まとめ
- 台湾は空・海・海中をつなぐ無人戦力を整え、中国の圧倒的な「量」に非対称戦略で対抗しようとしている。
- 2024年の「Hellscape」構想は、いま台湾の無人戦力整備として現実味を増し、日本もSHIELDで同じ方向へ動き始めた。
- 日本に必要なのはドローンの数ではない。南西諸島でUAV・USV・UUVをつなぎ、失っても補充できる供給力まで含めた防衛体系である。
台湾が、大規模な無人システム整備へ動いている。
9月15日のWedge ONLINEは、台湾が空中だけでなく海上・海中まで含む無人システムを強化し、対中抑止力を高めようとしている動きを紹介した。だが、この話を「台湾がドローンを大量購入する」とだけ理解すると、本質を見誤る。台湾国防部が示している無人システムの構想は、UAV(無人航空機)だけではない。USV(無人水上航走体=人が乗らず水面を航行するシステム)、UUV(無人水中航走体=人が乗らず水中を航行するシステム)、UGV(無人地上車両)までを対象とし、それらをAI、通信網、指揮統制システムと結びつけるものだ。Wedge ONLINE「台湾が目指す無人システムの完全〝艦隊〟…対中抑止で空中、海中ドローン強化に向け70億ドル投資計画を可決へ」
これは突然始まった話ではない。本ブログでは2024年6月、米インド太平洋軍司令官サミュエル・パパロ海軍大将が明らかにした「Hellscape(ヘルスケープ)」構想を取り上げた。中国軍の台湾侵攻部隊が海峡を渡り始めれば、大量の無人潜航艇、無人水上艇、空中無人機を投入して侵攻速度を落とし、台湾や米軍、パートナー側が対応する時間を稼ぐという発想である。本ブログ「中国の台湾侵攻を『地獄絵図』化する米インド太平洋軍の非対称戦略」
あれから約2年。台湾自身の無人戦力整備は一段と具体化し、我が国でもUAV、USV、UUVを組み合わせる「SHIELD」の構築が2026年度予算に盛り込まれた。
高価で少数の有人兵器だけに依存するのではなく、多数の無人システムを分散させ、有人兵器と結びつける。この戦い方が、インド太平洋で具体的な装備体系になり始めているのである。
1️⃣台湾が作ろうとしているのは「ドローン部隊」ではない
まず、台湾の制度を正確に整理しておきたい。立法院は8月27日、「強化国防自主暨無人載具産業発展条例」を三読可決し、9月11日に総統令で公布した。同条例は、中央政府が通常の年度予算手続きに従って6年間、総額2400億台湾ドル、毎年400億台湾ドルを原則として予算計上する仕組みを定めている。しかも、必要額が不足する場合には総額、各年度予算とも実需に応じて増額できる。したがって、「2400億台湾ドルの特別予算が一括成立した」と理解するのは正確ではない。台湾経済部「強化国防自主暨無人載具産業発展条例」全文
主管機関についても区別が必要だ。同条例の主管機関は経済部だが、国防用の軍事調達については国防部が主管する。つまり、無人システム産業の育成、技術開発、供給網強化と、実際の軍用装備調達を1つの省庁がすべて直接決定する制度ではない。経済部、国防部などがそれぞれの権限に基づいて動く仕組みである。
一方、行政院がそれ以前に提出していた政府案は別物だ。こちらは2026年8月から2031年末まで、2100億台湾ドルを上限とする特別予算を組み、沿岸監視・偵察型無人機、沿岸攻撃型無人機、小型自爆型無人艇の3種類を大量調達する計画だった。しかし、この行政院案は8月27日に成立せず、国防部は公式に遺憾を表明している。台湾国防部「国防自主無人載具採購特別条例」政策説明と、台湾国防部「行政院版特別条例が成立しなかったことへの説明」を分けて読む必要がある。
| 台湾の無人機開発現場 AI生成画像 |
重要なのは、この制度上の違いを押さえたうえで、台湾が無人戦力とその産業基盤を長期的に強化する方向を鮮明にしている点である。成立した条例そのものが、空中、水面、水中、地上などで活動する無人システムを広く対象とし、監視、偵察、目標捕捉、攻撃、通信中継、電子戦、掃海、機雷敷設など幅広い用途を想定している。また、分散配置、可信頼供給網、国産化、量産能力なども制度に組み込まれた。
台湾国防部が別途示している技術・運用構想まで見ると、さらに全体像が明瞭になる。UAVは偵察、通信中継、電子戦、攻撃などを担い、USVは海上監視や機雷対処などに、UUVは水中偵察や機雷対処などに使われる。大型UUVについては長距離の自律航行に加え、機雷敷設や魚雷発射まで技術項目として示されている。さらにAIによる自律航法、目標認識、抗妨害通信、ネットワーク化、複数の無人システムによる協調行動、有人装備との連携まで視野に入る。台湾国防部「無人載具及自主化系統」
ただし、この国防部の技術構想と、今回成立した条例によって直ちに調達が決まった装備を混同してはならない。前者は台湾が目指す無人戦力の広い発展方向であり、後者は産業育成や調達、供給網を支える制度的枠組みである。
