複数の日本外務省関係者らは、一連の動きを「大規模な経済制裁の応酬に発展する可能性は低く、あくまで象徴的な事案」との見解を示している。一方で、中国側の制裁対象はEUの意思決定機関である欧州議会議員だけではなく、中国のウイグル族問題に関して批判的な言動をしていたオランダの国会議員や研究者も含まれていた。日本の一部国会議員からは「もし、我が国は制裁に参加すれば日本の議員も狙い撃ちにされるのではないか」との懸念も聞かれた。
写真はブログ管理人挿入 以下同じ |
日本の国内メディアは制裁対象者について「中国の個人4人と1団体」「欧州議会議員ら10人と4組織」などと報道する例が散見された。だが両陣営の「誰」に対して制裁が行われるのかを整理しないと、両陣営の制裁の意図は見えにくいのではないだろうか。
EUは22日、人権制裁制度に基づき以下の人物と団体に一部資産の凍結や旅行禁止などの制裁を課した。EU側の制裁対象に関しては、BBC NEWS JAPANの記事が簡潔でわかりやすい。記事『欧米、中国に制裁を発動 ウイグル族への「人権侵害」で』より該当部分を引用する。
「陳明国氏=地元警察組織・新疆公安局の局長
王明山氏=新疆の党委員会メンバー。ウイグル族拘束の「政治的な監督責任者」だとEUはみている
王君正氏=国営の準軍事的経済組織・新疆生産建設兵団(XPCC)の党事務局長
朱海侖氏=新疆の元党幹部。収容施設の運営を監督する『重要な政治的職責』にあったとされる
新疆生産建設兵団公安局=収容施設の運営など、XPCCの治安問題に関する活動方針の実施主体」
EUは「中国政府により新疆ウイグル自治区のウイグル族が大規模に拘束されている」として人権侵害や虐待の“実質的な責任者”に対して具体的な措置を取ったようだ。
一方、中国は人権侵害を否定。欧米の指摘する“収容施設”はテロ対策の「再教育」施設や刑務所だと主張している。前出のBBCの記事によると、中国は「ヨーロッパの10人と4組織に対し、『中国の主権と国益を大きく損ない、うそと誤った情報を悪意をもって広めた』として、制裁を発動する」と説明したという。つまり今回のウイグル問題に対する他国の情報発信者に対し、制裁がかけられたのだ。
日本の外務省関係者から入手した資料によると、中国の制裁対象者は欧州議会議員Reinhard Bütikofer氏、Michael Gahler氏、Raphaël Glucksmann氏、ИлханКючюк氏、Miriam Lexmann氏の5人。そのほか欧州各国の議員やシンクタンクもターゲットにされた。残りの個人5人はオランダの国会議員Sjoerd Wiemer Sjoerdsma氏、ベルギーの議員Samuel Cogolati氏、リトアニアの議員のDovile Sakaliene氏、強制不妊手術の実態を報告したドイツの学者Adrian Zenz氏とスウェーデンの学者Björn Jerdén氏だった。
4つの組織はEU理事会の政治安全委員会、欧州議会人権小委員会、ドイツのメルカトル中国研究研究所、デンマークの民主主義連合財団だったという。
「人口14億人の超大国に“敵認定”されるということ」
外務省関係者は次のように話す。
「オランダの下院は先月、中国に対する『ジェノサイド非難決議』を採択しました。Sjoerdsma議員はその主導的な人物のひとりです。そこを狙い撃ちにされた形ではないかと思います。ただ今回の一件が、すぐに大規模な経済制裁の応酬に発展する可能性は低いと首相官邸筋は見ているようです」
一方、Sjoerdsma氏は自身に対する中国の制裁に対して、Twitter上で以下のような抗議声明を発表している。
As long as China commits genocide on the Uyghurs, I will not remain silent.
