2026年4月21日火曜日

習近平はなぜサウジに電話したのか――中国の急所は「安いイラン原油」だった


まとめ
  • 習近平氏がホルムズ海峡の正常通行をサウジ皇太子に訴えたのは、中国の苦境の表れである。中国はイラン原油が欲しいのでイランにホルムズを閉じられては困る。しかしさまざまな背景でイランを直接叱れない。
  • サウジはホルムズ海峡の管理者ではないが、中東秩序の要石である。サウジに言えば、イラン、米国、湾岸諸国、市場に同時に信号が届く。習近平氏は地図ではなく、力の結節点を見て電話したのである。
  • ホルムズ危機は日本への脅威であると同時に、中国の急所が露出した好機でもある。日本は米国と連動し、中国の安いイラン原油ルートに圧力をかけ、エネルギー安全保障を対中戦略の武器に変えるべきである。

2026年4月20日、中国の習近平国家主席は、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子兼首相と電話会談し、ホルムズ海峡について「正常な通行を維持すべきだ」と述べた。中国外務省の発表でも、習氏は即時かつ全面的な停戦、政治・外交による解決、そしてホルムズ海峡の正常通行を求めている。表面だけ見れば、中国が中東の平和を心配しているようにも見える。だが、このニュースの核心はそこではない。(外交部)

本当に見るべきは、なぜ習近平氏が、イランではなくサウジ皇太子にそれを言ったのかである。ホルムズ海峡は、地図上ではイランとオマーンの間にある。海峡を閉じる、開けるという話なら、普通はまずイランに言うべきだろう。あるいは、軍事的に深く関与している米国に言うべきだろう。しかし習氏は、サウジ皇太子に電話した。

ここに、今回のニュースの異様さがある。中国外交は近年、強硬で攻撃的な「戦狼外交」として語られてきた。戦狼外交とは、相手国を強い言葉で威圧し、批判には激しく反撃し、時には相手の面子を潰すような言葉も辞さない外交姿勢である。にもかかわらず、今回の中国はイランを正面から名指ししない。「ホルムズを閉じるな」と直接怒鳴らない。サウジ皇太子という別の回路を使い、婉曲に「海峡の正常通行」を訴えたのである。

なぜか。答えは単純だ。中国はイラン原油が欲しい。だからイランにホルムズ海峡を閉じられては困る。米国の制裁も避けたい。サウジとの関係も壊したくない。そして、できれば「中東の仲裁者」という顔も作りたい。この矛盾を一気に解消することを企図して、習近平氏はサウジ皇太子に電話したのであろう。

1️⃣中国はイラン原油が欲しい、だがイランを助ける覚悟はない


中国は今回、表向きには平和を語っている。停戦、外交解決、ホルムズ海峡の正常通行。どれも穏当な言葉である。しかし、これをそのまま「中国の平和外交」と受け取るのは甘い。中国の本音はもっと生々しい。ロイターによれば、中国は2025年、イラン産原油を平均日量138万バレル購入し、これは中国の海上原油輸入の13.4%にあたる。さらに、中国はイランの海上輸出原油の80%超を買っていたとされる。(Reuters)

これはきれいごとではない。イラン原油は、米国制裁によって買い手が限られる。買い手が限られるから、中国にとっては割安に手に入る。割安に手に入るから、中国の製油所や産業にとって魅力がある。つまり、中国にとってイランは、単なる反米仲間ではない。制裁下でも原油を供給してくれる重要な相手である。だから中国は、普段のように強い言葉でイランを叱れない。

さらに、中国にはイランに対する外交上の負い目もある。中国とイランは2021年に25年の協力協定を結び、経済・政治面で長期的な関係を深めてきた。ただし、これはNATO型の軍事同盟ではない。集団防衛義務があるわけでもない。だから中国は、米国とイランが直接衝突しても、イランを軍事的に助ける義務はない。だが、イランから見れば話は違う。中国はイラン原油を大量に買い、制裁下のイランから利益を得てきた。それなのに、いざ米国との衝突が深まると、中国は公然たる軍事支援には踏み込んでいない。ロイターも、中国の支援は米・イスラエルの対イラン攻撃時に上限が見えたと報じている。(Reuters)

ここが重要である。中国はイラン原油が欲しい。だが、イランのために米国と正面衝突する覚悟はない。イランを直接助けなかった以上、今になってイランへ「ホルムズを閉じるな」と命令するのも難しい。イラン側から見れば、「中国は安い原油は欲しがるが、危機の時には助けないのか」という不満が残るからだ。

