっています。  

この矛盾から、有権者の間で財務省主導の緊縮路線への批判が高まるのは当然です。国民の間に景気と所得回復への強い願望がありながら、岸田政権がこれに応えられていないことが、政権の支持率低下を招いているのが実情です。

つまり財務省と日銀の既得権益擁護が、国民の期待と現実の乖離を生み出し、結果として政権不支持につながっているという構図が見え隠れします。この異常な官僚支配からの脱却が不可欠な状況となっており、岸田首相による強力な改革が求められています。

今や財務真理教教祖ともいわれる財務次官茶谷

具体的には、国会など既存のプロセスを無視し、首相自らの権限で大規模な経済対策を打ち出すことが必要かもしれません。減税や所得補償、公共投資の発注、日銀の人事権行使と異次元緩和の強制、財政ファイナンスの実施など、あらゆる手段を講じる覚悟が問われます。

これは従来の規範からの決別を意味しますが、そもそもその現在の規範自体が官僚主導の民主主義否定そのものです。マスコミに対する適切な情報発信と、国民への丁寧な政策説明が重要となります。これを並行して行えば、「官僚支配からの脱却」「経済的自由の実現」をアピールできるでしょう。

権力の専横的行使には弊害もありますが、国民生活改善が最優先である以上、岸田首相には強い覚悟が求められています。長年の官僚支配からの決別を体現し、真に民主的な経済政策の実現者となることが首相や政府に期待されているのです。

岸田首相がこれまでに取った行動や政策から、首相が政権維持のために積極的な手段を講じることがある得ることは確かです。良い、悪いは別にして、政権維持のため旧統一教会への措置や党内人事、内閣人事や派閥解消など、物議を醸すことも厭わずに行動してきたことは、その一例です。

岸田首相が財務省が自分の味方ではなく、政権維持や総裁選のためには大きな障害になるとはっきり認識した場合、財政政策において大胆な手段を取る可能性も考えられます。特に、経済成長を促進するための積極的な財政出動や、大規模な経済刺激策を導入することも考えられます。

安倍首相が、第一次安倍政権の失敗で学んだことは、経済を良くしなければ、国民の支持は得られないことです。だからこそ、第二次安倍政権では、アベノミックスを実行したのです。

ただし、安倍首相ですら、財務省の意向や三党合意の壁は超えられず、在任中に二度延期したものの、結局二度の消費税増税をせざるを得なくなりました。それだけ財務官僚の壁は厚く、高いのです。ただし、アベノミックスの金融緩和は継続されたため、雇用環境は劇的に改善しました。

安倍首相

これも、憲政史上最長となった安倍政権を支えたのは間違いないでしょう。ここで、動機が何であれ、岸田首相が、財務省の厚くて高い壁を破ったとすれば、これは既存の秩序を壊す大インパクトであり、戦後最大の政治上の出来事になることでしょう。これは何にも増して、岸田首相の総裁選を有利に運ぶことになるでしょう。

これとともに憲法改正も行えば、岸田首相は憲政史上に名宰相として、名を刻むことになるでしょう。

最終的には、岸田首相のリーダーシップスタイルや政策優先順位、そして彼の周囲の助言者や政権内の権力バランスによっても大きく影響されるでしょう。ただ、全くありえないことではないとだけは言えると思います。


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2024年6月8日土曜日

米国人の過半数、「借金をしてまで大学に行く必要なし」と回答―【私の論評】学生運動の限界:高等教育の歴史と社会変革の未達成


まとめ
  • 大多数の米国人が、学位取得のために多額の借金を背負うことに価値を見出していない。
  • 学生ローン残高の高止まりと授業料の高騰が、その背景にある。
  • 非大卒者の収入は増加基調にあり、大卒者との格差が縮小傾向。
  • 企業が採用で学位取得を必須としなくなる動きもあり、大学の価値が相対的に低下。
  • 調査結果から、良い仕事に就くための大学の重要性が低下していると米国民が認識していることがうかがえる。


米国の有名リサーチ会社、ピュー研究所の最新調査で、米国人の大多数が大学の学位取得のために多額の借金を負うことに価値を見出せていない実態が明らかになった。調査対象者の22%しか「借金を背負ってでも大学に行く価値がある」と答えておらず、47%が「借金がなければ価値がある」、29%が「いずれにしろコストに見合わない」と回答した。すでに大学を卒業した人々の間でも、過半数が借金を払って進学することに懐疑的であった。

こうした見方の背景には、米国での学生ローン残高の高止まりと授業料の高騰があげられる。一方で、最近10年間の収入動向をみると、非大卒の若年層の実質収入は増加基調にあり、大卒者との格差が縮小傾向にある。特に男性非大卒者の収入は1970年代の水準に達していないものの、女性非大卒者と比べると高い。

加えて、多くの企業が採用で学位取得を必須条件としなくなり、スキル重視に転換したことで、「良い仕事に就くための大学の価値」を疑問視する声が高まっている。調査では49%が高給与職への大学の重要性が低下したと答え、65%が重要性は中程度以下と回答した。

こうした結果から、米国社会で大学教育の価値に対する懐疑的な見方が強まり、コスト面でも就職面でも大学進学のメリットが薄れつつあることがうかがえる。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】学生運動の限界:高等教育の歴史と社会変革の未達成

まとめ
  • 米国では、過去に大学教育が広く奨励され、経済的な障壁なく多くの人に高等教育の門戸を開くことが求められていた。
  • 1960年代の学生運動は、大学教育の機会均等を求める動きの一環として、既存の価値観や体制に対する反発が広がった。
  • ドラッカー氏は、学生運動の背景に若者人口や大学生数の増加があり、これが反抗運動を生んだと分析している。
  • 現在は少子高齢化と大学教育に対する価値観の変化があることと、ドラッカー氏が指摘したように、学生運動が建設的な代替案を提示せず、運動が社会改革に結びつかなかった点が認識されている。
  • 学生運動が長期的に再燃する可能性は低いと考えられる。
過去には、米国社会で大学以上の高等教育を受けることが強く奨励されており、できる限り大学に行くべきだという価値観が広く共有されていました。

