高橋洋一 日本の解き方
8月20日、北京の人民大会堂で硬い表情を浮かべる 中国の李克強首相(右)とマレーシアのマハティール首相 |
90歳を超えて首相に返り咲いたマレーシアのマハティール首相が、中国の「一帯一路」戦略の高速鉄道建設中止や、消費税廃止などの政策を打ち出している。
8月下旬にマハティール首相が中国を訪問したことに対して、中国を牽制(けんせい)するものだとの見方がある一方、両国は関係修復をし「一帯一路」でも協力するという報道もあった。
前政権が中国政府系企業と契約した「東海岸鉄道」など個別プロジェクトを中止することは明確だ。マハティール首相の訪中時の報道が分かれているのは、個別プロジェクトの中止に力点を置くか、「一帯一路」全体ヘ協力すると言ったことを重視するかの差であろう。
筆者としては、マスコミ報道の前者と後者の差について、中国経済の今後の見方に関係していることが興味深い。
前者は、それぞれ中国経済の拡張が頭打ちになっていることを示唆しているが、後者は相変わらず中国経済が発展することを前提にしている。
これは、米中貿易戦争をどのように報道するかにも関わっている。前者は、トランプ政権が仕掛けた貿易戦争によって中国が追い込まれるというシナリオであり、後者はトランプ政権は保護主義であり、WTO(世界貿易機関)ルールに反する不公正なものだとトランプ政権を糾弾する。
たしかに、モノだけをみればトランプ政権の関税引き上げ戦略は自由貿易に反するが、筆者は、トランプ政権のやり方は政治的にかなり賢い戦法だと思っている。
まず、トランプ政権は単純に米中間の経常赤字だけを問題にしていない。米国が対中経常赤字になると、複式簿記の原理で対中資本黒字になりやすい。つまり、米国が対中経常赤字ということは、それだけ中国からの対米投資になっているというわけだ。
トランプ政権は、この点について中国は自由に米国に投資して、その中で知的財産権を盗み、米国に損害を与えているという論法だ。これに対抗するためには、中国は対米経常黒字を少なくするか、さもなければ、米国にも対中経常黒字の可能性を残し、中国が資本取引を自由化するしかない。
前者は中国経済の鈍化になるし、後者は本コラムで再三繰り返しているように、中国の一党独裁・共産主義体制の崩壊にもつながりうる。つまり、米国は対中貿易戦争では負けないような手を打ってきているのだ。
米国の対中の仕掛けをつぶさにみると、中国経済の先行きには楽観的になれない。おそらくマハティール首相もそれを感じ取って、前政権よりやや突き放したスタンスなのだろう。
もちろん、マハティール首相は老獪(ろうかい)な政治家なので、中国にも一定の配慮を見せている。そして、今回の米中貿易戦争の際に、前政権の対中スタンスを少し変更し、消費税廃止で内需振興に転じたのは、政治的に巧妙な判断だといえる。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)
【私の論評】マハティールは貿易戦争を開始したのは、元々中国だということを見抜いている(゚д゚)!
米中間での貿易戦争を始めたのはトランプ米大統領であるかのように、一般に誤解があるようですが、これは正しくはありません。なぜなから、トランプ氏が大統領に就任するかなり前から、中国は事実上米国に対して貿易戦争を仕掛けていました。
自由貿易主義者や国際主義者でさえも、米国企業に重要なテクノロジーの移転を強要する、中国市場へのアクセスを制限するなどの中国の略奪的な通商慣行は、貿易相手国と貿易システムの両方を阻害するとの認識で一致することでしょう。
トランプ氏による中国たたきには、法律、政治、経済的な観点からみて有力な根拠があります。
自由貿易の典型的な比較優位論では、各国はそれぞれ比較的な優位性を持つ分野を専門とし、コストを引き下げ、全員の収入を増やすと見込まれています。仮に中国が米国への鉄鋼輸出に補助金を与えれば、理論的には米国はなお恩恵を受けます。
米国の消費者や鉄鋼を原料とする産業のコストを低減するほか、鉄鋼の雇用は一部消失する一方で、一段と生産的な雇用が取って代わるためです。
ところが、1980年代頃から、エコノミストはこの比較優位では、商用機や半導体、ソフトウエアなどの成功を説明できないことに気付き始めましたた。
ところが、1980年代頃から、エコノミストはこの比較優位では、商用機や半導体、ソフトウエアなどの成功を説明できないことに気付き始めましたた。
