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2010年8月14日土曜日

【ワコール CuCute】なぜ、胸を“小さく”見せるブラが売れるのか?―私たちは、もう以前と異なる異質な社会に入っている?

なぜ、胸を“小さく”見せるブラが売れるのか? (この内容すでにご存じの方は、この項を読み飛ばしてください)

「胸を小さく見せるブラ」CuCte

ワコールが「胸を小さく見せるブラ」をネット通販だけで売り出したのが、4月下旬のこと。これがバカ売れした。初回販売分は1週間で完売、「主力品の発売直後の同期間と比べ12倍以上だ」(日経産業新聞2010年7月16日付1面より)という。

しつこいようだが、胸を“大きく”見せるブラの間違いではない。わざわざ“小さく”見せるためのブラである。「おかしいではないか」とストレートに異議申し立てに走ってしまうのは、自分がおっさん思考にはまっているからだろう。

ブラと言えば、大きい人はそれなりに、小さい人は少しでも大きく見せるために、あるいはフォルムを美しく整えるために、が常識だと思っていた。しかし、そうではないのである。その証拠に、小さく見せるブラは売れている。

一時は在庫がなくなり次第、販売終了とも言われていたようだが、8月には、豊かなバストをコンパクトに見せるブラジャー『CuCute(キュキュート)』が発売された。小さく見せたいニーズは確実に存在するのだ。


「小さく見せたい」ニーズは4位

このブラが開発された背景には、ワコールが実施している調査結果がある。調査によると、バストを小さく見せたい人が全体の1割程度いたようだ。ニーズ順位でみると4位だったらしい。

既成概念にとらわれていれば、その思考回路は次のようになるはず。すなわち、「あえて、バストを小さく見せたい人などいるはずがない」→「実際に調査結果でも1割しかいない」→「その程度のニーズに応えて製品化しても、採算ラインには乗らない」。

しかし、ワコールで、この製品開発に関わった担当者は、まったく違う考え方をしたのだろう。つまり、「調査で1割もの人が、バストを小さく見せたいと思っているのなら、その背景には、もっと多くのニーズがあるかもしれない」と推測したのではないか。

偉いのは、そうした発想に基づく製品企画を通すワコールの社風だと思う。

ともかく、小さく見せるブラはヒットした。これを受けてネット限定通販ではない商品『CuCute(キュキュート)』も発売された。ワコールとしては、通販での売れ行きにかなりな手応えをつかんだからこその展開だと思う。

ユニセックスからの転換

ここで考えてみたいのは、「バストを小さく見せたい」ニーズの背景にあるかもしれないパラダイムシフトについてだ。ここから先は、完全に筆者の独断と偏見に基づく仮説である。

少し前に「ユニセックス」なる言葉が広まったことがあった。その本来の定義は、男性らしさ、女性らしさをあえて誇示するのではなく、男女どちらでも着ることのできるファッション、といった意味合いだったと思う。これは中性的と表現しても良いだろう。

注目したいのは、そのニュアンスである。ユニセックスからアグレッシブさを感じることはない。あくまでも中立的というか、無色透明というか。流れにたゆたうようなイメージである。

アンチ、あるいはアグレッシブな時代へ

しかし、バストを小さく見せるのは、ユニセックスのようなノン・アグレッシブなスタンスではないと思う。中性的イメージで良しとするのではなく、あえて誇張するなら「女性性」の否定、とすると言い過ぎだろうか。

そう考えると、男性サイドに見られる変化にも納得がいく。いわゆる「草食系男子」の出現である。草食系男子の定義はいろいろあるようだが、共通するのは、従来の若い男性に潜在的につきまとっていたガツガツとした「男性性」の否定だと思う。

つまり、「今はユニセックスからアンチセックスへの移行期ではないのか」と仮説を立ててみた。男性は男性らしく、女性は女性らしく、という考え方のおおもとにあったのが生存本能だとすれば、その転換期といってもいいのかもしれない。




