2025年11月26日水曜日

歴史と国際法を貫く“拡張ウティ・ポシデティス(ラテン語でそのまま)”──北方領土とウクライナが示す国境原則の行方


まとめ
  • 国境の曖昧化は戦争の最大原因であり、独仏国境のアルザス・ロレーヌやウクライナの事例が示すように、国境確定こそ国際秩序を守る最低条件である。
  • 「ウティ・ポシデティス」は行政境界をそのまま国境にする原則で、独立期の混乱を防ぐため国際司法裁判所でも国際慣習法として認められたが、旧ソ連の人工的境界のような歪みには対応できない限界がある。
  • これを補完するため、私は「拡張ウティ・ポシデティス」を提唱する。これは、紛争前の国境に戻したうえで、住民にどちらの国に属するか選ぶ権利を与えることで「線」と「人」の矛盾を同時に解消する。
  • 北方領土は日本固有の領土であり、サンフランシスコ講和条約でも帰属は未確定のままで、ロシア系・ウクライナ系など多層的な住民構造を踏まえても“拡張ウティ・ポシデティス”で最も合理的に解決できる。
  • この新原則は北方領土だけでなく、南シナ海・バルカン・カシミールなど世界の火薬庫にも応用可能で、日本こそ二十一世紀の国境原則を国際社会に提示できる立場にある。

1️⃣国境の曖昧さは必ず戦争を呼ぶ──歴史が突きつける警告


ウクライナ戦争は、二十一世紀に突如として現れた地政学の逆流ではない。むしろ、国境とは何かという“国家の根本”を突きつけた出来事である。十九世紀から二十世紀にかけてフランスとドイツが争奪したアルザス・ロレーヌは、まさに「国境が曖昧だから戦争になる」という典型だった。取り返せば憎しみが積み上がり、奪われれば復讐が始まる。その怨念の連鎖がついに第一次世界大戦、そして第二次世界大戦へとつながった。

だからこそ国際社会は十九世紀の南米独立戦争の時代から、行政境界をそのまま国境として固定する「ウティ・ポシデティス」という知恵に辿り着いた。後にアフリカ独立でも採用され、二十世紀末には国際司法裁判所の判例によって、国際慣習法として確立していく。独立時の境界を固定することこそ、戦争を防ぐ“最低条件”であると世界が学んだからだ。

しかし旧ソ連の境界線は、民族や歴史を反映したものではなく、モスクワが統治しやすいように操作した人工的な線だった。ウクライナ東部やクリミアが不安定化した根本原因はそこにある。それでもロシアは1991年、ウクライナの既存国境を正式に承認している。この一点だけで、プーチン政権が後になって武力で国境を変更しようとした行為が、どれほど明確な国際法違反であるかがわかる。

にもかかわらず、一部の西側が提示する和平案は、国境を曖昧なまま停戦しようとする“仮の和平”でしかない。国境が曖昧な和平は、必ず次の戦争を呼ぶ。これはアルザス・ロレーヌでも、中東でも、バルカンでも、歴史が何度も証明してきた。ウクライナだけの問題ではない。国境を曖昧にした前例が生まれれば、日本が真っ先に狙われる。
 
2️⃣ウティ・ポシデティスの限界を超える──私が提唱する“拡張ウティ・ポシデティス”とは何か

前線付近の露軍に向けロケット弾を発射するウクライナ兵=ウクライナ南部ザポロジエ州で2023年7月13日

ウティ・ポシデティスは「線」を固定する原則であり、独立後の混乱を防ぐためには一定の合理性がある。しかし重大な弱点がある。国境線と、そこに住む“人々”が一致しない場合、国境は必ず爆発する。ドンバス、カシミール、ナゴルノ・カラバフ、コソボなど、世界の火薬庫のほぼ全てがこの問題に起因している。「線」だけ戻しても争いは終わらない。「住民意思」だけ優先しても国境が崩壊する。これが国境問題の根本的な矛盾だ。

この矛盾を解決するために、私は従来のウティ・ポシデティスを補完する「拡張ウティ・ポシデティス」を提唱する。その原則は極めてシンプルだ。国境線は紛争が起きる前の“元の線”に戻す。そして、その地域に暮らす人々には、どちらの国に属するかを自由に選ぶ“住民選択権”を与える。線と人を同時に解決する二段構えの方式である。

これは決して奇抜な案ではない。むしろ、歴史と国際法の矛盾をもっとも自然に解消する“二十一世紀の国境原則”である。もはや民族構成が流動化した現代において、「線だけ戻す」か「人だけ見るか」の二択では破綻する。線と人をセットで整合させて初めて争いが終わる。

「拡張ウティ・ポシデティス」に関して、私が自分で調べた限りでは、これをストレートに主張する見解などは見られなかった。どなたか、このような主張が他にもあることをご存知の方は、教えていただきたい。
 
3️⃣北方領土をどう扱うか──拡張ウティ・ポシデティスは日本にこそ必要だ


北方領土は日本固有の領土であり、サンフランシスコ講和条約でもソ連への帰属は一度も認められていない。つまり北方領土は“未確定領土”であり、国際法上は紛争前の線に戻せば日本領である。しかし問題は「誰が住んでいるか」だ。戦後のソ連移住政策によってロシア系住民が入植したが、実際にはロシア人だけではない。ウクライナ人、ベラルーシ人、タタール系、軍属由来の住民、さらには歴史の痕跡としての日本人や先住民族など、多層的で複雑な人口構造がある。

この現実を踏まえず、「ロシア人の意思」だけを議論するのは歴史的にも事実認識としても誤りである。だからこそ拡張ウティ・ポシデティスが必要になる。北方領土は日本に戻す。しかし、現在住むすべての住民に対して、日本国籍かロシア国籍かを選ぶ権利を保障する。さらに当然のことながら、もし必要なら自ら属する国への移動の権利を有するものとする。言語、財産権、教育、行政サービスを守る移行措置を設け、必要なら国際監視団で透明性を確保する。暴力的でも、非現実的でもない。歴史を尊重しながら、未来も守るための“現実解”である。

しかもこの原則は北方領土だけでなく、世界のどの火薬庫にも応用できる。南シナ海、バルカン、中東、カシミール──曖昧な国境と複雑な人口が生む紛争を一気に整理できる。日本こそ、この新原則を国際社会に提示する資格を持つ国家だ。北方領土という未解決問題を抱える日本だからこそ、二十一世紀の国境原則に貢献できる。

【関連記事】

米国の新和平案は“仮の和平”とすべき──国境問題を曖昧にすれば、次の戦争を呼ぶ 2025年11月21日
ウクライナ国境を曖昧にした和平案が、将来の紛争を呼び込む構造を解説。国境問題をめぐる本記事と最も強く連動する。

すでに始まっていた中国の「静かな日台侵略」──クリミアと高市バッシングが示す“証左” 2025年11月20日
「クリミア併合モデル」が東アジアに輸入されているという視点を提示し、国境の曖昧化が日本にも迫っている現実を論じる。

<解説>ウクライナ戦争の停戦交渉が難しいのはなぜ?ベトナム戦争、朝鮮戦争の比較に見る「停戦メカニズム」の重要性 2025年3月31日
停戦メカニズムを歴史比較で解説し、「曖昧な停戦=次の戦争」という構図を整理。国境確定の不可欠性を理解する基礎となる。

“ロシア勝利”なら米負担「天文学的」──米戦争研究所が分析…ウクライナ戦争、西側諸国は支援を継続すべきか? 2023年12月16日
ロシア勝利が世界に及ぼす軍事・財政コストを分析し、日本の安全保障に直結する「国境侵犯型の戦争」の危険性を示す。

四島「不法占拠」を5年ぶりに明記──北方領土返還アピール 2023年2月7日
北方領土問題を国際法と現実政治の双方から整理し、「国境確定の原則」が日本の将来を左右することを示す。

2025年11月25日火曜日

半導体補助金に「サイバー義務化」──高市政権が動かす“止まらないものづくり国家”


まとめ
  • 半導体補助金にサイバーセキュリティ要件が義務化され、日本の産業政策が「工場をつくる支援」から「国家の生命線を守る安全保障政策」へ転換した。
  • この動きは、高市早苗政権の「強い経済」「技術立国」「危機管理投資」の戦略に基づき、AI・半導体・サイバーを国家戦略の中核に据える方針の具体化である。
  • 工場停止が国家停止に直結するという危機認識が背景にあり、TSMCのウイルス感染やトヨタ工場停止など実際の事例が政策判断を後押しした。
  • サイバー義務化は企業にとってコスト増だが、同時に“止まらないサプライチェーン”という強力な競争力を生み、日本製半導体・装置・材料の国際的な信頼性向上につながる。
  • 今回の決定は、我が国の「常若」の精神—技術を絶えず更新し未来へ継ぐという霊性の文化—と高市政権の国家戦略が重なり合い、日本が「止まらないものづくり国家」へ踏み出した象徴である。
経済産業省が2026年度から半導体工場向け補助金の条件としてサイバーセキュリティ対策を義務づける方針を固めた。日本経済新聞が「半導体工場への補助金、サイバー対策を条件に 供給途絶リスク低減」(2025年11月23日)と報じている。

この動きは、日本の産業政策の性質そのものを変える。補助金を「工場をつくるための支援」から「国家の生命線を守るための安全保障ツール」へと引き上げる方針だからだ。

ちょうど同じ時期、高市早苗政権は「『強い経済』を実現する総合経済対策」を公表した。内閣府の政策文書では、AI・半導体を経済安全保障の中核に据え、複数年度にわたる危機管理投資を行うと明記されている

さらに、首相官邸の特設ページには、AI、半導体、重要鉱物、サイバーセキュリティなどを戦略分野として重点投資する方針が記さた。

つまり今回の決定は、単なる制度変更ではない。
高市政権が掲げる「技術立国」「経済安全保障」「国家としての危機管理投資」という大きな戦略が、半導体政策の現場に具体的な制度として落とし込まれた瞬間なのである。
 
1️⃣高市政権の危機認識──工場が止まれば国が止まる

高市政権閣議

高市政権がこの政策を推し進める背景には、明確な危機認識がある。
半導体を失えば日本は立ちゆかない。
そして「半導体工場が止まる」ことは、いまやサイバー攻撃で容易に起き得る。

その危機を裏づける事例はいくつもある。TSMCは2018年、ウイルス感染で複数工場が停止し、復旧に数日を要した。米国では2021年、コロニアル・パイプラインがランサムウェアで停止し、燃料供給が混乱した。日本でも2022年、トヨタがサプライヤーのシステム攻撃によって国内14工場の稼働を丸一日止めた。

これらの事例が突きつけるのは、「攻撃はデータではなく現実を止める」という事実だ。
爆弾を落とさずとも、ラインを止められる。
これは、半導体の供給力が国家そのものの脈動と結びついているということを意味する。

高市政権は、この現実を政策の中心に据えた。
「工場が止まれば国が止まる」という極めて直接的な危機感だ。

だからこそ補助金にサイバー義務化を付けた。
「作る国」ではなく、「止められない国」を目指すという方針である。
 
2️⃣補助金とサイバー要件──負担ではなく“新しい武器”である

日経の報道によると、2026年度以降の補助金には「高度なサイバー防御体制」が求められる。工場だけでなく、装置メーカーや素材メーカーにも同一水準のセキュリティが求められる見通しだ。これはサプライチェーン丸ごとを防衛の範囲に組み込むということだ。

TSMC熊本には4,760億円、Rapidus千歳には1兆7,225億円という巨額の支援が投入されている。国家規模の投資である以上、工場が攻撃一つで止まることは許されない。だからこそ「補助金の条件=工場を守る義務」という仕組みが導入される。

ラピダスの半導体工場「IIM-1」(7月、北海道千歳市)

企業にとってサイバー投資は確かにコストだ。しかし、それ以上に「安全性」という競争力を手にできる。世界の調達基準は、価格だけではなく「止まりにくいサプライチェーン」を重視する方向に進んでいる。
日本のものづくりは、信頼性と安全性で世界を席巻してきた。
その強みを、半導体という国家戦略分野で取り戻すことができる。

