まとめ
- ホルムズ海峡の危機は、原油の94%を中東に頼る我が国の弱点を突きつけた。備蓄と迂回路は必要だが、根本解決ではない。
- 目標は石油ゼロではない。電化できる分野から石油を減らし、航空、海運、化学、防衛など代替困難な用途へ残すことである。
- 原発を含む安定電源、送電網、製油所、燃料備蓄を再建しなければ、石油依存をLNGや外国製設備への依存に置き換えるだけになる。
ホルムズ海峡が閉ざされたとき、止まるのはマイカーだけではない。物流を担うトラック、農機、漁船、建設機械、航空機、石油化学工場まで影響を受ける。ガソリン価格が上がるだけでは済まない。食料品、日用品、宅配便、航空運賃、化学製品など、国民生活のほぼ全域に値上がりと供給不足が波及する。
2026年3月以降、中東情勢の悪化によってホルムズ海峡の通航は一時、著しく制約された。米国とイランの暫定停戦を受け、6月には原油輸送が回復したものの、7月7~8日に停戦合意が破られ、交戦が再燃した。IEA(国際エネルギー機関)の2026年7月石油市場報告によれば、湾岸地域からの石油輸出は6月、日量1610万バレルまで回復したが、戦争前の日量2400万バレルにはなお遠い。
これは遠い中東だけの出来事ではない。経済産業省がまとめた2025年の輸入実績によれば、日本の原油輸入に占める中東の割合は94%、ホルムズ海峡経由は93%に達した。国別ではUAEが43.3%、サウジアラビアが39.4%を占め、この2カ国だけで8割を超える。日本は石油輸送の急所を、1本の狭い海峡に預けてきたのである。
では、日本は「脱ホルムズ海峡」を目指すべきなのか。それとも一気に「脱石油」へ進むべきなのか。結論から言えば、どちらもそのままでは答えにならない。日本が目指すべきなのは、石油を一切使わない国ではない。石油輸入が急減しても、国民生活と産業が致命傷を負わない国である。
1️⃣ 輸入先を変えるだけではホルムズ依存から抜け出せない
危機が起きるたびに、「中東以外から原油を買えばよい」という議論が出てくる。確かに、米国、カナダ、中南米、アフリカなどからの調達を増やすことは必要である。しかし、輸入先を名簿上で増やせば問題が解決するほど、石油市場は単純ではない。
原油は油田ごとに比重や硫黄分などが異なり、その性状によって精製の難しさや得られる石油製品の割合も変わる。JOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)の解説が示すように、軽質・低硫黄原油と重質・高硫黄原油では、必要な精製設備が異なる。日本の製油所が、世界中のあらゆる原油を同じ効率で処理できるわけではない。
| 石油備蓄基地と国内配送網のイメージ AI生成画像(以下同じ) |
ホルムズ海峡を迂回する経路も存在する。だが、その能力には限界がある。IEAのホルムズ海峡分析によれば、2025年に同海峡を通過した原油・石油製品は日量約2000万バレルだった。これに対し、サウジアラビアとUAEのパイプラインで追加的に迂回できる能力は、日量350万~550万バレル程度にすぎない。迂回路は重要だが、ホルムズ海峡の全面的な代替にはならないのである。
日本は危機への備えとして、世界でも有数の石油備蓄を保有している。2026年2月末時点の備蓄は、国家備蓄145日分、民間備蓄91日分、産油国共同備蓄6日分であり、合計すると約8カ月分になる。そのうえで経済産業省は3月24日、石油備蓄法に基づき、約1カ月分、約850万キロリットルの国家備蓄原油を放出すると発表した。
ただし、備蓄は時間を買うものであって、石油を生み出すものではない。危機が長期化すれば減り続ける。備蓄原油をガソリン、軽油、灯油などに精製し、全国へ届ける製油所、港湾、タンクローリー、給油所が機能しなければ、タンクの中に原油があっても国民生活には届かない。調達先の多角化、迂回路、備蓄だけで「脱ホルムズ」を実現することはできないのである。
2️⃣ 「脱石油」とは、石油を禁止することではない
「脱石油」を石油の全面廃止と受け取れば、議論を誤る。石油から作られるのはガソリンと軽油だけではない。資源エネルギー庁の石油製品需給動態統計が対象とするだけでも、ガソリン、ナフサ、ジェット燃料、灯油、軽油、重油、潤滑油、アスファルト、グリース、パラフィン、LPガスなど多岐にわたる。ナフサはプラスチックなど石油化学製品の基礎原料となり、アスファルトは道路整備に、潤滑油は自動車、船舶、工場機械に欠かせない。
重要なのは、石油を代替しやすい分野と、代替しにくい分野を分けることである。乗用車、近距離配送車、暖房、給湯などは、電動化や省エネによって石油消費を減らしやすい。長距離トラックについても、EV(電気自動車)だけに決め打ちせず、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車(外部から充電もできるハイブリッド車)、燃料電池車、モーダルシフト、すなわち輸送をトラックから鉄道や船へ移す取り組みを組み合わせる余地がある。
| 電化と安定した電力供給を支える製造現場のイメージ |