価値観の転換期

「だから、今は価値観の転換期なのだ」と言い切るのは、飛躍がありすぎるとは思う。しかし、少なくとも日本では、従来の価値観が崩れている(崩れつつある?)ことだけは確かではないだろうか。

例えば、いま50歳を迎えている筆者にとって、日本が世界第2位の経済大国ではなくなることは、世界観の転換を強いられるぐらいにはショッキングな出来事である。あるいは、最近話題になった事件だけではなく、全体的な印象として、親による子ども殺しが増えていることも。

教育格差の話の中で取り上げられる「学ばないことに価値を見出す子どもと保護者」がいることもそうだ。ブラジャーの話から、えらく飛んでしまったが、今の日本をこれまでの価値観が大きく揺らいでいる社会ととらえると、風景の見え方が変わってくるのではないだろうか。(竹林篤実)

※本エントリーの作成にあたっては、次の記事を参考にしました。日経産業新聞2010年7月16日付1面「ヒットの経営学 お客は腕利き開発者」

私たちは、もう以前と異なる異質な社会に入っている? 
上記の筆者「価値観の転換期」ということは全く正しいです。決して、言いすぎではありません。価値観の転換期というか、特に社会に関しては、私たちは20世紀の末から21世紀に入り、それまでと異なる異質な社会に入っています。それは、すでに10年ほど前に、経営学の大家ドラッカー氏が「ネクストソサエティー」という著書の中で現しています。この書籍の中では、社会の変化として、少子高齢化、知識社会化などもあげていますが、たとえば、以下のようなこともあげています。
さしたる注目を集めることなく、驚くべきことが今起こっている。第一に、働き手のうち唖然とするほどの多くの者が、現に働いている組織の正社員ではなくなった。第二に、ますます多くの企業が、正社員のことさえマネジメントしなくなった。
eコマースは経済、市場、産業構造を根底から変える。製品、サービス、流通、消費行動、労働市場を変える。さらには社会、政治、世界観、われわれ自身にインパクトを与える。
先進国の政府のうち、今日まともに機能しているものは一つもない、米、英、仏、独、日のいずれにおいても、国民は政府を尊敬していない。(特に日本の皆さんには、国民が政府を尊敬していないというのは、何も日本だけのことではないということを認識していただきたいです)
ほかにも、いろいろありますが、それに関しては、是非「ネクストソサエティー」をお読みください。これだけ社会が変化しているにもかかわらず、わたしたちはまだ、この異質の社会対する準備ができていません。多くのシステムなどが、社会が変わっているにもかかわらず、20世紀の社会のときのシステムのままで運営されています。

このことが、様々な問題を生み出しているのではないかと思います。特に、上の記事で気になったことについて、
バストを小さく見せるのは、ユニセックスのようなノン・アグレッシブなスタンスではないと思う。中性的イメージで良しとするのではなく、あえて誇張するなら「女性性」の否定、とすると言い過ぎだろうか。
「今はユニセックスからアンチセックスへの移行期ではないのか」と仮説を立ててみた。男性は男性らしく、女性は女性らしく、という考え方のおおもとにあったのが生存本能だとすれば、その転換期といってもいいのかもしれない。
というくだりです。そうして、これは、「胸を小さく見せるブラ」程度のことであれば、さほど問題はないのでしょうが、特に都市部においてもっと鮮烈で、残酷で、残忍な形で表に現れてきています。

大阪市西区のマンションで幼児2人の遺体が見つかった事件で、死体遺棄容疑で大阪府警に逮捕された母親で風俗店従業員の下村早苗容のような幼児虐待をする女性が、増えてきているように思います。幼児虐待する男を容認するどころか、それに加担する母親まで増えているという事実もありす。本日は、高校教師(56)の殺害にその妻松本美代容疑者(44)が強く関わっていたことなどが報道されています。

これに限らず、とても、従来では考えられなかったような、子供が親を、親が子供殺すという事件やが増えているように思います。

さらに、100歳以上の老人の行方がわからないこととか、理解に苦しむ、保険金殺人とか?