つまり、今回のサイバー義務化は負担ではない。
企業にとっては新しい“武器”であり、日本にとっては“国家としての保険”である。
3 技術自立、国際競争力、国家リスク軽減──三つの柱が一つの線でつながった

今回の政策は、高市政権が掲げる三つの柱を一本化したものだ。

第一に、技術自立だ。
TSMCとRapidusの進出で先端ロジックの国産能力は回復しつつある。しかし真の自立には「いつでも動く」ことまで含まれる。サイバー義務化はその条件を制度として明確にした。

第二に、国際競争力である。
日本製の半導体、日本製の装置、日本製の材料が“止まらない”というブランドを得れば、価格競争ではなく信頼性競争で世界をリードできる。

第三に、国家リスクの軽減だ。
台湾海峡の緊張、サイバー戦の激化、複合的な地政学リスクの拡大――どれを見ても、半導体工場の停止は国家機能の停止を意味する。
だからこそ、補助金とサイバー要件を一体化した。

この三本柱が一本の線でつながった時、日本の産業政策は“量”から“守り”へと歴史的転換を迎える。
 
結語


今回の決定には、我が国ならではの背景がある。我が国には古来、「常若」の精神がある。技を磨き続け、欠けた部分は更新し、未来へ絶えずつなぐという姿勢だ。ものづくりを単なる作業ではなく“いのちある営み”として重んじてきた文化である。

半導体工場を止めないという国家の決意は、この常若の精神と響き合う。技術を守り、強め、絶えず更新する姿勢は、我が国の底に流れる霊性の文化の現代的な姿だ。

そして、この方向へ舵を切ったのが高市政権である。高市早苗は、伝統と技術を断絶させず、我が国の魂を国家戦略へと昇華させた。

「止まらないものづくり国家」とは、単に工場を止めないという意味ではない。
常若の精神を受け継ぎ、絶えず未来へつなぎ続けるという、我が国の魂そのものなのだ。

【関連記事】

日本はAI時代の「情報戦」を制せるのか──ハイテク幻想を打ち砕き、“総合安全保障国家”へ進む道 2025年11月22日
AI・サイバー・無人兵器が戦争の構図を変える中で、日本が「AI+製造+素材」を束ねて総合安全保障国家に向かう道筋を描いた記事。高市政権が通信・サイバー・半導体戦略を一体として進めている点を詳しく論じており、半導体工場へのサイバー義務化を「技術×安全保障」の文脈で理解するうえで最も直結する内容。

財務省の呪縛を断て──“世界標準”は成長を先に、物価安定はその結果である 2025年11月12日
高市政権が、消費減税と17の重点分野(AI・半導体・防衛・農業・原子力など)への国家戦略投資を両輪とする経済政策に転換した意義を解説。成長投資と経済安全保障を一体で捉える視点が、半導体補助金とサイバー要件を「ばらまき」ではなく国家戦略として位置づける文脈と重なる。

OpenAIとOracle提携が示す世界の現実――高市政権が挑むAI安全保障と日本再生の道 2025年10月18日
OpenAI×Oracle提携を、米国主導のAIインフラ覇権と「知能の封鎖線」という観点から分析し、日本がどのようにAI・半導体・クラウド基盤で安全保障を組み立てるべきかを論じた記事。サイバーセキュリティ要件付きの半導体補助金を、グローバルなAI・クラウド戦略の一部として読み解く際の背景資料として適している。

次世代電池技術、機微情報が中国に流出か 潜水艦搭載を検討中 経産相「調査したい」―【私の論評】全樹脂電池の危機:中国流出疑惑と経営混乱で日本の技術が岐路に 2025年3月2日
NEDO補助金が投入された全樹脂電池技術をめぐる中国流出疑惑と経営混乱を取り上げ、日本の先端技術保護とスパイ防止法の必要性を訴えたエントリー。補助金付きプロジェクトでもサイバー・情報管理が甘ければ国家リスクになる、という反面教師のケースとして、半導体補助金とサイバー義務化の必然性を補強する内容。

半導体ラピダスへ追加支援検討 武藤経産相、秋の経済対策で―【私の論評】安倍ビジョンが実を結ぶ!ラピダスとテンストレントの協業で切り拓く日本の次世代AI半導体と超省電力化 2024年10月25日
ラピダスへの巨額支援とジム・ケラーらとの協業を通じ、日本が次世代AI半導体と省電力化の中核を狙う国家戦略を解説した記事。安倍政権から高市政権へ続く「半導体を経済安保の要にする」流れを押さえており、今回のサイバー要件付き補助金を、その延長線上にある“止まらないものづくり国家”構想として位置づけるのに最適な関連記事。

2025年11月24日月曜日

米軍空母打撃群を派遣──ベネズエラ沖に現れた中国包囲の最初の発火点


まとめ
  • 米軍が空母打撃群をベネズエラ沖に派遣したのは、麻薬ネットワークと独裁政権、そして中国・ロシア・イランの影響力を一気に断つためであり、これはインド太平地域の“外側の環”の形成を意味する。
  • ベネズエラの崩壊と700万人超の移民流出は、中国が独裁と腐敗を支えた結果であり、米国の国境危機とも直結する“拡散型の危機”となっている。
  • ナイトストーカーズの展開は、単なる威嚇ではなく“限定的介入能力”の実動化であり、米国の外側の防衛線が実際に動き始めた証拠である。
  • 冷戦期の“多層封じ込め”が中国を相手に再現されつつあり、その思想的背景にはロング・テレグラムやNSC-68がある。大戦略が歴史的な循環として蘇っている。
  • 日本は専守防衛の名の下で“何もしない国”ではなく、安保法制後は海外任務も制度化され、インド太平洋で“内側の環”を担う実質的プレイヤーになった。だからこそ、ベネズエラ沖の動きは日本の未来に直結する。
米国がベネズエラ沖に空母を送り込んだ。

一見、極東の我が国とは無関係に見える出来事だが、これは中国の世界戦略と、日本の安全保障の「これから」を映す鏡そのものだ。

1️⃣ベネズエラ沖に現れた空母打撃群──麻薬、独裁、中国

ベネズエラ沖に現れた米空母打撃群


2025年11月16日、米海軍の最新鋭空母「USS Gerald R. Ford」がカリブ海に入った。
(出典:U.S. Department of Defense系サイト DVIDS “Gera

これは単なる力の誇示ではない。
米国は同じタイミングで、ベネズエラ軍や治安機関の一部と結びついているとされる「太陽のカルテル」を外国テロ組織に指定する方針を打ち出し、関係者を法律の網で追い詰めようとしている。米連邦航空局は周辺空域の危険性を警告し、いくつもの航空会社がベネズエラ便を止めた。

狙いははっきりしている。
麻薬ルートを断ち、独裁政権を締め上げ、その背後にいる中国やロシア、イランの影響力を押し返すことだ。

ベネズエラは長年、コカインなどの中継拠点になり、軍や情報機関までこのビジネスに深く入り込んできたとされる。米国から見れば、もはや「遠い国の不正」ではない。自国社会を毒する源そのものだ。

そこへ中国が入り込む。
巨額の融資、石油の先買い契約、通信インフラと監視システムの提供。こうした支援によって、崩壊しかけたマドゥロ政権は延命してきた。経済はボロボロなのに、権力だけはしぶとく残る。ここに中国の「支え」がある。

私は過去のブログで、この構図を何度か指摘してきた。
「【日本の解き方】ベネズエラめぐり米中が分断…冷戦構造を想起させる構図に 『2人の大統領』で混迷深まる―【私の論評】社会主義の実験はまた大失敗した(゚д゚)!」 (2019年2月9日)
「ラテンアメリカの動向で注視すべき中国の存在―【私の論評】日本も本格的に、対中国制裁に踏み切れる機運が高まってきた(゚д゚)!」 (2021年10月6日)
ラテンアメリカでは、社会主義の失敗 → 経済崩壊 → 中国が支援と引き換えに入り込む → 独裁の固定化、という流れが繰り返されてきた。
ベネズエラは、その最悪の見本だと言ってよい。

国家は壊れ、治安は崩れ、麻薬と汚職が地を這う。
そして、そのツケは「移民」と「治安悪化」という形で、周辺国と米国に押しつけられている。
 
2️⃣700万人が国を出た現実──移民危機とナイトストーカーズ

米軍特殊部隊 ナイトストーカーズ

ベネズエラから国を出た人は、すでに700万人規模とされる。
コロンビアやペルー、ブラジルなど周辺諸国は社会保障と治安の負担にあえぎ、米国もメキシコ国境で移民問題に揺さぶられ続けている。

米国の政治にとって、移民は「票」に直結する。
トランプ政権が強硬姿勢を取る以上、麻薬と移民の“元栓”であるベネズエラを締め上げるのは当然の流れである。

この文脈の中で、米軍特殊作戦部隊「ナイトストーカーズ(160th Special Operations Aviation Regiment)」の動きが浮かび上がる。夜間ヘリによる急襲や特殊部隊の侵入を専門とする精鋭中の精鋭だ。この部隊の展開が報じられているということは、空母打撃群という「表の力」だけでなく、必要とあらば政権中枢を一気に叩く「裏の牙」も用意しているという意味である。

私はこの点について、次のブログで論じた。
「米軍『ナイトストーカーズ』展開が示す米軍の防衛線──ベネズエラ沖から始まる日米“環の戦略”の時代」 (2025年10月24日)
そこで提示したのが、「日米二つの環」という見方だ。

米国は、中南米とカリブ海で、中国やロシアの浸透を押し返す“外側の環”をつくる。
日本と米国は、第一列島線からインド太平洋で、中国海軍の外洋進出を抑える“内側の環”をつくる。

この二つの環が噛み合ったとき、初めて中国の動きを内と外から締め上げることができる。
この構想は、私自身が整理した見方だが、冷戦期に欧州とその他地域を二重の輪で抑え込もうとした「封じ込め」の発想、例えば

 “ブルッキングス研究所(Brookings Institution)に掲載の “Avoiding war: Containment, competition, and cooperation in U.S.–China relations”(2017年11月1日)などは、封じ込め戦略の歴史と現代的意味を議論するものとして通じる。ただ、公開情報の範囲では「日米二つの環」という名前で同じ構図を明確に打ち出している著名な理論や組織は見当たらない。

いずれにせよ、ベネズエラ沖に空母と特殊部隊が並ぶ光景は、この「外側の環」が現実の姿をとり始めたということを示している。

3️⃣日本にとっての意味──これは「他人ごと」ではない

では、日本はこの動きをどう見るべきか。

まず、「専守防衛だから日本は軍事介入しない」という言い方は、正確ではない。
防衛省の説明でも、専守防衛とは「相手から武力攻撃を受けたときに必要最小限の力を行使する」という考え方であり、武力行使そのものを否定してはいない。

2015年の安保法制改定によって、我が国は「存立危機事態」に該当する場合、海外でも限定的な集団的自衛権を行使できるようになった。ソマリア沖の海賊対処、各地でのPKO活動、米軍への後方支援など、海外任務で武器使用を伴う行動はすでに現実のものとなっている。

つまり日本は、憲法と法律の枠内で、国際安全保障に関与しうる国家へとすでに変わっているのだ。


この現実を踏まえると、ベネズエラ沖の緊張は、インド太平洋の安全保障と一本の線でつながっていると見るべきである。

中国がベネズエラのような社会主義国家を支え、監視技術と資金を与え、国家を弱らせ、国民を国外に押し出す構図は、東シナ海・台湾海峡で我々が直面している現実と同じ根を持つ。

社会主義の破綻と中国の浸透。
国家の弱体化と移民の爆発。
地域の治安悪化と大国の介入。

私は、これをずっと私のブログでラテンアメリカ関係の記事として掲載してきた。だが、これは南米の話だけではない。中国が手を伸ばす地域で、同じことが繰り返される「型」のようなものだと考えるべきである。