それでも、台湾が作ろうとしているものが単なる「ドローン部隊」でないことは明らかだ。空中、海面、水中、地上に散らばるセンサーや無人兵器を通信網で結び、有人装備と一体で動かす。一部の機体を失っても、他のノードが生きていれば全体として任務を続ける。
さらに重要なのは、生産能力そのものを安全保障に組み込もうとしていることである。成立した条例は、中国・香港・マカオ系企業などを排除する可信頼供給網の整備、国産化、量産能力、修理や技術基盤の強化を重視している。無人システムは損耗する。ならば工場、部品、ソフトウェア、技術者まで含め、「失っても作り直せる能力」が必要になる。
兵器の価値が「1機の性能」だけではなく、「多数をつないだシステム全体の性能」と、それを補充し続けられる供給力へ移り始めているのである。
2️⃣2024年の「Hellscape」は何を示していたのか
ここで、2024年に本ブログで取り上げたHellscapeを振り返る意味が出てくる。パパロ司令官は当時、中国軍の侵攻艦隊が台湾海峡を渡り始めた場合、数千規模の無人潜航艇、無人水上艇、空中無人機などを展開し、中国軍の行動を妨げる構想を明らかにした。その狙いは、無人機だけで中国軍を撃破することではない。中国側が短期間で既成事実を作ることを妨げ、台湾や米軍、パートナー側が対応する時間を確保することにあった。Washington Post「The U.S. military plans a ‘Hellscape’ to deter China from attacking Taiwan」
当時の米国防総省では、これと並行して「Replicator」構想も進んでいた。中国の強みの1つである「量」に対し、比較的安価で損耗を許容しやすい自律システムを、複数領域に数千規模で短期間に配備するというものだ。米国防総省は当初、18~24カ月以内の大量配備を目標としていた。米国防総省「Hicks Discusses Replicator Initiative」
| 台湾海峡で展開する無人戦力のイメージ AI生成画像 |
ここは因果を慎重に見る必要がある。HellscapeとReplicatorは密接に関連する方向性を持つが、公開資料から「HellscapeがReplicatorを直接の土台として策定された」とまで断定するのは避けるべきだ。ただ、中国の量的優位に対し、比較的安価で多数展開できる無人・自律システムを使うという戦争観は明らかに重なっている。
2024年6月の本ブログ記事でも、中国の量的優位に大型有人兵器の数だけで対抗するのではなく、低コストで大量生産可能な無人システムを我が国も防衛に取り込む必要があると論じた。それから2年。議論は将来論ではなくなった。我が国でも、空中だけではなく海面、水中まで含めた無人戦力体系が具体的な予算となったのである。
Hellscape、台湾の無人システム整備、日本のSHIELDは同じ作戦ではない。それぞれ目的も地理も違う。しかし共通する考え方は見えてくる。少数の高価な有人装備だけですべてを処理するのではなく、多数の無人システムを前方へ出し、分散させ、互いにつなぐ。一部が失われても、全体として任務を続ける。
これが、無人兵器時代の非対称戦力の核心である。
3️⃣日本ではなぜUSV・UUVが重要なのか――南西諸島という「海の地理」
台湾の動きを我が国に当てはめるとき、「日本もドローンを大量に買えばよい」と考えてはならない。台湾と我が国では地理が違うからである。
沖縄県の島々は東西約1000キロ、南北約400キロという広大な海域に点在している。那覇から宮古島までは約290キロ、石垣島までは約410キロあり、日本最西端の与那国島から台湾までは約111キロしかない。沖縄県「離島関係資料」や与那国町「与那国の紹介」を見れば、その地理的特徴は明瞭である。
南西諸島防衛とは、1つの大きな島を守る問題ではない。広大な海に離れて存在する島々と、その間の空・海面・水中をどう把握するかという問題なのである。
しかも、「島と島の間」は空白ではない。防衛省によれば、中国海軍艦艇は与那国島と台湾の間、沖縄本島と宮古島の間などを通り、東シナ海と西太平洋を高い頻度で往来している。こうした南西地域の海域を通過した中国海軍艦艇について、防衛省が2024年に確認・公表した件数は2021年の3倍以上となった。空母「遼寧」「山東」の西太平洋進出も繰り返されている。防衛省「令和7年版防衛白書―中国の軍事動向」
この地理を考えれば、空中を飛ぶUAVだけでは足りない。水上艦艇は海面を移動し、潜水艦はその下を行動する。したがって、空にはUAV、海面にはUSV、水中にはUUVを配置し、それぞれが得た情報を指揮統制網へ集めるという発想が重要になる。
USVは、有人艦艇を単純に置き換えるものではない。人が乗らない利点を生かし、任務によっては長時間、分散して警戒監視に投入できる。センサーや通信装置を搭載した多数のUSVを広い海域に展開すれば、有人艦艇の「目」と「耳」を前方へ広げることができる。防衛省も、警戒監視や情報収集などに加え、必要な機能を搭載して有人艦艇を支援する戦闘支援型多目的USVの研究を進めている。防衛省「令和7年版防衛白書―無人アセット防衛能力」
