比例45削減には問題がある。比例代表は小選挙区制の死票を補い、多様な民意を国会に届ける制度だからだ。しかし、それを理由に「横暴だ」と叫ぶだけでは、国民の理解は得られない。
高市政権は、選挙制度を変えて勝ったのではない。現行制度のもとで、政策と基本方針が支持されて大勝した。野党が議席を増やしたいなら、制度のせいにせず、国民に選ばれる政策を示すべきである。
旧社会党の牛歩戦術が示した通り、国会を止めても党勢は伸びない。審議拒否ではなく、国会で論戦し、政府を論破する覚悟こそが問われている。
衆議院の比例代表45議席削減をめぐり、議論が割れている。賛成派は、議員定数削減は公約であり、国民に分かりやすい「身を切る改革」だと見る。一方、反対派は、比例代表が小選挙区制の死票を補い、多様な民意を国会に届ける制度である以上、比例だけを大きく削るのは危ういと主張する。
たしかに、比例45議席削減には問題がある。比例代表には、小選挙区制で拾い切れない民意を国会に届ける役割がある。その通路を狭めることには慎重でなければならない。
しかし、それでも忘れてはならない本筋がある。議席は、選挙制度で取るものではない。政策で取るものだ。
高市政権は、選挙制度を自分たちに有利に変えてから、2026年2月の衆院選で大勝したのではない。現行制度のもとで戦い、自民党は小選挙区249、比例代表67の合計316議席を獲得した。連立与党の日本維新の会は36議席を得て、与党全体では352議席となった。自民党自身も、この結果を「強い民意で高市政権を信任」と位置づけている。
これは、制度の勝利ではない。政策と基本方針の勝利である。高市政権が掲げた方向性が、多くの国民に受け入れられた。その結果として議席が増えたのである。ここを見誤ると、比例削減論も比例削減反対論も、どちらもピントがずれてしまう。
1️⃣比例45削減には問題がある。だが「横暴」と決めつけるのは違う現在の衆議院は定数465で、小選挙区289、比例代表176である。今回の案では、1年以内に制度改革で結論が出なければ、比例代表を45削減し、176から131にする。衆議院全体では420となる。
「45」という数字は、比例制度そのものから導かれた数字ではない。出発点は、衆院定数465の約1割削減である。465を420に減らす。その差が45である。自民党は、2026年2月の衆院総選挙で、連立政権合意に基づき「1割を目標」に衆院議員定数削減を図ることを公約したと説明している。また、衆院議長の下に置かれている各会派の協議会で1年以内に結論が得られなければ、比例代表を45削減し、現行176から131にするとしている。(自民党)
しかも、比例を廃止するわけではない。131議席は残る。衆議院全体の約3割は、なお比例代表で選ばれる。したがって、比例45削減をただちに「民主主義の破壊」「政権の横暴」と決めつけるのは言い過ぎである。
維新が議員定数削減を掲げ、それを連立合意に反映させ、実行を求めることにも政治的正当性がある。公約を掲げて政権に入り、それを実行しようとしているのだから、これは本来、政治の筋である。
もちろん、比例削減には問題がある。小選挙区制は死票が多い。比例代表は、その欠点を補う制度である。比例を削れば、中小政党や新興政党には重く響く。静岡朝日テレビの試算でも、比例45削減を2026年2月衆院選に当てはめると、参政党、国民民主党、チームみらいなどの減少率が大きく、れいわ新選組は0議席になるとされている。(静岡朝日テレビ)
だから、比例45削減は軽く扱ってよい問題ではない。しかし、制度に問題があることと、政権を「横暴」と決めつけて審議拒否することは、まったく別である。
2️⃣比例制度への不信にも一理ある
比例代表を守りたい側は、比例制度への不信にも正面から答える必要がある。
比例代表には、有権者から見えにくい部分がある。名簿順位は政党が握る。小選挙区で敗れた候補が比例復活する。党が残したい候補が、比例によって国会に戻るように見えることもある。
これは抽象論ではない。自民党の政治制度改革本部でも、比例名簿登載者不足で当選枠が他党に割り振られる現行制度について、「民意を正しく反映していない」との指摘が出た。また、小選挙区で敗れた候補者が比例で復活当選するために必要な得票率基準についても、引き上げを求める声が出ている。(自民党)
象徴的なのが、村上誠一郎氏の比例当選である。2026年2月の衆院選で、村上氏は自民党の比例四国ブロックで当選確実となった。JNN系報道によれば、村上氏は比例四国ブロックの名簿10位に登載され、14度目の当選となった。また、自民党の比例候補には73歳未満という定年制があるが、73歳の村上氏には今回は適用されなかったとされる。(JNN系報道)
もちろん、村上氏個人の当落だけで比例制度全体を否定することはできない。しかし、保守系有権者の中には、村上氏の政治姿勢に強い違和感を持つ人もいる。そうした人々が、「これも本当に民意なのか」「政党が守りたい人物を通す制度ではないのか」と感じるのは自然である。
