まとめ
- 中国海軍の射撃訓練は日本のEEZ内で行われたが、EEZは領海ではない。今回の行動を直ちに日本への敵対行為や侵攻準備とみなす根拠はない。
- ロシアの狙いは、ウクライナ戦争で手薄になった極東に戦力が残っていると示し、オホーツク海を中心とする軍事バランスを維持することにある。
- 中国にとっては、景気減速や国内不安が続くなか、「強い中国」と「強い人民解放軍」を国内へ見せる政治的意味が大きい。警戒は必要だが、恐怖は不要である。
2026年7月19日、中国海軍のミサイル駆逐艦が、沖ノ鳥島周辺の我が国の排他的経済水域、EEZ内で機関銃による射撃訓練を実施した。
付近では中国艦艇3隻とロシア艦艇1隻が共同航行していた。日本政府は、中露両軍の軍事面での連携強化に向けた動きとして注視し、周辺船舶へ危険を及ぼす可能性について中国側へ懸念を伝えた。周辺船舶には射撃前に通知があったと報じられている。
「中露艦艇」「日本のEEZ」「実弾射撃」という言葉だけを並べれば、いかにも日本が軍事的に包囲され、危機が目前へ迫ったように見える。
だが、軍事を見出しの強さだけで判断してはならない。
今回の射撃訓練によって、東アジアの軍事バランスが変わったわけではない。中露が日米に対して新たな優位を獲得したわけでもない。むしろ問うべきなのは、なぜ両国が日本周辺まで出てきて「強さ」を演じる必要があるのかである。
1️⃣ EEZ内の射撃を「日本への攻撃」と取り違えるな
最初に確認すべきなのは、EEZと領海の違いである。
領海では沿岸国の主権が及ぶ。これに対してEEZは、漁業、海底資源、海洋調査、環境保全などについて、沿岸国に主権的権利や管轄権が認められる海域である。他国の艦船が航行しただけで、領海侵犯になるわけではない。
外務省も、外国は沿岸国の権利と安全へ妥当な考慮を払う限り、他国のEEZ内で軍事訓練を行うことが国際法上許容されるとの立場を示している。国連海洋法条約第58条も、EEZ内における航行の自由と、それに関連する国際的に適法な海洋利用を認める一方、沿岸国の権利と義務へ妥当な考慮を払うよう求めている。
今回も中国艦艇が日本の領海へ侵入したとは報じられていない。日本政府が問題にした中心も、EEZへ入ったこと自体ではなく、射撃が周辺船舶の安全へ危険を及ぼし得る点である。
したがって、今回の出来事を「中国とロシアが日本の海へ侵入し、実弾を撃った」と表現すれば、事実を歪めることになる。
もちろん、政治的な意味がないわけではない。
中国は以前から、沖ノ鳥島はEEZを設定できる「島」ではなく「岩」であると主張してきた。今回の行動には、日本が沖ノ鳥島を基点として設定する海洋権益を軽視する効果がある。ただし、中国政府が今回の射撃目的をそのように説明したわけではないため、これは従来の主張と行動場所を重ねた分析として扱うべきである。
政治的な示威と、差し迫った軍事的脅威は別である。そこを区別しなければ、相手の宣伝を日本側の報道が増幅することになる。
2️⃣ ロシアが守りたいのは日本への侵攻路ではなく極東の軍事バランスである
ロシア太平洋艦隊の動きを、日本攻撃の準備として読むのも適切ではない。
ロシアにとってオホーツク海は、戦略原子力潜水艦を活動させる重要海域である。ロシア軍が千島列島、カムチャツカ半島、北方領土周辺へ地対艦・地対空ミサイルを配備する背景には、日米などの海空戦力をオホーツク海へ接近させない「バスチオン戦略」があると防衛省は分析している。
つまり、基本的な目的は日本へ攻め込むことより、ロシアの核抑止力を守ることにある。
しかもロシア軍は、ウクライナ戦争へ人員、装備、弾薬、予算を集中させてきた。太平洋艦隊所属の海軍歩兵部隊も、ウクライナ東部で大きな損害を受けたと分析されている。
2023年4月、米国の戦争研究所、ISWは、ロシア軍は当時「日本を脅かす立場にない」と評価した。太平洋艦隊には、日本へ現実的な脅威を与えたり、中国へ対等な軍事大国だと納得させたりするだけの戦闘力が不足しているという分析だった。