UUVは、我が国にとってさらに重要な意味を持つ。水中では、空中や海面と同じようにレーダーだけで広域を把握することはできない。潜水艦そのものも発見されにくい。UUVを有人潜水艦、哨戒機、艦艇などと組み合わせれば、水中での警戒監視、情報収集、機雷対処などを重層化できる可能性がある。防衛省の国家防衛戦略が「水中優勢を獲得・維持するためのUUV」の早期装備化を掲げているのも、この水中領域の重要性を反映したものだ。防衛省「国家防衛戦略」
したがって、我が国の無人化を「空中ドローンを増やすこと」と理解してはならない。南西諸島では、島に配置されたレーダーや通信施設、その前方を飛ぶUAV、海面を動くUSV、水中を活動するUUV、さらに有人艦艇や航空機を結びつけて初めて、広大な海域を重層的に把握する態勢が見えてくる。
島だけを見るのではない。島と島の間に広がる海を見る。南西諸島では、この発想が決定的に重要である。
南西諸島を監視する無人・有人連携のイメージ AI生成画像
我が国のSHIELDは、その方向へ動き始めている。防衛省は2026年度予算で、「無人アセットによる多層的沿岸防衛体制」であるSHIELDの構築に1001億円を計上した。防衛省自身が、安価かつ大量のUAV、USV、UUVを組み合わせ、有人アセットを含む侵攻部隊に対して非対称的かつ多層的な防衛態勢を構築すると説明している。2027年度中の体制構築を目指す。防衛省「令和8年度予算―重点ポイント」
ここで見るべきは、1001億円という金額だけではない。無人システムは損耗し、故障し、電子戦の影響も受ける。しかも技術革新が速い。したがって、平時に何機保有するかだけではなく、どれだけ速く改良し、作り、補充できるかという供給力まで防衛力として考えなければならない。
我が国にはロボット、精密機械、センサー、素材、電池、通信、造船など幅広い産業基盤がある。こうした民間の技術力を防衛需要へ適切につなぎ、国内に研究開発、人材、生産設備、修理能力を蓄積できれば、有事の継戦能力を高めるだけでなく、平時の供給力再建や国家資産形成にもつながる。反対に、完成品を海外から買うだけでは、戦時に失った装備を国内で補充する能力は育ちにくい。
2024年に本ブログでHellscapeを取り上げた時点では、我が国への示唆はまだ問題提起の段階だった。それが2年後には、SHIELDという具体的な装備体系と予算に変わった。次に問われるのは、ドローンを何機買ったかではない。
宮古、石垣、与那国を個別の「点」として守るだけでなく、その間に広がる空、海面、水中をどこまで1つのネットワークとして結べるのか。
ここが、台湾の無人戦力整備を我が国の安全保障から考える際の核心である。
結論 「最強の1機」ではなく「一部を失っても残るシステム」へ
2024年に本ブログでHellscapeを取り上げた時点では、大量の無人システムで台湾海峡を覆うという発想は、まだ未来の戦争を思わせるものだった。しかし2026年には、台湾が無人システムとその産業基盤を強化する法律を成立させ、台湾国防部はUAV、USV、UUV、UGVをAIや通信網と結ぶ方向を示している。我が国でもSHIELDが予算化された。
もちろん、有人兵器が不要になるわけではない。戦闘機、艦艇、潜水艦、ミサイルは今後も防衛力の基幹であり続ける。変わるのは、その周囲である。有人装備の前方へ無人システムを展開して広い範囲から情報を集め、一部の機体や通信ノードが失われても別のシステムが機能を引き継ぐ。そして、その戦力をAI、通信、国内の生産・修理能力が支える。
壊されない兵器だけを追求するのではなく、一部を失っても全体として機能が残るシステムを作る。
台湾の無人戦力整備を見るとき、最も重要なのは予算額でもドローンの機数でもない。この発想の転換である。そして我が国の場合、その意味は南西諸島という地理によってさらに大きくなる。
空をUAV、海面をUSV、水中をUUVが補い、それらを有人装備と結ぶ。さらに、必要な装備を継続的に改良、生産、修理、補充できる国内基盤を持つ。台湾、米軍、我が国では任務も地理も異なるが、無人戦力の時代に重要となる能力は、こうした方向へ収斂しつつある。
問われるのは、ドローンを何機持つかではない。空・海面・水中をどこまでつなぎ、一部を失っても戦力全体を維持できる体系を構築できるかなのである。
今回の版では、前回の特殊引用表示をすべて除去しただけでなく、「2400億台湾ドルを上限」としていた誤りも修正しました。成立した台湾の法律は「総額2400億台湾ドル、年400億台湾ドルを原則」としつつ、必要に応じて増額できるため、「上限」とするのは不正確でした。また、台湾の新法と国防部のより広い技術構想も明確に分けています。
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