だからこそ、「日米二つの環」が必要になる。

米国は中南米で“外側の環”を張り、日本はインド太平洋で“内側の環”を引き締める。
この二つの環が閉じたとき、中国の影響圏拡大は大きく抑えられる。

ベネズエラ沖の空母、カリブ海上空のナイトストーカーズ。
それは、地球の裏側で始まった「外側の環」の姿であり、同時に、我が国が担うべき「内側の環」とつながっている。

ベネズエラで動く力学は、決して例外ではない。
中国が関わる地域では、ほぼ同じ順番で危機が広がる。
その波が、いずれ日本の周りにも到達する。

ベネズエラをめぐる米中のせめぎ合いは、
我が国がこれから直面する世界の予告編なのである。

【関連記事】

「米軍『ナイトストーカーズ』展開が示す米軍の防衛線──ベネズエラ沖から始まる日米“環の戦略”の時代」 2025年10月24日
ベネズエラ沖に展開した米軍特殊部隊ナイトストーカーズを起点に、カリブ海からインド太平洋へ伸びる「外側の環」構造を読み解き、日本が担う“内側の防衛圏”の重要性を指摘した記事。

「コロンビア、送還を一転受け入れ 関税で『脅す』トランプ流に妥協―【私の論評】トランプ外交の鍵『公平』の概念が国際関係を変える、コロンビア大統領への塩対応と穏やかな英首相との会談の違い」 2025年1月27日
中南米の移民問題と、トランプ流“公平”外交の本質を鋭く読み解き、コロンビアへの圧力と中国浸透の関係にも触れた一文。今回のベネズエラ情勢と密接に連動する分析。

「ラテンアメリカの動向で注視すべき中国の存在―【私の論評】日本も本格的に、対中国制裁に踏み切れる機運が高まってきた(゚д゚)!」 2021年10月6日
中国がラテンアメリカで進める政治工作・資源浸透・経済囲い込みの実態を整理し、その危険性をいち早く指摘した分析。今回のベネズエラ問題の“隠れた背景”を予見している。

「【日本の解き方】ベネズエラめぐり米中が分断…冷戦構造を想起させる構図に 『2人の大統領』で混迷深まる―【私の論評】社会主義の実験はまた大失敗した(゚д゚)!」 2019年2月9日
マドゥロ政権とグアイド暫定政権の対立を通じ、米中対立がラテンアメリカで“新冷戦”化していく様を描く。今回の空母派遣の背景を理解する上で不可欠な基礎記事。

「日米比越4カ国で中国を威嚇 海自護衛艦の“歴史的”寄港で南シナ海『対中包囲網』―【私の論評】マスコミが絶対に国民に知られたくない安全保障のダイヤモンドの完成(゚д゚)!」2016年4月7日
 海上自衛隊の歴史的寄港を「安全保障のダイヤモンド」構想の具現化として位置づけ、日米比越の連携が中国封じ込めの海洋包囲網になりつつあることを早期に指摘した記事。

2025年11月23日日曜日

COP30と財政危機は“国家を縛る罠”──日本を沈める二つの嘘


まとめ

  • COP30の本質は「地球を救う会議」ではなく、利権と政治的妥協の場であり、化石燃料廃止の核心は産油国・大国の圧力で消えた。
  • 気候モデルには初期条件の不確実性が大きく、未来を一つに決めることは原理的に不可能なのに、一部の科学者や国際機関は“最悪シナリオ”を唯一の未来として恐怖を煽っている。
  • この恐怖煽動の構造は、財務省が用いてきた「財政破綻キャンペーン」と同じであり、どちらも国民に負担を押しつけるための“恐怖装置”として機能している。
  • 脱炭素は短期的には補助金で華やかに見えるが、中長期には不安定な電源構造・二重設備コスト・電気料金の上昇など、国民に“絶望的な未来負担”をもたらす危険がある。
  • 米国はCOP30に距離を置き、トランプは気候政策を「詐欺」と批判しており、我が国は“政治に利用される科学”から距離を置き、大局観で国益を守る姿勢が必要である。
いま、我が国は二つの巨大な「恐怖装置」に挟まれている。
一つは、国際機関と一部の科学者が作り出す「気候危機」の物語。
もう一つは、財務官僚が長年振りまいてきた「財政破綻」の物語である。

どちらもやり口は同じだ。
最悪の未来だけを持ち出し、それを“必ず来る現実”のように見せかける。そして不安に駆られた国民に、増税・負担増・補助金・規制といった重荷を飲ませる。背後には、利権と権限の構造がある。

COP30は、この構造を見せつけた象徴的な舞台である。ここから、その中身を見ていく。
 
1️⃣COP30と「気候科学」という聖域

COP30会場の看板

ブラジル・ベレンで開かれたCOP30は、「地球を救う」と大げさなスローガンを掲げた国際会議だった。だがふたを開けてみれば、各国は2035年までの適応資金三倍化といった金額目標を並べる一方で、化石燃料の段階的廃止という核心は、産油国や大国の反発で結局うやむやになった。

美しい言葉を重ねながら、最も痛みを伴う部分は避ける。誰がどれだけカネを出し、誰がどれだけ受け取るか──本音はそこにある。これがCOP30の実態だ。

それでも多くの人がこの構造を直視できないのは、「科学」という看板が前面に立っているからだ。政治家や官僚の嘘には疑いの目を向けるようになった日本人も、「科学者の言葉」となると途端に無防備になる。ここが一番危ない。

その象徴が、2021年にノーベル物理学賞を受賞した日系アメリカ人科学者、真鍋淑郎である。彼は大気と気温の関係を初期の段階から理論的に明らかにし、気候モデル研究の基礎を築いた。その功績は疑いようがない。

しかし、真鍋の仕事は「地球温暖化の仕組みの理解」であって、「未来予測を一つに確定したこと」ではない。本来の気候モデルは、大気・海洋・雲・氷床など膨大なパラメータを使い、しかもそれぞれに観測の穴と不確実性がある。初期条件を少し変えれば結果が大きく変わる“気まぐれなシステム”だ。

それにもかかわらず、一部の科学者や国際機関は、このモデルを「唯一の正しい未来予測」であるかのように使い、最悪のシナリオだけを前面に押し出す。ここで科学は、冷静な知の道具ではなく、「恐怖を作るための機械」に変わってしまう。
 
2️⃣気候危機と財政危機──恐怖で国民を縛る“双子の物語”

気候危機を煽る典型例 大干ばつのイメージ

この「恐怖の機械」は、我が国ではすでに見覚えのあるものだ。財務省が長年やってきた「財政破綻キャンペーン」である。

「国の借金はGDP比200%超で異常だ」「このままでは日本は破綻する」──こうした言葉が繰り返されてきた。しかし実際には、日本国債のほとんどは円建てで発行され、その大部分を日本国内の主体が保有している。政府は自国通貨の発行主体であり、ギリシャのように外貨建て債務で首が回らなくなる構造とはまったく違う。利払い費も長く低水準で推移してきた。

それでも財務省は、「破綻するぞ」と国民を脅し続けてきた。その結果として正当化されてきたのが、増税、歳出削減、国民生活の締め付けである。つまり「破綻の物語」は、国民から取るための道具として機能してきたのだ。

気候危機の物語も、まったく同じ構造を持っている。

気候モデルの不確実性や初期条件の問題にはほとんど触れず、「この最悪シナリオが来る」とだけ言い切る。そして、「だから再エネ賦課金が必要だ」「だから炭素税が必要だ」「だから補助金をもっと出せ」と続く。そこには必ず、誰かの利権と誰かの負担がセットで存在する。

共通点は三つある。

一つ目は、最悪のケースだけを前面に出し、それを“避けがたい運命”のように語ること。
二つ目は、「専門家」「国際機関」といった権威を看板にして、疑いの余地がないかのように装うこと。
三つ目は、最後にツケを払わされるのが、いつも国民であることだ。

財政危機と気候危機──看板は違っても、どちらも「恐怖で国民を縛る物語」である。ここを見抜かなければならない。
 
3️⃣脱炭素がもたらす“絶望的な未来負担”と、米国の距離感

ユートピアとして描かれる脱炭素の世界はディストピア?

脱炭素政策は、見た目は華やかだ。再エネ企業には補助金が流れ、電気自動車や蓄電池には「未来産業」というきれいなラベルが貼られる。国際会議では拍手喝采が起こる。しかし、その裏側で何が起きているか。

太陽光や風力のような変動電源が増えると、天気次第で発電量が激しく上下する。その穴を埋めるために、火力発電など従来の安定電源を完全にはやめられない。結果として、使うかどうか分からないバックアップ設備まで抱え込む「二重投資」に陥る。

蓄電池の技術も、現時点では長期的な大量蓄電には程遠い。大量導入を試みた国では、再エネが増えるほど電力価格が乱高下し、自分で自分の利益を削る「カニバリゼーション効果」が問題になっている。採算が悪化すれば、結局は補助金や賦課金という形で、国民の負担に乗せるしかない。

日本のように、エネルギー安全保障がそのまま国家存亡に直結する国で、こうした不安定な仕組みに過度に頼るのは、危険というより無謀に近い。我が国が本当に守るべきは、「安くて安定した電力」とそれを支える産業基盤であり、「国際会議での拍手」ではないはずだ。

ここで米国の動きは象徴的である。今回、米国はCOP30に高位の政府代表を送らず、国として距離を置いた。トランプ大統領は一貫して、気候政策を「詐欺(hoax)」と呼び、グリーン・エネルギーを巨大な利権ビジネスとして批判している。もちろんトランプの政治手法に賛否はある。しかし、世界最強の大国がCOPの場から一歩引き、「そのゲームには乗らない」と示した事実は重い。

COP30が見せたものは、「人類の連帯」ではない。
それは、「恐怖を使って国民の財布を開かせる国際政治のからくり」だったと言ってよい。
 
結び──“恐怖に使われる科学”から自由になる

恐怖に支配される国は弱い。
COP30の幻想も、財政破綻の物語も、国民を縛るために仕組まれた“恐怖の装置”にすぎない。
我々が必要としているのは、恐怖ではなく、大局観と理性だ。

二つの嘘の構造を見抜いた今こそ、日本が再び立ち上がる時である。
そして高市政権には、その鎖を断ち切り、この国を力強く前へ進める役割を果たしてほしい。

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2025年11月22日土曜日

日本はAI時代の「情報戦」を制せるのか──ハイテク幻想を打ち砕き、“総合安全保障国家”へ進む道

まとめ

  • AIは認知戦・サイバー攻撃・無人兵器で戦争の構造を変えつつあり、日本はこれら三領域で対応が遅れている。
  • AI万能論は誤りで、戦争の勝敗は今も兵站が決め、ウクライナ戦争では旧式兵器が優位に立つ例が示された。
  • アメリカは製造力、中国は品質、ロシアは部品供給に弱点があり、総合力ではいずれも脆さが露呈している。
  • 日本は精密製造と素材の両面で世界最強クラスの基盤を持ち、素材から加工・製造装置まで一貫して国内で完結できる稀有な国である。
  • 高市政権はAI・製造・素材を統合する国家戦略を明確に掲げており、日米EUがそれぞれの強みを補完し合えばAI時代の最強の安全保障圏となる。
1️⃣AIが変えた戦争の現実──認知戦、サイバー、無人兵器

サイバー攻撃をリアルタイムで表示するカぺルスキーの地図


AIは戦争の姿を根本から変えた。かつて弾丸や砲弾が戦場を支配した時代は過ぎ、今は映像一つ、投稿一つが国家を揺るがす。欧米では選挙がAI偽情報によって翻弄され、市民の判断が攻撃対象になっている。これが現実だ。

だが我が国では、AIが国防の最前線にあるという感覚が薄い。表現の自由だの萎縮だのと議論が空を切り、肝心の“国家を守る”という視点が抜け落ちている。この遅れは致命傷になりかねない。