米トルーマン大統領

その一例として、1947年に発表された「高等教育のための大衆的機会均等に関する大統領委員会報告書」(通称「トルーマン委員会報告書」)があげられます。この報告書は、戦後の米国社会における高等教育の役割と重要性を強調し、以下のような見解を示しています。

「米国において、高等教育の門戸は、能力さえあれば、あらゆる市民に等しく開かれていなければならない。...中産階級や貧困層出身の有能な学生であっても、経済的理由から高等教育を受ける機会を失うべきではない。」

このように、経済的状況に関わらず、可能な限り多くの人が高等教育を受けることが望ましいと位置づけられていました。

また、1960年代に発表された「高等教育のための機会均等に関する報告書」も、大学教育のさらなる機会拡大を求めています。同報告書は「多くの優秀な学生が経済的理由で大学に行けない」状況を指摘し、連邦政府による財政支援拡充を提言しました。

このように、トルーマン政権時代から1960年代にかけて、大学教育を受けることが個人の社会的上昇に不可欠であり、できる限り多くの人に門戸を開くべきだとの認識が、政策文書からも窺えます。当時は確かに、大学に行くことが一般的な価値観とみなされていたと言えるでしょう。

そうして、この動きは1960年代の米国学生運動にも結びついたと考えられます。

1960年代は世界中で学生運動の嵐が吹き荒れた時代でした。

日本を含めた先進国を中心に、大学生らが従来の価値観や体制に疑問を呈し、大規模なデモやストライキを展開しました。ベトナム戦争への反対、人種差別への抗議、大学の権威主義的体制へのアンチテーゼなどが主な運動の背景にありました。

こうした学生運動の潮流を小説や映画でも取り上げられ、代表作の一つが1970年の映画「The Strawberry Statement」(原題)です。この映画は、ジェームズ・サイモンズの同名小説を映画化した作品です。

物語は1960年代後半のニューヨークの架空の大学を舞台に展開します。主人公のサイモンは、当初は受け身の学生でしたが、やがて学生運動に身を投じ、大学側との対立が深まっていきます。大学は徐々に弾圧的な姿勢を強め、遂には武力鎮圧にまで至ります。

この映画は、ベトナム戦争をはじめとする時代の矛盾に疑問を投げかける学生たちの思いと、それに対する体制側の威圧的な反応を描き出しています。タイトルの"Strawberry Statement"は、作者が風刺的に用いた言葉が由来だと言われています。

つまり「The Strawberry Statement」は、1960年代の学生運動の実相を活写した問題作であり、当時の大学生の価値観の変容と体制側との対立を象徴的に表した作品と言えるでしょう。

映画『いちご白書』のポスター

最近米国では学生運動が再燃しています。パレスチナ・ガザ地区でのイスラエルの軍事作戦を受け、米国の大学キャンパスでパレスチナ支持の学生運動が活発化しました。一部の運動はイスラエル批判を越え、反ユダヤ主義的とみなされる言動に走る事態となりました。

コロンビア大学などでは、学生による構内占拠が起き、連邦議会から大学への介入要求が相次ぎました。学長は辞任に追い込まれる事態にまで発展しました。

今回の米国の学生運動が1968年のような規模の暴力的運動に発展するかは不透明ですが、コロンビア大学では卒業式の中止が決定される事態となり、大学側の対応が試される事態となっています。

このような学生運動の展開は、1968年の世界的な大学紛争の嵐を想起させます。フランス、米国、日本などで当時は激しい学生運動が起きていました。日本では東大の機動隊導入で運動が過激化し、入試中止にまで至りました。

この事実をもって米国で学生運動の嵐が再燃したり、これが日本などの他の国々でも、飛び火するのではと懸念する人もいます。しかし、私は学生運動は短期的に再燃することはあっても、長期的に再燃し続けることはないと思います。

 経営学の大家ドラッカー氏は、1960年代後半の学生運動の背景の1つとして、若者人口の増加や大学生の絶対数の増加をあげていました。

具体的には、以下の著書の中でそのように述べています。

『マネジメント 課題、責任、実践』(Management: Tasks, Responsibilities, Practices, 1973年)

  • この中で、ドラッカーは「ベビーブーム世代が大学に入ったことで、学生数が爆発的に増えた」と指摘しています。
  • そして「大量の若者が集まれば、必ず何らかの反抗運動が起こる」と分析しています。

つまり、ドラッカー氏は学生運動が活発化した背景として、若者人口や大学生の絶対数の増加という量的な要因を1つの原因とみなしていたということがわかります。

無論それだけではなく、価値観の変化や大学教育の問題点など、質的な要因もありました。ただし若者人口の絶対数増加は、学生運動が巨大な社会現象として興隆する上で必要不可欠な量的基盤であり、ドラッカーもそれを重視していたと理解できます。

今日の少子高齢化の社会においては、若者人口の絶対数増加はなく、絶対数の減少が顕著になっています。

さらに、上の記事にもある近年の調査結果が示すように、高等教育を巡る価値観は大きく変容しつつあり、借金を払ってまでも大学に行く必要性については、米国社会で疑問視される傾向が強まっています。

社会の大勢が、大学は行けるなら行くべきものという考え方が主流で、しかも若者の人口が増えつつある社会においては、学生運動が興隆しますが、大学に借金してまで積極的にいくべきところではないという価値観が大勢をしめ、少子化で若者が減少する社会においては学生運動が、一時的に興隆するようにみえても、長く続くことはないでしょう。

1960年代の日本の学生デモ

さらに学生運動が社会に改革をもたらさなかったことも、学生運動が今後再燃することはないことの根拠になりえると思います。

ドラッカーも学生運動を評価してはいません。ドラッカーが1960年代後半の学生運動について言及している主な著書は以下のとおりです。

『断絶の時代』(The Age of Discontinuity, 1969年)

  • この著書の中で、ドラッカーは学生運動を「権力の空白」と呼び、既存の制度や権威に対する挑戦と位置づけています。
  • しかし同時に、学生運動が建設的な代替案を提示していないことを批判しています。
『新しい現実』(The New Realities, 1989年)

