まとめ
- 今回の危機の本当の恐ろしさは、ガソリン代の上昇ではない。電力の主戦場は石油ではなくLNGであり、その一方で石油はプラスチックや部材の原料でもある。つまり我が国は、「燃料」と「材料」の二重の危機にさらされている。
- 我が国は無力ではない。LNGでは長年かけて調達網と市場での地歩を築いてきたうえ、高市政権も備蓄、価格抑制、LNG節約、企業支援で手を打ち始めている。どこが強く、どこがまだ弱いのかを指摘した。
- 本当に問われているのは、原油高への場当たり対応ではない。我が国が「電気はあるのに、物が作れない国」に落ちるのか、それとも危機を機に供給網を立て直せるのか。その分岐点を、読者が一気に掴める内容とした。
事実は、すでにはっきりしている。資源エネルギー庁の2024年度電力調査統計では、電気事業者の発電電力量に占めるLNG(液化天然ガス)は33.3%、石炭は31.6%、原子力は10.5%であるのに対し、石油は1.1%にすぎない。他方、EIAは石油がプラスチック、ポリウレタン、溶剤などの原料になると説明し、IEAは産業部門が世界の石油需要の約2割を占め、その3分の2が化学産業の原料向けだと示している。つまり今回の危機は、「石油火力が止まる話」ではなく、「燃料市場全体が揺らぎ、同時に石油化学原料まで細る話」なのである。
1️⃣危機の本体は「石油火力」ではなく、「LNG」と「石油化学原料」である
| 日本のLNG受け入れ基地 |
まず、ここを間違えてはならない。我が国の電力危機の主戦場は、石油ではない。LNGと石炭である。だから短期対策の核心も、石油火力を積み増すことではなく、LNGをどう節約し、どう回し、どう途切れさせないかにある。ロイターによれば、日本はホルムズ海峡経由で年間約400万トン、総輸入量の約6%に当たるLNGを受け取ってきた。このため政府は、低効率石炭火力の利用率を抑える50%上限を1年間停止し、年間約50万トンのLNG消費を減らす非常措置に踏み切った。敵は石油火力の停止ではない。燃料の綱渡りそのものなのである。
だが、話は電力で終わらない。石油は燃やすだけのものではない。経産省の技術ロードマップでは、化学産業は石油化学の原料としてナフサ(プラスチックなどの原料になる石油製品)を年間約4,300万KL使っている。しかもロイターによれば、石油化学各社はナフサ由来製品の在庫を国内需要の約2カ月分持っているとはいえ、政府が「現時点で直ちに問題はない」と言えるのは、その在庫と、中東以外からの輸入、国内精製を合わせてなお時間があるからにすぎない。工場、病院、物流、包装材、機械部品。そうしたものの土台は、石油化学原料で支えられている。ここが細れば、社会は静かに痩せていく。 (経済産業省)
要するに、今回の危機は二重である。電力側ではLNGが揺らぐ。産業側ではナフサが揺らぐ。だから「ガソリンをどうするか」だけを論じても、半分しか見ていないのである。むしろ怖いのは、電気は何とか持っても、材料が細って物が作れなくなる事態である。読者がここを押さえるだけでも、今のニュースの見え方はまるで変わるはずだ。
2️⃣我が国はLNGで地歩を築いており、高市政権はすでに動いている
もっとも、ここで我が国を無力な資源小国としてだけ描くのも、また間違いである。LNGに関して言えば、我が国は受け身の買い手ではない。東京電力と東京ガスは1967年にLNG売買契約を結び、1969年にはアラスカからLNG船「ポーラ・アラスカ号」を根岸に迎え、日本で初めてLNGを導入した。ここから我が国は、長期契約、受入基地、発電、都市ガス、輸送を一体で築いてきた。今の強さは、偶然ではない。半世紀以上かけて作ったものである。 (東京ガス)
その蓄積は、いまも生きている。第7次エネルギー基本計画は、日本企業のLNG取扱量1億トン目標を維持し、仕向地条項の柔軟化、アジアのタンク施設の柔軟利用、共同調達、トレーディング機能の強化を進めると明記している。ロイターも、日本企業のLNG取扱量が国内向けと第三国向けを合わせて2022年度に1億200万トンに達し、第三国向け販売が2018年度の約2倍に増えたと報じている。日本企業はインドネシア、フィリピン、バングラデシュなどの受入基地にも投資してきた。つまり我が国は、LNGをただ買う国ではない。アジアのガス市場を組み立てる側の国なのである。
そのうえで、制度も動いている。資源エネルギー庁の資料によれば、石油のように長期備蓄しにくいLNGについては、戦略的余剰LNG、すなわちSBL(戦略的余剰LNG)の仕組みが用意され、2023年11月24日にJERA(発電・燃料調達大手)の供給確保計画が認定され、同年12月から運用が始まった。平時は市場で回し、有事には指定先へ振り向ける。要は、LNG版の緩衝材である。こうした仕組みがもう実戦段階に入っていることは、思っている以上に大きい。