AIが変えたのは認知戦だけではない。AIはサイバー攻撃の武器にもなり、脆弱性の探索から攻撃実行までを自動化し、国家の中枢を一瞬で麻痺させる。防衛省がAI防衛を強化し始めたとはいえ、人材も法制度も追いついていないのが実情だ。

さらに無人兵器である。ウクライナ戦争では安価なドローンが高価な戦車を次々に葬った。AI搭載の無人機は偵察から攻撃までを担い、戦場の主役に躍り出た。他国がこの波に乗る中、我が国の防衛産業は民間依存と制度の遅れで大きく立ち遅れている。

2️⃣ハイテク万能論の崩壊──戦争は兵站で決まり、旧式技術が甦る

ウクライナ陸軍の2S3「アカ―ツィヤ」152mm自走榴弾砲(画像:ウクライナ国防省)


AIの進歩は目覚ましい。だが、いくら技術が進もうとも、戦争の勝敗を決めるのは“兵站(ロジスティックス)”であるという古来の真理だけは揺るがない。補給が滞れば、最新鋭のAI兵器もただの箱である。

ウクライナ戦争はその現実を突きつけた。高性能戦車が無人機や榴弾砲で破壊され、逆に旧式戦車が戦場に戻った。理由は単純だ。旧式は部品が手に入りやすく、修理が容易で、量を揃えられる。戦争は結局、こうした“回る兵器”が強い。

この兵站の視点で見れば、アメリカの弱点もはっきりする。アメリカは設計なら世界一だが、肝心の製造力が衰え、自国で作れないものが増え続けている。中国は量は作れても品質に限界があり、ロシアは制裁一つで部品供給が止まり、現代戦を維持できない。

ここで浮かび上がるのが我が国の強みだ。我が国は旧式技術と先端技術の両方を保持できる数少ない国である。金属加工、鋳造、油圧、精密機械、アナログ回路。これらは高齢化で細っているとはいえ、世界最高水準の技術者と企業が今も現場に残っている。

さらに我が国は素材でも世界最強クラスだ。半導体フォトレジスト、高純度フッ化水素、炭素繊維、光学材料、電池素材など、AI、半導体、宇宙、無人兵器の核となる素材の多くは日本企業が圧倒的シェアを握っている。これらは単なる材料ではない。代替の利かない戦略資産である。

そして我が国は素材から精密加工、製造装置までを国内で完結できる“世界でも極めて稀な国家”だ。この一貫性こそ、AI戦争時代において決定的な力になる。

3️⃣日本こそ“AI+製造+素材”で最前線に立てる国──高市政権と日米EUの連携

三沢航空祭での12機のF-35Aによる大編隊飛行

この潜在力を国家戦略として束ねる歴史的契機が、高市政権の登場である。高市首相は総務相時代から通信・電波行政を刷新し、サイバー防衛、量子暗号、次世代通信など最先端分野を国家の柱として扱ってきた。経済安保担当相としても、装備庁改革、半導体戦略、製造基盤の再生など、国家の“実体”を築く政策を徹底してきた。

高市政権はAIだけを進める政権ではない。AIと製造と素材の三本柱で国家を立て直す政権である。戦後の日本政治でこの方向性がここまで明確に示されたのは初めてだ。我が国が総合安全保障国家へと踏み出す条件は整っている。

この“AI+製造+素材”を国家戦力として統合できる国は、中国でもロシアでもない。日米、そしてEUである。アメリカは設計とAI研究で世界を牽引する。EUは国際標準化、化学規制、航空宇宙材料など、世界経済を動かす規格と素材を握っている。我が国は精密製造と先端素材で他国の追随を許さない。

この三者が手を組み、それぞれの強みを補い合えば、AI時代における最強の安全保障圏が形成される。我が国はその中心に立つ条件を揃えている。

AI時代の国防は、技術への理解と同じだけ、国家としての覚悟が問われる。我が国は、旧式技術と先端技術、ソフトとハード、兵站とAI、素材と製造。その全てを総合し、国家の実体を再び強固なものにしなければならない。

歴史は常に、備えを怠った国から消えていく。我が国だけは、その轍を踏んではならないのである。

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すでに始まっていた中国の「静かな日台侵略」──クリミアと高市バッシングが示す“証左” 2025年11月20日
ロシアのクリミア併合とウクライナ侵攻の対比から、中国が軍事一辺倒ではなく「静かな侵略」としての情報戦・心理戦・グレーゾーン戦に重心を移している現実を描き、日本の情報戦対応の遅れを指摘する記事。

中国の恫喝に屈するな――高市政権は“内政干渉”を跳ね返せ 2025年11月19日
高市首相の台湾有事発言に対する中国の「撤回要求」を、我が国の主権と議会制民主主義への露骨な介入と位置づけ、情報戦・恫喝外交の構造を解き明かしつつ、日本が退いてはならない理由を論じたエントリー。

「台湾有事」への覚悟──高市首相が示した“国家防衛のリアリズム” 2025年11月9日
台湾有事は日本有事であり、現代戦はサイバー・情報攪乱・インフラ麻痺を伴うハイブリッド戦になるという前提から、高市首相の発言を“好戦”ではなく「戦争を避けるための抑止論」として位置づける安全保障論。

OpenAIとOracle提携が示す世界の現実――高市政権が挑むAI安全保障と日本再生の道 2025年10月18日
OpenAI×Oracleの提携を、米国主導のAIインフラ戦・知能封鎖線構築の文脈で捉え、日本のAI・半導体・量子技術を「高市政権によるAI安全保障戦略」と結びつけて論じる、今回の記事と直結するAI安全保障論。

半導体ラピダスへ追加支援検討 武藤経産相、秋の経済対策で―【私の論評】安倍ビジョンが実を結ぶ!ラピダスとテンストレントの協業で切り拓く日本の次世代AI半導体と超省電力化 2024年10月25日
ジム・ケラーらとの協業を軸に、ラピダスを「日米連携による次世代AI半導体・省電力化の中核」と位置づけ、日本が製造・素材・設計を束ねて経済安全保障とAIインフラの要になる可能性を示した技術・安全保障論。

2025年11月21日金曜日

米国の新和平案は“仮の和平”とすべき──国境問題を曖昧にすれば、次の戦争を呼ぶ

まとめ

  • 現在の米国主導の新たなウクライナ和平案は、ロシアの既成事実を国際的に認める危険性があり、「力による現状変更」を容認する重大な転換点となり得る。
  • ウクライナとロシアの国境線は、ソ連が民族を混在させ境界をゆがめた“地政学的地雷”の結果であり、これが軋轢の根本原因となっている。
  • 1991年の独立時に国境を再検討する機会を逃したことが、30年後の戦争再燃につながった。今回も国境問題を避ければ同じ轍を踏む。
  • 今回の停戦は“仮の和平”にとどめ、数年かけた国境再策定プロセスを義務づけるべきであり、日本を含む中立国がオブザーバーとして関与する必要がある。
  • ウクライナに不本意な領土割譲を迫る停戦が成立すれば、中国が台湾・尖閣で同様の「既成事実化」を試みる可能性が高まり、日本の安全保障にも直結する。
1️⃣ソ連が仕掛けた「地雷」と、新和平案の本当の怖さ

米ロが和平の新計画案 トランプ大統領が承認・政権が受け入れ求める 米英報道

ウクライナ戦争をめぐり、欧米メディアが「新和平案」を報じ始めている。
その中身が凄まじい。クリミア半島と東部二州を事実上ロシア領と認め、ウクライナ軍を60万人規模に縛る――。もしこれが通れば、ロシアは「武力侵攻をやっても、耐え抜けば領土が手に入る」という前例を世界に示すことになる。

これは単なる停戦条件ではない。冷戦後、国際社会が辛うじて守ってきた「力による現状変更は認めない」という筋が折れるかどうか、その瀬戸際である。ウクライナから見れば、自分たちがとても納得できない形で領土の一部を事実上手放すことを迫られたうえに、軍事力まで制限される。これは、主権国家としての根幹を削られ、ロシアの勢力圏に半ば組み込まれることを意味する。

ここで忘れてはならないのが、そもそも現在のウクライナとロシアの国境線が、「歴史の自然な結果」ではないという事実である。
ソ連時代、モスクワはウクライナ東部で重工業化を進める一方、ロシア系住民を大量に移住させた。1932〜33年のホロドモールでは、ウクライナ農村が壊滅的な打撃を受け、その空白を埋めるようにロシア人が再配置された。クリミアに至っては1954年、住民の意思ではなく、共産党内部の政治判断だけでロシア共和国からウクライナ共和国へ編入されている。

要するに、いまの国境線は、民族や歴史の流れに沿って引かれた線ではない。ソ連が「統治しやすくするため」に民族をかき回し、境界線をいじった結果である。あなたのブログ記事「米特使 “ロシアの支配地域 世界が露の領土と認めるか焦点”―【私の論評】ウクライナ戦争の裏に隠れたソ連の闇と地域の真実:これを無視すれば新たな火種を生む(2025年3月23日)」でも指摘しているように、これは民族対立を意図的に仕込んだ「地雷」だ。その地雷が、ソ連崩壊から30年以上たった今になって大爆発しているのである。

だからこそ、「ロシアが侵略し、武力で奪った地域を、そのまま既成事実として固定してよいのか」という問いは、単なる感情論ではない。そこには、ソ連が残した歪んだ国境線という根本問題が横たわっている。

2️⃣1991年に逃した「最後のチャンス」と、再び迫る岐路

1991828日、キエフ中心部に集まった数千人の独立派デモの参加者たち。あげた3本の指は、ウクライナの国章を表している。


では、1991年にウクライナが独立したとき、この問題は解決されていたのか。答えは明確な「ノー」である。

独立そのものは国民投票で圧倒的多数の支持を受けたが、国境線はソ連時代の「共和国間の行政境界」をほぼそのまま国家境界として引き継いだ。民族構成や歴史的経緯を踏まえた見直しは行われず、「看板だけソ連からウクライナに掛け替えた」ような状態で始まってしまったのである。

本来なら、1991年こそがロシアとウクライナが腰を据えて、双方が納得できる国境線を引き直すべき「最後のチャンス」だった。ところが現実には、旧ソ連全域が混乱し、経済も治安もガタガタで、とてもそこまで議論を深める余裕はなかった。ソ連式の混住構造も、治安機構の名残も、エネルギー依存の構図も、そのまま新生ウクライナに持ち越された。火種は消えるどころか、むしろ見えにくいところでくすぶり続けたのである。

いま世界は、再び同じ岐路に立たされている。今回の和平案を「これで一件落着」と扱うのは、1991年の過ちをもう一度なぞることにほかならない。
国境問題の核心に踏み込まないまま、「とにかく撃ち合いを止めたから良し」としてしまえば、数年先、十数年先に、必ず同じような爆発を迎えることになる。

3️⃣今回の停戦は「仮の和平」にとどめよ──国境を引き直さなければ、次の戦争が来る


だからこそ、今回の停戦は「最終的な和平」としてではなく、あくまで「仮の和平(終戦ではなく停戦)」、戦闘をいったん止めるための暫定措置として扱うべきである。
そのうえで、本番はこれからだ。数年単位の時間をかけて、ウクライナとロシアが、そして周辺諸国と国際社会が、「どこに線を引けば、これ以上血が流れないのか」を正面から話し合う必要がある。

このプロセスには、欧米とロシアだけではなく、日本を含む中立的な複数の国々がオブザーバーとして参加すべきだと考える。利害当事者だけで国境線を決めれば、必ずどちらかが「押し切られた」と感じる。そこに第三者の目と記録が入ることで、少なくとも「どういう経緯で決まったのか」という透明性だけは確保できる。

逆に言えば、この国境再策定のプロセスを避け、「とりあえず今の線で停戦しておこう」「実効支配に合わせて、あとはなしくずしで認めていけばいい」という安易な道を選べば、国際秩序そのものが揺らぐ。ソ連が残した歪んだ線を見て見ぬふりをすれば、その歪みは必ず次の戦争となって跳ね返ってくる。