これらの産業では、競合の参入が難しいです。巨額の研究・開発(R&D)費用や、すでに確立した技術標準、規模に関する収穫てい増(売れば売るほどコストは下がるという規模の原理)、ネットワーク効果(顧客の製品利用が増えるほど重要性を増す)がその理由です。
このような産業では、少数の企業が他社を犠牲にして、賃金や利益(エコノミストはこれを「レント(rent)」と呼ぶ)の大部分を握る可能性があります。中国は2025年までに、これらの産業の多くで、このような支配を手に入れることを目指しています。
「中国はわれわれの利益の一部を阻害する、または奪おうとしている。そのため、われわれの暮らしは相対的に悪化する一方、中国の暮らしは上向く」。こう指摘するのは「貿易を巡る衝突:米国の通商政策の歴史(仮題)」の著者、ダグラス・アーウィン氏です。
このような産業では、少数の企業が他社を犠牲にして、賃金や利益(エコノミストはこれを「レント(rent)」と呼ぶ)の大部分を握る可能性があります。中国は2025年までに、これらの産業の多くで、このような支配を手に入れることを目指しています。
「中国はわれわれの利益の一部を阻害する、または奪おうとしている。そのため、われわれの暮らしは相対的に悪化する一方、中国の暮らしは上向く」。こう指摘するのは「貿易を巡る衝突:米国の通商政策の歴史(仮題)」の著者、ダグラス・アーウィン氏です。
同氏は、輸入鉄鋼・アルミニウム関税とは違い、「エコノミストの多くは、トランプ氏の対中制裁措置への批判を控えるだろう。中国が過去数年にわたり、知的財産権を侵害し、技術移転を強要してきたことを誰も擁護することはできない」と述べています。
ダグラス・アーウィン氏 |
中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した2001年当時、支持派の多くは、国内企業を優先し他国の企業に打撃を与えることを禁じた国際規定に中国が従うだろうと考えていました。ところが、中国はWTOでは容易には解決できないようなやり方で、自国の企業を優遇しています。
情報技術・革新財団(ITIF)のロバート・アトキンソン理事長は、WTO訴訟では通常、打撃を受けた企業からの証拠提示が義務づけられます。ところが外資系企業の多くは、中国での不当な扱いを訴えることに消極的です。
提訴すれば、中国政府から、反トラストや不正、スパイ、消費者への不当な扱いなどの疑いで調査を受けるといった報復措置のほか、政府系企業に販売を奪われることを恐れているためです。
力の均衡、または独立した司法制度がない中で、「中国当局者による恣意的で、気まぐれな重商主義政策の実施に歯止めをかけるような法の支配はない」といいます。アトキンソン氏は1年前、他の2人と共同で、中国を厳しく批判した著作本を執筆しました。
また中国の制度は極めて不透明なため、WTOで定められた義務について、中国に責任を負わせることは困難です。アトキンソン氏は、差別的な措置の多くは明らかになっていないか、中国語のみでしか発表されていないと指摘しています。外部からの圧力を受けて、中央政府が一部の差別的な措置を撤廃しても、省や地方のレベルで、こうした措置が再び講じられるというのです。
また中国の制度は極めて不透明なため、WTOで定められた義務について、中国に責任を負わせることは困難です。アトキンソン氏は、差別的な措置の多くは明らかになっていないか、中国語のみでしか発表されていないと指摘しています。外部からの圧力を受けて、中央政府が一部の差別的な措置を撤廃しても、省や地方のレベルで、こうした措置が再び講じられるというのです。
ロバート・アトキンソン氏 |
トランプ氏の鉄鋼・アルミ関税は、中国とともに、法律を順守するカナダや西欧諸国にも打撃を与えるため、大きな批判を集めました。
対照的に、トランプ氏が抱く中国への怒りは広く共有されています。エマニュエル・マクロン仏大統領は、中国企業による買収を禁止する、統一の欧州連合(EU)政策を求めています。
ピーター・ナバロ国家通商会議委員長は22日、記者団に「中国と貿易を行う国はすべてこの問題に直面する」と指摘。「われわれはこれまでの過程の一環として、米国に同調する同盟国や貿易相手国との連携を探ってきた」と述べています。
日本は何十年も、現在の中国のように、外資への市場アクセス制限や直接的な産業支援の提供、欧米企業に技術のライセンス供与を迫ることで、国内企業を優遇しようとしてきました。
日本企業は自動車、電子機器、コンピューターなどの分野で追いついきましたが、米国はソフトウエアやサービスなど、新たな産業で大きく飛躍しました。日本経済はその後1992年、長い停滞期に入り、今でも完全には抜け出せていません。一部では、中国に関する現在のパニックは、日本のケースと同様に見当違いだとの指摘もあります。