  • この著書でも1968年の学生運動を取り上げ、「反体制的」であり「単なる抗議」に終始したと評価しています。
  • 学生たちが大学の既得権益に反発しつつ、自分たちも将来の既得権益層になろうとしていた矛盾を指摘しています。
『マネジメント 課題、責任、実践』(Management: Tasks, Responsibilities, Practices, 1973年)
  • この著作では、学生運動に関する直接的な言及はありませんが、大学教育の改革の必要性を説いています。
  • 専門教育に偏重し、人間性や倫理教育が軽視されていることを危惧しています。

ドラッカーは学生運動の一時的なインパクトは認めつつも、その目的や手段、大学体制への批判の一貫性のなさに疑問を呈していたことがわかります。

いわゆる学生運動が、何らかの改革や、改善に結びつき、社会を良い方向に変えていたのなら別ですが、そうではなかったのですから、これが長続きする可能性は低いでしょう。無論これは、米国だけではなく、先進国に共通することであり、日本などで学生運動が再燃する可能性はかなり低いでしょう。

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2024年6月7日金曜日

【ウクライナ防衛が台湾の守護に?】ロシアの中国「属国化」への傾倒と、日本も取り組むべき3つのこと―【私の論評】ウクライナ・台湾問題に対処すべき自由主義陣営の共通の課題

【ウクライナ防衛が台湾の守護に?】ロシアの中国「属国化」への傾倒と、日本も取り組むべき3つのこと

岡崎研究所

まとめ
  • ウクライナ支援が台湾防衛につながり、中国の覇権主義への抑止力になる ・台湾の戦略的重要性は極めて高い(世界経済へのインパクト、海上交通路の要衝)
  • 中国は台湾に対し、軍事的威嚇、偽情報工作、選挙介入など多方面から圧力をかけている 
  • 民主主義国家は以下の3点で対処すべき 1.中国の威嚇行為への確実な対抗 2.台湾との経済統合の深化 3.台湾が中国の「一つの省」とする中国の主張への反対
  • 台湾の運命は日本を含めた民主主義国家の失敗が許されない重大な試練
台湾人義勇兵、曽聖光の追悼式で、ウクライナ国旗と台湾「国旗」を掲げる参列者='22年11月、ウクライナ西部リビウ

 2024年5月9日付のフォーリン・アフェアーズ誌で、Joseph Wu台湾外交部長(当時)は、「ウクライナ防衛による台湾防衛」と題する論説ウクライナ支援が実は台湾防衛につながり、中国の覇権主義に対する重要な抑止力になるという主張がなされている。

 グローバル化した現代世界において、各国の安全保障は密接に結びついているため、ロシアによるウクライナ侵攻を黙認すれば、次は中国による台湾侵攻が現実味を帯びてくる。

 中国とロシアが「制限のないパートナーシップ」を結んでいる以上、民主主義陣営も一致協力して対処する必要があり、ウクライナ支援を通じて中露連合に対する相対的な力を高められると指摘している。

 さらに、台湾の戦略的重要性が強く説かれている。仮に台湾有事となれば、世界経済に10兆ドル、つまり世界のGDPの約10%近くに相当する壊滅的な損失がもたらされる。また、主要な国際海上交通路の要衝でもあり、台湾海峡が遮断されればグローバルサプライチェーンに甚大な影響を与えかねない。

 こうした観点から、台湾防衛は単なる地域問題に留まらず、世界的な意味合いを持つ。一方の中国政府は、武力行使も辞さない姿勢を鮮明にし、台湾に対して軍事的威嚇、偽情報工作、選挙介入など様々な圧力を継続的にかけている状況にある。それに対し台湾側は、国を挙げて中国による軍事的侵攻に立ち向かう決意を固めている。

 そこで国際社会、特に民主主義国家に対し、中国の脅威に対処すべく3点の行動が求められている。第一に、中国の軍事的威嚇行為などに対し、それには必ず結果が伴うことを明確に示し、抑止力を働かせること。第二に、台湾との経済統合をいっそう深化させ、中国の経済的影響力を排除すること。第三に、台湾が中国の一部ではないことを認めた国連決議の精神に反する解釈に反対すること。

 台湾側が国防予算の大幅増額や徴兵期間延長など自助努力に乗り出していることにも言及し、「自衛への強いコミットメントがなければ、同盟国からの支援も望めない」とのウクライナからの教訓を強調している。そして結論として、台湾の運命がウクライナ同様、民主主義国家が失敗を許されない極めて重要な試練であると訴えている。権威主義者の横暴を容認する世界秩序は作り出してはならないと力説している。

 この文章は、元記事の要約です。詳細は元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】ウクライナ・台湾問題に対処すべき自由主義陣営の共通の課題

まとめ
  • 地理的条件や台湾軍の実力から、中国による台湾への全面的な武力侵攻は容易ではない。しかし、それが中国による何らかの武力行使がないことを意味するわけではない。
  • ロシアはウクライナに対し、当初は政権交代を企図していたが、ウクライナ軍の抵抗に遭い失速した。しかし、無差別の攻撃を続けることで、結果的に同じ目的の実現を追求している。
  • 習近平は台湾統一を中国の「核心的利益」と位置づけており、決して譲歩する様子はない。平和的手段のみならず、武力行使も辞さない姿勢である。
  • 自由主義陣営は中国の一方的現状変更を決して許してはならず、ロシアがウクライナに対してとった手段(サイバー攻撃、偽情報工作など)にも注意が必要。
  • 具体的な対処方針として、有事の支援体制構築、安全保障協力の枠組み、サイバー防衛の連携、中国企業への規制強化など、多角的な取り組みが求められるが、日本を含む主要国の結束した取り組みが何より重要

このブログでも何度か述べてきたように、天然の要塞とも形容できる台湾の地形、ウクライナ戦争勃発時に比較すれば、当時のウクライナ軍より、はるかに精強な台湾軍の存在などから、中国による台湾への全面的な武力侵攻は容易ではありません。

台湾の東は急峻な山岳地帯、西側の平野は河川と小さな湾が入り込んでいる

しかし、それがただちに中国が台湾に対して武力行使をしないことを意味するわけではありません。むしろ台湾有事の恐れは常に存在し、その際の中国の武力行使は十分に考えられます。