また、日本の政治の世界も狂ってきています。共産主義などとっくに過去のものになったことなど、誰もが知っているにもかかわらず、極左的な考え方を持った政党が、政権をにない、結局何もできないで立ち往生しています。いまのところは、そうですが、彼らは、日本国解体推進しようとしています。

しかし、価値観の変化とはいっても、「胸を小さく見せるブラ」を付ける付けないとか、草食男子くらいなら、別にそれを実行する人の価値観の変化であるといってすましていられますが、上記のような残忍なことを許容する社会になることだけは避けなければなりません。

これに関しては、ドラッカー氏が大昔からこれに関する処方せんを書いており、無論ネクストソサエティーの一番最後にも書いています。これは、以前113歳の女性が行方不明になっているというブログ記事にも書きましたが、それをもう一度ここにも掲載します。
ここにおいて、社会セクター、すなわち、非政府であり非営利でもあるNPOだけが、今日必要とされている市民にとってのコミュニティー、特に先進社会の中核となりつつある高度の教育を受けた知識労働者にとってのコミュニティーを創造することができる。
なぜならば、誰もが自由に選べるコミュニティーが必要になるなかで、NPOだけが、教会から専門分野の集団、ホームレス支援から健康クラブにいたる多様なコミュニティーを提供できるからである。しかも、NPOだけが、もう一つの都市社会のニーズ、すなわち、市民社会のニーズ、すなわち市民性の回復を実現しうる唯一の機関だからである。NPOだけが、一人ひとりの人間に対し、ボランティア(管理人注記:無休無報酬という意味ではなく、志願者という意味です)として自らを律し、かつ世の中を変えていく場を与えるからである。
20世紀において、われわれは政府と企業の爆発的な成長を経験した。だが、21世紀において、われわれは、新たな人間環境としての都市社会にコミュニティーをもたらすべきNPOの、同じように爆発的な成長を必要としている。
ドラッカーは今日日本にもみられるようになった、特に都市部における、希薄な社会、希薄な人間関係をとりもどすために、NPOの爆発的な成長を必要であるとしているのです。いや、それだけではなく、上記のような、あらゆる社会の変化に対応するためにも、特に都市部ではありとあらゆるNPOの爆発的な成長が必要だとしています。

私たちの社会は、あらゆる価値観が存在する多元的な社会となっています。にも関わらず、この多元的な価値を統合するシステムがありません。このシステムを構築するためにも、特に都市部にはありとあらゆるNPOが必要で、このNPOによって、今で地方にみられる強制的なものではないコミュニティーを構築していく必要があるのです。ドラッカーは、この多くのコミュニティーによって構成されている社会が今の先進国や新興国には必要だと主張しているのです。

日本では、まだ多くの人々が、このようなことを書くと、単に現在地方自治体がやっている仕事をそのまま、NPOが引き継ぐということに関して、反発を覚えたり、そもそも、資金の面でできるのかと、疑問を感じるようです。

それは、ある面仕方のないことかもしれません。日本では、まず、NPOの歴史が全くといっていいほどないですし、さらに、日本のNPOはあまりにも、弱小なものしかありません、それどころか、貧困ビジネスの一歩手前か、場合によっては、それを超えて、犯罪の領域まで踏み込んで、逮捕される主催者などもいるくらいです。

しかし、私は、ドラッカー氏が言っていることは正しいと思います。実際アメリカやイギリスでは、日本だと政府がやるべきものと思われている事業を強力なNPOがやっている事例がいくらでもあります。

上記の都市の犯罪的な社会は、世界中の都市部で問題になっています。それには、やはり、都市部にコミュニティーをつくっていく必要があります。そのためには、やはり、ドラッカー氏のいうように、NPOを興隆させていくしか方法がないのだと思います。そうして、これは、現在私たちが、ごく当然と思っている、政府組織や、企業組織のことをふりかえってみる必要があると思います。

