2026年3月26日木曜日

暫定予算で国は止まらない――それでも日本で大騒ぎになる情けない理由

まとめ

  • 暫定予算は「国が止まる危機」ではない。むしろ、国家を止めないために最初から用意された安全装置だ。
  • 米国、カナダ、EUでも同じ仕組みが普通に使われている。日本だけが特別に危ないわけではない。
  • それでも日本で大騒ぎになるのはなぜか。財務省の体面と、危機を煽る報道の構図まで踏み込んでいる。

「暫定予算」という言葉が出るたびに、まるで我が国の国家運営が止まるかのような騒ぎになる。だが、それは制度を逆さまに見ている。財務省自身、暫定予算を「本予算が年度開始前に成立しない場合」に「国政運営上必要不可欠な経費」を賄うための暫定的な予算だと定義している。片山財務相も2026年3月24日の会見で、「予算の空白は一日も許されない」と述べ、11日間の暫定予算を想定して編成作業を進める考えを明言した。暫定予算は危機の前兆ではない。危機を回避するための装置である。 (Reuters Japan)

1️⃣我が国の財政史を見れば、暫定予算は異常ではない

過去の予算委員会で当時の佐藤栄作首相(中央)1972年

まず押さえるべきは、暫定予算が我が国にとって未知の異常事態ではないという事実である。2012年度には4月1日から4月6日までの6日間を対象とする暫定予算が編成され、参議院の調査資料でも「14年ぶりの暫定予算」と整理されている。2015年度にも、4月1日から4月11日までを対象とする一般会計暫定予算が成立した。つまり我が国は、年度初めに本予算が間に合わない局面で、暫定予算という橋をすでに何度も渡ってきたのである。 (首相官邸ホームページ)

しかも、もっと長くずれ込んだ例さえある。財務省の平成財政史によれば、1994年度には暫定予算に加えて暫定補正予算まで編成され、本予算成立は6月23日にまでずれ込んだ。1990年度にも暫定補正予算が成立し、補正後の暫定予算は6月8日までを対象としていた。そこまでこじれても、我が国の国家機能そのものが崩れたわけではない。歴史が示しているのは、暫定予算とは国家停止の予兆ではなく、政治日程のずれを吸収する制度的なクッションだということだ。 (首相官邸ホームページ)

2️⃣米欧加も同じ発想で「つなぎ」を制度化している

欧州議会会議場

この仕組みは、我が国だけの特殊事情ではない。米国では、Continuing Resolution(継続予算・つなぎ予算)が、最終的な歳出法が間に合わない間の連邦政府運営をつなぐ。米会計検査院は、これを最終歳出が未承認のときに政府運営を継続させるための一時的な歳出法だと説明している。カナダでは、interim supply(暫定歳出承認)で年度当初の支出権限をまず確保し、その後に full supply(本歳出承認)で本格承認を行う。しかも下院手続の公式解説では、この暫定歳出承認は通常 three-twelfths、つまり3か月分である。EUでも、provisional twelfths(暫定十二分の一制度)が働き、年初に予算が未成立でも前年度予算または欧州委員会案のうち小さい方の12分の1までを各月支出できる。先進国の財政制度はどこも、「本予算が少し遅れたら国家が止まる」ようには作られていない。 (首相官邸ホームページ)

しかも、制度が我が国より厳しい米国でさえ、話の本体は「国家崩壊」ではない。米議会予算局は、2018年末から2019年初の政府閉鎖について、2018年第4四半期の実質GDP水準を0.1%、2019年第1四半期を0.2%押し下げたと試算する一方、その影響のかなりの部分は後に取り戻されるとみていた。もちろん一部の損失は残る。だが、それでも本体は「壊滅」ではなく、「一時的な後ずれ」と「不確実性の上乗せ」なのである。日本の短い暫定予算を大災害のように語るのが、いかに大げさかがここで分かる。 (首相官邸ホームページ)

3️⃣問題は暫定予算そのものではなく、長引く不確実性と財務省の体面、そしてそれに乗るマスコミである

財務省

世界標準のマクロ経済学で見ても、短い暫定予算そのものを大事件のように扱うのは筋が悪い。重要なのは、政府支出が永久に消えるのか、それとも時期が少し後ろにずれるだけなのかである。IMFの研究は、財政政策の不確実性それ自体が投資や需要を傷め得ることを示している。要するに、問題の本体は「短い暫定予算」ではなく、「それをだらだら長引かせる政治」である。 (Reuters Japan)

それでも日本で大騒ぎになりやすいのは、制度の問題というより、財務省の体面が絡むからである。片山財務相は「予算の空白は一日も許されない」と述べる一方で、「令和8年度予算については年度内成立が必要」とも述べている。制度として見れば、暫定予算を組めば国家は止まらない。にもかかわらず年度内成立に強くこだわるのは、そこを外せば予算編成官庁として「段取りを失した」と見られかねないからだ。ここにあるのは、冷徹な合理性だけではない。年度内成立を外したくない組織の体面でもある。ロイターも、高市首相が年度内成立に強くこだわった背景として、政府・与党関係者が「恐れと誤解」を指摘していると報じている。 (Reuters Japan)

そして、その空気をさらに大きく膨らませるのが一部マスコミである。実際、この数日の主要報道を見ても、見出しは「暫定予算不可避」「年度内成立、不透明」「険しさ増す」といった政局言葉に集中している。もちろん、そうした見出し自体が直ちに誤報というわけではない。だが、問題は強調点である。本来の制度的意味は「国家を止めないための安全装置」なのに、報道の前面に出てくるのは「難航」「異例」「緊迫」といった空気ばかりだ。これでは読者は、制度の連続性より、危機の演出の方を先に受け取ってしまう。ここに、日本だけが暫定予算を必要以上に大ごとのように感じやすい理由がある。 (Reuters Japan)

しかも、その体面と煽りが前に出すぎれば、高市政権の政治判断とも緊張関係に入る。官邸の公式記録によれば、高市首相は3月10日に「日本成長戦略会議」を開き、成長分野や投資を前に進める議論を主導している。施政方針演説や記者会見でも、高市政権は成長投資や「危機管理投資」を繰り返し前面に掲げている。ここから先は政治の見立てであるが、もし財務省が制度の安全装置にすぎない暫定予算まで「失態」のように扱い、そこへ一部マスコミが危機演出を重ねるなら、それは国家運営の合理性より官庁の体面と政局の芝居を前に出すことになる。平たく言えば、財務省が面子にこだわりすぎ、それをマスコミが煽れば、高市政権の逆鱗に触れかねないのである。 (首相官邸ホームページ)

結語

結論は明快である。暫定予算は、危機の証拠ではない。先進財政国家が共通して備えている「国家を止めないための装置」である。我が国にも前例があり、米国には継続予算があり、カナダには暫定歳出承認があり、EUには暫定十二分の一制度がある。短い暫定予算をもって国家停止を叫ぶのは、制度理解として幼い。

それでも日本で大騒ぎになるのは、財務省の体面と、政局を緊迫した物語に仕立てたがる報道の性癖が重なるからである。読者が本当に見るべきものは、短い暫定予算そのものではない。それを長引かせて不確実性を積み上げる政治と、それを危機のように見せる官庁とマスコミの側である。

国家は止まらない。止まらないように制度が作られているからである。

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