ロシアのウクライナ侵攻を見れば、その点はよく分かります。当初ロシアは、それができるできない、本意かそうでないかは別にして、本格侵攻の意図をウクライナにみせつけ、キエフなどの主要都市を制圧し、結果としてゼレンスキー政権を追放または弱体化させ、親ロシア政権を樹立することを企図していたと見られています。これは、習近平の台湾に対する思惑や姿勢と軌を一にしていると言ってよいでしょう。

しかし、プーチンの思惑は見事に外れ、ウクライナ軍の強硬な抵抗にあってロシア軍は失速、当初の目的は遂行できないまま長期戦に入っています。

プーチン

しかし一方で、ロシアはウクライナに対する無差別なミサイル攻撃や砲撃を続け、多くの都市が壊滅的な被害を受けています。これは恐らく、ウクライナ側に最大限の痛手を与え、結果的に当初の目論見の実現を追求し続ける狙いがあるのだと言えるでしょう。

ここで仮にウクライナがロシアの圧力に屈し、事実上のロシア傘下に入ってしまえば、台湾の置かれた状況は一変することになります。そうした事態は世界的な権威主義の勝利を意味し、民主主義陣営に重大な打撃を与えかねません。

したがって、日本を含む主要民主主義国家は、ウクライナがロシアの脅威に屈することのないよう、断固たる支援を継続する必要があります。同時に、中国による台湾に対するあらゆる武力行使の可能性に備え、それを牽制し続けることが不可欠です。

中国は台湾問題を平和的に解決する考えはありません。本格的な武力侵攻はないかもしれませんが、それでも中国は武力行使も辞さない超限戦を挑み、あくまで台湾を中国の一つの省と位置づけ、その編入を目指しています。習近平国家主席はこれを中国の核心的利益としており、決して譲歩する姿勢はみられません。

習近平

したがって、日本を含む自由主義陣営は、中国のこうした姿勢に気を許すわけにはいきません。中国による一方的な現状変更を決して許さぬよう、断固たる対応を取る必要があります。

ウクライナ情勢を見れば、全面侵攻に踏み切る前に、ロシアは長期に渡りウクライナを揺さぶり、弱体化させようとしてきました。サイバー攻撃、偽情報工作、親ロシア派への支援など、さまざまな手段が講じられてきました。

中国も同様に、台湾に対し、すでに軍事的威嚇、サイバー攻撃、デマ工作、野党への支援など、あらゆる超限戦の手段を講じています。

日本を含む主要国は、こうした「グレーゾーン」の脅威にも油断なく対処する必要があります。具体的には、

①中台間の軍事的緊張がさらに高まった場合の対処方針を明確化

  • 有事における武器の供与や後方支援体制の構築
  • 中国による台湾封鎖時の対抗措置(海上交通路の確保など)の検討

②台湾に対する安全保障支援の枠組みづくり

  • 日米台の3か国による安全保障対話の常設化
  • 台湾との武器譲渡やミサイル防衛における技術協力の拡大

③サイバー防衛や認識戦(偽情報対策)での連携強化

  • 台湾を標的とするサイバー攻撃への共同対処能力の強化
  • デマや偽情報対策でのインテリジェンス共有や対策の協調

④中国企業への厳格な輸出規制

  • 半導体をはじめとする先端技術の中国企業への供給規制
  • 軍民両用技術や貨物の移転を水際で厳格にチェック
⑤その他

  • 中台有事における経済制裁措置の検討(金融・貿易面での制裁)
  • NATOプラスアジア枠組みによる安保協力の推進
  • 台湾有事における在留邦人の退避計画の整備
  • ADIZ(防空識別圏)を含む台湾周辺の監視能力の強化

などが考えられます。経済的な側面では、台湾との関係を一層緊密化し、重要技術や資源確保においても中国依存からの脱却を進めることが重要でしょう。

同時に、中国に対しても、一方的な現状変更が暴力の行使によってもたらされれば、重大な代償が伴うことを断固たる姿勢で示し続ける必要があります。

ウクライナ情勢への対応が試される中、台湾有事への備えは待ったなしの課題であり、日本を含む主要国の結束した取り組みが何より重要となってきています。

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2024年6月6日木曜日

GX投資、北海道に/政府が特区指定、「金融センター」高まる期待―【私の論評】北海道は原子力活用で世界のエネルギー先進地を目指せ

 GX投資、北海道に/政府が特区指定、「金融センター」高まる期待

まとめ

  • 政府が北海道・札幌市など4地域を「金融・資産運用特区」に指定し、GX投資拡大を目指す。
  • 北海道全域が初の国家戦略特区となり、今後10年で40兆円のGX投資を呼び込む計画。

「金融・資産運用特区」に指定された四地域

 政府は国内外の資産運用会社の参入や業容拡大を後押しする「金融・資産運用特区」に、脱炭素化に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)投資の拡大を目指す北海道・札幌市など全国4地域が提案した特区を指定した。北海道全域を初めて国家戦略特区に指定することも決め、銀行によるGX事業への出資緩和など各種の規制緩和を進める。特区への指定を受け、北海道・札幌市は今後10年で40兆円のGX投資を呼び込む国際金融センターとなるための取り組みを加速する。

【私の論評】北海道は原子力活用で世界のエネルギー先進地を目指せ

まとめ
  • 北海道のGXでは、まず泊原発の再稼働、将来的には小型モジュール炉(SMR)、核融合技術の導入をすべき。
  • それまでのつなぎとして、現実的な選択肢として、天然ガスの効率的利用をし、安定した電力供給とCO2排出削減を両立させるべき
  • 北海道のGXは、自然環境への影響を最小限に抑えつつ、高度技術産業の誘致によって産業構造の高度化を図るべき。
  • 北海道のGXは、将来の理想と現実のバランスを取りながら進めるべき。
  • 北海道は、せっかく巡ってきたチャンスを大いに活用すべきであり、本当の意味でのエネルギー利用・活用の世界のフロンティアになることを目指すべき。
GX(グリーントランスフォーメーション)とは、「Green Transformation」の略で、経済社会システム全体を脱炭素化に向けて転換していく取り組みを指します。