これらの組織実は、そんなに歴史は古くありません。実は、1800年台にあらわれて、その後20世紀に大きく成長したものです。現れ始めた頃は、本当に小さなものでした。それまでは、農業、漁業、林業や、工業で似た様なもので、家内工業的なものが普通であり、人々も、そこで、農夫、漁夫、職人でした。そうして、裕福な家庭では、いわゆる使用人を雇っていました。

ところが、今日、このような就労形態をとる人はごくわずかになりました。多くの人は、組織に就労することとなりました。これが、20世紀に起こった出来事のうち、最も大きな変化ではなかったかと思います。

今では、違和感などあるNPOやはり、ドラッカー氏のように言っているように、20世紀の企業組織のように大きく成長させるべきなのだと思います。そうでなければ、上記のような犯罪的な都市空間は、是正されることなく、さらに、大きな社会事業となるような他の大きな機会も失われていくのではないかと思います。それよりもなによりも、今のままでは多くの社会問題が解決されずに残ってしまい、多くの人がさらに、閉塞感、焦燥感にさいなまれることになると思います。

日本でも、そろそろ、社会の機関といった場合、アメリカのように、政府、民間営利企業、民間非営利企業といえるような、社会を構築して行くべきなのだと思います。ちなみに、ドラッカー氏は、日本で知られてような民間営利企業の経営学の大家であるばかりでなく、NPOの大家でもあるということを多くの人々に認識していただきたいものです。

別の視点から見てみると?
さて、ここまで書いてきてはたと気づいたのですが、上の記事の記者の主張にひきづられて、書いてきましたが、最近都市部で、幼児虐待とか、高齢者の行方不明とか暗いニュースばかり多かったので、こちらのほうにシフトした内容になってしまいました。もっと異なる視点からみることもできるのではないかと思います。

このブラは、こうした世相を反映しているとは限らないということです。別の視点からみれば、一見小さなニーズでも、確実にあるのであれば、実際に開発して販売してみれば、大成功するという格好の事例であるということです。

これまた、あのドラッカー氏の著書からですが、私が思い出したのは、確か「イノベーションと企業家精神」という著書に書いてあった、アラスカのイヌイットに冷蔵庫を売ったセールスマンの話です。冷蔵庫というと、私たちはは冷蔵するものという固定観念がありますが、ご存知のようにアラスカは、気温が低いですから、魚など外においておけば、そのまま冷凍されてしまいます。こんなところでは、冷蔵庫など必要ないはずです。

しかし、冷凍になった魚を解凍するには時間がかかり不便です。だから、このセールスマンは、イヌイットに冷蔵庫を保温庫として販売したのです。これは、大成功でした。

このブラも、イヌイットの冷蔵庫のようにたとえ小さなニーズであったとしても、市場として成り立つ程度のものであれば、実際に開発するなどして販売すれば、大成功するという格好の事例になったと思います。それに、昔日本人が着物を着るのが普通の時代だったときに、特に女性で胸の大きい人は、胸にサラシを巻いていたということも聴いたことがあります。このブラは、単に、このサラシの代用品なのかもしれません。

しかし、今の時代にサラシを巻くなどということは、何か無粋ですし、それに結構面倒です、さらに昔と異なり、今では、露出の多い服も多いですから、サラシが見えてしまうかもしれません。ですから、最初からそのような機能のあるブラがあれば、便利この上なしです。

先ほどの「女性性」の否定ということをもとにした私の論考、特にこのブラに関しての私自身の論考、単なる杞憂であってくれればと、思います。

ただし、このブラとは関係なかったとしても、都市部の犯罪の増加は事実であり、これを数十年前からドラッカー氏は憂慮していて、上のような処方箋を提示していたとしうことも事実です。何か、ブラ一つを巡ってもいろいろな考え方があると気づいた、本日でした。


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