しかし日本と中国は根本的に異なります。日本は米国の軍事同盟国であり、そのため貿易に関して、米国の圧力に対し敏感です。中国は戦略地政学上のライバルであり、民事・軍事両面で米国の機密を追い求めており、時には盗もうとします。日本は民主主義国家で透明であるのに対し、中国は独裁国家で不透明です。
規模も違います。前出のアーウィン氏は、ロナルド・レーガン元大統領が1987年、日本は米半導体企業に市場を開放しなかったとして、3億ドル相当の日本からの輸入品に100%の関税を課した点を指摘します。トランプ政権の当局者が中国の貿易慣行により500億ドル規模の損害を受けたとしているのに比べて、はるかに小さいです。
経済戦略研究所のクライド・プレストウィッツ所長は、「新作の演劇やミュージカルはブロードウェイで上演される前に、まずはフィラデルフィアやボストンなどで試されることが多い」とし、「日本はフィラデルフィアだった。中国は、ブロードウェイにあたる」と話しています。
日本は政治・戦略面で米国との関係を重視しているため、米国に対する報復措置には後ろ向きでした。ところが、中国は習近平国家主席の下で、一段と国家主義的で敵対的な姿勢を強めており、日本よりも報復措置に前向きです。
しかしながらこれは、貿易戦争による巻き添え被害、それ故にトランプ氏の戦略に伴うリスクが一段と大きいことを示しています。広範にわたるトランプ氏の行動により、米国の消費者、サプライチェーン(供給網)、輸出業者に対する潜在的な打撃は増大するでしょう。
アーウィン氏はトランプ氏の戦略が正しいかどうかは分からないと話しています。中国をWTO提訴する方がより危険の少ない方法かもしれないです。しかし、こう加えました。「何も手を打つべきではないとは、誰も言っていない」
中国による世界に対する貿易戦争には、いずれ世界の誰かが何か対抗措置を打たなければならなかったのです。それが、たまたまトランプ大統領だったということです。
中国への高関税措置に署名したトランプ大統領 |
このブログでも、以前から述べているように、現中国は民主化、政治と経済の分離、法治国家がなされておらず、そもそも自由貿易などできる体制にはなっていないのです。
これらの体制ができていない、発展途上国と、先進国の貿易をすることもありますが、その場合発展途上国の経済規模は小さく、ほとんど問題になることもありません。
しかし、中国の実体は、発展途上国もしくは中進国の集合体(発展途上国的な省の集合体という意味)です。ところが、これらを一つにまとめる中共が、多額の外資を得て、集合体の生産力を増し、内需(先進国では、GDPの60%以上を占める、中国は35%)を拡大するよりも前に、貿易に力を入れたことから、様々な矛盾が発生するようになったのです。
国内でまともな体制ができていない中国が、外国相手の様々な規制や禁止事項のある、自由貿易だけはできるということはあり得ません。
中国が中国の国内と同じような感覚で、貿易をすれば、国内と同じく恣意的でルールなど守らなくなるのが、当然の帰結です。
発展途上国でもあるマレーシアの現マハティール首相がこのあたりのことを見抜いているのは当然のことです。
発展途上国の首相として、これから経済発展をしていこうとするマハティール首相にとっては、実体は発展途上国と中進国の集合体である中国の考えることは良く理解できるでしょう。
国の産業を保護しつつ、貿易も発展させたいところですが、これは二律背反的であり、国の産業を保護したいなら、なかなか自由貿易はできないです。ところが、保護貿易的体質のまま、中国は貿易を拡大させ、世界中の国々に対して結果として、貿易戦争を挑んでしまったのです。
最近のマレーシアは、経済成長率が低下していました。その主因が個人消費の減少でした。その「元凶」は、ナジブ前政権が2015年に導入した物品サービス税(消費税)です。マハティール氏は、6月1日に税率を0%にすることで事実上これを廃止し、早速公約を実現しました。
マハティール氏は中国とは対照的に、まずは内需を拡大することが正しいやり方であると判断したのでしょう。
今後もマレーシアはしばらくは保護主義的な政策をとりつつまずは内需を拡大させていくことでしょう。
今後もマレーシアはしばらくは保護主義的な政策をとりつつまずは内需を拡大させていくことでしょう。
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