主な内容は以下の2点です:
  • 産業構造の転換:CO2排出量の多い産業構造から、再生可能エネルギーや水素、アンモニアなどのクリーンエネルギーを中心とした低炭素型の産業構造へ転換すること。
  • 社会システムの変革:エネルギー供給だけでなく、交通、住宅、ライフスタイルなど、社会システム全体を環境に配慮した持続可能な形に変えていくこと。
GXは単なる技術革新だけでなく、企業の事業モデルや個人の生活様式まで含めた、広範かつ根本的な変革を意味します。日本政府は2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、このGXを国家戦略の中核に位置付けています。

「グリーントランスフォーメーション(GX)金融・資産運用特区」は、日本政府が推進する脱炭素化戦略の一環として設立されました。この特区の主な目的は以下の2点です:
  • GX投資の拡大:脱炭素化技術や事業への投資を大幅に増やすことを目指しています。特に北海道・札幌市は、今後10年間で40兆円というかなり大規模なGX投資を呼び込むことを目標としています。
  • 金融・資産運用業界の活性化:国内外の資産運用会社が日本市場、特にGX関連分野に参入しやすくするため、規制を緩和します。例えば、銀行がGX事業に直接出資できる範囲を広げるなど、金融機関の投資活動の自由度を高めます。
さらに、北海道全域が初めて国家戦略特区に指定されたことで、地域全体でGX投資を促進する環境が整備されます。これにより、札幌市を中心に北海道が国際的なGX金融センターとなることを目指しています。

私自身は、GXについては反対です。反対理由を以下に述べます。

GXの中核である「2050年カーボンニュートラル」という目標設定自体に問題があります。この目標は科学的根拠や経済的実現可能性の検討が不十分なまま政治的に決定されたものです。パリ協定の2℃目標でさえ、その科学的基盤には不確実性が高いことが指摘されています。にもかかわらず、日本はより厳しい目標を掲げ、GXという大規模な社会変革を急いでいます。

次に、エネルギー政策の観点から見ると、GXは日本のエネルギー安全保障を危うくします。再エネは気象条件に左右され、安定供給が困難です。一方、原子力発電は安定した低炭素電源ですが、GXの議論では軽視されがちです。また、水素やアンモニアの大量調達は新たな対外依存を生み、地政学的リスクを高めます。エネルギーミックスの柔軟性を失うことは、日本の国家安全保障上の重大な脅威となります。

さらに、GXは技術的な過大評価に陥っている面があります。例えば、CO2回収・貯留(CCS)技術は、GXの重要な柱の一つとされていますが、大規模展開には地質学的制約や住民の同意など、多くの障害があります。同様に、水素社会の実現にも、インフラ整備から安全基準の策定まで、膨大な課題が山積しています。技術の可能性を過大評価し、その困難を軽視することは、無責任な政策立案と言わざるを得ません。

加えて、GXの経済的影響は日本の社会構造に深刻な歪みをもたらします。高コストのGX投資は企業の収益を圧迫し、賃金上昇や設備投資を抑制します。その結果、経済の停滞と格差の拡大が予想されます。特に、中小企業や地方の製造業は、高コストに耐えられず、廃業や海外移転を余儀なくされるでしょう。これは、地域社会の崩壊や技術の海外流出につながります。

最後に、GXの国際的な視点も欠けています。気候変動は地球規模の課題であり、新興国や途上国の協力なしには解決できません。しかし、高コストのGXモデルは、これらの国々には適用困難です。日本は、自国の取り組みに固執するのではなく、世界各国の事情に適した多様な脱炭素化路線を支援すべきです。例えば、低コストで信頼性の高い原子力技術の輸出や、各国の産業構造に合わせたCO2削減技術の共同開発などが考えられます。

要するに、GXは環境保護という崇高な理念に基づいていますが、その実行計画は科学的、経済的、社会的、国際的な観点から多くの問題を抱えています。イデオロギーや政治的な思惑に左右されることなく、冷静かつ現実的な分析に基づいた政策立案が急務です。日本は、GXを見直し、国益と地球益の双方に資する、より賢明なエネルギー政策を構築する必要があります。

北海道・札幌市が「GX金融・資産運用特区」に指定されたことで、地域に予期せぬ影響が生じる可能性があります。40兆円という巨額の投資目標は、投機的な資金を引き寄せ、短期的な経済活性化をもたらすかもしれません。しかし、それが一時的なバブルに終わるリスクも否定できません。また、GX関連企業への優遇措置が、農業や観光業など北海道の主要産業を相対的に不利にし、地域経済の不均衡を生む可能性も考慮すべきです。

さらに、注目すべき点は、北海道が「エネルギー資源の外部依存」の状態に陥るリスクです。GX特区により、道内に大規模な風力・太陽光発電所が建設されますが、その多くは道外や海外の大企業によって所有・運営される可能性があります。彼らは北海道の豊かな自然を利用してクリーンエネルギーを生産し、そのほとんどを本州に送電するかもしれません。この場合、北海道は一時的な経済効果は得られても、長期的な利益の大部分が道外に流出する事態が懸念されます。

この問題は、小樽市の事例に象徴されています。小樽市は2023年、市有地約600ヘクタールでのメガソーラー建設計画を事実上拒否しました。この決定は、数カ月にわたる慎重な検討と、市民の意見を反映した結果でした。小樽市は、自然環境の破壊、災害リスクの増大、水源への影響、景観の悪化、そして地域経済への貢献度の低さを理由に挙げました。特に「利益の大部分が市外に流出する」という懸念は、北海道全体にも当てはまる問題です。

加えて、急速なGX施設の建設は、北海道の自然環境に影響を与える可能性があります。適切な環境アセスメントなしに開発が進むと、小樽市が危惧したような生態系や景観の変化が生じ、北海道の住民の伝統的な生活様式に影響を及ぼすかもしれません。実際にそのようなことが釧路湿原ですでに起こっています。さらに、道外からの投資や企業の増加により、地域住民の意思決定プロセスへの参加が相対的に弱まる懸念もあります。

小樽市の夜景

一方で、GX特区がもたらす新しい産業は、地元の若者に魅力的な雇用機会を提供する可能性もあります。しかし、高度な専門性が要求される場合、道外からの人材流入が主となり、地元の若者の活躍の場が限られる可能性も考えられます。