そして、高市政権は、もう手を打っている。経産省は3月2日に「イラン情勢を踏まえたエネルギー対策本部」を立ち上げ、エネルギー安定供給、石油市場、物価、日本経済全体への影響を把握し、迅速に必要な対策を講じるよう指示した。3月11日には首相官邸が、ガソリン小売価格を全国平均170円程度に抑える方針と、民間備蓄15日分、当面1カ月分の国家備蓄、さらに共同備蓄も活用する方針を公表した。3月27日には、先に触れた石炭火力の上限制限停止が打ち出された。危機を論評している段階ではない。もう実務に入っているのである。 (経済産業省)
加えて、政権は企業側の傷みにも手当てを始めている。経産省と中小企業庁は3月23日から、全国約1,000カ所に特別相談窓口を設置し、セーフティネット貸付の金利引下げを実施した。3月27日には、4月1日から「中東情勢による取引・生産の減少や停止」も金利引下げの対象に加え、官民金融機関にきめ細かな資金繰り支援を要請すると説明している。つまり高市政権は、家計向けの価格対策だけではなく、企業向けの防波堤も築き始めているのである。 (経済産業省)
さらに外交も動いている。3月31日の日・インドネシア首脳会談で、両国はエネルギー安全保障での協力強化を確認した。ロイターによれば、インドネシアは一般炭輸出で世界最大であり、そのLNG輸出の約4分の1は日本向けである。これは単なる友好演出ではない。我が国がすでに持っているLNG網と、東南アジアに張ってきた関係を使って、燃料の逃げ道を増やそうとしているのである。 (Reuters)
3️⃣残る弱点と、我が国が今すぐやるべきこと
とはいえ、強みがあるから安心だと言うのは甘い。ロイターによれば、我が国のLNG輸入の約6%はいまもホルムズ海峡経由であり、戦争が長引けば、その部分はじわじわ効いてくる。しかもLNGは、価格の高騰やスポット市場の逼迫から完全に自由ではない。長期契約と基地と制度を持っていても、輸入国である以上、海の向こうの混乱から逃げ切ることはできない。強い。だが、無敵ではない。それが現実である。 (Reuters)
ここから先は、政府がさらに踏み込むべき領域である。とりわけ重要なのは、「燃やす油」と「作る油」を制度の上で分けることである。IEAは、石油化学原料には一定の代替余地があり、より入手しやすい原料を優先処理することで圧力を和らげられると示している。ならば、危機時にはナフサ、LPG(液化石油ガス)、コンデンセート(超軽質油)の一部を、医療、食品包装、物流、半導体周辺材などの必需用途に優先配分する枠組みを、最初から作っておくべきである。足りなくなってから奪い合うのでは遅い。先に線を引くほうが、はるかに現実的である。これは提案だが、発想の土台はIEAの分析にある。 (IEA)
その延長で、原料の融通ももっと現実的に考えるべきだ。ロイターは3月31日、官房長官が、日本側のLPGと他国の石油製品とのバーター取引を否定しなかったと報じている。ここにヒントがある。我が国はLNGでは強い。ならば、その強みを燃料だけで終わらせず、原料の確保にも使うべきである。LNG、LPG、ナフサ、コンデンセートを、それぞれ別々の話としてではなく、一つの供給網としてつかみ直す必要がある。いま求められているのは、価格対策の延長ではない。供給網の設計思想そのものの更新である。 (Reuters Japan)
電力側の現実策も明白である。短期で効くのは、派手な新技術ではない。既存の備蓄、既存の火力、既存の原発、そして既存のLNG網の総動員である。第7次エネルギー基本計画は、原子力の安全確保を大前提に利用を進め、次世代革新炉の取組も進めるとしている。だが、足元で効くのは新設ではない。既設原発の再稼働、石炭火力の一時活用、LNGの節約と融通である。地味だが、これがいちばん早い。危機の最中に必要なのは、夢ではない。間に合う手である。
結論
結論は明白である。中東危機が我が国に突きつけているのは、単なる原油高ではない。電力を支えるLNG、産業を支えるナフサ、生活を支える石油化学製品、そのすべてをどう守るかという国家の生存条件そのものである。しかも我が国は、ただ怯えているだけの国ではない。LNGでは長期契約、基地、取引、再配分の力を築き、高市政権もまた、備蓄放出、価格抑制、LNG節約、企業支援まで、すでに動かしている。問題は、その強みを燃料だけで終わらせるのか、それとも原材料の安定確保にまで広げるのかである。
ここを誤れば、我が国は「電気はあるのに、物が作れない国」になる。逆に、ここを押さえれば、今回の危機は、我が国の供給網を鍛え直す転機になる。読者にとって本当に有益な情報とは、危機を怖がる材料ではない。どこが弱く、どこが強く、どこにまだ手があるのかを見抜く視点である。今、我が国に必要なのは、その視点である。
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