だが、同時に中国はホルムズ海峡を閉じられても困る。IEAによれば、2025年にはホルムズ海峡を通過した原油は日量約1500万バレルに達し、世界の原油貿易の約34%を占めた。しかも、その多くはアジア向けであり、中国とインドだけで44%を受け取っている。日本と韓国も、ホルムズ経由の原油に大きく依存している。(IEA)

つまり、中国は板挟みである。イラン原油は欲しい。だが、イランにホルムズを閉じられては困る。イランを怒らせれば原油調達に傷がつくが、黙っていれば海上交通が危うくなる。しかも、中国はイランを十分に助けなかったという負い目まで抱えている。この矛盾こそ、習近平氏がイランではなくサウジ皇太子に語りかけた第一の理由である。

2️⃣サウジはホルムズの管理者ではない、だが中東秩序の要石である


では、なぜサウジなのか。サウジはホルムズ海峡を管理している国ではない。イランに命令できる国でもない。ここを誤解してはならない。サウジが持っているのは、直接支配力ではなく、地域秩序への影響力である。サウジは湾岸アラブ諸国の中心であり、世界有数の産油国であり、イスラム世界においても重みを持つ。さらに、米国とも中国とも関係を持つ。イランにとっても、無視できない相手である。

とくに大きいのは、2023年のサウジ・イラン関係正常化である。サウジとイランは2023年3月、中国の仲介で外交関係を回復し、大使館を再開することで合意した。これは、中国にとって中東外交上の大きな成果だった。中国はこの成功体験を持っているからこそ、サウジという回路を使える。イランに直接怒鳴れば反発される。しかし、サウジ皇太子に向かって「ホルムズの正常通行が必要だ」と言えば、表向きは一般論になる。だが、その言葉はイランにも届く。(Reuters)

さらに、サウジはアブラハム合意以後の中東再編においても、最大の未完のピースである。アブラハム合意とは、イスラエルと一部アラブ諸国の国交正常化の枠組みである。UAEやバーレーンなどはイスラエルとの正常化を進めたが、サウジはまだ正式には加わっていない。米国はサウジとイスラエルの正常化を望んできたが、サウジはパレスチナ国家への道筋などを条件に慎重姿勢を崩していない。つまりサウジは、米国、イスラエル、イラン、中国の間で重いカードを握る存在なのである。(Reuters)

だから習近平氏は、ホルムズ海峡の地理を見て電話したのではない。中東秩序の力の結節点を見て電話したのである。サウジに言えば、イランにも届く。米国にも届く。湾岸諸国にも届く。市場にも届く。これは中国の余裕ではない。イランを直接叱れない中国が、サウジという迂回路を使わざるを得なかったということだ。

中国はイランを助けたように見せたい。だが、米国と直接ぶつかる覚悟はない。中国は中東の仲裁者を演じたい。だが、本音ではイラン原油を失いたくない。中国はホルムズの安定を求める。だが、米国主導の制裁網に完全に乗ることもできない。

この矛盾を隠すために、習近平氏はサウジ皇太子に電話したのである。

3️⃣日本はこの機会を逃すな――中国の「安いイラン原油ルート」にさらに圧力をかけよ


ここで重要なのは、米国の狙いである。米国にとってホルムズ海峡の通航維持は重要である。しかし、それだけではない。米国はホルムズ危機を利用し、イランの石油収入を絞り、その最大の買い手である中国の抜け道を塞ぎに行っている。ロイターは4月15日、米国がイラン原油の購入国に制裁を科す可能性を警告したと報じた。これはイランだけでなく、中国の調達網を狙った圧力線でもある。(Reuters)

米国から見れば、中国のイラン原油輸入は、事実上、制裁逃れの温床である。中国がイラン原油を買えば、イランは外貨を得る。その資金は、核、ミサイル、ドローン、代理勢力を支える原資になり得る。代理勢力とは、イランが支援する武装組織や政治軍事組織のことである。したがって米国は、単に「ホルムズが開けばよい」と考えているわけではない。ホルムズを開ける。同時に、イランの資金源を絞る。さらに、中国による安いイラン原油の調達路を細らせる。ここが米国の本当の狙いである。