これらの点を十分に認識し、住民の権利と地域の持続可能性を中心に据えた慎重な計画を立てることが重要です。小樽市の事例は、開発の規模や場所、地元への利益還元など、GX特区が検討すべき重要な課題を提示しています。北海道全体がこの教訓を生かし、地域にとって真に有益な方向にGX特区を導くことが、行政と住民に求められています。

以上は、GXにおいて再エネを多様することを前提として、そのマイナス面を論じました。しかし、原発の役割を再評価することで異なるシナリオを描くことができます。

岸田文雄首相は2022年8月24日、原子力の活用や原発の新増設について検討を進める考えを示しています。脱炭素の実現について議論するGX実行会議で表明しました。これは、GXには原子力の利用も含まれていることを示しています。

GX(グリーントランスフォーメーション)における原子力発電の役割は、しばしば軽視されがちですが、北海道の文脈でこれに着目すると、GXの様相は大きく変わります。

まず、泊原発の早期再稼働を目指すべきです。泊原発は現在、3基すべてが停止中ですが、設備容量は合計207万kWにも及びます。これは、北海道全域の電力需要の約3分の1を賄える規模です。泊原発を再稼働させることで、北海道は短期間で大規模な低炭素電源を確保できます。障害となっている安全審査や地元同意の問題には、国と道が連携して取り組むべきです。例えば、安全対策の徹底実施や、泊村をはじめとする地元への経済的支援の拡充などが考えられます。

北海道の特性を考えると、泊原発の再稼働はGXにおいて極めて合理的です。広大で寒冷な北海道では、太陽光発電の効率が低く、大規模な風力発電は自然環境への影響が懸念されます。小樽市の事例が示すように、大規模再エネ開発に対する地元の反対も根強いのです。一方、原子力発電は気候条件に左右されず、少ない敷地で大きな電力を生み出せます。また、泊原発の立地する積丹半島は人口密度が低く、冷却水も豊富です。

泊原発

次の展開として、小型モジュール炉(SMR)の北海道への導入を提案します。SMRは出力が数十MW〜数百MWで、製造期間が短く、立地の自由度も高いのが特徴です。従来の原発のような現地で大部分を組み立てるのではなく、工場でSMRを製造し、現場に設置するという方式です。

小型であるがゆえに、冷却水の問題もなく、従来の原発よりは安全で、柔軟に電力需要に対応することができます。小型で各地に設定できるので、大規模な送電網なども必要ありません。

北海道の各地域に分散配置すれば、送電ロスを減らし、地域ごとの電力自給も可能になります。例えば、十勝や根釧などの農業地帯にSMRを設置すれば、寒冷地農業に必要な大量の電力を現地で供給できます。また、SMRの排熱を利用した植物工場や、データセンターの誘致も考えられます。

さらに、将来的には北海道を核融合研究の拠点にすることを提案します。核融合は放射性廃棄物が少なく、燃料も豊富です。北海道には、核融合炉の開発に適した条件がそろっています。広大な土地、豊富な水資源、そして高度な技術者を惹きつける自然環境です。例えば、稚内や利尻島などの北部地域に国際的な研究施設を設置すれば、寒冷地技術と融合した独自の核融合技術を生み出せるでしょう。これは、北海道を世界の科学技術のフロンティアにするチャンスです。

さらに、最終的には小型核融合炉の開発を目指すべきです。小型核融合炉は、立地や経済面で設置しやすく、核融合を競争力のある技術にする上で大きな利点があります。核融合炉を小型化するには、高温超電導コイルや高温に耐えられる材料などの技術開発が重要です。北海道をこの開発拠点とすべきです。

このように、北海道のGXを原子力発電を軸に展開することで、いくつかの利点があります。第一に、大規模再エネ開発に比べ、自然環境への影響を最小限に抑えられます。第二に、気候に左右されない安定した電力供給が可能になります。第三に、高度技術産業の誘致により、北海道の産業構造を高度化できます。

原子力発電には、安全性や廃棄物の問題など、慎重に検討すべき課題もあります。しかし、科学的な議論と透明性の高い政策立案によって、これらの課題に対処することは可能です。北海道は、原子力を基軸としたGXで、環境保全と経済発展を両立させる新たなモデルを世界に示すことができるのです。

たたし小型原発や核融合は北海道の魅力的な将来像を描き出しますが、それらの実現には相当の時間を要します。現在を生きる私たちのためのエネルギー政策を、今すぐに実行に移す必要があります。

その手段として、化石燃料、特に天然ガスの環境に適合した効率的な利用を模索すべきです。確かに、GX(グリーントランスフォーメーション)の文脈では化石燃料は忌避される傾向にありますが、現実的に見れば、天然ガスは「トランジション(移行期)」における重要な橋渡しの役割を果たします。

石狩LGN基地

北海道には、2019年に稼働を開始した石狩LNG基地があります。これは、年間約230万トンのLNGを受け入れ可能な、道内最大級の設備です。さらに、同基地には天然ガス火力発電所が併設されており、高効率のコンバインドサイクル方式を採用しています。この方式は、ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせることで、発電効率を最大62%まで高められます。これは、従来の石炭火力発電の約1.5倍の効率性です。

このシステムを活用することで、北海道は以下のような利点を享受できます:
  • 安定供給の確保:泊原発の再稼働には技術的な問題というよりは、地元の同意など政治的な障害があり時間がかかり、再生可能エネルギーは気候に左右されます。天然ガスは安定した電力供給を可能にし、北海道の産業を支えます。
  • CO2排出量の削減:天然ガスは石炭に比べてCO2排出量が約半分です。高効率発電と組み合わせれば、さらに排出量を減らせます。
  •  熱利用の可能性:LNG基地や発電所からの排熱を、近隣の工業団地や農業施設に供給できます。これは北海道の冬季暖房需要にも貢献します。
  • 水素社会への布石:将来的に、この設備を水素やアンモニアの受入・発電にも転用できます。つまり、インフラ投資を無駄にせず、次世代エネルギーへの移行を図れます。
  • 経済効果:LNG基地と発電所の運営は、安定した雇用を生み出します。さらに、エネルギーコストの安定化は、北海道への企業誘致にも寄与します。
このように、天然ガスの効率的利用は、北海道のGXを加速させる現実的な選択肢です。もちろん、天然ガスも化石燃料であり、最終的には縮小すべきです。しかし、原子力発電の再稼働や再生可能エネルギーの大規模展開には時間がかかります。その過渡期において、天然ガスは北海道の産業と生活を支えつつ、CO2排出量を徐々に減らしていく役割を果たすのです。