比例代表は、多様な民意を反映する制度である。同時に、政党の都合が見えやすい制度でもある。だから、比例45削減には一定の理屈がある。比例をゼロにするわけではない。131議席は残る。比例制度への不信がここまで溜まっている以上、「比例を削るな」と叫ぶだけでは国民の理解は得られない。
本当に比例代表を守りたいなら、比例名簿の透明化、重複立候補、比例復活、政党内民主主義の問題まで含めて、正面から改革案を出すべきである。
3️⃣野党は制度のせいにするな。国会で戦え
ここが最も重要である。
野党が議席を増やしたいなら、選挙制度を守ることばかり考えても意味はない。国民に選ばれる政策を出すべきである。
高市政権は、選挙制度を変えて勝ったのではない。現行制度のもとで勝った。小選挙区で勝ち、比例でも議席を得た。つまり、国民がその政策と基本方針を支持したのである。ならば、野党も同じ土俵で戦えばよい。
減税、経済成長、供給力再建、安全保障、皇統、エネルギー、移民、地方再生、教育、社会保障。これらの問題で、国民が「この党に任せたい」と思う政策を出せばよい。国会で政府に論戦を挑み、高市政権の弱点を突き、自らの政策を磨けばよい。
それをせずに、政府が横暴だ、選挙制度が悪い、比例を削るな、と叫んで審議拒否をすればどう見えるか。有権者からは、「やはり議席を守りたいだけではないか」と見られるだけである。
報道で確認できる限り、自民・維新の定数削減法案について、審議入りを認めないよう求めたのは、中道改革連合、国民民主党、参政党、チームみらい、日本共産党の5党である。この5党は、衆院議長、衆院議院運営委員長らに対し、法案の審議入りを認めないよう要請した。(TBS NEWS DIG) 日本保守党はこの5党に含まれていない(衆院に議席がない)。
諸外国にも議会闘争はある。米国上院にはフィリバスターがあり、討論を長引かせて採決を遅らせる戦術がある。英国にも、長すぎる演説や不要な手続き論で時間を費やし、法案や動議の進行を止めるフィリバスターがある。ドイツ連邦議会では、大質問・小質問、文書質問、口頭質問、時事討論など、政府を監視する手段が制度化されている。(米国上院、英国議会、ドイツ連邦議会)
つまり、諸外国にも議会闘争はある。しかし、その多くは議場や委員会の中で戦う手続き戦である。出席して、討論し、質問し、修正案を出し、不信任案を突きつける。形は荒くても、議会の中で戦っている。
これに対し、日本でしばしば見られる「審議そのものに出ない」「審議入りを拒む」という対応は、国民から見れば極めて分かりにくい。国会議員は、国会で論戦するために選ばれている。反対するなら、欠席ではなく、議場で論破すべきである。
日本の野党は、旧社会党の失敗からも学ぶべきである。かつて旧社会党は、牛歩戦術など、国会を止めることを政治闘争の手段として用いた。牛歩戦術とは、記名投票にあたり、議員が投票箱まで極端にゆっくり歩き、議事を遅らせる議会戦術である。(コトバンク)
牛歩は、たしかに一時的には注目を集めた。しかし、その戦術は社会党を強くしたのか。答えは否である。日本社会党は1996年に社会民主党へ改称し、かつての最大野党としての存在感を失った。(社民党党則)
旧社会党の教訓は明白だ。国会を止めても、党勢は伸びない。審議から逃げても、政権は取れない。日本の野党が本当に議席を増やしたいなら、悪しき伝統を継承するのではなく、国会で堂々と論戦を挑むべきである。
これは皇室典範の審議でも同じである。皇統の問題は、日本の根幹に関わる。選挙制度の問題も、国民代表の仕組みに関わる。どちらも、逃げてよい問題ではない。国会で論じ、国民の前で争点を明らかにし、堂々と結論を出すべき問題である。
結論 議席が欲しいなら、国会で戦え
比例45削減には問題がある。比例代表は、小選挙区制の死票を補い、多様な民意を国会に届ける制度だからである。
しかし、比例をゼロにするわけではない。131議席は残る。定数1割削減という公約から出た数字でもあり、比例制度への不信にも一理ある。
だからこそ、与党は、なぜ比例なのか、なぜ45なのか、比例名簿や比例復活をどう直すのかを説明しなければならない。
一方、反対する側も、審議拒否ではなく国会で論破すべきである。議席は制度に守ってもらうものではない。国民から勝ち取るものである。
高市政権は、選挙制度を変えて勝ったのではない。政策と基本方針が国民に受け入れられて勝ったのである。
旧社会党の歴史が示している。国会を止めても、政権は近づかない。審議から逃げても、党勢は伸びない。
比例45削減をめぐる本当の争点は、議席数ではない。
国会議員に、国会で戦う覚悟があるかどうかである。
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