世界では、電動車がすでに石油需要を押し下げ始めている。IEA「Global EV Outlook 2026」によれば、中国のEVは2025年、日量約100万バレル相当の石油需要を代替した。世界全体では、EVによって代替される石油需要が2030年に日量約500万バレルへ達する見通しである。
ただし、日本で自動車や工場の電化を進めるなら、それを支える大量の電力が必要になる。電力需要の増加分を輸入化石燃料による火力発電だけで補えば、原油依存をLNG(液化天然ガス)や石炭への依存に付け替えるだけである。太陽光発電や蓄電池についても、設備を輸入に依存すれば、それだけでエネルギー安全保障が完成するわけではない。
IEAによれば、太陽光パネルの主要製造工程における中国の世界シェアはいずれも80%を超える。経済産業省も、蓄電池の部素材・製造装置を含む供給網で、特定国への過度な依存リスクが顕在化していると指摘している。中東への依存を、別の特定国への依存に置き換えてはならない。
2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画は、原子力を、安定供給性と高い技術自給率を持ち、一定出力で安定的に発電できる電源と位置付け、「必要な規模を持続的に活用していく」と明記した。
ここでは決定主体を混同してはならない。原発の安全規制を担当するのは、経済産業省ではなく独立性の高い原子力規制委員会である。同委員会が新規制基準への適合性を科学的・技術的に審査し、事業者が必要な工事と検査を完了する。政府は規制委員会の判断を尊重したうえで、立地地域の理解や防災体制の整備に取り組む。資源エネルギー庁の再稼働制度解説も、この役割分担を示している。
3️⃣ 石油を「浪費する資源」から「戦略物資」へ変えよ
日本が取るべき戦略は、時間軸を3つに分けると分かりやすい。短期には、十分な石油備蓄を維持し、調達先を分散する。製油所、タンカー、港湾、備蓄基地、タンクローリー、給油所を含む国内供給網も守らなければならない。平時には余剰に見える設備でも、危機時には国家の生命線となる。
中期には、乗用車、近距離物流、暖房、給湯、産業用熱源など、代替しやすい分野から電化と省エネを進める。その前提として、原発の再稼働、次世代電源の開発、送電網と蓄電設備の強化を急ぐべきである。自動車についても、EV一辺倒にする必要はない。寒冷地、長距離移動、集合住宅、災害時などの条件を踏まえ、ハイブリッド車やプラグインハイブリッド車も活用する。
| 代替が難しい航空燃料の戦略的重要性を示すイメージ |
長期には、航空、海運、化学原料、防衛、災害対応など、代替が難しい用途へ石油を優先的に振り向ける。そのうえで、国産SAF、合成燃料、バイオ燃料などを育成する。SAFとは持続可能な航空燃料のことである。廃食油やバイオマス、あるいは回収した二酸化炭素と水素などを原料とし、従来のジェット燃料よりライフサイクル全体の排出を減らすことを目指す航空燃料である。
政府は、2030年に本邦航空会社の燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標を掲げている。ただし、これは現時点では政策目標であり、航空会社に一律の使用義務を課したものではない。また、国土交通省資料によれば、2024年の世界のSAF供給量は約130万キロリットルで、世界のジェット燃料供給量の0.3%程度にすぎない。
海運でも、バイオ燃料、メタノール、水素、燃料電池、バッテリーなどが検討されているが、既存船を直ちに全面転換できる段階ではない。国土交通省の検討資料では、内航海運について2040年までに燃料の10%をバイオ燃料相当とする案が示されている。ただし、これは目標案であり、供給量や価格の制約も明記されている。
合成燃料とは、再生可能電力でつくった水素と、回収した二酸化炭素などを組み合わせて製造する液体燃料である。国産SAF、合成燃料、バイオ燃料は、夢の燃料として扱うべきではない。原料の確保、製造コスト、供給量、既存設備との適合性を検証し、実用性のある分野から導入すべきである。
結論 目標は「石油ゼロ」ではなく「石油恐慌ゼロ」である
「脱ホルムズ海峡」だけでは、別の産油国と別の航路への依存が残る。一方、「脱石油」を性急に進めれば、電力不足、産業空洞化、外国製設備や重要鉱物への新たな依存を招きかねない。
我が国が目指すべき道は明確である。備蓄、調達先の分散、製油・輸送能力によって目の前の危機に耐える。原発を含む安定電源と送電網を整え、代替可能な分野から石油消費を減らす。そして航空、海運、化学、防衛、災害対応など、本当に石油が必要な分野へ優先的に回す。
ホルムズ海峡は日本から何千キロも離れている。しかし、我が国の経済と国民生活の急所は、今もその狭い海峡の中に置かれている。目標は、石油のない日本ではない。石油輸入が急減しても、物流も産業も国民生活も止まらない日本である。石油を捨てる必要はない。石油に首根っこをつかまれた国から脱却すればよい。
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