さらに、この戦略は北海道・札幌市の「GX金融・資産運用特区」構想とも整合性があります。つまり、GX投資の対象を再エネだけでなく、高効率ガス発電や将来の水素インフラなど、幅広い脱炭素技術に広げることができます。これにより、投資家に多様な選択肢を提供でき、40兆円という大規模な投資目標の達成可能性も高まります。

そうして、私は再エネを電力供給源として使うことには反対ですが、再エネの実験をすること自体は継続しても良いと思います。現状では、再エネを現実社会において、電力源とすることにはとても賛成できるものではありませんが、あくまで科学・社会実験として小規模に継続することには、問題はないと思います。

なぜなら、現在の科学技術水準で考えると再エネは様々な問題がありますが、実験を継続するうちに突破口がみつかるかもしれないからです。再エネを現在の技術水準だけで推し量り、未来永劫にわたって否定し続ける必要はないでしょう。ただ、不安定で、発電コストが低い限りにおいては、これを現実社会の基盤とするべきではないです。

重要なのは、これらの選択が移行のためであることを明確に示すことです。天然ガスへの投資は、あくまで原子力への移行を円滑にするためのものであり、決して化石燃料への回帰ではありません。GXの文脈でこの点を明確にすることで、投資家や市民の理解を得やすくなるでしょう。

北海道のGXは、将来の理想と現実のバランスを取りながら進めるべきです。小型原発や核融合などの先進技術への投資は、北海道の長期的な魅力を高めます。一方、効率的な天然ガス利用は、足元の経済と環境のニーズに応えます。この二つのアプローチを組み合わせることで、北海道は持続可能な発展のモデルケースになり得るのです。

北海道は、せっかく巡ってきたチャンスを大いに活用すべきです。これを正しく活用せず、単なる太陽光パネルや風力発電風車の墓場とすることなく、本当の意味でのエネルギー利用・活用の世界のフロンティアになることを目指すべきです。

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2024年6月5日水曜日

【速報】「実質賃金」25か月連続の減少で過去最長 今年4月は前年同月比0.7%減―【私の論評】実質賃金25か月連続下落の真相、同じく低下した安倍政権初期との違いと対策

【速報】「実質賃金」25か月連続の減少で過去最長 今年4月は前年同月比0.7%減

まとめ
  • 日本の働く人々の「実質賃金」が25か月連続で減少し、1991年以来の最長記録を更新。物価高騰の中、生活苦は深刻化の一途を辿るのでしょうか。
  • 名目賃金は28か月連続で上昇も、物価上昇に追いつかず。春闘での高水準な賃上げは、この窮地を救う転機となるのでしょうか。
  • 実質賃金の下げ幅に改善の兆し。厚労省は「プラス転換」の可能性に言及。果たして、この希望の光は、暗闇を照らすのに十分なのでしょうか。
四半期別実質賃金指数(概算)の推移
四半期実質賃金指数(前年同月比)
2020年1-3月-0.80%
4-6月-1.40%
7-9月-0.90%
10-12月-1.90%
2021年1-3月0.20%
4-6月-0.40%
7-9月-0.20%
10-12月-1.20%
2022年1-3月-2.30%
4-6月-3.50%
7-9月-3.00%
10-12月-4.20%
2023年1-3月-2.50%
4-6月-2.20%
7-9月-1.90%
10-12月-1.80%
2024年1-3月-1.80%
4-6月-0.70%

情報提供元


物価の変動を反映した働く人1人当たりの「実質賃金」が過去最長の25か月連続で減少したことが分かりました。

厚生労働省によりますと、基本給や残業代、ボーナスなどを合わせた働く人1人あたりの今年4月の現金給与の総額は29万6884円でした。前の年の同じ月から2.1パーセント増え、28か月連続の上昇となりました。

一方、物価の変動を反映した「実質賃金」は、前の年の同じ月と比べて0.7パーセント減り、25か月連続の減少となりました。統計が比較できる1991年以降、最も長い期間連続で減少していて、依然として物価の上昇に賃金が追い付いていない状況が続いています。

ただ、実質賃金の下げ幅は、前の月と比べて1.4ポイント改善しています。

厚労省はその理由について、「今年の春闘で高い水準で賃上げの動きが広がった影響などが考えられる」としたうえで、「実質賃金が今後いつプラスに転じるか注視したい」としています。

【私の論評】実質賃金25か月連続下落の真相、同じく低下した安倍政権初期との違いと対策

まとめ
  • 実質賃金が25か月連続で低下し、1991年以降で最長の記録を更新。4月は前年同月比0.7%減で、国民の生活を圧迫。
  • 名目賃金は2.1%増と28か月連続で上昇しているが、5%を超えるインフレ率に追いつかず、購買力が低下。
  • 安倍政権初期(2013-2015年)も実質賃金が低下したが、その背景は異なる。デフレ脱却への過程であり、雇用の大幅な改善を伴っていた。
  • 岸田政権下のインフレは、ウクライナ戦争や中国のロックダウンなどによる供給ショックが主因。円安も輸入物価を押し上げ、問題を悪化。
  • 解決には即効性のある対策が必要。消費税を10%から0%に引き下げ、物価低下と消費拡大を図るなど、大胆な政策を実施すべきである。
実質賃金の低下というと、安倍政権の初期にもいわれていました。マスコミや野党など一斉に「実質賃金がー」と叫んでいました。立憲民主党などは、実質賃金は民主党政権時代のほうがよかった、アベノミックスは間違いだと喧伝しまくっていました。