この問題は、日本にとっても他人事ではない。もしウクライナが、自国も仲介国も納得できない形で領土の割譲を強く迫られるような停戦に追い込まれれば、中国はそれを「モデルケース」として見てくるだろう。
「長く圧力をかければ、西側はどこかで妥協する。台湾でも尖閣でも同じことができるのではないか」――。そう考えるのは自然だ。台湾有事のリスクは一段と高まり、南西諸島は今以上に最前線としての重みを増す。尖閣周辺の挑発も、確実にエスカレートする。専守防衛だけで国土と国民を守り切れるのかという問いが、現実の問題として突きつけられることになる。

一方、アメリカも無限の体力があるわけではない。ウクライナ支援で財政も軍備も消耗し、国内世論も疲れ、さらに対中戦略との両立を迫られている。三つの戦線を同時に維持できない以上、どこかで「この戦争は早く終わらせたい」と考えるのは当然だ。ウクライナ和平を「大幅譲歩型」でまとめてしまおうとする動きの裏には、こうした計算がある。

しかし、そこでウクライナに望まぬ形で領土の一部を手放すことを事実上強要し、軍の力まで縛り上げるような停戦を押し付ければ、その前例はそのまま東アジアにコピーされる。
「最前線の国にはある程度犠牲を払ってもらい、どこかで落としどころを探そう」――こうした発想が一度通用してしまえば、日本と台湾は、いつ同じ扱いを受けてもおかしくない。

世界はいま、はっきりとした分岐点に立っている。
ウクライナが望まぬ領土の手放しと軍縮を呑まされる和平を認めるのか、それともいったん停戦をしたうえで、時間をかけて国境と安全保障の枠組みを引き直すのか。前者を選べば、国際秩序は大きく歪み、力による現状変更が「やった者勝ち」となる時代に逆戻りする。後者を選ぶなら、日本もまた、当事者の一国として責任を負う覚悟が求められる。ソ連に北方領土を奪われ、いまだにロシアに奪われたままになっている、我が国こそ、仲介にもっとも相応しいと、私は思う。

この和平案は、その覚悟を私たちに突きつけているのである。

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トランプ再登場後の「Gゼロ世界」を背景に、強者が弱者を食う国際秩序の変質を描きつつ、ウクライナ停戦と領土問題が「力による現状変更」を正当化しかねない危険を指摘し、日本が取るべき戦略を掘り下げた論考。

米特使 “ロシアの支配地域 世界が露の領土と認めるか焦点”―【私の論評】ウクライナ戦争の裏に隠れたソ連の闇と地域の真実:これを無視すれば新たな火種を生む 2025年3月23日
米特使の「ロシア支配地域を世界が認めるかが焦点」との発言を手がかりに、ソ連時代の人為的な国境線とウクライナ内部の分断構造を詳しく整理し、それを直視しない停戦案は将来の紛争の火種になると警鐘を鳴らした記事。

有志国、停戦後のウクライナ支援へ準備強化 20日に軍会合=英首相―【私の論評】ウクライナ支援の裏に隠された有志国の野望:権益と安全保障の真実 2025年3月17日
英国主導の「有志国連合」による停戦後支援の動きを取り上げ、表向きは安全保障でも裏には資源・市場をめぐる権益争いがあることを描写。ウクライナ和平と戦後秩序の行方を、利権と安全保障の両面から読み解いている。

ウクライナに史上初めてアメリカの液化天然ガスが届いた。ガスの逆流で、ロシアのガスが欧州から消える時―【私の論評】ウクライナのエネルギー政策転換と国際的なエネルギー供給の大転換がロシア経済に与える大打撃 2024年12月31日
米国産LNGのウクライナ初輸入と「垂直回廊」による逆流輸送を通じて、欧州の脱ロシア依存が進む構図を解説。エネルギー面からロシアの影響力を削ぐ動きが、ウクライナ戦争後の国際秩序にどうつながるかを論じた内容。

2025年11月20日木曜日

すでに始まっていた中国の「静かな日台侵略」──クリミアと高市バッシングが示す“証左”


まとめ
  • グレーゾーン戦は、軍事行動の前に国家を静かに弱体化させる“侵攻の第一段階”であり、日本はこの領域への備えが最も遅れている状態にある。
  • ロシアがクリミア併合で示した曖昧戦の成功と、ウクライナ本土侵攻で露呈した古典的戦争の失敗は、中国が軍事よりも非軍事領域の戦いに比重を移す大きな動機になっている。
  • 台湾ドラマ『零日攻擊』は、中国が日常の中で進める“静かな侵略”をリアルに描き台湾では社会現象になったが、日本では危機感として十分に共有されず、認識ギャップが浮き彫りになった。
  • 高市首相の台湾有事発言に対し日本国内で起きた批判の多くは、戦争を「軍事行動=可視化された戦闘」と狭く理解する思考から生まれたものであり、日本社会が認知戦・情報戦に弱いという現実を露呈している。
  • 中国は今後、軍事衝突を回避しつつ、情報・経済・心理を武器に日本の内部構造へ浸透する戦略を強めると見られ、大学・自治体・世論空間を含む社会全体の認識改革が不可欠になっている。

1️⃣クリミアとウクライナが教える「静かな侵略」の威力

いま我が国の安全保障で本当に怖いのは、戦車が一斉に国境を越えてくる「派手な戦争」ではなく、じわじわと忍び寄る「静かな侵略」だと思う。いわゆるグレーゾーン戦である。軍事行動と平時の外交・経済・情報活動のあいだにまたがる曖昧な領域を、相手のレッドラインを踏み越えないギリギリで突き続けるやり方だ。


ロシアのクリミア奪取はグレーゾーン作戦で成功

その典型例が、2014年のロシアによるクリミア半島併合である。ロシアは正体を隠した「小さな緑の男たち」(ロシア兵)と親露勢力、情報操作を組み合わせ、ほとんど本格戦闘をせずにクリミアを奪ったと多くの研究者が分析している。(デジタル・コモンズ)一方で2022年のウクライナ本土への全面侵攻は、戦車とミサイルを前面に押し出した古典的な軍事作戦になり、キエフ電撃占領は失敗し、ロシア軍は甚大な損害を被った。

この対照は、北京にもはっきり観察されている。中国の軍事・安全保障研究を追っているシンクタンクや研究者は、ロシアの失敗から「正面からの全面侵攻はコストが高すぎる」という教訓を中国指導部が学んでいると指摘している。(RAND Corporation)だからこそ、習近平は台湾や日本に対しても、いきなりノルマンディー上陸のような作戦ではなく、クリミア型のグレーゾーン戦、つまりサイバー攻撃、情報攪乱、経済依存の利用、国内政治への浸透といった「静かな侵略」にますます力を入れる可能性が高いと言わざるを得ない。

その延長線上で見ると、大阪の中国総領事・薛剣がXで高市早苗首相に対し「汚い首は斬ってやるしかない」と投稿した事件は象徴的である。(Reuters)表向きは一外交官の“暴言”だが、実態は日本の台湾支援発言を萎縮させ、日本国内に「台湾に深入りすると危ない」という空気を醸成する心理的攻撃だと見た方が筋が通る。これ自体が、軍事と外交・世論操作が一体化したグレーゾーン戦の一部なのである。

2️⃣台湾ドラマ『零日攻撃』と日本の鈍い危機感

グレーゾーン戦への認識の差を、これほど鮮やかに見せつける作品は他にない――そう感じさせるのが台湾ドラマ『零日攻擊 ZERO DAY ATTACK』(日本題『零日攻撃/ゼロ・デイ・アタック』)である。人民解放軍による台湾侵攻を描くといっても、大量上陸や大爆撃はほとんど出てこない。描かれるのは、投票所爆破事件を利用した世論操作、偵察機「行方不明」を口実とした海上封鎖、サイバー攻撃によるインフラ麻痺、中国製半導体に仕込まれた“裏口”を通じた情報窃取、SNSインフルエンサーを使ったデマ拡散など、「静かな侵略」の積み重ねである。(ウィキペディア)

製作陣はCINRAのインタビューで「台湾が直面している脅威は、日本にとっても決して他人事ではない」と語っている。(CINRA)日本からも人気俳優の高橋一生と水川あさみが参加している。高橋一生は第3話「ON AIR」で、中国系半導体メーカーの幹部となった元恋人として登場し、中国製チップに仕込まれたバックドアをめぐる告発劇に絡む。(まり☆こうじの映画辺境日記)水川あさみは、第5話「シークレット・ボックス」で、米国行きを夢見る女性と陰謀に巻き込まれる人物として物語の鍵を握る役どころだと紹介されている。(vinotabi.blog.fc2.com)これだけ見ても、日本の視聴者に訴えかける要素は十分にあるはずだ。

台湾ドラマ零日攻撃に出演した水川あさみ

実際、台湾では予告編の段階から大きな反響を呼び、「台湾有事」を真正面から描いた社会現象的作品として議論を巻き起こしたと報じられている。(大紀元)一方で、日本ではAmazonプライムで配信されているにもかかわらず、視聴率や世論調査などで「大ヒット」と呼べるようなデータは、少なくとも公開ベースではほとんど見当たらない。東洋経済やVODレビューサイトの分析でも、日本の視聴者の評価は「報道の自由と戦争を描いた硬派な社会派ドラマとして高く評価する層」と、「地味で難しく、メッセージ性が強すぎて疲れると感じる層」に二分されていると指摘されている。(東洋経済オンライン)

つまり、台湾側はこのドラマを通じて、「中国の台湾侵攻は古典的侵略戦争ではなく、グレーゾーン活動(極大)+軍事力行使(極小)の組み合わせとして進む」とリアルに想定しているのに対し、日本側はせっかくの“教科書”を前にしながら、その重さを十分には受け止めきれていないのではないか。

日本人の多くは「台湾有事」と聞くと、どうしても第二次大戦のノルマンディー上陸作戦のような派手な上陸戦を思い浮かべがちである。しかし、台湾ドラマが見せるのはまったく逆の絵だ。ほとんど銃声の鳴らないまま、選挙、不満デモ、サイバー攻撃、電力遮断、経済封鎖、情報空間の操作を通じて、気がついたら社会機能と民心が崩れている世界である。台湾人が描く侵攻シナリオは、グレーゾーン活動こそが主戦場であり、軍事力はその最後の“スイッチ”にすぎないという冷徹なリアリズムに立っている。

日本国内でも、このドラマについては「日本では絶対に作れない作品」「報道と戦争の関係をここまで描いたドラマは初めてだ」と評価する声がある一方で、全体として社会現象と呼べるほどの盛り上がりには至っていない、というのが公開情報から読み取れる範囲での現実だと思う。(今こそ見よう!)この点については、データが限られる以上「日本でヒットしなかったのは、グレーゾーン戦への認識の低さを反映している」とまでは断定できない。ただ、台湾と日本で受け止め方に大きな温度差があるのは確かであり、その背景として「グレーゾーンを主戦場とみなす台湾」と、「どうしても正面衝突の戦争像に引きずられる日本」という認識ギャップがあるのではないか――というのは十分妥当な推測だと考える。

3️⃣高市発言バッシングは、「認知戦」の一部だ


この認識ギャップは、高市早苗首相の「台湾有事は存立危機事態になり得る」という国会答弁をめぐる国内報道にも、そのまま投影されている。高市首相は、中国が台湾を海上封鎖し、戦艦を用いた武力行使を伴う事態になれば、日本のシーレーンや在留邦人、米軍基地への影響から見ても、我が国の存立が脅かされ得る――と、現行法制から見てごく当たり前の整理をしたにすぎない。(フォーカス台湾 - 中央社日本語版)

ところが、国内の一部メディアや野党は、発言の文脈を切り取り、「軍事的緊張を煽った」「軽率だ」といった批判に走った。ここには、「台湾有事=ノルマンディー型の大戦争」という前提に立ち、「そんな話をするだけで危険だ」という感情的な反応が透けて見える。一方で、中国側はどうか。