湾岸諸国の不安も、ここに重なる。ロイターは4月20日、湾岸諸国が米・イラン交渉に懸念を持っていると報じた。交渉がイランの核濃縮やホルムズ通航問題に集中し、イランのミサイル、ドローン、代理勢力の問題を脇に置くのではないか、という不安である。つまり、米国、中国、イラン、サウジの思惑は一致していない。中国はイラン原油が欲しい。米国はイランの資金源を絞りたい。イランはホルムズを交渉カードにしたい。湾岸諸国は、海峡だけでなくイランの軍事的脅威も問題にしたいのである。(Reuters)

この構図の中で、我が国は傍観者であってはならない。むしろ、この機会を活用し、中国の安いイラン原油ルートにさらに強力に圧力をかける側に回るべきである。米国の制裁強化を待つだけでは足りない。日本自身が、イラン原油の密輸、洋上での積み替え、書類上の名義替え、そして「影のタンカー船団」への監視を強めるべきだ。影のタンカー船団とは、制裁逃れのために所有者や航路を分かりにくくして動くタンカー群のことである。第三国を経由してイラン産原油であることを見えにくくする取引も、金融、保険、海運の面から厳しく点検しなければならない。米財務省も4月15日、イランの石油密輸網を標的にした制裁を発表している。(U.S. Department of the Treasury)

日本はすでに、イラン原油から距離を取り、自国企業を制裁リスクから守る方向には動いている。さらに、アジアのエネルギー備蓄や代替調達を支援し、供給網の安定にも手を打ち始めている。だが、それだけでは足りない。米国が中国のイラン原油ルートを締めに行くなら、日本もこの機会を活用し、金融、保険、海運の実務面から中国の抜け道に圧力をかけるべきである。

これは単なる対中強硬論ではない。日本の銀行、商社、保険会社、海運会社が、中国経由のイラン原油取引に巻き込まれれば、米国制裁のリスクを受ける可能性がある。つまり、中国の抜け道を締めることは、同時に日本企業を守ることでもある。日本は、米国と連動しつつ、金融、保険、海運の実務面から中国の安いイラン原油ルートを細らせるべきである。

同時に、サウジ、UAE、カタール、オマーンとのエネルギー外交を強める必要がある。これは単なる友好外交ではない。中国が安いイラン原油に依存するほど、米国制裁で追い込まれる余地が大きくなる。ならば日本は、湾岸産油国との正規の供給網を固め、中国の抜け道に依存しない側に立つべきだ。原油・LNG備蓄、戦略的余剰LNG、原子力再稼働も、国内対策にとどまらない。中国が価格競争で優位に立つ余地を弱める、経済安全保障の手段でもある。

ホルムズ危機は我が国への脅威である。だが同時に、中国の弱点をあぶり出す機会でもある。我が国はこの機会を、ただの不安材料で終わらせてはならない。

結語

習近平氏がサウジ皇太子に電話した理由は、きれいごとではない。中国はイラン原油が欲しい。だから、ホルムズを閉じられては困る。米国の制裁も避けたい。湾岸諸国との関係も壊したくない。さらに、イランを十分に助けなかった以上、今さら正面から「ホルムズを閉じるな」と命令することも難しい。

だから、イランを直接叱れず、サウジを通じて「海峡を開けろ」と言ったのである。

これは中国の余裕ではない。中国の苦境である。中国はイラン原油で得をしてきた。だが、イランのために米国と戦う覚悟はない。助ける覚悟はないが、原油は欲しい。原油が欲しいから、ホルムズは閉じてほしくない。この身勝手な矛盾が、今回の電話会談ににじみ出ている。

米国は、その苦境を見抜いている。ホルムズ危機を利用し、イランの石油収入を絞り、その最大の買い手である中国の調達網を細らせようとしている。我が国も、ここで傍観者になってはならない。

日本は、この機会を活用し、中国の安いイラン原油ルートに圧力をかけるべきだ。米国の制裁網と連動しつつ、湾岸との関係を固め、金融、保険、海運の実務面から中国の抜け道を狭めていく。それが、資源小国である我が国が取り得る、強かな対中戦略である。

ホルムズ危機は、我が国への脅威である。
だが同時に、中国の急所が露出した瞬間でもある。

この機会を、ただの不安材料で終わらせてはならない。中国が依存してきた安いイラン原油の抜け道を締める。湾岸との正規の供給網を固める。そして、我が国のエネルギー安全保障を対中戦略の武器に変える。

ホルムズ危機が我が国に突きつけているのは、恐怖ではない。
好機である。

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