さて、岸田政権と安倍政権初期の実質賃金の低下は、確かに数値上は似た現象に見えますが、その経済的な背景と影響は大きく異なります。これを以下に説明します。

安倍政権初期には、実質賃金が低下

安倍政権初期(2013-2015年頃)の実質賃金低下には、以下の要因が複合的に影響しています。

1. リフレ政策による一時的な物価上昇:
異次元の金融緩和により円安が進行し、輸入物価が上昇。これにより一時的にCPI(消費者物価指数)が上昇し、実質賃金が低下したように見えました。しかし、これはデフレ脱却への過程であり、名目賃金は実際に上昇していました。

2. 雇用構造の劇的な改善と変化:
最も重要な点は、安倍政権の政策により雇用が劇的に改善したことです。失業率は2012年の4.3%から2015年には3.4%へと大幅に低下しました。しかし、マクロ経済学の基本原理として、雇用回復の初期段階では、まず非正規雇用と若年層の雇用が増加することが知られています。

実際、この時期の雇用者数の増加を見ると、非正規雇用が大きく伸びています。厚労省の統計によれば、2013年から2015年にかけて、非正規雇用者数は約100万人増加しました。同時に、若年層(15-24歳)の失業率も、2012年の8.0%から2015年の5.6%へと大きく改善しています。

しかし、これが実質賃金を押し下げることになりました。非正規雇用と若年層の賃金水準は、正規雇用や中高年層に比べて低いのが一般的です。つまり、雇用者数全体に占める「低賃金層」の割合が一時的に高まり、結果として平均的な実質賃金が下がるのです。これは、失業状態から低賃金であっても雇用された状態への移行を反映しています。

3. 消費増税の影響:
2014年4月の消費税増税(5%から8%へ)も、物価上昇に寄与し、実質賃金を押し下げました。

4. 経済の好循環への移行:
株価の上昇、企業業績の改善、設備投資の増加など、経済の好循環が始まっていました。こうした中で、企業は利益を蓄積し、後の賃金上昇や正規雇用化の原資を形成しました。

この雇用構造の変化は、実質賃金の統計を一時的に押し下げますが、経済学的には極めてポジティブな現象です。失業状態の人々が、たとえ低賃金であっても職を得ることで、労働市場に再参入し、スキルを磨き、将来のより良い雇用への足がかりを得るのです。

実際、この「痛みを伴う構造改革」の成果は、その後の統計に現れています。2016年以降、想定通りに実質賃金は回復傾向に転じ、2018年から2019年にかけては明確に上昇しました。さらに、2017年以降は非正規雇用者の正規雇用化も進み、より安定した高賃金の雇用へのシフトが見られました。

安倍首相

これに対し、岸田政権下の実質賃金低下は全く性質が異なります。「供給ショックによるコストプッシュ・インフレ」(Cost-Push Inflation Driven by Supply Shocks)主因であり、雇用の質的向上を伴っていません。賃金上昇が物価上昇に追いつかず、円安も重なって、国民の購買力が実質的に低下しているのです。

つまり、安倍政権初期の実質賃金低下は、雇用の劇的な改善とその構造変化を反映した「前向きな痛み」でした。一方、岸田政権下の低下は、生活水準の実質的な悪化を示す「後ろ向きな痛み」なのです。この違いを理解せずに、単に「実質賃金が下がった」と報じるのは、まさに小鳥脳のマスコミや、マクロ経済の本質を理解していない官僚の姿勢そのものです。

結論として、安倍政権初期の実質賃金低下はデフレ脱却への過程であり、経済の好循環を伴っていました。一方、岸田政権下の実質賃金低下は、供給ショックによるインフレの結果であり、経済の停滞を伴っています。両者は数値上は似ていても、その経済的な意味合いは全く異なるのです。岸田政権は、単なる金融緩和ではなく、供給側の改革や生産性向上策など、より包括的な経済政策が必要とされています。

岸田政権が直面している最大の課題は、「供給ショックと円安による輸入物価上昇」に起因するコストプッシュ・インフレです。この問題は国民の生活を直撃しており、実質賃金の25か月連続減少という事態を招いています。従って、岸田政権はまずは即効性のある対策に集中すべきです。

岸田首相

最優先で実施すべきは、エネルギー政策の緊急転換です。原油や天然ガスの高騰は、今回のインフレの主因であり、その影響は電気代や食品価格の上昇となって家計を圧迫しています。日本のエネルギー自給率はわずか12.1%(2020年度)と、先進国の中で最低水準にあります。この脆弱性が、国際的な供給ショックへの過剰な感応を生んでいるのです。

具体的には、安全性が確認された原子力発電所の速やかな再稼働を進めるべきです。事故後の厳格な審査を経た原発は、技術的にも管理体制の面でも、以前より安全性が高まっています。原発再稼働により、短期的にエネルギーコストを大幅に低減できます。

さらに消費税を即座に10%から0%に引き下げるべきです。現在の日本が直面する供給ショック型インフレは国家的危機であり、非常時には非常時の政策が必要です。自国通貨発行国で世界最大の債権国である日本に、財源の懸念など全くありません。

消費税0%への移行は、物価の即時低下、実質賃金の上昇、消費の爆発的増加、中小企業の負担軽減など、三位一体の効果を持つ特効薬です。現在の25か月連続の実質賃金低下を、一気に反転させる力を持っています。財務省の「借金論」は財務真理教の教義に基づく虚構であり、財政再建など今は考える必要はありません。むしろ、クルーグマンの言う「クレイジーに見えるほどの大規模な財政出動」が、今の日本には求められているのです。

岸田政権は、財務官僚とその追随者たちの前時代的な教義に惑わされず、今こそ大胆な政策転換を行うべきです。消費税0%への移行は、デフレ脱却と経済の好循環をもたらす、まさに日本経済復活の切り札なのです。

これらの即効性のある対策を組み合わせることで、コストプッシュ・インフレの悪影響を緩和し、実質賃金の低下に歯止めをかけることができます。エネルギー自給の向上、為替の安定化、低所得者支援、そして賃金の持続的上昇—これらは全て、数か月から1〜2年のスパンで効果を発揮し始める施策です。

岸田政権は、目先の人気取りや長期的なビジョンの提示に終始するのではなく、具体的かつ即効性のある対策を矢継ぎ早に打ち出すべきです。国民が「変化」を実感できなければ、政権への信頼も、経済の好転も望めないのです。

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