先に触れたように、大阪の薛剣総領事はXで、高市首相を念頭に「勝手に突っ込んできたその汚い首は、一瞬のちゅうちょもなく斬ってやるしかない。覚悟ができているのか」と投稿した。(Reuters)日本政府は公式に抗議し、台湾の国家安全会議や総統府も「非文明的」「外交マナーの逸脱」と強く批判したが、中国外務省は「個人の投稿」「日本側の危険な発言への反応だ」と突っぱねた。(フォーカス台湾 - 中央社日本語版)

ここで重要なのは、こうした「首を斬る」発言が、単なる外交的失言ではなく、世論を震え上がらせることを狙った情報心理戦の一環だという点である。日本国内で、「台湾なんかに関わるから危ない」「首相が余計なことを言うから中国に睨まれる」という空気が少しでも広がれば、それだけで北京にとっては成功である。実際、「中国の怒りを買った高市が悪い」という論調は、国内の一部論者やSNSですでに散見される。これは、まさに中国側のグレーゾーン活動が、日本社会の認知空間にまで食い込み始めている証拠ではないか。

同じ頃、中国は南シナ海でフィリピン船舶への体当たりや高圧放水、乗員負傷を伴う過激な威嚇行動を繰り返している。2024年のセカンド・トーマス礁事件では、フィリピン側の補給船が中国海警により妨害され、兵士が負傷する事態にまで発展した。(ウィキペディア)一歩間違えば「戦闘」と報道されてもおかしくないギリギリの挑発だが、中国は一貫して「正当な法執行」だと言い張っている。ここにも、「相手に殴り返させたら勝ち」というグレーゾーン戦の発想が透けて見える。

ロシアがクリミアで成功し、ウクライナ本土への全面侵攻で大きく躓いたのを見て、習近平がどちらの戦い方に魅力を感じるかは、改めて言うまでもないだろう。(デジタル・コモンズ)少なくとも当面、中国は「いきなり戦車とミサイル」ではなく、情報戦・経済戦・法律戦・心理戦を総動員したグレーゾーン活動を最大限に活用し、その延長線上で軍事力をちらつかせるという道を選ぶ可能性が高い。

その最前線は、もはや尖閣や台湾海峡だけではない。我が国の大学・研究機関を通じた技術流出、北海道や自衛隊基地周辺の土地買収、水源地への静かな浸透、地方自治体や政党、メディアへの巧妙な働きかけ――いずれも、すでに個別の報道や調査で明らかになりつつある現実だ。(pttweb.cc)そして、台湾ドラマ『零日攻撃』の日本での“今ひとつの響き方”や、高市発言への過剰ともいえるバッシングは、「中国のグレーゾーン戦がすでに日本社会の認知空間を揺さぶりつつある」という不愉快な現実を、逆説的に映し出しているように思えてならない。

平和を望むことは尊い。しかし、「戦争の話をしないこと」が平和を守る道だと信じ込まされることこそ、グレーゾーン戦を仕掛ける側の思う壺である。台湾は、ドラマという形で自国の危機を直視し、国民に突きつけている。我が国もそろそろ、「ノルマンディー型の戦争は起きてほしくない」という願望の世界から抜け出し、「静かな侵略」にどう備えるかという現実の土俵に立たなければならない時期に来ているのではないか。

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中国の恫喝に屈するな――高市政権は“内政干渉”を跳ね返せ 2025年11月19日
高市首相の台湾有事発言に中国が撤回を迫り、在中国邦人への注意喚起まで発せられた背景を分析。中国の圧力を「内政干渉」として正面から跳ね返すべきだと論じ、日本のメディアや“識者”の及び腰も批判している。 

中国の我が国威嚇は脅威の裏返し—台湾をめぐる現実と我が国の覚悟 2025年11月14日
大阪総領事の「汚い首は斬ってやる」発言や中国外務省の威嚇を取り上げ、それが日本の「自立した主権国家」への回帰を恐れるがゆえの反応だと指摘。ASW・AWACSなど日本の優位と、我が国の霊性文化と結びついた防衛の意義を掘り下げる。 

沈黙はもう終わりだ──中国外交官の“汚い首を斬る”発言に、日本が示すべき“国家の矜持” 2025年11月11日
中国大阪総領事・薛剣による「その汚い首を斬る。覚悟はあるか?」という暴言を軸に、“戦狼外交”の構造と危険性を分析。英国やカナダのようにペルソナ・ノン・グラータ宣言も辞さない対応を取りうること、日本が「沈黙の平和」から「覚悟の平和」へ転換すべきだと訴える。 

「台湾有事」への覚悟──高市首相が示した“国家防衛のリアリズム” 2025年11月9日
高市首相が「台湾有事=日本有事」と位置づけた国会答弁の意味を整理し、南西シフトやスタンドオフ防衛など具体的な備えを解説。台湾ドラマ『零日攻撃』を引きつつ、サイバー攻撃や情報攪乱による“静かな侵略”に日本社会の認識が追いついていない危機を描く。 

「力の空白は侵略を招く」――NATOの東方戦略が示す、日本の生存戦略 2025年8月14日
ロシアのグルジア侵攻・クリミア併合・ウクライナ侵攻を「力の空白」が招いた典型例として整理し、NATOの東方防衛ライン強化を詳述。日本もロシア・中国・北朝鮮の三正面に直面する中で、空白を作らず多域連携とグローバルな抑止構造を築く必要があると提言している。


2025年11月19日水曜日

中国の恫喝に屈するな――高市政権は“内政干渉”を跳ね返せ


まとめ
  • 我が国政府が在中国邦人に「広場・人混みを避けよ」と警告したのは、中国国内の政治的緊張と反日感情の高まりを現実的な危険として捉えた結果である。
  • 高市首相の台湾有事に関する国会答弁は、我が国の安全保障の常識に沿ったものであり、中国がこれを撤回させようとするのは明白な内政干渉である。
  • 中国の反日デモは過去たびたび発生し、その一部は反政府運動へ転化し、当局の統制さえ危うくした事例があるため、邦人が巻き込まれる危険性は無視できない。
  • 国際環境も台湾海峡をめぐり緊張を高めており、米国務省や米議会は中国の現状変更を強く非難し、日本との連携を明示している。
  • 国内の一部メディアや識者は、事態の本質を見ず「挑発だ」「日本が自制すべきだ」といった浅い反応に終始し、危機の構造を理解しようとしない姿勢がむしろ問題を深刻化させている。

1️⃣我が国政府の警告は“静かな危機”の始まりである


11月中旬、我が国政府は在中国邦人に向けて「大人数の広場や人混みを避けよ」と注意喚起を出した。表向きは安全情報に見えるが、その文言には通常の旅行注意を超えた緊張感が漂う。広場、群衆、不審な集団――いずれも政治的騒乱を暗示する言葉だ。我が国は、中国国内で反日感情が溜まりつつある危険を見逃さず、それが邦人リスクに転化する可能性を現実に読み取っている。

背景には、高市早苗首相が国会で台湾海峡の危機に言及したことがある。中国はこれに反発し、日本政府に“発言撤回”を迫った。外交の場で他国の首相答弁に口出しする行為は、主権国家への明白な干渉である。それにもかかわらず、国内の一部メディアと“識者”は、高市首相に対して「挑発的だ」「余計な発言だ」と責める調子ばかりで、中国側の不当性を指摘する声は驚くほど少なかった。

11月18日の中日外務高官協議では、中国外務省の毛寧報道官が高市首相の答弁に抗議し、撤回を要求したと明らかにした(出典:ロイター China urges Japan PM to retract 'egregious' remarks on Taiwan, 2025年11月13日)。
これは、まぎれもなく我が国への干渉であり、看過すれば今後も際限なく踏み込まれる。高市首相が退く理由はまったくない。

さらに、国会でもこの問題は核心に触れた。11月7日の衆院予算委員会で、立憲民主党の岡田克也氏が「台湾とフィリピンの間の海峡が封鎖された場合、存立危機事態に当たるのか」と問い、高市首相は「武力を伴うものなら該当し得る」と答えた。
国家安全保障の責任者として当然の答弁であり、これを中国が“撤回せよ”と迫る構造自体が危険なのだ。

2️⃣中国が最も恐れるのは“反日”の暴走ではなく“反政府”への転化である

中国は長年、反日ナショナリズムを国内統治の道具として利用してきた。経済不満や政治不満を外に向け、国民の視線をそらす典型的な手法である。しかし、この方法には重大な欠点がある。火が大きくなりすぎると、矛先が“反政府”へ向かう危険を常に伴う。まさに諸刃の剣なのだ。

実際、過去には反日デモが反政府へ“転化”した事例がある。2005年の反日デモでは日本企業の店舗破壊が起きたが、一部では汚職批判のスローガンが混ざった。2012年の尖閣をめぐるデモでも、地方政府の腐敗や不満が叫ばれた場面が確認されている。その後も反日デモを野放しにおくと、それが反政府でもになってしまうという現象が度々発生したので、それ以来政府は反日デモを開催させないように方針を変えた。

中国にはかつて、反日サイトが多数あったが、これを放置しておくといつの間にやら反政府サイトに変わってしまうので。これを事実上閉鎖した。SNSの投稿にも常に目を光らせ、反日が反政府になる兆候が見えた場合、投稿を削除している。

自由を求めた中国のゼロコロナ抗議デモ

中国当局はこの転化を恐れている。
なぜなら、反日デモは「政府が許した範囲」でしか燃やせない炎だからだ。しかし、中国人民の中には、政府に対する憤怒のマグマがいつ爆破してもおかしくないほど鬱積している。火力が上がり過ぎれば、中国共産党の統治正当性そのものに跳ね返り、制御不能になる。

しかし現状の中国は、経済政策の失敗などから、この危険を冒してまでも、自らが国民の憤怒のマグマを直接浴びることを避けるため反日を煽らなければならない状況にある。しかしながら、反日を煽り続ければ、今度は自分たちが危なくなるため、一定の限度がある。

その一定の限度を乗り越えず統治の正当性を維持するには、台湾統一をすぐにも実現すべきだが、これもこのブログで過去に述べてきたように、すぐにはできそうにもない。こういう窮地に立った時に、中国は他国への恫喝を強めるのは常道と言っても良い。中国は今危険な綱渡りをしているのだ。

したがって、我が国政府の警告は、当然のことである。中国国内の反日感情が高まる時期は、中国当局が神経質になる時期でもあり、これがさらにエスカレートしさらに反政府運動にまで拡大すれば、多数の邦人が巻き込まれる可能性は一気に高まる。広場を避けよという警告は、混乱の“暴発”とその限界を我が国が冷静に見通した結果である。

3️⃣国際環境の現実と、情けない国内“専門家”たち

国際社会も台湾海峡の危機を本気で見ている。7月、米国務省は「台湾海峡の現状変更に強く反対する」と公的に表明し、日本を含む同盟国と連携する姿勢を明確にした。さらに米議会では、台湾侵攻に備えた中国制裁法案が超党派で進み、米軍制服組も議会で「台湾有事の危険は過去より切迫している」と証言した。
(出典:米国務省・台湾に関するプレスリリース / 米議会公聴会記録)

こうした状況下で、高市首相が台湾海峡の安全保障を語るのは国際常識に沿っている。むしろ、語らないほうが不自然だ。台湾海峡は我が国の生命線であり、その危機は我が国の危機だ。首相が国会で現実を述べたからといって、それを中国が撤回させようとするのは、主権を踏みにじる行為にほかならない。


ところが、国内の一部メディアと“識者”は、まるで中国の広報官のような反応を示した。「挑発的だ」「不用意だ」「中国を刺激するな」――そうした言葉ばかりが紙面に躍り、高市首相を批判する声はあっても、中国の不当性を指摘する声はほとんど聞こえなかった。
中国が日本の首相に“発言撤回”を求める異常事態であるにもかかわらず、その重要性に触れようともしない。