この表現は米政府の公式見解ではなく、米国の研究機関による2023年当時の分析である。また、ロシアが核兵器、潜水艦、長距離ミサイルによって損害を与える能力まで失ったという意味でもない。
それでも、この分析はロシアの示威行動を理解する手掛かりになる。
極東が手薄になったからこそ、ロシアは艦艇を動かし、演習を行い、中国との共同航行を見せなければならない。狙いは軍事バランスを実際に逆転することではなく、「ロシアは極東から消えていない」と周辺国、中国、そしてロシア国内へ示すことである。
強いから演習をするのではない。
弱体化が見透かされないよう、演習によって存在感を補っているのである。
3️⃣ 中国が見せたい相手は日本だけではない
中国についても、今回の射撃訓練を軍事面だけで見れば本質を見誤る。
中国には、日本や米国へ大きな損害を与える能力がある。多数の艦艇、航空機、地上発射型ミサイル、潜水艦を保有しており、軽視してよい相手ではない。
しかし、中国海軍の艦艇数が増えたことと、日米を相手に通常戦争を有利に遂行できることは同じではない。海上戦力だけでなく、潜水艦、航空戦力、衛星、情報収集、基地、補給、指揮統制を含めて考えれば、今回の艦艇4隻の共同航行と機関銃射撃によって軍事バランスが変わるはずもない。
では、中国は何を示そうとしたのか。
その主要な相手の1つが、中国国内である。
中国国家統計局によると、2026年4~6月期のGDP成長率は前年同期比4.3%となり、1~3月期の5.0%から減速した。2026年上半期では4.7%だった。
中国経済が直ちに崩壊するという意味ではない。輸出や製造業には依然として強い部分もある。しかし、不動産不況、内需の弱さ、雇用不安を抱え、かつてのような高成長を当然視できないことも事実である。
経済的な成功だけで国民をまとめにくくなれば、共産党政権が民族主義、軍事力、大国としての威信を強調する動機は強まる。
中国とロシアの艦艇が日本列島を越えて西太平洋へ進み、共同航行し、実弾を撃つ。その映像や発表は、日本を実際に攻撃しなくても、「中国海軍は遠洋へ進出できる」「米国と日本に屈していない」という物語を国内へ提供できる。
これは、中国政府が今回の目的を国内宣伝だったと認めたという意味ではない。経済状況、軍事宣伝、沖ノ鳥島をめぐる従来の主張を重ねた分析である。
見るべきなのは、撃たれた機関銃の音量ではない。その音を必要としている中国共産党の国内事情である。
結論 監視は必要だが、恐怖は不要である
今回の射撃訓練を軽視する必要はない。
日本政府は艦艇と航空機の行動を継続的に監視し、射撃や飛行訓練の通報が航行の安全を確保できる内容か確認すべきである。日中・日露間の連絡手段を維持し、現場の誤認や事故が軍事的な衝突へ発展することも防がなければならない。
一方、艦艇が日本周辺を航行するたびに、「中露の脅威が迫った」と大騒ぎする必要もない。
ロシアの行動は、ウクライナ戦争で手薄になった極東の軍事バランスを、実力以上に強く見せるための意思表示である。中国の行動には、日本や米国への牽制とともに、国内へ「強い中国」を見せる政治的意味がある。
両国とも危険を与える能力は持っている。核戦力、長距離ミサイル、潜水艦、偶発的衝突の可能性がある以上、「何の危険もない」と言い切るべきではない。
しかし、危険を管理することと、相手の演出に怯えることは別である。
我が国に必要なのは、事件のたびに恐怖を膨らませることではない。日米同盟の情報収集、対潜水艦戦、航空・海上戦力、補給力、国内生産基盤を静かに維持し、相手に軍事的な誤算をさせないことである。
必要な防衛力は、見出しの大きさに合わせて慌てて整備するものではない。長期的な軍事バランスと我が国の国益に基づき、計画的に築く国家資産である。
沖ノ鳥島周辺に響いた機関銃の音は、日米の軍事的優位が崩れた音ではない。
中露が、その優位を覆せていない現実を隠すために鳴らした音なのである。
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