— Sjoerd Wiemer Sjoerdsma (@swsjoerdsma) March 22, 2021
These sanctions are proof that China is susceptible to outside pressure. I hope my European colleagues will seize this moment to speak out as well.https://t.co/M3fU6LdTwX
「中国がウイグル人に大量虐殺を行っている限り、私は黙っていません。
これらの制裁は、中国が外圧の影響を受けやすいことの証拠です。ヨーロッパの同僚たちも、この瞬間をとらえて発言してくれることを願っています」
中国の対EU制裁に関し、自民党関係者は次のように話す。
「象徴的だと思うのは、中国の制裁対象者に入った欧州議会のBütikofer氏とLexmann氏の2人が制裁対象者に入っていることです。2人は香港民主化デモを国家安全法で鎮圧した中国政府を非難するために設立された『対中政策に関する列国議会連盟』の幹部です。
この列国議員連盟にはうちからは中谷元氏、国民民主から山尾志桜里氏が参加しています。党内では対中問題をめぐってかなり意見が割れていますが、仮に欧州や米国と足並みを揃えることになれば、日本国内の議員が制裁対象になることも当然、覚悟しなければならないでしょう。
山雄志桜里氏(左)と中谷元氏(右) |
しかも中国の制裁は、行政当局者や議員だけではなく、シンクタンクや学者など表現活動に携わる人物、組織にも向けられています。周辺国の安全保障に脅威を与える軍事政権のトップや将軍でも、テロ組織の構成員でもない人物が人口14億人の超大国に名指しで“敵”認定されるのと同義です。中国国内に凍結されるような資産を所持せず、実害がなかったとしても、そのインパクトとプレッシャーは強力でしょう。
事実と反する風説を流布することは世界的に批判されるべき行為です。しかし、ウイグル問題に関して中国側が積極的に情報開示をし、自国の主張する“潔白”を証明しているとは思えません。この制裁は他国の言論や政治活動に脅威を与えるものだと思います」
日本政府はこの問題にどう対応するのだろうか。
(文=編集部)
【私の論評】中国の制裁より、米国・EU・日本による制裁のほうがはるかに過酷(゚д゚)!
オーストラリアのシンクタンクは中国の工場がウイグル族の強制労働の場となっている可能性を指摘。企業の社会的責任が重視される中、調達先の工場などで強制労働があれば間接的な人権侵害への加担につながるため、各企業は「厳正な対処」を強調しています。
強制労働をめぐっては、オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)が昨年3月、世界の有力企業80社超がウイグル族を強制労働させている中国の工場と取引していた可能性があるとの報告書を発表。この中には日本企業14社も含まれていました。衛星写真や中国側の文献、報道、各社が公表している取引先のリストなどに基づき分析したといいます。
オーストラリア戦略政策研究所(ASPI) |
報告書は2017~19年に8万人以上のウイグル族が強制収容所などから中国全土の工場に送られたと分析。各社が供給網の末端で強制労働とつながりがある可能性は排除されていないとしました。
指摘を受けた各企業は事実確認などの対応を急いでいます。東芝は強制労働の疑いがある調達先を調査。「当社や連結子会社の直接取引先ではないことを確認」した一方、東芝がブランド使用を認めている企業で、疑いのある調達先と取引があったケースが判明。「強制労働の実態は確認されなかったものの、昨年以降の開発機種は当該調達先の部品を採用していない」としています。
ソニーは「指摘された調達先のうち、サプライチェーン上にある調達先を調べた結果、強制労働の事実は確認されなかった」と強調。シャープや日立製作所、TDKも確認された強制労働の事実はないとしています。その一方で、「今後、事実が取引先で判明した場合は断固として是正を求め、改善されない場合は取引停止などの対応も検討する」(シャープ)としています。
企業の短期的な利益追求よりも経営の持続可能性が求められる中、人権を含む社会問題や環境問題への企業責任を重視する投資家からの圧力は強まりつつあります。今回の強制労働をめぐる疑惑も対応が遅れれば、企業にとっては重大な経営上のリスクに発展しかねないです。
海外企業の動きも迅速です。ASPIの報告書発表以降、米アウトドア用品大手パタゴニア、スウェーデン衣料品大手H&Mなどが指摘された調達先との取引停止などを表明しています。
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