目の前で起きているのは「台湾有事の現実化」と「中国による日本政治への介入」であり、いずれも国家の根幹にかかわる問題である。これを矮小化する報道は国益を損なう。

結論:高市首相は一歩たりとも退いてはならない

中国による“発言撤回要求”は、我が国の主権と議会制民主主義への挑戦である。もしこの要求を受け入れれば、我が国は今後あらゆる外交・安全保障上の議論で中国の顔色を窺う国になるだろう。それは国家としての自殺行為だ。

台湾海峡の危機が迫る中、我が国は同盟国と歩調を合わせ、毅然とした姿勢を貫くべきだ。高市首相の答弁はその第一歩であり、撤回する理由はどこにもない。

我が国は、主権国家として当たり前のことを当たり前に言う国でなければならない。
それこそが国民を守る確かな道である。

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中国の威嚇は脅威の裏返し――地政学の大家フリードマンが指摘した『日本こそ中国の恐れる存在』  2025年11月16日
高市首相の「台湾有事=日本の存立危機」発言に、中国が暴言・威嚇・渡航自粛で過剰反応した背景を、フリードマン地政学から読み解く記事だ。日本列島が中国の外洋進出を塞ぐ“壁”であることを踏まえ、中国の恫喝がむしろ「日本への恐怖と焦り」の裏返しである構図を描き出している。

沈黙はもう終わりだ──中国外交官の“汚い首を斬る”発言に、日本が示すべき“国家の矜持”  2025年11月11日
大阪の中国総領事が高市首相に対して「汚い首を斬ってやる」と発言した前代未聞の暴言を取り上げ、日本がどのような抗議と対抗措置を取るべきかを論じたエントリーである。外交とは礼と覚悟の勝負であり、中国の恫喝に沈黙してきた日本の姿勢を改めるべきだと強く訴えている。

「台湾有事」への覚悟──高市首相が示した“国家防衛のリアリズム” 2025年11月9日
高市首相が国会で「台湾の安定は日本の安全保障に直結する」と明言した意味を、南西シフトやハイブリッド戦のリアリズムから掘り下げた記事だ。台湾有事は日本有事であり、防衛力整備は“戦争準備”ではなく戦争を避けるための抑止であるという視点を提示している。

高市総理誕生──日本を蝕んだ“中国利権”を断て  2025年10月21日
高市総理誕生を、日本政治に巣食ってきた「中国利権ネットワーク」を断ち切る転換点として描いた論考である。IR汚職や海外の事例を引きつつ、中国マネーが政財官界や大学・地方自治体にまで浸透してきた実態を示し、高市政権に求められる利権構造の一掃を提起している。

日本の沈黙が終わる――高市政権が斬る“中国の見えない支配”  2025年10月19日
高市政権の成立を「情報主権国家」への出発点と位置づけ、中国の情報操作・統一戦線工作にようやくメスが入る過程を描いた記事だ。スパイ取締法構想や“空白証拠”の分析を通じて、メディアと政治の親中構造が生んだ沈黙を断ち切る必要性を訴えている。

2025年11月18日火曜日

COP30が暴いた環境正義の虚像──SDGsの欺瞞と日本が取り戻すべき“MOTTAINAI”


まとめ
  • COP30は“科学の会議”ではなく政治装置であり、先住民運動や抗議行動は欧米型アイデンティティ政治と結びついた演出として利用されている。
  • 気候変動問題は純粋な科学ではなく政治的思惑に支配され、異論は封殺され、IPCC要約も政治によって方向性が決められている。
  • SDGsは利権構造を生み出す仕組みとなり、SDGウォッシングや評価産業が肥大化している一方、アメリカではバッジが“馬鹿の印”と揶揄され、金融界でも距離を置かれ始めている。
  • 日本の霊性の文化は自然との調和を重んじる独自の価値体系であり、欧米の環境思想とは異なる文明的強みを持つ。
  • “MOTTAINAI”は利権にならないため国際社会から押しやられたが、本来は世界が学ぶべき文明の叡智であり、日本はこれを再び掲げ「本当の持続可能性」を世界に示すべきである。
1️⃣気候正義の裏に潜む政治装置──科学の皮を被った気候物語と欧米型アイデンティティ政治

COP30では、会場の外で「気候正義」を掲げる大規模デモが行われた

ブラジル・ベレンで開かれているCOP30では、会場の外で「気候正義」を掲げる大規模デモが連日行われている。数万人規模の「市民行進」には先住民や環境団体が参加し、化石燃料の「葬式」パフォーマンスまで繰り広げられた。(ガーディアン)
別の日には、先住民らが会場の主要入口を数時間ふさぎ、ライオットポリスや軍の車両が並ぶ物々しい光景も報じられている。(ガーディアン)

表向きは「科学に基づく地球規模の議論」だが、その中身はかなり政治的だ。
温暖化は人類の罪、化石燃料は絶対悪、炭素削減は道徳的義務――こうした前提が最初から固定され、そこに疑問を挟む余地はほとんどない。

CO₂と気温上昇の関係は、未解明の部分が残っている。それでも、懐疑的な研究者は主流から外され、慎重な姿勢を見せる政治家は「地球の敵」のように叩かれる。IPCC報告書の要約版は各国政府の交渉で書き換えられ、その「政治的要約」が世界の政策の根拠として独り歩きする。もはや純粋な科学ではない。気候変動は、科学の衣をまとった政治の道具になっている。

この気候物語を“道徳的に補強”しているのが、欧米発のアイデンティティ政治だ。社会を「被害者」と「加害者」に分け、被害者とされた側に絶対的な正義を与えるやり方である。COP30でも、先住民はその象徴として前面に立たされている。彼らの怒りは、本来なら是々非々で議論されるべき開発・インフラ政策を、「植民地主義の再来」と断罪するための強力なカードとして使われる。

もちろん、先住民側に切実な問題があることは事実だ。しかし、抗議行動の背後には、欧米の環境NGOや国際基金からの資金、組織的な支援があるケースも多い。誰がスピーカーを選び、誰がマイクを渡しているのか。その力学を見ないまま「環境正義」というきれいな言葉だけを信じれば、欧米の政治ゲームに巻き込まれるだけである。
 
2️⃣環境ファシズムとSDGs──“きれいごと”が巨大利権に変わる

今やSDGsバッジは馬鹿の目印・・・・・・?

気候物語とアイデンティティ政治が結び付くと、環境ファシズムと呼ぶべきものが顔を出す。環境の名さえ掲げれば、企業活動の停止要求も、道路封鎖も、生活への重大な制約も、「地球のため」として正当化される。

同じ構図は、ここ数年のアメリカ金融界でも姿を変えて表れている。ESG投資への反発が急速に強まり、20以上の州で「反ESG」法や規制が次々に導入された。ESGを看板にした投信への資金流入も伸び悩み、全体残高が頭打ちになったとの分析も出ている。(Oxford Law Blogs)

そんな中で象徴的なのがSDGsだ。
17の目標、169のターゲット、カラフルなアイコン――見た目は立派だが、世界中で「SDGウォッシング」という言葉が飛び交うようになっている。企業や自治体がSDGsのロゴだけを並べ、中身の伴わない取り組みを“善行”として宣伝する現象だ。学術論文でも「SDGsの報告は象徴的にすぎず、実態を伴わない“SDGウォッシング”の危険がある」との指摘が相次いでいる。(Emerald Publishing)

SDGsそのものの設計についても、目標が多すぎる、指標があいまい、互いに矛盾する、結局は現状維持の道具になっている――といった批判が研究者から出ている。(ウィキペディア)

日本でも、いわゆる「SDGsバッジ」が一時期は流行した。だが空気は変わりつつある。
経済評論家の渡邉哲也氏は、片山さつき氏との対談や自身のX(旧Twitter)で、アメリカではSDGsバッジは「バカの印」とまで揶揄されており、そんなものを付けていれば銀行や投資家の信用を失う、と語っている。(note(ノート))
これは、実務の世界では「きれいごとの飾り」を嫌い、数字と実績を重んじる風潮が強まっていることの反映だろう。

SDGsは、本来なら人類の未来のための旗印であるはずだった。ところが現実には、国際機関、金融機関、格付け会社、コンサル企業、広告代理店――こうしたプレーヤーが参入しやすい「利権の器」になってしまった。評価指標を作る側が主導権を握り、企業や自治体はそれに合わせて高価なレポートや認証を買う。きれいな言葉とは裏腹に、「点数を売る産業」だけが太っていく構図ができ上がっているのである。(ウィキペディア)
 
3️⃣日本が取り戻すべき霊性の文化──“MOTTAINAI”こそ世界が学ぶべき文明の叡智

しかし、我が国には欧米が持たない文明的な武器がある。
森羅万象に命が宿ると考え、自然と人間を対立させず、畏れと感謝の心で向き合う「霊性の文化」である。自然を征服する対象とも、神棚に飾る偶像ともせず、「共にある存在」として扱ってきた。この感覚は、環境問題が思想闘争と利権の道具にされている現代において、非常に大きな意味を持つ。

この精神文化を最もよく表す言葉が、「MOTTAINAI(もったいない)」だ。
“勿体無い”は、本来あるべき姿や価値を無駄にしてしまうことを惜しむ感情であり、「ものにも命が宿る」という感覚が裏にある。まだ使える物を捨てるのはもったいない。料理を残すのはもったいない。使い捨てはもったいない。ここにあるのは、難しい理論ではなく、生活に根付いた自然な徳目である。

この言葉に世界が注目したきっかけは、2005年のワンガリ・マータイ氏の来日だ。ケニア出身で、環境保護の功績によりノーベル平和賞を受賞したマータイ氏は、日本で「もったいない」という言葉に出会い、その深い意味に衝撃を受けた。彼女は、この一語に「減らす・繰り返し使う・再生する・敬意」の四つの思いが込められているとして、国連などの場で“MOTTAINAI”を世界に紹介した。(外務省)

これを受けて毎日新聞社などが「MOTTAINAIキャンペーン」を展開し、循環型社会づくりの合言葉として広めようとした。(政府オンライン)
本来であれば、日本発の“MOTTAINAI”が、世界の環境運動の中心に座っていてもおかしくなかった。


ところが現実には、その後、国際社会で主役になったのは“MOTTAINAI”ではなくSDGsだった。なぜか。
理由は単純である。

MOTTAINAIは「無駄を減らせ」「余計なものを作るな」「静かにやるべきことをやれ」という思想だ。これでは利権にならない。派手なシンポジウムも、巨大なコンサルビジネスも、複雑な認証ビジネスも生まれない。誰かが儲かる仕組みにはなりにくい。

一方、SDGsはどうか。
目標は多く、指標は細かい。だからこそ、「指標づくり」「評価」「認証」「コンサル」「広報」といった分野に、いくらでも仕事を生み出せる。国際会議も増える。報告書も山のように作れる。つまり、利権を量産するにはもってこいの仕組みだ。世界は「利権になるSDGs」を選び、「利権にならないMOTTAINAI」を隅に追いやったのである。

しかし、日本が従うべきはどちらか。
答えは明らかだ。

我が国は、欧米発のスローガンをありがたがる必要はない。
むしろ、自らの霊性の文化と“MOTTAINAI”の精神を今こそ掘り起こし、現代的な言葉で語り直し、世界に示すべきだ。

自然を畏れ、同時に共に生きる。
物を大切にし、無駄を恥じる。
誰かに見せるためではなく、自分たちの暮らしと心をまっすぐに保つために、環境を守る。

この静かで強い価値観こそ、気候変動詐欺、アイデンティティ政治、環境ファシズム、SDGs利権の欺瞞に振り回されないための“心の防波堤”である。

日本は、ただ外圧をはねつける国であってはならない。
我が国こそ、「本当の持続可能性とは何か」を世界に示す役割を担うべきだ。
その土台になるのが、霊性の文化と“MOTTAINAI”なのである。

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脱炭素の幻想をぶち壊せ! 北海道の再エネ反対と日本のエネルギードミナンス戦略 2025年5月31日
北海道で進む再エネ偏重政策の歪みを俯瞰し、日本は「脱炭素」ではなくエネルギードミナンスで国家戦略を構築すべきだと論じた記事。COP30の環境正義批判と極めて整合する。

きょうは「みどりの日」 「MOTTAINAI」普及 循環型社会、目指し―エコエゴにならないように!! 2010年5月4日
「MOTTAINAI」の本来の意味を仏教・神道由来の霊性の文化として掘り下げ、二酸化炭素神話やエコグッズ商法と切り離して論じた。COP30批判やSDGs利権批判と組み合わせることで、「日本発の環境観」を打ち出す土台として使いやすい内容。

【主張】温室ガス中期目標 実現可能な数値にしたい―地球温暖化二酸化炭素説がいつまでも主要な学説であり続けることはあり得ない!! 2009年5月8日
京都議定書や温室ガス削減目標をめぐる国際政治の偽善性を指摘し、「地球温暖化二酸化炭素説」は虚偽であり省エネと混同すべきでないと論じた。COP30の「環境正義」レトリックを批判する際の理論的バックボーンとして位置づけられる。

日本の森林問題の特殊性-環境問題は教条主義的には対処できない 2008年5月21日
日本は「伐らないと森が死ぬ」森林大国であり、欧米型の教条的グリーン思想ではかえって環境を壊すという逆説を具体的に示した記事。

私が環境問題に興味を持ったきっかけ-マスコミの危険性を教えていただいた恩師の想い出 2007年9月10日
「前脚のない猿」報道をめぐる誤報・扇動の実例から、環境報道とマスコミの危険性を告発した原点回帰の記事である。COP30報道、SDGs礼賛、ESGバブルなどに踊らされる世論を批判し、「自分で裏を取る読者になるべき」と主張。

2025年11月17日月曜日

中国依存が剥がれ落ちる時代──訪日観光と留学生の激減は、我が国にとって福音



まとめ

  • 中国人観光客への過度な依存がオーバーツーリズムや奈良の鹿への乱暴などを招き、今回の縮小は観光の質と日本文化を守る好機である。
  • 観光消費の6割以上は日本人によるものであり、「中国人が来なければ観光経済が崩れる」という言説は事実に反している。
  • 中国の国家情報法により中国籍者は国外でも情報活動への協力義務を負うため、日本の大学・研究機関での受け入れは構造的な情報流出リスクを抱えている。
  • 北海道の水源地や自衛隊周辺の土地買収、経済報復、SNSを使った世論操作、行政システムへの中国企業の入り込みなど、日本ではあまり報じられない形で中国の浸透が進んでいる。
  • 米国のPew Research Centerの調査で世界の過半数が中国を否定的に見ており、日本でも好意的評価は1割強にとどまることから、中国依存から距離を置くことは我が国の生存戦略そのものである。

1️⃣観光と教育の“ゆがみ”が正される絶好のチャンスだ


中国政府が自国民に「日本への渡航・留学を控えよ」と警告を出した。日本のテレビや新聞は、「観光産業への打撃」「大学経営への影響」といった話ばかりだ。しかし、実態を見れば、これは我が国にとってむしろ好機である。長年続いた中国依存のゆがみを、ようやく是正できる入り口だからだ。

まず観光である。爆買いツアーに象徴されるように、中国人観光客への過度な依存は、日本の街の景色を大きく変えてきた。京都や浅草の商店街は中国語の看板であふれ、深夜まで騒がしく、文化財の扱いは荒くなった。日本文化を味わう場だったはずの観光地が、「安さ」と「買い物」だけを求める団体旅行の舞台に変わってしまったのである。

その結果がオーバーツーリズムだ。京都では地元住民が市バスに乗れず、鎌倉では通勤者が駅前を抜けられない。浅草や富良野でも生活道路が観光バスと観光客で埋まり、住民の生活は押しのけられてきた。観光が地域を潤すどころか、地元の人から日常を奪う存在になりつつあった。

奈良公園の鹿への乱暴狼藉は、その象徴である。鹿を蹴る、追い回す、角をつかむ、食べ物を投げつけて動画を撮る──。奈良の鹿は千年以上、神域とともに生きてきた神鹿であり、我が国の文化そのものだ。それを“見世物”のように扱う行為は、日本文化への侮辱である。こうした迷惑行為の多くが特定の国の観光客によるものであることは、もはや誰の目にも明らかだ。

それでも日本のメディアは、「中国人が来なくなったら日本の観光は成り立たない」といった調子で不安を煽る。しかし数字を見れば実態は逆である。政府資料によれば、2023年の観光消費総額28.1兆円のうち、日本人による国内観光消費は21.9兆円であり、全体の6割以上を占める。(国土交通省) 外国人訪日客の消費は5.3兆円にとどまる。(ジェトロ) つまり、観光産業の屋台骨を支えているのは我が国民自身であり、中国人観光客ではない。

しかも、中国人観光客の購買力はすでに落ちている。日本政府観光局などの統計を整理した報道によれば、2025年4〜6月期の中国人訪日客の一人当たり買い物代は、前年比29%減まで落ち込んだ。(China Travel News) その一方で、日本国内の中国系店舗や中国系ツアーだけを回り、経済圏を中国語コミュニティの中で完結させる動きも強まっている。表向きの人数が増えても、日本経済に落ちるお金は細っているのが現実だ。

教育分野のリスクは、さらに深刻である。中国人留学生は、単なる「外国からの優秀な学生」では済まない。2017年に施行された中国の国家情報法は、第7条で「すべての組織と公民は、法律に従って国家情報活動を支持し、援助し、協力しなければならない」と定めている。(chinalawtranslate.com) 第10条も、情報機関が必要な協力を求められる権限を明確にしている。(chinalawtranslate.com) つまり中国籍の者は、国外にいても国家が命じれば情報収集への協力が“義務”になるということだ。

この前提に立てば、日本の大学や研究機関に大量の中国人留学生・研究者を受け入れてきた構図が、いかに危ういものであったかが見えてくる。先端材料、AI、量子技術など、軍事転用の余地がある分野ほど中国側が強い関心を持っているのは各国共通の認識である。それでも日本では、「国際化」「大学経営」などの言葉の陰で、安全保障の視点がほとんど語られてこなかった。

さらに、日本のメディアがまず取り上げないのが「医療」と「教育資金」の問題だ。中国系ブローカーが短期滞在の観光客を高額医療へ誘導し、未払いのまま帰国して病院が泣き寝入りする例が現場で問題になっていることは、医療関係者の間では知られた話である。また、一部の大学が中国系ファンドからの寄付や共同研究資金を受け取り、その見返りに研究テーマや成果の扱いに目をつぶってしまう構図も懸念されている。これらは派手なニュースにはならないが、静かに国の基盤を侵食するリスクである。

今回の「渡航・留学は控えよ」という中国政府の動きは、こうしたゆがんだ構造を見直す絶好のきっかけだ。観光も教育も、日本側の主導で再設計し直すチャンスである。
 
2️⃣土地買収・経済報復・情報戦──静かに進んできた中国の浸透

中国リスクは、観光と留学にとどまらない。もっと根の深い部分で、静かに、しかし確実に進行してきたのが土地の買収である。北海道の水源地、山林、海岸線、離島、自衛隊施設の周辺──本来なら国家が神経を尖らせるべき地域で、中国資本による買収が相次いできた。政府資料や有識者の調査でも、こうした重要地点に中国資本が入り込んでいる実態が報告されている。(China Travel News)

さらに厄介なのは、土地の所有者がペーパーカンパニー同然の中国企業で、実際の支配者が誰なのか分からないケースが少なくないことだ。連絡先も曖昧で、日本側が実態を把握できないまま所有権だけが海外へ流れていく。これは「国際化」などという言葉でごまかせる問題ではなく、紛れもない主権の侵食である。

中国のやり方は経済面でも同じだ。外交で気に入らない動きを見せた国には、観光客の送客制限や輸入禁止といった“経済制裁”を平然と行う。韓国、オーストラリア、ノルウェーなどが実際にその標的になってきた。日本が中国への依存度を高めれば高めるほど、日本の外交・安全保障政策が中国の機嫌に縛られる危険が増す。

重要物資の支配も見逃せない。レアアースや太陽光パネル、医薬品原料、ドローン関連部品など、世界の供給を中国が大きく握っている分野は多い。いったん供給を絞られれば、日本の産業は簡単に混乱に陥る。経済安全保障という言葉が政府の基本方針にまで書き込まれるようになった背景には、こうした現実がある。

経済安全保障法制準備室の看板掛け(2021年11月)

情報空間への浸透も急速に進んでいる。中国政府寄りのアカウントやボットが、日本語のSNS空間に入り込み、台湾有事、日米同盟、自衛隊の役割などをめぐって世論誘導を図っている。だが、より問題なのは、中国系の動画アプリやフリマアプリなどを通じて、日本人の顔写真や位置情報、購買履歴が大量に中国側へ吸い上げられている疑いである。データは一度流出すれば戻らない。AIによる監視や軍事技術の訓練データとして利用される可能性も否定できない。

地方自治体も決して安全地帯ではない。財政難に悩む自治体ほど、安価な海外製クラウドサービスやシステム導入に飛びつきやすい。中には、中国企業が絡む事業を「コスト削減」だけで選んでしまうケースもある。だが、行政データは住民の生活そのものであり、そこに海外企業が深く入り込むことは、国家全体のリスクに直結する。

企業買収による技術流出も続いている。日本の中小企業は、世界に誇る精密加工技術や素材技術を持つ一方で、資本力では中国勢にかなわない。買収が成立すると、中国系の技術者が一気に流れ込み、数年後には技術と人材の中身が入れ替わってしまう。技術は中国側に吸い上げられ、日本側には空洞だけが残る。これは単なる企業買収ではなく、産業基盤の切り崩しと言ってよい。

軍事面での脅威は、もはや説明するまでもない。尖閣諸島周辺では中国公船の侵入が日常化し、台湾への軍事的圧力は年々強まっている。台湾有事は日本有事であり、中国のミサイルは日本列島の主要都市を射程に収める。最近では、中国の海洋調査船が太平洋側で海底ケーブル網を“測量”していると指摘されており、日本の通信インフラそのものが標的になりつつある。

文化面でも、日本は傷つけられている。神社仏閣での乱暴な振る舞いや落書き、中国で大量に作られる「なんちゃって日本文化」商品、歴史問題を使った対日プロパガンダなど、日本文化そのものが攻撃の対象になっている。奈良の鹿への暴挙は、その一端が表に出たに過ぎない。
 
3️⃣世界も中国を警戒している──中国依存から離れることこそ我が国の生存戦略である

こうした中国リスクは、日本だけが感じているものではない。米ピュー・リサーチ・センターが2025年7月に発表した調査では、25か国の中央値で、中国を好意的に見る人は36%、否定的に見る人は54%だった。(Pew Research Center) 日本では、中国を好意的に見る人はわずか13%にとどまっている。(Pew Research Center) 中国への警戒と不信は、世界的な潮流になりつつある。

観光地の混雑とマナー違反、奈良の鹿への乱暴狼藉、研究流出、土地買収、企業買収、医療制度の悪用、経済報復、行政への浸透、情報戦、文化破壊──これらはバラバラの現象ではない。すべてが一本の線でつながった「中国依存」の結果である。

大阪市の特区民泊』44.7%が中国人や中国系企業

だからこそ、中国から距離を取ることは、我が国の安全保障だけでなく、文化と経済と技術、そして子や孫の世代の自由を守るための最低条件なのだ。今回の中国側による渡航・留学抑制は、短期的には騒がしく見えるかもしれないが、長期的には我が国が自らの足で立ち、依存から抜け出すための絶好の機会である。

中国依存が剥がれ落ちることを、過度に恐れる必要はない。むしろ歓迎すべきだ。日本人が自ら旅をし、自らの国でお金を使い、自らの文化と土地を守る。海外からの観光客や留学生も、日本の文化とルールを尊重する人々を選び取っていく。その流れこそが、我が国が健全なかたちで世界と向き合う道である。

中国依存が剥がれ落ちる。それは、我が国が本来の姿を取り戻す第一歩である。

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